「再会」浜寺公園/クリスマスストーリー1
手塚と竜野は大学時代からの付き合いである。就職で離ればなれになったが、その友情に変わりはなかった。もう30が目の前だというのに、まるで恋人同士のようなふたりは仕事帰りに暇を見つけては飲み歩いている。まだ誰にも知られていないような飲み屋を開拓することがふたりの楽しみでもあった。ただ、そんな飲み屋のカウンターやテーブルでふたりが語り合う体験談はいつも謎めいていて、そしてふたりが飲んでいると決まって奇妙な出来事が起こるのだった。
「もしもし、今かけよう思てたとこや‥‥‥まあな。どこいてるん?‥‥‥そうか、もう終いか?‥‥‥えらい昭和くさい店見つけてんけど‥‥‥せやろ。流行ってたりするやろ‥‥‥ええよ‥‥‥ほな南海の浜寺公園降りたとこでええかな‥‥‥せやな、8時半やったらいけるか?‥‥‥よっしゃ、ほなな」
土佐堀川の橋の上、今まで耳に傾けていたスマホを正面に持ってきたとき、その青白い明かりに浮かびあがる顔があった。鼻も耳も真っ赤になっている。いかにも寒そうだ。
日中は雲ひとつない青空で風も穏やかだっただけに、陽が落ちてからの寒さは一層の厳しさだった。そのうえ淀屋橋の橋の上で立ち止まって話していたのだから、なおさらだ。川の水面をなでて吹きつける冷たい強風を容赦なく受けているのだ。さすがにこれほどの冷たい強風では、御堂筋や中之島の華やかなイルミネーションもひとの足をとめることはできなかった。誰もが首をすぼめ、背を丸め、逃げこむように地下鉄の入口へとさきを急いだ。 「くそっ、なんも橋の上で話してることなかったな」手塚も足早に地下へ避難した。
「さぶいなぁ。しかし、このへんて結構なお屋敷ならんでるよな。むかしの南海ホークスの選手なんかも、稼いでこのあたりに家建てるんが夢やみたいなこと言うてたらしいな。せやけど、こんな高級住宅街みたいなとこに店あるんかぁ? むちゃさぶいねんけど」
白砂青松で有名な海水浴場があった昭和の初め頃まで浜寺公園周辺は、別荘地だった。それは現在でもこの一帯に建ち並ぶ豪奢な邸宅を見れば想像に難くない。だが手塚と竜野のふたりが目の前にしている豪邸は街灯で浮かびあがる部分で、そこから全体を想像するしかなかった。通りを歩く者はなく、時折遠くから救急車のサイレンが聞こえたかと思うと、またすぐに静まり返った。竜野がこんなところに店があるのかと疑ったのも当然のことだ。
手塚と竜野は大学時代からの付き合いである。出会いは、なにかの講義のとき隣に座った竜野が手塚に声をかけたことである。このときの手塚が竜野に抱いた印象というのが「まあ、女みたいによう喋るやつやなぁ。早よ、どっか行ってくれへんかなぁ」である。しかし竜野はどこへも行ってくれなかった。「どこ行くん?」「なにしてん?」「これからどないするん?」なにが気に入って手塚にまとわりついているのか竜野自身にも説明できない。鬱陶しいと思われてるのだろうとわかっていても、なにか手塚に惹かれていたのだろう。「なんか、こう、しっくりくるよな。おれら」と竜野が言うと、「気色悪いこと言うな。おれの彼女か」と手塚がはねつけた。ところが、いつしか手塚と竜野は絶妙のコンビになっていた。もともと口数も少なく感情をあらわにしない手塚と、なんでもかんでも正直にすぐ口にしてしまう竜野は、おたがいの欠けた部分を埋め、とがった部分を丸くならすような関係になっていたのだ。手塚も竜野にだけはなにもかもよく話した。竜野も手塚の言うことだけはよく聞いた。
「ほら、あっこや」
手塚が顎をしゃくったその先に仄明るい赤提灯が見えてきた。近づくにしたがって建物の外観が浮かび上がってくる。それは信州かどこかの農村から移築してきたような茅葺きの古い民家だった。しかもまわりの豪邸に負けないほど大きく立派な古民家だった。
玄関脇の外壁には蚊取り線香とレトルトカレーのホーロー看板が装飾的に取り付けられている。ホーロー看板の女優は客を迎えるような笑みを浮かべていた。
「へえ、よその昭和レトロの店とはちょっとちゃう感じやな」
竜野が暖簾をはらい、引き戸を開けた。
外の静けさが嘘のようだった。古民家を改造した店内にはちょうどいい音量で歌謡曲が流れ、大勢の客が飲み、食い、笑っていた。
「おかえり、おふたりさん?」
割烹着を着た中年の女が出てきた。