第3話 最弱と最強
(――3、2、1……っ!)
カウントダウンの後、俺は台に取り付けられている拘束具の鍵を一斉に開錠。
突然全ての拘束が外れたから、連中ら悲鳴を上げやがった。
だが泣かせやしねーぞ? そのまま寝てろ!
拘束具は両手両足と口に1つずつ、体に2つの合計7箇所。
うち鎖が付いて、タコ足のように自由に動かせるのは両手両足の4箇所だ。
俺の手足となった鎖は、まず左右の魔道士を襲う!
拘束部分で顔面に一撃食らわせ、ピヨった所で足をすくい顔面からぶっ倒し、最後に後頭部に一撃!
ガンッ! と我ながらいい音がして、魔道士は完全に気を失った。これを2人一気にやり、大成功。
あとはオッサンだが……軽く地獄を見てもらうか。
4本の鎖で顔をぐるぐる巻きにして、思いっきり絞り上げる!
ここから! という所で、オッサンは声も出ずに、あっさりと気絶しやがった。
仕方ねぇ。俺は『いい人』だから殺しはしねーよ。
「よし、終わったぞ。動けるか?」
「……ああ。ふう、1ヶ月ぶりに口が開いた」
「げっ。よく生きてたなお前」
「ドラゴンは頑丈だからな。拘束中も色々と実験されたのだが、全て私には効かなかった。そんな話は置いておき、次はお前の新たな宿先だな――」
初めて聞いたシェーネフェルトのナマ声は、脳に聞こえていたテレパシーの声と同じだった。さらに美声なんじゃねーかと期待して、すこーし残念に思ったのは内緒だぞ。
軽く羽ばたいただけで、シェーネフェルトはあっさりと宙に浮かんだ。
随分と軽いんだな、と思ったら違うらしい。
シェーネフェルトが浮かんでいるのは、翼に魔法をかけているからとの話。
つまりこいつも魔法が使えるって訳だ。
さすがは世界最強。
俺も全周囲が見える目で部屋の中を確認。
この部屋は、一言で表せば実験室だ。
俺はこれでも工業系の大学に通っていたから、ある程度の化学機材は分かる。
ビーカーに試験管に注射器に、読めない文字が書いてある、色とりどりの薬ビンもある。
「さすがに試験管には宿りたくねーな」
「分かっている」
狭い室内を器用に飛び回るシェーネフェルト。
1ヶ月ぶりに自由になったからか、あいつはかなり上機嫌の様子。
魔法でホバリングも出来るようで、その動きはさながらヘリコプターだ。
「時間が惜しい。貴様も自分で探せ」
「そう言われてもな。この台からじゃあんまりよく見えないんだよ。もっと高い場所からじゃないと――」
そう言ってから、妙案が浮かんだ。
胴体部分を拘束していた茶色い皮製のベルトをニョロニョロと天井まで伸ばし、その先端に意識を集中させてみる。自撮り棒を連想したのさ。
「おっ! 目線がベルトの先端に移動した! なんだよおいおい、こりゃマジで便利すぎんだろ!」
「サテライツはそんな事が出来るのか」
「出来たんだから出来るんだろうよ」
ベルトの目線で周囲を確認していると、丁度良さそうな物があった。
だらりと力なく座り込んでいる木製の人形。立ったら40センチくらい。
多分だが、魔法の実験に使うんじゃねーかな? 藁人形的な用途でよ。
だったら俺の依り代にも丁度いい。
だが……鎖もベルトも、伸ばしても届かない。
「おい。あの人形にするから持ってきてくれ」
「ん? ああ、あれか」
口でくわえて持ってきてくれた。
あの鋭い歯でも、力加減は絶妙にコントロール出来るようで、噛み跡なんて全くない。
ってかあいつ、二足歩行出来るんじゃねーか! てっきり四つ足かと思っていたぜ。
さて、台に置かれた人形に意識を集中。
(乗り移るぞー)
と思った途端、また意識が途切れた。
*****
「んはっ!?」
「お、目を覚ましたか」
成功して……いる。
視界は人のそれと変わらないし、音も聞こえるし喋れるし、木のいい匂いも感じる。
手足を動かし、歩いて跳んで、問題なし。
「オーケーだ。ったく、なんで意識が飛ぶんだ?」
「さあな。私もそこまで詳しくはない。ここから出たら仲間を探して聞いてみるがよい」
「そうだな。んじゃさっさと脱出するか」
「では早速っ!」
シェーネフェルトが上を向いて口を大きく開いた。すると口の先に黒い紋様が浮かんだ。
ゆっくりと風が舞い上がり、光の粒子があいつの口元に凝縮され――。
「って待て待てストーップ!!」
ヤバい予感がしまくりだぜ、ったく!
あいつはなんか不満そうな顔してるし。
「お前今何しようとした?」
「何とは、ブレスで建物ごと吹き飛ばそうと」「馬鹿かテメェ!!」
やっぱりそういう事か! 止めて正解だった。
そんな真似をしたら何人死ぬか分からねーし、魔法の使える連中が仰山集まってくるのは目に見えてるからな。
っつー事で俺のお説教タイム。
「――分かったか?」
「わ、分かった……」
俺の説教をしっかり理解したシェーネフェルト。
一発で理解するあたり、頭が悪い訳じゃねーんだ。
”世界最強→何でも出来る→何をしてもいい”っていう発想になっちまっている。
どんだけ驕ってんだよっつー話だ。
でだ、俺が選んだ作戦概要を一言で表すと、”なるべく穏便に脱出する”。
シェーネフェルトはあの図体だ、完全に見つからないというのは不可能だろう。
だが少しでもその可能性を減らせば、それだけ安全に脱出が出来るって寸法だ。
んじゃどう見つからないように進むかっつーと、サテライツの能力を利用する。
例えばこの部屋から脱出する方法だが、俺が扉に乗り移って鍵を開けちまえば済む。ついでに向こうの様子も探れるしな。
そうやって、時間はかかるが確実に進むんだ。
「んじゃ扉に乗り移るぞ」
「待て。確か、ただ操作するだけならば自身と触れ合っているだけでもいいはずだ」
「マジか。余計に便利じゃねーか」
依り代の人形でも歩くのは問題ないので、台から飛び降りてみる。
おぅ、なんでもない。カコンという木のいい音がしただけだ。
っつーか軽いせいか衝撃がほとんどなくて、人間よりもよほどいいぞ。
こりゃーもしかしたら、小型ほど有利なんじゃねーか?
それはそれ。今は脱出優先だ。
扉に手をつけて、乗り移るんじゃなくて……同調するように考えればいいかな?
(おなじになーれっ!)
娘のいる悪い大人の心の声なのに、とんでもなく可愛い語彙になっちまった。
だが成功は成功だ。
俺の視界は現在扉にあり、感覚では内と外を同時に見ている。後ろから俺を脅かそうとしている馬鹿もしっかり見えている。
「俺の後ろに立つな」
「くはは、バレたか。という事は成功したのだな」
「ああ。扉の向こうは誰もいない。壁の様子が穴を掘っただけな感じだから、ここは地下なんだろう。鍵は……開いてる」
そりゃそうか。
俺たちの後ろには伸びてるのが3人いるんだから。
*****
苦もなく扉を開け、これで第一関門突破。
しかしすぐに第二関門。シェーネフェルトがこの扉を通過出来るか?
「入れたのだから出られ……詰まった」
「なんでそうなるんだか!」
前にも後ろにも行けない、本当に綺麗に詰まりやがった!
俺は小さいから役に立たねぇ。
シェーネフェルト自身が体を左右に振り、扉の木枠を壊しながらどうにか通過だ。
「っと。どうだ!」
「自慢する所じゃねーだろ」
「ま、まあ……。しかしどうやら小型化魔法が徐々に切れて、私自身が大きくなっているようなのだ。決して太った訳ではないぞ」
「あーはいはい。っつーかそれはそれでやばいな。ここで大きくなったら天井ぶち破るぞ」
「安心しろ。私もただ1ヶ月死を待っていたのではない。この小型化・弱体化魔法を分析していたのだ」
「やるじゃねーか」
「ふっふーん! と自慢したい所だが、自身を小型化する魔法は使用出来るようになったのだが、そこまでだった」
「使えねー。――いや、使えるか。あとはその見た目だな。せめて人の格好なら騙す事も出来るんだけどな……」
「出来るぞ」
「……え?」
「出来るぞ。擬態魔法は高等生物ならば使える者も多い。当然私も使える」
「だったら最初から使えよ!」
なんだよ問題点全部解決してんじゃねーかよ!
シェーネフェルトが自分に小型化の魔法をかけると、背が130センチ程度まで縮んだ。
上下にサンドイッチされるように赤い紋様が浮かんでたから、あれでサイズを調整するんだろうな。
次に頭に紫の紋様が浮かんで、シェーネフェルトを貫通して床まで移動、紋様に触れた部分から徐々に体が光り始めた。
こっちが擬態魔法か? と思っていたら、光のまま姿が変わり、そして最後に光がゆっくり消えた。
「なっ……」
俺は言葉をなくした。
シェーネフェルトが人間に擬態した姿は、俺のよく知る――俺の娘の姿だ。
「くはは! 見事な擬態に思わず言葉も出ないか! っておいおい! 泣くほどではなかろう!?」
この体は涙が出ない。多分俺は一生涙を流せない。
だけど、声は震えるんだ。
「くそっ、これが神の仕掛けた事だってなら、あんまりだ! 畜生……畜生……」
「え、えと……大丈夫か?」「大丈夫だよ畜生!」
大丈夫過ぎて目眩がしてくるってんだよ畜生。
強がりでもなんでもなく、俺はちゃんと自分の立ち位置が見えてんだよ。
俺たちは無言で、淡々と進んでいった。
俺はあいつの腕の中っていう屈辱を味わっているがな。
そして、近くで見ればやっぱり俺の娘とこいつとは違う。
顔はマジでそっくりだ。双子って言っても信じるくらいにな。
若干赤みがかった黒髪に、可愛いプニプニほっぺた。親の俺が間違えるはずがねぇ。
だがこいつの頭には角が生えているし、瞳は黄金色だ。
ちなみに服装だが、元の色から取ったのか、赤いシャツに黒のズボン。チノパンって奴かな?
ファッションには疎い。
俺たちのいた地下は、あの実験室以外には何もない様子。
螺旋階段があったので上ってみると、あっさりと地上の建造物に到着した。
豪華絢爛な建物で、床には赤絨毯が敷かれていて、壁は白いレンガだ。
こりゃー完全にネズミの国にあるような西洋のお城だな。
「出口分かるか?」
「いや、私は気絶中にあそこまで運ばれたので、細かくは分からない」
「おいそこの!」
おっと、早速巡回に捕まった。だが俺たちは冷静に対処出来るはず。
――なるほど、お相手さんは西洋の鎧を着込んでいる中世の兵士だ。そして腰にエプロンのような白い布が下がっていて、赤い模様が描かれている。
十字架に見えなくもないが、よく見りゃ剣だぞ。
どこかで見た気がするなーと思ったら、気絶させた魔道士の服にも同じ模様があった。
っつー事は、あれが国旗なのかもな。
「貴様……ドラゴンか?」
あーぁあ俺知らねー。
と思ったら、シェーネフェルトの手が角に行き、引っ張るとスポンと抜けちまった!
(抜けんのかよ!!)
『これはあくまで擬態だからな』
なんとも便利です事。
「紛らわしくてごめんなさい。迷っちゃって……。出口はどっちですか?」
「あ、ああ。付いてきなさい」
そりゃ兵士も困惑するよな。
シェーネフェルトは角を外せば最早ただの幼い女の子。それに見た目相応の幼い声を出しやがった。
さすがに娘の声とは違う。っつかーそこまで同じだったら驚いて声出してた。
城内では、シェーネフェルトの「お兄さんカッコイイですね」の一言で、兵士が饒舌に解説してくれた。
例え世界が違っても、女の子に「カッコイイ」だなんて言われりゃこうなるか。
――俺もなる。
曰く、ここは『共和国』の中心地『パロナ城』。国会議事堂と首相官邸が合体したようなもんだ。
一部は観光客にも解放されていて、俺たちはそこから迷い込んだって話になった。まあ、兵士が勝手に事情を想像して、俺たちはそれに乗っかっただけなんだけど。
シェーネフェルトは近くの町に住む女の子で、初めて1人で城に来たら、迷ったと。
木の人形を腕に抱える女の子を怪しむ奴は皆無で、兵士の誘導もあってか、俺たちは何の事もなくスムーズに出入り口へ。
出入り口には駅の改札みたいなスペースがあり、そこで兵士に止められた。。
「最後に名簿で名前を確認させてもらえるかな?」
入るには名簿に記入が必要だったと。
さてどうする?
「あの、ごめんなさい。書かないとダメなの、知らなくて、その……」
「それじゃあ今度からはお願いね。えーっと、名前だけ聞いていいかな?」
「はい。私はシェ」(待て!)
念には念を。
シェーネフェルトは一刻も早く出たいらしく不満顔だが、最後に躓いちゃ全てが水の泡。
犯罪は時効までが犯行時間だ。
(……マイ。名前はマイだと言え)
「お嬢ちゃん?」
「あっ、はい。マイって言います」
「マイちゃんね」
兵士自ら名簿に記入。
「これで大丈夫だよ。気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございました」