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奇想百夜物語「大阪綺譚」  作者: 海馬漂泊
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「虚言癖」美章園1

「あいよ、なんや?‥‥‥めし食うてるとこ‥‥‥ええよ。ずっと行こぉ思てたおでん屋さんがあんねんけど‥‥‥美章園。阪和線の‥‥‥なんや、えらい鼻息荒いな‥‥‥わかった。今めし食うてんねん‥‥‥あとで、聞いたるて‥‥‥ほな美章園の下りホームの真ん中へんかな‥‥‥せやな、8時でええか?‥‥‥よっしゃ、ほなな」

 スマホを持っていた手のまま暖簾をはらい店内に戻った。 ちょっと遅めの昼食なのでほかに客もいなかったが、一応店の外で話していたのだ。右手には割り箸を持ったままである。

 昼食といっても、出先からなんば駅へ向かう途中にある立ち食いうどん「天政」ーー丸椅子があるので正しくは立ち食いではないがーーのきつねとかやくご飯。たった今竜野からの誘いがあったこともあって、手塚はふと学生時代のことを思い出していた。当時仲間たちと飲みに行くとなると当然安い居酒屋に行くわけだが、それでも居酒屋での出費をすこしでも抑えるため立ち食いうどんで、ある程度腹を膨らませてから出かけることもよくあったのだ。「くそっ、なんやうどんは一気に食わな気色悪いなぁ」手塚は、妙に落ち着いてしまったうどんを勢いよくすすった。


「もう、おれ耐えられへんわぁ。なんかおかしなりそうやねん」

「なんや、いきなり。今日は変やなぁ。まあ、店入ろうや。ちょうどこの阪和線の高架下やねんけど」

 手塚と竜野はJR美章園駅の改札を出て高架下を歩きはじめた。高架下の通り沿いには小さな町工場やガレージ、食堂に飲み屋が橋脚と橋脚の間を埋め尽くすように並んでいる。空き家になっているところも多いが民家もある。それらの外壁は亀裂のはいったコンクリートや腐敗した板塀に腐食したトタン張りで、いずれもその年月を感じさせた。

「ここみたいやな」

 手塚がコンクリート打ちっぱなしの外観を見て言った。

 コンクリート打ちっぱなしといえば、ちょっとしゃれた建築を連想するが、ここ美章園の高架下ではごく自然に馴染んでいる。店の玄関がまたわざとわかりにくくしているとしか思えないのだが、看板も電飾サインも出ていない。そのうえ外壁がコンクリート打ちっぱなしなので、高架の補強工事に見えなくもなくて注意していないと通り過ぎてしまう。それでも手塚の情報にしたがっていくとそこには店の玄関らしきものがあるにはあったが、ふたりは錆びた鉄板の扉らしきものの前で立ち止まり、顔を見合わせた。「わざと腐食させた演出やろ?」扉の脇にあるわずかな照明で小さな店のロゴが照らされているのだが、そのロゴというのが「▲●■」と縦に並んでいる。店名は堂々と「おでん」というらしいから「▲●■」で「おでん」と読ませるのに違いない。

 手塚が恐る恐る鉄の扉を引いた。

 高架下のおでん屋と聞いただけで、なんとなく天井が低くて圧迫感のある狭苦しい店を想像してしまうのだが、橋脚のアーチを生かした店内は思ったより広く天井も高い。ちょうど複線の線路幅と車両1両分ほどの奥行きがある。細長い店内のカウンターは奥までまっすぐのびている。そして、圧倒的にこの店を特徴づけているのが、片側の壁面が全面ガラス張りになった日本酒セラーだ。高い天井まで隙間なく日本各地の酒瓶がきれいに陳列されている。天井近くにある酒瓶を出し入れするために3メートルを越える移動式はしごが備え付けてある。そのせいか西洋の古い図書館の書棚を思わせた。客はこの日本酒の陳列を眺めながらおでんを突けるカウンターに座ることになる。

 週末ということもあってか、3月も下旬だというのに肌寒いからか、それともいつもそうなのか、店内は混んでいた。手塚と竜野のふたりは残念ながらカウンターに席がとれず、カウンターの背後にあるテーブル席に案内された。

「ええ感じやな。カウンター座りたかったなぁ。おでんは、やっぱしおつゆに浸かってる種見ながら注文したいもんな」

 竜野が、横一列にずらっと並んだカウンター席の客の背中をうらやましそうに眺めながらつぶやいた。

 その言葉を待っていたかのように、酒蔵の商標を白抜きにした前掛けの娘が笑顔でメニューを持ってきた。

「いらっしゃいませ」

 そのメニューというのが、店で使っている四角いおでん鍋をそのまま俯瞰で撮った写真だった。丁稚風の娘は、ここでもカウンター席の気分が味わえますよとばかりに、そのシズル感満点の原寸大おでん鍋の写真メニューを広げて微笑んだ。

「うわぁ、臨場感半端ないやん」

「ほんまや、ようできてるなぁ。うまいこと考えたな」

「だいこんやろ、たまごやろ‥‥‥」

「なんや、もういつもどおりの竜野か」

「これ、あれやな」メニューを眺めていた手塚が言った。「もうすぐ、このメニューがタブレットなるやろ。写真も湯気がゆらゆらするライブ映像になって、別に炊いたあったおつゆがようしゅんでるだいこんが追加で鍋に入ってくるとことか見えて『あ、それちょうだい!』って、ひゅっと拡大してダブルタップで注文できるようになりそうやなぁ」

「牛すじやろ‥‥‥」

 手塚の話など聞いていない。

 ひと通り注文が終わると、飲み物はどないしましょと丁稚風の娘が訊いた。

「三酒の利き酒セットが、お得なんでみなさん最初それ注文しはりますけど」

「三酒って適当に選べんの?」

「すんません、週末は、灘、福島、熊本の酒蔵からこちらで選んだもんお出ししてます」

「ほな、それにしよか」

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