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奇想百夜物語「大阪綺譚」  作者: 海馬漂泊
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「再会」浜寺公園/クリスマスストーリー3

「その女の子が、おまえのぼろハイツに来たんやな?」

「ああ」

「せやけど、おまえは今こないして、いつものようにおれとビール飲んでる」

「せやな」

「ごちそうにはなったんやろな?」

「アホ、むこうはとっくに結婚して子供がふたり、すっかりおばちゃんになってたわ」

「おばちゃん? まだ30前やし、同級生やぞ。しかも子供んときは結婚の約束までしたんやろ。なんかそういう風になるやろ、ふつう。わざわざむこうから来たんやで。おまえこそアホやないか」

 竜野はもったいない、というように溜息をもらした。

「最初、まったく誰かわからへんかったわ。もう20年も会うてないんや。3年で転校したから当然卒業アルバムとかに写真残ってないし、だいたい子供んときの顔の記憶なんか、ぼやけててはっきりせえへんしなぁ。ドア開けたときは正直言うて、怪しい宗教か新聞の勧誘かと思たわ。そこではじめて名前言うてくれてんけど、それでも思い出すのに間があいたくらいや。ああ、あんときのって。せやけど、やっぱしちょっとうれしいもんやな。なんか決心して来たって感じが出てな。照れ臭そうに俯いてるねん。玄関で立ち話っちゅうわけにいかんから、入ってもうたんや」

「そらそや。入ってもらわなあかん。子供の頃って楽しかったわよねえ。うちら結婚の約束したん覚えてるってな具合で擦り寄ってきたんやな?」

 竜野が女っぽく声色を変え、手塚に甘える素振りを見せた。

「アホ、せやからちゃうねん、そんなんと。コーヒー飲みながら、おれは話聞かされてただけや。早よ結婚したんで小学生の子供がふたりおるとか、旦那の仕事の都合で最近旦那の実家もある大阪に戻ってきたとか、ほんで自分もパートに出てるとか。ひたすら自分のことばっかり話してたわ。たまにおれのことも訊ねてくれるんやど、おれが話してても上の空って感じやねん。なんや、おれも早よ帰ってくれへんかなって思いはじめてや。子供んときの印象と違て陰気臭くてや、ずっと俯いてるねん。おれの記憶ん中の女の子はいつも笑てて、元気ええ子やったんや。それに、急に来たらびっくりするんちゃうかと思たからって言うんやけど。たぶんあれ会社の備品のポストイットやなぁ。誰が書いたのかもわからへんのに、『また来ます』ってメモ3週間も入れ続けるのってちょっと気色悪いやろ。だいたいなんで今頃おれに会いに来たんかわからん」

「ほんで、お話だけで、バイバイしたん?」

「ああ」

「なんも、なし?」

「なんも、なし」

「アホか、おまえは。寂しかったんやろ。せやから勇気出して会いに来たんやないか。そのへんは察してやってやな、おまえのほうから、こう、そっと手ぇ握ってやな‥‥‥」

 手塚の左手は、徐々に迫ってくる竜野の両手をさっとかわした。

「まあ、早よ結婚して子供もふたり。いろんなことあったやろし、確かに寂しかったんかもしれんけど、そんな感じとはちゃうかったし。おれも、そんな気になるかいな、あんな感じやったら‥‥‥それこそ、あれやで、この店のコンセプトみたいでや、夢や希望がいっぱいで、不安も苦悩も知らんかった頃の昔懐かしい知り合いに会うて、ただちょっと話聞いてもらいたかったんかもな。しかも、あんまし近すぎない、親しすぎないひとにな」

「なにを言うてんねん、手塚はん。好きやったんやで、子供んとき‥‥‥。せやけど、ようおまえの居場所見つけたな」

「それは訊けへんかったけど、たぶん同窓会の連絡やとかなんとか言うて実家に訊いたんちゃうか」

 手塚が自分と竜野のビールを注文した。

「なあ、営業の石森くんってやあ‥‥‥」

 ちょうど隣のテーブルで竜野とならぶように座っていた女がつまらない話と思ったのか、またおしゃべりをはじめた。

 しかし、その同僚らしい女の耳に相手の声は聞こえていなかった。すぐ隣に座っている手塚の横顔を凝視していたのだ。

 手塚は薄気味悪い視線を感じて、訝しげに隣のようすを窺った。

「手塚くん‥‥‥手塚くんやの?」

 手塚は驚いて、その女の顔を正面から見た。

「なんとなく聞こえてたから‥‥‥似たような話もって‥‥‥思てたんやけど‥‥‥今、手塚って聞こえたから‥‥‥」

 一瞬にして手塚の記憶が蘇った。

「‥‥‥あっ!‥‥‥えっ、うそっ、もしかして‥‥‥」

 竜野はーー竜野とならんで座っていた女も一緒にーーなにが起こったのかわけもわからずアホみたいにぽかんと口を開け、正面の手塚と女の顔を交互に見ていた。

 手塚と女は目を見開いて見つめあっている

「やっぱり‥‥‥覚えてる?‥‥‥わたし‥‥‥」

「‥‥‥せやけど‥‥‥ほな‥‥‥いったい‥‥‥あの女は‥‥‥」


 手塚と竜野は大学時代からの付き合いである。就職で離ればなれになったが、その友情に変わりはなかった。もう30が目の前だというのに、まるで恋人同士のようなふたりは仕事帰りに暇を見つけては飲み歩いている。まだ誰にも知られていないような飲み屋を開拓することがふたりの楽しみでもあった。ただ、そんな飲み屋のカウンターやテーブルでふたりが語り合う体験談はいつも謎めいていて、そしてふたりが飲んでいると決まって奇妙な出来事が起こるのだった。

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