第18話 リーヤの最期
あの馬鹿!
すげー音がしたと思ったら、壁が崩れて兵士が大量に下敷きじゃねーか!
まあそれでも……なんだ、”あ、やべっ!”って顔してるドラゴンがいたから思いっきり睨んでやったけど、おかげで俺たちは逃げやすくなった。
悪い人だった俺は、これくらいの惨状には慣れてんだよ。
「おお、あれが本物の……」
「主、感動してる場合じゃないよ」
「そうだね」
現在、俺はリーヤに背負われている。
リーヤの主人であるビルさんは剣を扱えるので、俺が肩に乗れば邪魔になるからだ。
そしてビルさんだが、元冒険者で、剣も魔法も扱えるという優秀な人。
ちなみに商いの才能は人並みだったみたい。
腕が錆び付いていると言っていたビルさんだけど、これがなんの、城の兵士にも引けを取らない強さ。
俺とリーヤとで「冒険者に戻れよ!」とツッコミを入れちまったほどだ。
ガレキと兵士たちの間をすり抜け、立ち塞がればこちらも容赦はしない。
リーヤも不安だと言っていた槍をしっかり使いこなしてるし、もうこの2人で冒険すりゃーいいんじゃねーかな? マジで。
なんて考えてると城門が見え、そして明らかに強い奴が出てきた。
大剣を携えた大男で、剣士連中の隊長だと思われる。
こいつは部下に慕われないタイプだな。こっちを見て鼻で笑ったし、何よりも現在進行形で気持ち悪くニヤついている。恐らく自身も部下を信用なんてしていない。自分1人でのし上がったと勘違いしているお馬鹿さんだ。
ビルさんと大男の戦闘開始。
俺とリーヤは周りのお掃除を担当だ。
っつーかあいつも周りの兵士もだけど、俺を敵と認識してないな。
木の人形だから目に入ってない可能性もあるけど。
――あの剣もらっちゃおうかな。
ふいにそう思ってしまった。だってあの大男、隙だらけなんだもん。
ちなみに単純にあいつが驚き呆ける顔が見てみたいだけで、あれだけの大剣ならば売ればいい値段になるだろうなとか、そんな悪い事を考えている訳じゃないぞ。
まるで自分の力を誇示するように大剣を振り回しているから、後ろに大きく振ったタイミング合わせてチェスト魔法を発動して、剣を飲み込んだら魔法を終了。
思いっきり力を込めた所で剣がピクリとも動かないものだから、そのまま空振りして手を離しちまってやんの。
んじゃこれは丸ごと俺がもらいますねーっと。
「あっはっはっ! 成功しちまった!」
「ルイは何でもありだな!?」
「転生者だからな」
さすがに武器が無ければ大男でも倒されるのみ。
ビルさんは最後まで隙を見せず、しっかりと剣を突き立て大男を撃破。
周りの兵士もこれでようやく俺もサテライツだと気付いたようで、距離を取った。
あちらから手を出さないのならば、後は無視する。
城門を出たらシェーネの指示通り、すぐに荷車を発見。
運転に慣れている俺が御者を務め、2人は警戒。
「行くぞ!」
「おーよ!」
「あ、店に寄ってもらってもよろしいですか?」
「……余裕があったらね?」
ビルさん、俺以上に肝が据わってるぞ……。
なんて呆れながら発車。店まではリーヤが案内役だ。
俺も一応は覚えているけれど、あの一度だけだから記憶に不安がある。
運転中はシェーネの動きも注視。あいつの事だからやらかしそうだし。
*****
そんなこんなで無事に店に到着。
兵士に押しかけられたとは言っても、店仕舞いはさせてもらえた様子。
ビルさんはレジからお金と、事務所スペースから何か帳簿のようなものを持って出てきた。
「もういいんですか?」
「いえ。二階が我が家なので、さらにちょっと待っていてください」
この状況でこれとは、最早賞賛しそうなほどの肝の据わりようだ。
そう思いながらため息をついたら、苦笑いしながらリーヤが謝ってきた。
「ルイ、悪いね」
「いいよ。っつーかお前、本当に運がいいな」
「主とお前の事かい? まあ……でも本当に運がいい奴はこんな事に巻き込まれないだろ?」
「あっはっはっ! 確かに!」
思わず大笑い。
思えば俺も巻き込まれたせいで道を踏み外したし、これは決して運がいいだなんて言えない事案だ。
だからこそ、今のうちにリーヤには感謝を言っておこう。
「リーヤ、改めてなんだが、ありがとう」
「何だよいきなり。それにルイは謝るのが先じゃないか?」
「それはそうなんだけどな、これだけ迷惑かけておいて、それでもお前からは悪い感情が見えない。それって結構すごい事だと思うぞ?」
「……それじゃあその感謝、ありがたく受け取るよ」
「そうしてもらえると俺も嬉しい」
「僕よりも仲がいいんじゃないかい?」
冗談めかしてビルさんが戻ってきた。
手にはアルバムかな? それと俺みたいな木彫りの人形が2体。
多分逃走中にリーヤをあれに移すつもりなんだろう。
「そんな上等なもんじゃないよ」
「おやおやリーヤ君寂しい事を言ってくれるじゃないか」
「お前も乗ってんじゃないの!」
「へいへい」
冗談はそこでお仕舞い。
2人は道具屋を見回し、名残惜しそうだ。
という事はつまり、2人とももう戻ってくる気はないんだな。
『実は捕まってる最中に、共和国を捨てるって話でまとまったんだ。悪いんだけど、王国まで護衛を頼めるかい?』
『……シェーネ』
『背には乗せないぞ』
『だそうだ』
リーヤが統一思念を使ったのは、俺を介してシェーネに頼み込むのと、護衛の件はビルさんに言っていなかったからだろう。
または、早々に釈放されると考えていたのが、不可能だと完全に見切りをつけたからなのかもしれない。
シェーネの声は”絶対に”というほど強いものではなかったので、展開次第という意味だろう。
ともかく、準備は済んだから出発だ。
*****
店を出た俺たち。
上空にはシェーネがいて……あっ!
「貴様らッ!!」
一番見つかりたくない奴に見つかった。金髪オールバックだ。
金髪オールバックはすぐさま魔法を発動し、鋭い氷の塊をこちらに撃ち出した。
狙いはビルさんだ!
「避けろ!」
俺の叫びと同時に、ビルさんを突き飛ばし庇うリーヤ。氷の塊はリーヤのブリキの体を貫通、軌道が逸れてビルさんに当たる事なく地面に突き刺さった。
――ああ、やってくれたな。クソ野郎。
カッ! と頭に血が上る!
だがこんな場面は経験がない訳じゃない。俺は冷静だ。俺はしっかりと周りが見えてるんだよ。
俺の後ろではリーヤが死に掛けていて、ビルが初めて冷静じゃない声で叫んでる。
それだけ本当に家族なんだと分かる。それにリーヤは俺の初めてのサテライツ仲間だ。
――だったら、あいつにはキッチリと駄賃を払ってもらう!
リーヤはもう駄目だろう。冷たいようだが、弔いは静かな時にやるもんだ。
奴は空中にいて、こっちの状況に気付いたのかシェーネが俺たちへの攻撃を妨害してる。後で褒めてやる。
だが攻撃手段が無い。今の俺にある対空武器は、チェスト魔法で仕舞いこんだ武器庫の弓くらい。あれじゃ俺には無理だし、これだけ心が乱れているビルにも厳しいだろう。
だったらどうする? どう――。
冷静にしっかりとリーヤの姿と、吹き飛んだブリキ板を見て、閃いた。
「ククッ、あるじゃねーか。リーヤ、破片もらうぞ!」
思いついたら即実行!
俺は武器庫で拾った鉄パイプを取り出し、片側をリーヤのブリキ板で塞ぐ。次にボムかあさんにもらった火薬玉を詰め込んで、さらにそこにリーヤが振り回してた槍を突っ込んだ。当然槍は俺が取り付いて遠隔操作可能にしてある。
これが何か分かるか?
即席のライフル銃だよ。撃ち出すのは槍だけどな! はっはっ!
「ビル! 火の魔法は使えるか!?」
「ええ。でもろうそくに火を灯す程度です」
「充分だよ。いいか、俺の言う事をよく聞け」
ビルに銃の扱いを教えた。
火薬玉に火をつけ、爆発させて槍を撃ち出す。タイミングは俺が計り、槍も俺が遠隔操作してあいつに当たるように微調整するから、ビルは狙いをつけて魔法を使えばいい。
理解した途端、ビルの表情は冷静になった。無駄な力の入っていない、いい顔だ。
「仇は取ります」
「いいねぇ。そういう顔する奴、俺は好きだぜ」
『シェーネ! 金髪オールバックを俺たちから見える位置に誘導しろ!』
『……あい分かった』
シェーネの奴、ガラにもなく責任感じてやがる。
だったらキッチリ仕事をしてみせろよ?
『期待してるぞ』
こちらは準備万端。俺が荷車に乗って銃身を担ぎ、ビルがしっかりと固定し空へと狙いを定めている。
リーヤはもうピクリとも動かない。人間ならば死んだかどうか分かるけど、サテライツは息もしないから全く分からねぇ。
だが、安心して寝てろ。しっかり仇は取ってやる。
シェーネが俺たちの眼前をゆっくりと通過。それに合わせて金髪オールバックも来た。
狙いは合っている。後はタイミング。火薬が炸裂して槍が飛び出る速度も計算に入れると、1秒以上早くか。
俺の後ろでビルが唾を飲み込む。タイミングを計る俺も緊張してるよ。
集中により時間の経過がゆっくりに感じる。おかげでタイミングが取りやすいってもんだ。
3、2、1……「今!」「ファイア!」
火薬に着火し、鉄パイプの中で爆発が起こる。行き場のない力は槍を押し出し、高速で射出。
槍は俺の意思のもと、しっかりと制御され真っ直ぐに金髪オールバックへと突き進む。
バン! という炸裂音に気付いた金髪オールバックがこちらに振り向くが、もう遅い。
俺とビルが共同で放った槍は、奴の心臓を一突きにした。
驚き、痛みが来る前に事切れ地面へと落下した金髪オールバック。
「当たりましたね」
「これでも冷静とは、あんたスナイパーになれよ」
「考えておきます」
すげー奴。
俺が今まで出会った連中の中でも、三本の指に入る冷静さだよ。
『やったな。私がそちらを回収し、そのまま郊外まで飛ぶ』
『ああ』
追い立てる連中を風圧であっさりと叩き落とし、シェーネはすくい上げるように、荷車ごと俺とリーヤとビルを掴み、そのまま一気に飛び去った。
*****
「リーヤ……」
「……主……いや、ビル。オレはあんたといられて、本当によかったよ。でも……もう、お別れだ。……泣くなよ。オレはサテライツだぞ? 最小で、最弱なんだ」
「違う。リーヤは僕たちの家族だ。誰が何と言おうと、僕たちはそう思っているよ」
「ははは……嬉しいね」
「……リーヤ。最期に、僕に出来る事はないかい?」
「あー……感謝してほしいかな? 腹一杯で死にたいからね」
「当然だ。君といた20年、ぼくは毎日君に感謝していた。……今日もだ。僕の命を救ってくれて……僕たちの家族でいてくれて、本当に、心からありがとう」
「……ああ……」
ビルと繋いでいたリーヤの手が、力なく地面に落ちた。
カラカラとブリキの缶が外れ、リーヤがいなくなったのだと、俺たちに知らせる。
ビルはブリキ缶の頭を大切そうに抱え、静かに涙を流した。
「んぶはぁ~!」「おぁ~?」「ふにゅ~」
唐突に、ずっこけそうになるほどのユル~イ子供の声が3つ。
なんだなんだ??