第5話 東への旅立ち
道具屋の倉庫で夜を明かした俺とシェーネ。
日が昇る前にリーヤが起こしてくれたので、早々に出発だ。
町の入り口までリーヤに荷車で送ってもらい、別れの挨拶。
「リーヤ、ありがとう。色々聞けて良かったよ」
「なんの。チャンネル登録したんだから、これからもオレはルイの仲間だよ」
「あっはっはっ! ありがてぇ!」
木製人形とブリキロボットの握手。
まあ俺には指なんてないんだが。元でも……おっと。
「そしてシェーネ。短い間だったがありがとう。もう会う事もなくなるだろうが、達者で生きろよ」
「……貴様は何を言っているのだ?」
首を傾げられた。
俺なんかおかしい事言ったか?
「いや、俺は帝国を目指して、シェーネは連邦国だろう? だからここでお別れだよ」
「だから何を言っているのだ? 私は貴様について行くぞ」
「は?」
「忘れたのか? 貴様が言ったのだろう。”せいぜい死ぬまでよろしく”と」
いやいやいや……青くなっちまったよ。木製だから色は変わらねーけど。
思い出せば、確かに俺はシェーネに対してそう言っている。
「でもあれは」「反故にするつもりか?」
ぐーっと顔を近づけ睨む、俺の娘にそっくりのダークドラゴン。
あーぁあ。やっぱり喧嘩腰じゃロクな事にはならねーな。
そりゃーもう全身全霊のでーっかいため息をついて、俺は諦めた。
「分かった! あーもう、人生最大の失敗を人生最初の日にやらかしちまうとはな」
「くっははは! それでこそ貴様だ。私は貴様を気に入った。何があろうとも逃さないからな?」
「へいへい。っつー事でリーヤ、落ち着いたら連絡するよ」
「ご苦労さん。あっはっはっ!」
笑い事じゃねーっての。
*****
歩き始めたはいいが、暇だ。
俺はシェーネの腕に抱かれているだけだから、余計に暇だ。
「荷馬車でも通れば乗せてもらうのだが、その気配もない」
「そもそも生き物の気配がねーよ。全部お前にビビって逃げてんじゃねーか?」
「ふむ。ありえる」
ありえるのかよ。
でも、確かに相手は最強の存在。触らぬ神に祟りなしだな。
空を見上げれば、はるか遠くに宙に浮く島。
ドラゴンもいるし、魔法もある。本当にファンタジーな世界だ。
――あの島って行けるのかな?
ふとそう思った。
「シェーネ。あの島って何なんだ?」
「浮遊島か? 大きなのもは世界に100あまり、小さいものは無数にある。我々エンシェントドラゴン族が大きな島に住み、無軌道に動く島を制御し管理している。ヒト族はまだ到達しておらず、環境もヒト族には厳しいので、住むには適さないだろう」
「へー。じゃあ空に浮かぶ要塞だな」
するとシェーネが悪い笑みを浮かべた。
「ヒト族はエンシェントドラゴンをも手にかけている。私のようにな。するとどうなる? 制御の利かない島は風の向くまま無軌道に動き始め、他の島と衝突し落下する。ヒト族の町の上に落ちれば、それだけで大災害なのだ」
「それを連中は?」
「知らないであろうな。知っていたら私を捕まえる愚行など犯さない」
人が愚かなのはこの世界でも同じか。
しかしそうなると、でかい島を落として町を丸ごと押し潰す、なんていうとんでもない作戦も可能なのか。
例え俺があの島を手に入れたとしても、そんな事はしないけどな。
そんな事をしたらシェーネたちに怒られそうだし、何より数に限りがある。
だが、行ってみたくなった。
ナントカと煙は高い所が好き。俺も中々のナントカなんだよ。
「ところでシェーネ、弱体化の魔法は切れたのか?」
「城から出た時点でとっくに切れているぞ。それに耐性が出来たので、あの魔法は二度と私には効かない」
「さっすが最強だな」
どうだと言わんばかりの表情だ。
「でもよく我慢したな」
「それはそうだ。あそこで暴れれば貴様に叱られてしまうからな」
「ははは。最強のお前が、最小最弱に叱られるのが怖いってか?」
「そもそも私を叱る者などいなかったのだ。強者ゆえの孤独という奴だ」
「まあ、分からないでもないけどな」
ため息混じりにそう言っておいた。
俺のいた組織の会長は、見た目が怖いだけで中身は気のいいオヤジだ。
会長は子供好きで、アニメやテレビゲームも楽しむ。
だが、友達はいなかった。
組織自体が人を寄せ付けない類のものなので仕方がないんだが、そこに強面で会長となれば、わざわざ友達になろうなどという物好きはいなかったんだ。
そんな会長のお相手をするのも若い連中のお仕事だったが、それを束ねる立場にいた俺は、若い連中が義務と強迫観念で友達をやっている事を知っていた。
おかげで俺にも少しだけ知識が入っているんだが。
ある日、会長がこんな言葉を口にした。
『山のてっぺんは寒いだけだ』
今から思えば、あの時に俺は選択肢を間違えた。
俺は、会長の隣に立とうとしたんだ。
そして周りを見られなくなった。娘の笑顔にあっさり騙されるくらいに。
結果、俺はがむしゃらに『悪い人』になり、娘に殺された。
「身の程は弁えねーとな……」
そんな言葉がポロリ。
シェーネは真顔のままで、俺の言葉が聞こえていたのかどうかは分からない。
「ひとつ、貴様に聞きたい事がある」
「なんだよ、改まって」
「これはとてもプライベートな質問なのだ」
腫れ物に触るようなシェーネの表情。
それだけで何を聞きたいのか、察しが付いた。
「シェーネのその姿は、前世での俺の娘にそっくりだ。そして城を出る時の名前は、娘の名前だ。満足したか?」
「……すまない」
「やっぱりな。それじゃあもうひとつ教えてやる。俺は娘に刺し殺された」
「なっ!? あ、すまん……」
大笑いしてやった。
これはこいつが俺に付いてくると言った時点で、いつか話す事になると思っていた。
だから今更驚かれても、どうとも思わねーよ。
「そっちは? 親は何してんだ?」
「分からない。ドラゴン種は卵で生まれるのだが、親は産卵した時点でさっさと何処かへと行ってしまう。強者ゆえに卵でさえも守る必要が無いのだ」
「お互い大変だな」
「くははっ! こちらは自然の摂理。貴様ほど大変ではないよ」
当人がそう言うんだ、俺が口を挟む余地はねぇ。
「そうだ、少し待ってくれ」
唐突にシェーネは俺を降ろし、魔法を使った。
赤い紋様が頭と足元に現れたから、大きさ調整か?
姿が見えているまま頭の紋様が上に移動。同時にシェーネの背も伸びた。いや、背だけじゃねーな。髪も腰までのさらさらストレート、胸もEとかFとか、ともかく立派に成長しやがった。服装もより優艶な雰囲気になって、胸の谷間がくっきり。
こりゃー売れば相当な――ってなに悪い事考えてるんだ俺! これはもしかしたら娘の成長した姿なんだぞ!?
当分は『悪い人』の癖が抜けそうにねーな。そう思うと凹む。
大人の姿になったシェーネには、首都の中では隠していた角も生えている。
昨日のうちに話にあったんだが、擬態中は何かと窮屈らしい。
どうせ角が生えているくらいはいいだろうという事で、道中それくらいは許すという話になっている。
「って! 俺を胸の谷間に挟んでんじゃねーよ!」
「役得であろう? くっくっくっ!」
「馬鹿野郎! テメェの姿は未来の俺の娘だぞ!? ちったぁ自重しやがれ!!」
腕に力を入れて逃げようとしたら、こいつ胸を抱くようにして余計に俺を挟みやがった!
このプリンのようなプニプニ感、やっぱり売れば――っていかん!
腕だけでどうにか登ろうとするも、その腕が沈み込むせいで力が逃げる。
若いのが”でっかいおっぱいに埋もれて死にてぇ!”と言っていたが、実際そうなるとかなり苦しんで死ぬ事になるぞ?
そんな感じで胸の谷間でもがいていると、ふいにシェーネが真剣な声を出した。
「ルイ。貴様は『いい人』になるのであろう?」
「そうだけど? っつーかいい加減出せ!」
「くくくっ。あーそんな事は後だ。具体的にどのような『いい人』になるのだ? そのビジョンはあるのか?」
手が止まる。
俺はずっと悪い人だった。
――いや、ずっとではない。少なくとも大学で”事件”に巻き込まれるまでは、普通の人だった。
事件の概要は、友人の集まりだと思っていたらいつの間にかネズミ講の片棒を担がされており、気付いた時は檻の中というものだ。おかげで内定は全て吹っ飛び、前科付きの行き着く所は悪い道。あとは言わずもがなだ。
そんな俺が、今更『いい人』になろうとするも、その『いい人』が何者なのか、分かっていない。
「城で私を止めたのは、結果から見れば正解だ。私もあちらも被害無く済んだのだからな。だがあれはマグレだ。奴らにとって私は悪であり、私にとっては奴らこそが悪。善とは独善であり、善と悪とは鏡映しの関係だ」
ヒーローに対する悪の組織って奴か。
「命を救ってもらったのだから、貴様の力となる事はやぶさかではない。だが貴様の目指すビジョンが夢物語であれば、私は貴様と道を分かつ事になる」
「――ルイ。貴様はどのようなビジョンを描く?」
分かっていたからこそ、明確な答えを出そうとしていなかった。
逃げていた。
だが、どうやらこいつは俺を逃さないようだ。
さて――。
「まず、無闇に人を殺すのはダメだな。自分から喧嘩を吹っかけるのもダメだ。どうでもいい物を高く売り付けるのもダメだし、妙な薬を売るのもダメだな――」
俺の一言ごとにシェーネが笑ってやがる。
だけどな、勘弁して欲しいんだよ。これ全部前世でやった事だから。
消去法しか取る手がないんだよ、俺には。
「くっははは! 中々に愉快なビジョンではないか!」
「うるせぇ黒トカゲ! しっぽ切り落とすぞ!?」
「いやーすまんすまん」
結局こいつは俺を笑いたいだけか?
「ではこれだけは明確にしてもらいたい」
「なんだよ?」
「相手を殺さなければ仲間は救えない。『いい人』のルイは、さてどう出る?」
「……最初からそれを問いたかっただけだろ?」
「くはは!」
こいつは最強の座に胡坐をかいて自滅するタイプだな。
強い酒を飲ませて潰した後、お財布を頂きます。
中には酒じゃ潰れない奴もいるけど、その時はこっちが勉強料を払うだけだ。
「まあいい。その問いに対する俺の答えは、例え『いい人』になろうとも、前世から変える気はさらさら無い」
「ほう? では答えを聞こうか」
「――ウチのシマに手ぇ出した奴ぁ、誰だろうと容赦しねぇ!」
ああ。これだけは変えねぇ。
シマは、友達は、仲間は、何があろうとも代えがきかない。全力で守る。
俺が前世で学んだ、一番の教えだ。
「ぐっはっはっ!! やはり私は貴様に助けられて正解だったよ! ああ、ならば私もだ。私も、仲間の為ならば容赦はしない。貴様の後ろは私が守る。進め。小さく強き者!」
「うるせぇいいからここから出せってんだ!」
「くっはっはっはっ!!」
やっぱりこいつは、最初から俺の後ろを歩くつもりだったんだな。
背中を押す? いいや。こいつの場合は背中を蹴り飛ばす勢いだ。
それはそれでいいさ。
なんたって俺は、『いい人』だからな!