第11話 ちょっと遊んだだけ
破壊された連結扉からシェーネが顔を出し、仁王立ち。
1対8だが、実力的には……?
そういう情報も含め、この戦闘は実入りが多そうだ。
『シェーネ、出来る限りで構わないから遊んでおいてくれ。相手がどれくらい強いのか知っておきたい』
『了解した』
『それと、隊長は殺すな。この事態を上に報告させて、迂闊に手が出せないようにする。下っ端よりも隊長のほうが信用されるだろうからな』
『……ルイ。今日は私が行動の一切を握っているのではなかったか?』
『頼んだよ』
軽い口調で頼んだが、テレパシーではなく、俺の耳に聞こえるシェーネのため息。
こりゃー隊長以外皆殺しコースだな。
だけど『いい人』の俺でも、乗客を巻き込む真似をした連中は許さねぇ。
俺たちはなるべく穏便に、こちらからは手を出さないようにここまで来たんだ。それなのに連中は、他の乗客を巻き込むように手を出してきた。
これはつまり、無差別攻撃に等しい。
ならば『いい人』の俺は、手段を問わず乗客を守るべきだ。
あちらさん8人の顔ぶれを見ると、高卒ルーキーの若者が多い。
その中でも先頭にいる金髪オールバックは年齢が上だな。周りに指示を出している様子から、あいつが隊長だろう。
『金髪オールバックが隊長だ』
『あいつを残せばいいのだな。あとは自由にやらせてもらうぞ』
『やり過ぎんなよ』
こんな会話中でも敵魔道士は火の玉を撃ってきている。
大小さまざまで、小さいものはゴルフボール程度、大きいものは今の俺を丸ごと包み込めるほど。そしてその一際大きいのを撃っているのが、金髪オールバック。
とはいえ全部シェーネのプロテクトとやらが弾いているんだけど。
今頃向こうさんは大焦りなんだろうなぁ。あー楽しい。
*****
「何故っ! 何故効かないっ!! 魔法は発動しているというのにッ!!」
ルイの推測どおり、イングリット以下8名はことごとくを無力化され、焦りからただ魔力を浪費していた。
しかし未だに自身の無力さを受け入れられないイングリットは、全く見当違いの答えに達してしまう。
「そ、そうか! オープンディフェンスは効いている! ダークドラゴンめ、あの姿で自身を守るのが手一杯だから、こちらに手を出せないのか!」
「隊長! 指示を!」
「皆さん! 魔力を一点に集中させて放ちますよ!」
「「「はい!」」」
この無駄に高い士気が、後の悲劇を生む。
*****
おっ、1人じゃダメってんで、全員でひとつの火の玉を作る作戦に出たか。
一帯が焦土になっても列車は平気だとシェーネは言っていたが――周囲は風光明媚な原風景。
すぐ近くには森も見えるし、ここで大きな火が出ると、せっかくの風景が台無しだな。
じゃああれをどう防ぐか。
シェーネの腹の中で爆発させちまうか? 怒られそうだな。
でもあれが魔力の塊ならば、シェーネだったら食っても平気な顔しそうだ。
『シェーネ。あの火の玉って食えるか?』
『食う、だと?』
『あーやっぱり無理か? あれが魔力ってものの塊なら、お前だったら食えるんじゃねーかなと思っちまったんだけどな』
『くっははは!! だから貴様は面白い! 私だけではそんな事、思いつきすらもしないぞ! ああ、食ってやろうではないか!』
どうやらマジで食えそうだ。
これでシェーネもお腹いっぱいでこの風景も守られる。『いい人』したなぁ。
なんて思いつつ視線を火の玉に戻すと、かなりの大きさに成長していて少し焦った。
5メートル……くらいか? 金髪オールバックの身長が170センチとした場合、それくらいはある。
金髪オールバックが何か叫んだ。火の玉が動き出したから、きっと魔法の名前だな。
残念ながら遠くて俺には声が届いてないけど。
巨大な火の玉が速度を上げて突っ込んできたぞ?
「くはは!」
シェーネの余裕の笑い声。
次にシェーネは口を大きく開けた。
すると巨大な火の玉が、まるで自分から口に収まろうとするかのように、どんどん小さくなる。
シェーネに近づけば近づくほど火の玉は小さくなって、口元に来た時にはピーナッツサイズだ。
それをシェーネはパクリ。美味しそうに「んむんむ」言いながら咀嚼してやがる。
そんなものを見せ付けられているあちら8人は、目が飛び出そうなほどの驚き顔で固まってるぞ。
「うーん……まだまだ足らんな。おい! 今のをあと100発はくれ!」
おかわりの催促入りましたー。
って100発っておいおいマジかよ? やっぱりあいつはどこかぶっ壊れてるな。
それを冷静に見ている俺も結構なぶっ壊れ具合だけど。
『ダメだ! 全部動かない!』
『畜生! あと5分で駅だぞ!? このままだと脱線転覆する!!』
おっと、機関士の泣きそうな声が入ってきた。
そういえばそうだな。時間制限があるんだった。
駅まで5分って事は、その数分前には終わらせるべきだろう。
『シェーネ。3分以内に終わらせてくれ。じゃないと列車がヤバい』
『ふむ。仕方がない』
シェーネが再度口を開くと、その口元には黒い紋様が浮かんだ。
アレだ。きっとシェーネの必殺技。
実際にどういう攻撃なのかは見た事がないので、これはショーのフィナーレとしてぜひとも刮目せねば!
*****
「バーストフレア!!」
イングリットたちは勝利を確信した。
これほどの巨大な火球をぶつけられては、小型化・弱体化魔法『オープンディフェンス』に掛かっている相手ならば、骨まで灰に出来ると疑っていないのだ。
しかし彼らの確信は、撃ち出した火球のように見る見る小さくなり、最後はあっさりとダークドラゴンの口の中へ。
「そ、そんな……」
「おい! 今のをあと100発くれ!」
「ひいっ……」
ダークドラゴンからの言葉に耳を疑うも、今しがたの光景を否定する事は出来ず、彼らに残されたのは撤退の2文字だけ。
なのに――。
「隊長! 我々はまだやれます!」
「そうです! ここで倒さなければ、いずれ大きな被害が出ます!」
「我々は栄えある中央魔道士隊! 敗北などありません!」
「……皆さん、ありがとう。さあ気合を入れ直しましょう!」
「「「はい!」」」
若いがゆえの命知らずの士気の高さが、最悪の選択をさせてしまう。
彼らが取るべき選択肢は、1秒でも早くこの場から去る事だったのに。
「た、隊長! 竜魔法が来ます!」
「なっ、逃げ」「皆で隊長をお守りするぞ!」
「「「おう!」」」
イングリットの声は若者たちの声にかき消され、その若者たちの命は、一瞬で最強の存在にかき消される。
*****
うっひょー! すげーのなんの!
黒い稲妻をまとった真っ黒い極太のレーザーが、はるか空の彼方まで飛んでいきやがった!
衝撃で車輪が浮いちまったぞ!? 脱輪だけは防いだけど、ありゃ列車の中で放つ攻撃じゃねーな!
魔道士連中は魔法で防ごうとしてたけど、ありゃ無理だ。だって8人が丸ごと入る太さなんだぜ? 逃げ場なし。
実際、シェーネの一発が収まるとそこには誰もいない。
――とはいえ、さすが隊長さんだ。右腕をもらったけど生きて地面に転がっている。
いや、あれは隊長が凄いんじゃなくて、しっかり加減したシェーネが凄いんだな。
戻ってきた当人は若干不満顔だが。
「いやー凄かった。さすがは最強だよ。素直に感心した」
「そうか? 私としてはちょっと遊んだだけで、不完全燃焼なのだが」
マジかよ。あれでちょっとって、本気だったらこの星ぶち抜けるんじゃねーか?
「ところで列車を止めなくてもいいのか?」
「あ、そうだった」
車内放送のマイクを借りてと。
『お待たせいたしました。脅威は排除いたしましたので、約束どおり列車の掌握を解除します。皆様方の冷静で迅速な行動に、感謝を申し上げます』
そして列車の掌握を解除。
すると車掌からも放送が入った。
『こちら車掌です。先ほどの放送どおり、列車の全操作が私どもの元へと戻りました事をご報告いたします。お客様方のご協力を、心より感謝いたします』
これで一安心。
おっ、ちゃーんと俺あてに感謝エネルギーが入ってきた。列車丸ごとだからかなりエネルギーが増えたぞ。
同じ車両の乗客も戻ってきて、1人ずつ感謝された。
いやー、『いい人』って気持ちいいなぁ。はっはっはっ。
しかしひとつ疑問が。
あれほどの規格外の攻撃が出来るシェーネを、あんな連中が捕まえられるものなのか?
それほどまでに弱体化魔法が強力なのか、もしくは――。
「なあシェーネ。お前なんであんな連中に捕まったんだ?」
「あ、あー、えーとー……」
目が泳ぎまくっている。
こりゃ、自滅したんだな。
こいつは最強に胡坐をかいて失敗すると読んでいたが、大正解だったわけだ。
「反省しろよ?」
「はい……」
でもこいつだったら二度三度やらかしそうだ。
*****
「くっ……」
失くした右腕を魔法で止血しながら、イングリットは共和国の首都『エル・パロナ』を目指し飛行している。
彼は、右腕を持って行かれはしたが、一瞬の判断で一命を取り留めた。
そう思っている。
だが真実は異なる。
シェーネフェルトは彼の周囲だけ、しっかりと威力を減退させていたのだ。
それが無ければ、いくら逃げていたとしても今ここにイングリットはいない。
そして彼は、その事に気付いていない。
「このままで終わると思うなよ……」
イングリットは復讐を誓う。
自信家である彼は、狡猾でもあった。
中央魔道士隊4番隊には情報収集任務も与えられており、それゆえに上層部に報告していない、彼しか知らない情報もある。
そしてその中には――。
「道具屋のブリキロボット……サテライツめ……」
*****
俺たちは順調に列車の旅を楽しみ、硬い椅子に飽き飽きしつつも、翌日の朝を迎えた。
半日後には共和国を脱出し、王国に入国だ。