第12話 温泉その1
俺たちは現在、共和国と王国との国境にある町『エル・トーユ』に滞在中。
本来ならばそのまま王国に入りたかったんだが、運が悪い事に嵐に見舞われ、土砂崩れで道が寸断されてしまった。
数日で通行可能になるとの話だったし、列車を助けた功績として、鉄道会社からその分の宿泊費を肩代わりするとの申し出があった。なので俺たちは、一旦休憩する。
――そこ、自作自演とか言わない。
そしてだ。この『アルカディア鉄道』、なんと社長が『マナブ・ノザワ』という名の召喚者らしい。
どう考えても日本人だわその名前。
っつー事で、俺たちの予定表に追加として、この社長と面会する予定が書き込まれた。
ちなみに本社が帝国との事で、このままならば俺たちの拠点は間違いなく帝国になる。
ゆくゆくは皇帝の座を頂くか? なーんて、冗談だ。
この町『エル・トーユ』は、トーユ・レイクという、火をつけたら燃え上がりそうな名前の湖、その北に広がる観光町だ。結構発展しているぞ。
トーユ・レイクは、8の字のような形で、しかも2つの円の中心にそれぞれ小さな饅頭のような島があり、別名がなんと『おっぱい湖』と直球ど真ん中だった。
成り立ちはカルデラ湖らしいんだが、自然のイタズラは素晴らしいと賞賛を送らざるを得ない。
さて賢明な方ならば以上の説明により、ひとつの可能性を見出した事だろう。
カルデラ湖とは火山が噴火し、マグマがなくなり山が沈下して出来る湖だ。
火山と湖といえば?
――そう! 温泉である!
そして俺たちは宿泊料を鉄道会社が支払ってくれる。
つまり?
――そう!! 温泉旅館に泊まり放題であるッ!!
「ルイよ、まだ決まらないのか?」
「23軒もあるんだぜ? 迷って当然だろうが」
「まあ確かにタダで宿泊出来るのだから、選り好みしたくなる気持ちは分からんでもない。……だが、既に1時間も経っているぞ?」
「うっそ!?」
言われて驚いた。
時計を見るとマジで1時間経過してるし!
あはー……よし。3軒にまで絞ってたんだが、その中でも最も日本旅館っぽいのを選ぼう。
やっぱり俺は日本人だからね。
*****
俺が選んだのは『竜と猫耳亭』という、この町でも3番目に長い歴史を持つ温泉旅館。
その名の通り従業員は全員猫耳の亜人族で、宿の雰囲気はまさに日本の温泉旅館そのもの。
聞けば2代目社長が転生者で、前世がなんと旅館の経営者だったらしい。そして話の端々から、その社長さんが日本人であるという確証がボロボロ出てくる。
しかし残念ながら既に亡くなられているとの事で、お話を伺う事は叶わなかった。
俺たちが通された部屋は、なんと『シェーネフェルトの間』だった。2人してふき出しそうになったぞ。
仲居さん曰く、客室には全てエンシェントドラゴンの名前が付けられていて、それが旅館の名前にある”竜と”の部分を示していた。
この『シェーネフェルトの間』は60年前に改装し、その時にエンシェントドラゴンで一番若い『シェーネフェルト』を名に冠したそうだ。
さすがに当人がここにいるとは言えず、俺とシェーネとの間には、何とも言えない気まずい空気が流れた。
客室だが、さすがは日本人経営者の設計だけあって、畳敷きに木のテーブルと座布団。
奥には障子の襖があり、開けば板間にテーブルと竹で編んだ椅子。
窓の外は湖が一望出来るという、文句のつけようがない仕上がりだ。
「お食事は6時半にお持ちいたします。温泉は午後2時から翌朝10時まで入浴可能となります。なお深夜1時半から2時半までは男女で入れ替え時間となっておりますので、あらかじめご了承ください。こちらにパンフレットもございますので、目を通して頂ければと思います」
「分かりました」
「それではごゆっくりどうぞ」
仲居さんの礼儀作法には、日本人としては若干ハテナマークが出る部分もある。
襖の開け閉めでこちらに思いっきり尻を向けたりとか、お辞儀の角度が浅いとか。
だけどここは異世界だ。そこまで目くじらを立てる必要はない。
それよりも今は――。
「……シェーネフェルトの間」「ぶふっ! あははは!」
当人が顔真っ赤にして笑っているぞ。
俺も笑ってるんだけど。
「さてさて――先にパンフレット見るかな」
「それもいいが、ひとつ気になった事があるのだ」
「ん?」
聞きながらパンフレットを見る。
「ここ共和国はヒト族至上主義であろう? ならば亜人族が仕切るこの宿は、どうなのだ? 貴様を肩に乗せた角のある私を見ても動揺すらしなかったであろう? もしやここにまで情報が入ってきているのではないか? さらにはこの部屋だ。私とてこのような場所で暴れたくはないぞ?」
意外っちゃーなんだが、シェーネもそこいらは考えているんだな。
んで、その全ての答えは俺の手にある。
「ほれ。読んでみ」
「パンフレットか? えーと――ここ『エル・トーユ』は王国との国境線にある温泉街。そこにはヒト族も亜人族も魔族もなく、モンスターでさえも温泉に浸かれば友達です。――ってマジか!」
「あっはは! お前が驚くとはな」
「仕方なかろう? 散々疎まれてきたのだぞ? それを、この町は全てを受け入れるというのか?」
「受け入れるんじゃねーの? 実際ロビーにもいたろ? 明らかにモンスターが擬態した奴が」
「ま、まあ確かに……」
さっきのロビーで、緑色の肌をしたでかい人と、牛の頭をした人とが、仲良くお茶を飲みながら談笑していた。
シェーネ曰く緑色がオーガで、牛がミノタウロス。どっちも力自慢の単細胞脳筋野郎だが、そんな事は誰も気にしていなかった。
それがこの町『エル・トーユ』なんだ。
――なんつーか、理想だなと思う。
「おっ、ルイ。花火大会があるらしいぞ」
「どれどれ?」
パンフレットを横から覗き見。
「おー1500発とはまた盛大だな。開催は明日か」
「晴れればいいなぁ~」
「だなぁ~」
お互いダラ~っとしています。
*****
食事の前に温泉に入る事にした。
シェーネは食後に入るとの事なので、俺1人で大浴場へ。
ちなみに俺のようなサテライツ向けに、50センチ程度の木彫りの人形が無料で貸し出されている。俺は40センチだが、ほぼ変わらないので今回はこのまま。一応確認は取ってあるぞ。
大浴場は、まさに大浴場!
混浴ではないのが残念だが……。
俺が小さいという事もあるが、それでも30人くらいは入れるんじゃないだろうか?
既に先客が5人ほどいて、その中にはさっきロビーで見た、オーガ&ミノタウロスのコンビもいた。
俺はサテライツ用に置いてある底の浅い木の桶――ケロ○ンおけのようなサイズ――を頭上に掲げながら温泉の中へ。
この桶、どう使うのかと言うと、桶の中に温泉を入れ、それを浴槽に浮かべてその中に入るのだ!
桶に取り付けば魔力の放出で、まるでボートのように自由に移動出来るという、サテライツならではの楽しみ方。
いやぁ~温泉はいいぞぉ~。
他の客さんに突付かれて桶は右へ左へだけど、それもまた面白い。
体の無いような俺でも、これだけのリラックス効果があるんだ。温泉最高!
そんな感じでのんびり入っていると、あのモンスターコンビに声を掛けられた。
俺とシェーネの事を覚えており、ドラゴンとサテライツだなんて激レアだと言っていた。
たしかに凸凹コンビにもほどがある。
「そっちも中々に珍しいと思うけど?」
「だな! オレらは昨日知り合ったばっかりなんだよ」
「意気投合って奴」
「そうそう。んでどっちも素泊まりの予定だったんだけど、どーせだから2人部屋を折半して泊まっちまおうって」
「正解だったな」「な。ほんと」
2人してニシシーと仲良く笑い合っている。なんとも平和な光景です事。
次に俺に声を掛けたのは、後から入ってきたヒト族の親子。
子供はまだ5歳くらいかな? なので俺を見て物珍しさで声をかけてきたという感じ。
父と子の2人旅で、出身は共和国・連邦国・王国の3国に挟まれた小国だそうな。
「実は我が家にもサテライツがいたんです」
「ほお。……いた? 今はいない?」
「ええ。この子が生まれるよりも前に、合衆国へ行くと。それっきり連絡もありません。なので久しぶりにサテライツに会えて嬉しいです」
純朴そうな父親の、ちょっと寂しげな笑顔。
それは間違いなく過去のサテライツが家族だった――いや、今でも家族である事の証拠だ。
転生者であり、サテライツとしての誇りを持たない俺にとっても、その笑顔に少し嬉しくなる。
――もしかしたら、自覚が出てきたのかもしれない。
ならばとひとつ、サテライツの生息数を聞いてみた。
「さあ? さすがにそこまでは。ですが、現在減少傾向にあるというのは聞いた事があります」
これ以上は自分で調べろという事かな。
あとは子供と遊んであげて、キリのいい所で部屋へと戻った。
*****
「おっほぉ!」
「くっ……」
喜んでいるのはシェーネで、悔しがっているのが俺。
何故ならば――。
「美味い、美味いぞお! 口のない貴様は食べられないのだがな! くっはっはっはっ!!」
そういう事だ。
嗚呼、神様のイジワル……。
ちなみに晩御飯の内容だが、刺身にかに鍋、牛しゃぶなど。すんげー豪華。
これをこのダークドラゴンさんは1人でパクパク食いやがるし、仕舞いにはビールまで。
俺、口が無いから酒も飲めないんだぜ……。
「そうそう。貴様が風呂に入っている間、私も少しばかり聞き込みというものをした」
「へいへい……」
「そこまでいじけなくても良いではないか。それでだ、なんでも帝国には、食事の出来る素体を作る職人がいるらしいぞ」
「マジか!? おいおい! 花火大会終わったらすぐ帝国行こうぜ!」
これで俺のセカンドライフにも希望が出てきたってもんだ!
そう簡単に混浴やらハプニングやらは起こしません。