case3 第二王子ーfile010103002
「あなたは死んでしまいました」
わたしはジャージ姿の彼へと事実を告げました。
厳かに。
静謐に。
彼は口を開けてこちらを見上げています。
死んでしまったことが信じられないのでしょう。
そういう人もそれなりにいます。
彼は軽く頭を左右に振ってから口を開きました。
「お姉さんマジ美人じゃん! こいつはやべーよ! オレお姉さんみたいな美人さん見たことねぇーよ!! この世のモノとは思えない美しさ! フルートの音色のような美しい声! 何をとっても美しい!! まるで女神様!! ああ、どれだけ言葉で尽くしてもきっと足りない!! それでも言葉にせずにはいられないから、お近づきの印にお茶でも飲みに行きませんか? もちろんオレの驕りで!!」
グッと自分を親指で指し示しながらドヤ顔をされました。
つまり、ナンパされました。
イケメンなので顔も動作もキマっています。
ですが、残念ながらジャージ姿です。
気付いていないのでしょうか?
いえ、むしろ、わたしの言葉は聞こえていたのでしょうか?
死んだと告げられたのですよ?
……さっきの信じられないという表情は一体何に対してですか?
「わたしの言葉は聞いていましたか?」
猛烈に頷く彼。
「もちろんお姉さんみたいな美人さんの言葉を聞き逃すわけ無いじゃん! オレが死んだんだろ? それはつまり……」
彼はことば途切れさせます。
確かに聞いていたようですね。
理解していなかっただけで。
自分で口にして少し理解したのでしょうか?
「それは……お姉さんに出会うために決まってるじゃん!」
やっぱり理解していないようですね。
わたしの方が「こいつはやべー」ですよ。
少し黙らせた方が良いのでしょうか?
「まず、わたしはあなたの言うお茶は飲みませんし、あなたも死んでしまったのでお茶を飲みません。それにここにはあなたが言うようなお茶を飲むようなお店もありませんので」
「そんな堅いこと言わずにー、一回だけでいいからさっ? お店がないならそこの階段でもどこでもいいからー 自販機ぐらいあるでしょ? オレにとってはお姉さんがいればそれだけで天国だぜ?」
わたしが居るのは確かに天国のような所かも知れませんが……そういえば、最近「黄泉の国」と答えたのでした……ですので、ここは天国ではありません。
……話が進まないので余計なことを考えてしまうところでした、危ないです。
「では、そこに立ったままで、わたしの話を聞いて下さい」
「オッケー! お話しできるなら何でも聞くよー」
軽いですね。
肉体がなくなったとは言え軽くなりすぎではないでしょうか。
「あなたは先日別れた彼女に刺されて死にました。日が落ち夜が訪れる頃に、あなたが家から徒歩1分のスーパーへと出掛けた帰り道、背中から3度刺されて、しばらくして失血死しました。覚えていますか?」
「あちゃー……お姉さんそっち系かぁ……宗教の勧誘はお断りなんだけどなぁ。でもお姉さんみたいな教祖様なら崇めて良いと思うね。女神教って、オレが作っちゃおかなー?」
彼は額に手を当てて空を仰いでいます。
女神教ではなく転生神教が妥当な気がしますよ?
そうではありません、今は彼の話です。
死んだことを受け容れたくないのでしょうか?
この様子だと、話もせずに新生に回してしまっても良いような気がしますが……ですが、それは神様の意思に反してしまいます。
神様が選定された転生者を転生に導くのがわたしの役目です。
役目を全うしなければわたしの存在意義が無くなってしまいます。
神様の選定に間違いなどありません……ですから、わたしの個人的な理由で転生者の意思を聞かずに新生に回すなど、そんな神様に背く行為なんてわたしには絶対出来ません。
と思いましたが……過去に神様も一度「転生者の選定に失敗したかも」と仰っていました。
何故か分かりませんが、その者を神様は「ネズミ魚」と呼んでいました。
神様も間違えるのです、彼を新生に回しても問題ないかも知れません。
「お姉さん、浮かない顔してるよ? そんな顔お姉さんには似合わないね。オレで良かったら話聞くよー そっち系の話でも問題ないよー」
軽い調子で励ましてきます。
あなたの問題で頭を悩ませているのです。
新生に回して良いですよね?
いえいえ、まだ他にも方法は残されています。
新生は最後の手段です。
もう少し付き合ってみましょう。
わたしも、彼が言葉通りしっかり話を聞いてもらえれば何の問題も無いのですが、「話を聞く」という言葉の定義がそもそもわたしと彼では違うのでしょう。
では「話をする」という言葉の定義はどうでしょうか?
「そうですね、これはわたしが説明するよりあなたが話をした方が早そうです。あなたがここに来るまで記憶を教えて下さい」
「オレの話? オッケーオッケー、何でも聞いて。とりあえずここに来たのは……うん、気付いたらここにいたから、たぶん酔ってここに来たんじゃないかな? 昨日はなんか死ぬほど呑んだ気がするし」
死因はアルコール中毒ではないのですよ?
刺されて死んだと言いましたよ?
「オレってヒートヘイズってお店のナンバーワンホストやってて、いっつも呑んでるからお酒には強い方なんだけど、なぜかたまに記憶が飛ぶんだよね」
「そうですか。それは困りましたね。帰り道が分からないのではないですか?」
「帰巣本能ってやつでなんとかなるっしょ。それより今はお姉さんとのお話が大事でしょ」
ダメですね、これは。
「分かりました。あなたは現状を把握する気が無いということですね?」
「え? お姉さんもしかしておこなの?」
おこではありませんよ?
呆れているだけです。
「じゃあ、とりあえず、オレが抱き締めてあげようか?」
キラリと光る笑顔で何を言っているのですか?
「オレが抱き締めるとおこな女の子もすぐに機嫌直るんだぜ? すごいっしょ? だから、お姉さんも抱き締めてあげる」
背中がぞわりとしました。
おこではないなどと生意気なことを言いました、すいません、わたしはおこです。
……彼は地獄に回しても良いかも知れません。
人の気持ちを全く考えていません。
自分のしたいことをするために人を誘導する系の人間でしょうか。
これは正直、面倒です。
とはいえ、神様の選定を覆して地獄へ送ることなどわたしには出来ません。
地獄がどこにあるのかも分かりませんし。
「どうしたものでしょうか……」
「騙されたと思って抱き締められたら分かるって」
あなたには聞いていません。
神様の意思を覆すことは出来ませんが、神様に意思を聞くことは出来ます。
彼に頭を冷やして死を理解してもらう意味も含めて、ここは神様と会話しましょう。
自室に戻って。
「わたしは用事が出来ましたので、3日ほどここを離れます。あなたは好きにしていて下さい」
「えー! じゃあお姉さんに付いて行っちゃうよ?」
「あなたはそこから出られませんので、それは不可能です。ではまた後ほど」
さっさとここから離れないと、本当に怒ってしまいそうです。
背後から叫び声が聞こえますが聞かなかったことにしましょう。
わたしは『審判の間』より出て、廊下を真っ直ぐ歩きます。
といってもそれほど廊下は長くなく、一度開けた場所を通りますが、気にせず真っ直ぐ次の廊下に入り、そのまま突き当たりまで来ればわたしの部屋です。
つまり、何も気にせず真っ直ぐ歩けば自室です。
当然のことながら迷うことなく扉を開けてわたしは自室へと滑り込み、すぐに扉を閉めました。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れてしまいます。
最近導いた方々が理解が早くて楽できていた分、久しぶりに彼のような人の話を聞かない方に合うとどうしても疲れてしまいます。
今は神様より賜った転生神という役割を全うしていますが、わたしも元人間です。
どれだけの時間を過ごしても、人間らしさは抜けないものです。
「とりあえず、神様にお伺いを立てる必要も無いのですが、嘘も方便ですから神様に連絡を取らなくてはいけませんね」
わたしは部屋の真ん中に敷かれた真っ白の毛足の長いふわふわのラグの上のこれまた真っ白ふかふかの大きなクッションに座ってから、手に持っていたタブレットをタッチ操作して通信を始めます。
簡単に言うと電話です。
もちろん通話先は神様です。
呼び出し音が何度か鳴った後、プツリと切れてしまいました。
「あら……神様が出てくださらない……お休み中でしょうか……」
着信は残っているでしょうから、気付けば折り返し掛けてきてくださります。
神様とはそういう方です。
ただ、わたしとは時間の感覚が違いすぎますので、気付くのが100年先になる可能性もありますが……
「少し時間を置いてもう一度掛け直してみましょう」
わたしは自分にそう言い聞かせて時間を潰すことにします。
ただ、どうしても、神様のことを考えてしまいます。
「早く神様とお話ししたいです……」




