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クライ、一日目の朝

  ◆


 ……そして彼女は夢を見る。

 二日間の夢を見ます。


 夢の中の彼女は誰よりも強い男の子でした。男の子の正体は、言わずと知れた吸血鬼です。

 吸血鬼は夜の街を歩いていました。嘘みたいに体が軽く、チョンと地面を蹴るだけでストリートの端から端まで飛んで行ってしまいます。それが楽しくて、彼女は飽きることなく優雅な散歩を続けます。

 吸血鬼になったのは、きっと初めてのことでした。

 ぞくぞくするほどの新鮮な世界がそっと教えてくれるのです。

 普段の怖がりな彼女は、夜の深い闇だったり深海のような心細さにぞっとするばかりで、月の光が優しく降り注ぐことも、路地裏からあふれ出る影がこんなにも芳醇に嗅覚を刺激することも知りませんでした。

 夢の中には彼女の嫌いな人もでてきましたが、悪い感情は一つも起こりません。

 なぜなら、今の彼女にとって、その人はとても魅力的な――。


 ところで話は変わりますが。

 実のところ、彼女はこの夢の中で一度も人間の血を吸ったことがありません。こうもりに化けたこともありません。体の軽さを除けば、およそ吸血鬼らしいわくわくするような才能を見つけることができませんでした。

 どうして彼女は自分が吸血鬼になったことがわかったのでしょうか。

「あなたはいま夢を見ていて、しかも吸血鬼の体を借りているんですよ、おどろきましたか?」

 まさかこんな風に丁寧に教えてもらったとは思えません。夢なのに全然夢がありませんから。どうして彼女は自分が吸血鬼になっていることを知っているのでしょう。

 あまり深く考えても仕方ないのかもしれません。だって夢というのはそういうものですよね。気にしても始まりません。


  ◆


 二日間の眠りから彼女は目覚めました。

 慣れない枕と慣れないベッド、そして慣れない空気。

 慣れないものばかりのここは一体どこなのか、すぐそばで外出の支度をしていた兄に訊ねました。

「僕たちは今『死体街』に来ているんだよ。しばらくはここで旅費を稼ごうと思う」

 彼女は兄と二人でこっそり家出したことを思い出しました。

 家出した直接のキッカケもはっきり思い出せますが、彼女にはその話題に触れる勇気がありません。


 ――どうせなら他の事みたいに忘れられたらいいのに。


 せめてもの救いは、兄がまるで何事もなかったように振る舞っていることでした。それはそれで不安な気持ちになりますが、あの記憶を掘り起こされるよりは全然大したことありません。

 あのことについて質問されることを想像するだけで、叫びたくなる思いがします。まだ質問されると決まったわけではないし、そもそもあのことについて質問されたことすらないのですが、彼女はその様子を、その瞬間を、とてもリアルに想像してしまうのです。

 苦痛を伴う想像です。

 彼女自身、よくない想像だとは感じているのですが、なぜか勝手に何度も何度も嫌な場面を繰り返し想像してしまうのです。自分の意思では止められないのです。

 脳みそが恐怖で膨れ上がって、頭の内側で破裂してしまうんじゃないか。

 彼女の頭はズキズキと痛むようでした。それは長い睡眠のあと、いつも彼女を悩ませますが、今日の痛みは殊更、ザラザラとした気持ちを呼び起こすのでした。

「どこに出かけるの?」

 何も言わずに出かけようとする兄の背中が見えたので、彼女は慌てて声を掛けます。兄は怪訝な顔で振り返りました。

 その顔にはどうして同じ質問をするのか、と書いてありました。

 自分の世界に没入していて、兄の話が耳に入ってこなかったようです。起きたばかりの彼女にはよくあることでした。

「こんなときに一緒にいてやれなくてごめんな。ちょっと心細いかもしれないけど、半日仕事したら帰ってくるから、そしたら落ち着いて今の状況を話せると思う。あまり治安のいい街じゃないから、なるべく部屋からでないようにね」

 そう言って、兄は時間に急かされるようにして部屋を出ていきました。

 ガチャリ。

 錠がおろされます。

 彼女は一人。どことも知れない場所に、一人きり。

 取り残された気分でした。


  ◆

 

 妹の名前は、新條・クライ・ナラハム。

 兄の名前は、新條・クラクナイ・ナラハム。

 今日から二人が暮らすことになるこの街は『死体街』と呼ばれていますが、本当の名前はもっと平和で温かくて、だけどどこか物悲しい響きをしています。

 二人の兄弟は家出をするまで、実の父と義理の母、そしてその連れ子。五人で暮らしていました。

 父は『死体街』で働いていて週に一度しか家にいません。二人の兄妹は常に肩身の狭い思いをしていました。義理の母もその息子も悪い人ではありませんでしたが、どこか心の底から信頼できない距離感を、新しい家族の目や口や指の先に感じ取れてしまうのです。

 それでも改めて弁護しておきますが、親子は悪人ではありません。どちらかと言えば、悪人は実の父親の方でした。兄妹はむしろ、そのために肩身の狭い思いをしていたのです。

 二人が逃げ出したのは、そういう人間関係の根付いた家庭なのでした。

 噂を聞く限りでは、この『死体街』の評判は最低と言ってもまだ足りないくらいで、歳若い兄妹が暮らすのにふさわしいとはとても言えません。

 最低と言ったら『死体街』。「やーいお前のかーちゃん死街人!」と言ったら、それはもう社会一般における最大級の侮辱になります。おかえしに殴られても文句は言えません。

 最低の二文字と『死体街』とはとにかく強く結び付いてはいますが、本当のところどれほど最低なのか、この質問には学校の先生でもたじろぐくらいなので、噂はやはり噂、最低の一人歩きにすぎないのかもしれません。


 余計な先入観は捨てて。

 でも十分に注意して。


 半日ほど前になります。兄の新條・クラクナイ・ナラハムは、眠り姫と二人分の荷物を積んだ馬車に乗ってこの街にやって来たのでした。

 ちなみに馬の名前はハヤクナイと言います。

 なかなか侮れないスピードの持ち主です。

 新條・クラクナイ・ナラハムは『安眠館』という名前の宿を見つけると、すやすやと胸を上下させる妹の寝顔を見て、くすりと笑い。

 ここに部屋を借りようと決めたのでした。


2万~5万字でどこかしらの着地点に落ち着いたらいいな、と考えています。

投稿ペースは3~5日毎に3千字ずつ・・・・・・書ければ自分としては上々なのですが・・・。

できるだけ頑張ります。


序盤も序盤の2千字ちょいで感想もなにもないと思いますが、少しでも感じるものがあればメッセージをいただけるとおおいに励みになります。

よろしくお願いします。

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