case2 貴族令嬢ーfile010102003
「あなたは死んでしまいました」
わたしは可愛らしい服を着た彼へと事実を告げました。
厳かに。
静謐に。
彼は不思議そうにわたしを見上げて来ています。
なのでわたしも彼を待つように見下ろしています。
これではまるで観察しているみたいなのですが……折角なので観察しましょう。
彼はフリルがふんだんに使われたワンピースを着てる上に、童顔ゆえに顔では性別の判断がつきにくいです。その為、どう見ても女の子にしか見えないのですが、わたしの手に持ったタブレットに表示された彼の素性の性別欄にはmaleという表記です。
いわゆる男の娘というやつですね。
でも、心の性別の欄はneutral??
あら? 心が男の子でも女の子でもないのですね。 こういう場合は女の子に傾いていてもおかしくないのですが……
彼は傾げていた首をまっすぐに戻してひとつ頷いてから口を開きました。
「自殺をしたので死んだのは知っています。わたしはこれからどうなるのですか? えーっと、貴女は神様ですか?」
彼は丁寧な喋り方で落ち着いて問いかけてきます。わたしが何者か分からないのでどう呼んでいいのか戸惑っているようですね。可愛いです。
「はい、神様と思って頂いて結構です。わたしは日本の人間の生死に関する管理を行っている者の一人です。転生神と呼ばれたりもします。あなたは死んだのを理解しているのですね、それは良かったです。死んだのを理解していない人にはなぜ死んだかを説明して確実に死んだことを理解してもらわないといけないのですが、これがまた時間がかかることで結構大変なのです。なので、わたしとしては大変助かりますが……本当に理解していますか? 夢を見ているような気分ではないですか?」
わたしは彼を射抜くように見つめます。
ここでは本当に死んだことを理解する必要があります。それはこれから彼に説明することと関係があるのですけど……
「大丈夫です。充分な高さからの飛び降り自殺ですから、生きている可能性はゼロだと確信しています。もし生きていたとしても痛みに苦しんでいるはずなのに、何の痛みも感じず貴女と会話しているのかが不思議でボーッとしていただけです」
あら、ずいぶん意思がハッキリしてるのですね。冷静に死を選んだということですか。
キリッとした表情も可愛いですね。
「そうですか、それなら結構です。では、わたしとあなたが会話している理由をお聞かせします。よろしいですか?」
彼はまた頷く。回答もはっきりしているし、動作も迷いがないので、これは本当に大丈夫でしょう。
「あなたは神より転生をする機会を与えられました。なので、あなたは転生するか新生するかどちらかを選ぶことが出来ます。ここまでで質問はありますか?」
わたしの説明に対して彼は手を挙げます。
「はい。いくつかあります。まず、転生は最近流行ってますから想像がつきますが、新生とは何ですか? 生まれ変わりですか?」
質問するときは手を挙げるのですね。丁寧な対応でわたしにとってはとても好印象です。
この時代の日本においては男の子が女性の服を着るという行為は普通ではないでしょう。しかしながら、彼はその普通ではない行為をしているわりには、思考はまともな人間のようですね。
「厳密に言うと、生まれ変わりというのは転生も含まれてしまいますが、恐らくあなたがイメージしている生まれ変わりは新生に近いと思います。簡単に言うと、新生とは記憶や経験を持たずに0歳から生まれ直すということで、転生とは今の知識や経験を持って死んだ時と同じ年齢から生まれ直すということです。色々とルールはつきますが」
わたしの言葉に彼は視線を一度空に向けて、またわたしに視線を戻します。
「分かりました、ありがとうございます。次の質問は、転生について詳しく知りたいのですが……」
わたしは手を挙げて彼の言葉を遮りました。ごめんなさいね、いずれにしてもそれは話さなければならないことなのです。
「転生についてのルールが知りたいようですね。その説明は長くなりますので先に他の質問があれば答えますが?」
彼は転生に興味があるようですね。それは良いことです。他の惑星ではここに呼んでも説明を受けずに転生を拒む者が居ると噂に聞きました。杞憂だったようですね。
「いえ、どんな転生が出来るのかを聞かない限り結論を出せないので先に知りたいのです」
「なるほど、転生について何か要望があるようですね? ではその要望に沿えるかを先に確認しましょう。この地球には転生させられないことと、転生は死んだ時の年齢から始まること、それ以外であれば大体応えられるとは思います。あなたの要望は何ですか?」
彼は少し言うのを躊躇っているようです。やはり普通ではないことを理解しているのでしょう。もちろん、どこかにそれを普通とする世界もあるでしょうけど。
彼の気持ちの整理がつくのを待つとしましょう。
彼は困ったような顔で躊躇い続けていますが、助け舟を出しても意味がありません。要望は自分から伝えなければです。
垂れ下がった眉尻がなんとなく子犬のようで可愛いですね。だからしばらく黙って眺めていましょう。
「あの……どうしても言わなければ?」
「いずれにしてもわたしに要望を伝えなければダメなのですから、遅いか早いかの違いだけです。どんな非道な要望でも、ルールに反しない限りは応える決まりですので、気にせず要望を告げて下さい」
わたしは事務的に答えます。
そうなのです、わたしは転生の管理をしていますから、何人も何人も相手にしていますので、わたしにはどうしても事務的な作業になってしまいます。
もちろん、相手にとってはそれこそ人生を決める大事な選択であることは理解していますが。
彼は少しの間視線を彷徨わせていましたが、ついに意を決して口を開きました。
「女の子になりたいんです」
少し頬が赤らんでいますね、照れた顔も可愛いですよ。
「それは可能です。ついでに性別に関する説明をしておきますと、誰でも生前と異なる性別を選ぶことは可能です。ただ、心の性別と一致しない場合はお勧めはしませんので、いくつか忠告をしています。最終的にそれでも本人が望むなら要望に応えます。あなたの場合は心が中性ですので忠告も必要としません」
わたしの言葉に彼は少し驚いたような表情を見せます。
基本的に自分の心を正しく理解している人はいませんから、ほとんどの場合、自分の心を教えられたら驚くものです。それが彼にとっては心の性別だっただけです。
「なれるんですね! 良かったです」
あら? 驚いたのは女の子になれることの方でしたか。これはこれは、わたしもまだまだですね。
「では、他の要望も聞くことができますよ? ただし、要望が多ければ多いほど準備をするのに時間がかかりますが」
「そうなんですか……可能であればもちろん、どんな服でも似合う美少女になりたいですし、可能であれば働かずに生きていけるぐらい裕福であって欲しいですし、可能であればすごい才能を持っていて欲しいです。とりあえず、これらの要望を叶えるとしたらどのくらいかかるのでしょうか?」
なかなか盛ってきますね。遠慮しない方が人生を楽しめるのは間違いないでしょうから悪いことではないと思います。
「そうですね、概算ですが3年ぐらいは待つことになると思います」
「ええっ!? そんなに待つんですか!?」
「はい。現状ですと、待機室と言われる何も無い空間で待って頂くことになります。こちらでの生活に慣れてしまうとそれはそれで問題ですので」
「3年間も何も無い部屋で何もせずに……」
彼は絶望的な顔で呟いています。俯いて何やら指を折りながら数を数えています。
無理もないでしょう。人間の、それも若い彼の時間感覚では、何か楽しみがあっても3年という時間は長いものです。それを何もしないで待つなんて苦痛でしかないでしょう。
「なんとか……なんとか短くならないんですか?」
彼は懇願するような表情でこちらを見上げてきました。
惜しいです。目を潤ませていればもっとキュンときたのですが。
「転生というシステムを創造された神は「待てないなら本当に望んでいる願いではないのでは?」と仰ってましたが……同時に、「気持ちが強い内に転生させた方が可能性が拡がるとも言えるか……」と仰ってました。ですので、すぐに転生する方法も準備されています」
彼の顔が希望に輝きます。
キラキラと輝いている笑顔が眩しいです。
「そっちでお願いします!」
しかしながら、わたしは片手を挙げて彼の気持ちを押し留めます。前のめりになっても早くなるわけではないですよ。
「ただし、忠告しておくことがあります。本来の転生は神の力によって転生先にあなたの望む身体を精製して、その身体にあなたが入ることになります。ですが、急いで転生する場合は精製が間に合いませんので、今あるものを代用することになります」
彼は神妙な面持ちで聞いています。眉間に少しシワが寄っていますが、彼の可愛らしさを損なうことはありません。卑怯ですね。
「その代用するものは、身体は生きていますが精神が死んだ人です。そうなった理由は人それぞれですが、精神を手放すほどの状況ですから決して良い状況とは言えないでしょう。とてつもない恐怖を感じたとか、受け入れがたい精神的な衝撃を受けたとかですね。それは想像を絶する状況と思われます。それでも望みますか?」
彼は複雑な表情を浮かべて悩んでいます。
少し考える時間が必要でしょうから、その間に彼の要望に応えられる人間が居るか調べておきましょう。
わたしは手に持ったタブレットを操作して、検索アプリを起動します。そして、彼の要望を検索条件として設定します。
これで数分と経たない内に検索結果が出るでしょう。
わたしは彼に視線を戻します。
「……どんな環境か……でも3年は待てないし、次の機会があるか分からないから要望を取り下げるのも……」
彼はブツブツと独り言を言っています。
悩んでいますね。
「あなたの考えは間違ってはいないと思いますよ? 転生できる人は100万人に1人ぐらいですから、次転生出来るのは100万回死んでからかも知れませんので」
彼は更に眉間にしわを寄せてしまいます。
もう少し悩むようですね。
わたしがまたタブレットに視線を戻すと検索結果が出ていました。
この検索は条件に最も当てはまるものが1つだけ返されます。
転生者はそれを選ぶか選ばないか、その選択だけで済みます。
余計な選別に悩む必要のない優しいシステムですね。
「転生してすぐに死ぬなんてことは……?」
彼はまた死ぬことを心配しているようです。
確かに過酷な状況に転生したのではまたすぐに死んでしまう可能性があると思うでしょう。
「その心配はありません。せっかく転生したのにすぐ死んでしまっては転生させる意味がありませんから、半年〜1年ぐらいは基本的に死なないと思ってもらって結構です。病気にかかりませんし、身体的に傷付いてもすぐに治ります。あなたの希望に沿う転生先も見つかりましたし」
「すごいですね! それなら何の問題もないです! 女の子になった生活が今から楽しみです!」
彼は祈るように手を組み合わせて、わたしを見上げてはしゃいでいます。
嬉しそうです。まるで夢見る女の子ですね。
話は続きますよ?
「また、転生先で問題に巻き込まれていても、解決出来るように補助がされますから安心して下さい。いわゆる転生特典というやつですね。神は「この初期宇宙で転生者の可能性を狭めることは、その者の意思以外では許されない」と仰っていましたから、転生直後は何があっても大丈夫だと思います。ものによって期間は様々ですがほとんどが約1年ほどで特典は無くなっていきますので、そこだけ注意して下さい」
おや? 返事がありませんね。
彼はどこかにトリップしてしまっているようです。きっと次の人生の楽しい事や嬉しい事だけ想像して幸せになっているのでしょう。
人生それだけでないことを、すでに一度死んでしまった彼は知ってるでしょうから、希望を持てるのは良いことです。
それからいくつか転生の注意事をして、彼からいくつかの生返事をもらいました。
我慢の出来ない子なのですね。
若いうちはそれも可愛いと思いますよ。
「では、準備はよろしいですか?」
「はい!! いつでもOKです!」
やる気満々で答えが返ってきます。
楽しそうで何よりですね。
わたしはタブレットを操作して彼を転生先へと送る処理をしました。
彼が光に包まれていきます。
これでもう転生を止めることは出来ません。
彼に可能性の拡がる未来が待っていることを祈るばかりです。
わたしは光に包まれて次の世界へと旅立つ彼へ深くお辞儀をしました。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます! ありがとうございした!」
彼からもお辞儀が返ってきました。
律儀ですね。
「いえいえ、これが仕事ですから」
そう言って、わたしは彼に別れの挨拶として手を振ります。
彼も手を振り返してくれました。
そして彼が光に包まれて完全に見えなくなると、彼は光と共にいずこかへと飛んで行きました。
彼の転生はこれで完了です。
彼は途中から夢うつつでしたから、転生特典についてもいくつか危険があるのですが覚えているかどうか……少し心配です。
まだまだ業務は続きますが、たまに覗き見るぐらいは時間を取れるでしょう。
そういえば、彼がなぜ女の子になりたいのか聞きませんでした。
結局、女になったところで可愛いなんて評価は若い内だけですのに……まあそのためには女にならないと分からないでしょうから、次で分かると良いですね。
いずれにしても、可能性の溢れる人生が待ってると良いですね。




