第8話 俺と真桜に明日はあるのか!?
「おしまい?」
「そう。乗らないと操縦できないもん。それにこれは、戦闘用じゃないもの」
待ておいーー!そうじゃないだろ。これから、劇的なロボット大逆転が始まるんじゃないの?宝の持ち腐れもいいとこだ。期待していた展開を望めないことに落胆していると、真桜が俺を早口で促す。
「今のうちに逃げるわよ」
「お・・・おう!あのおっさん死んでないよな」
「弥彦、・・うしろ」
「んがぁっ」
誰かに頭を掴まれた。
「このガキども・・・!」
やっぱりか!このおっさん、凄い余裕だったし、そう簡単にやられるわけないよな。顔がひきつるのがわかった。このまま、あの電撃喰らったら今度こそ、本当に死にそう。
あー、昨日の食べかけのポテチ残したまんまだったな。部屋の掃除もいつかしたかったし。あの部屋のままだと彼女できても呼べなかったよな?せめて一生に一度でいいから彼女欲しかった。ていうかこのロボ動けよ!使えねーな。役に立てよ。せめてパンチできるだろ!そうグーパンチよ。じゃなかったらもう一回倒れながらの攻撃でもいいからさ。とりあえずこのおっさんだけでも何とかしてくれよ?
走馬灯のようにどうでもいいこと、したかったこと、後悔がぐちゃぐちゃと混ざり合って次々と頭の中を通り過ぎていく。
この時、一瞬だったけど、何かが俺の中で弾けた。
そしたら。
ぐしゃ。
何かが潰れるような音と一緒に、おっさんが向かいの家に、ぶつかった。
俺の頭を掴んでいた稲葉が、俺の髪をむしりながら、水平に飛んで行ったのだ。山なりに飛んでいかず、水平に飛び、透明な壁もぶち破り、隣の家の壁にぶつかり、壁が体の形に凹んでいた。
そして、稲葉は鼻から目から血を流しながら、唸っている。
「・・なんで、イグゼアが急に」
真桜が、息を呑んで小さくつぶやいき、俺を見つめる。
稲葉は、隣の家の庭にぼとりと落ちた。
しーん。
横を向くと、座った格好のままのロボの腕が伸びきっていた。絵にかいたような見事なグーパンチ。振りぬいた格好のまま、固まっていた。
こいつが、殴ったのか。なんだ、ちゃんとやればできるじゃん。おっさん超痛そー。
俺も髪の毛をむしられた頭皮部分が相当痛かったが、それ以上の出来事に呆然とした。安心したこともあり、真桜と二人で惚けてしまった。
ロボットを見上げる。
このとき改めて、このロボットの名が「イグゼア」ということを反芻した。
ひとまず、俺が落ち着いた後にしたことは、救急車を呼んだことだった。襲われたとはいえ、稲葉をあのままにしたんじゃ、まずい。いろいろと、人間として、まずい気がしたので。
稲葉は、あれだけのロボットパンチを喰らいながら、驚いたことに息があった。取りあえず、殺人事件にならなくて良かった。そのロボットことイグゼアは、真桜がもう一度、かしわ手を打つと、あの魔法陣みたいのに消えてしまった。どういう仕掛けになっているのか知らないが、魔法のポケットみたいで便利そうだ。
救急隊の人に、事情を聞かれたけど、そりゃ第三者を騙りましたよ。「何か音がしたので見に行ったら、隣の家に人が倒れていました」、的な。まあ、稲葉のおっさんに起きた事を正直に言っても、誰も信じないだろうし。ましてロボに殴られました、なんて。他にも不法侵入とか、俺に対する暴行とか、いろいろあった気がするけど、全部許すからもう、あんなことに巻き込まれたくない。
テスト期間で午前中に学校が終わっているということもあって、現在時刻は、午後4時。俺は家のリビングの窓を少し開けて外を眺めている。暗くなるにはまだ早い。夕焼けになりかけの、空がうっすらとグラデーションがかかり始める。俺が好きな時間帯だ。ちょっと、いい匂いがするんだよね、夕方って。具体的には、日に焼けたにおいとか、緑の甘い香りというか。この何とも言えぬ寂しげな匂いが、俺をいつもの日常に戻す。・・現実逃避言うな。
「ちょっと」
うっとりとしていたら、真桜が話しかけてきた。
「ん?」
「これから、行きたいところがあるんだけど」
さっきから、真桜は緑色の携帯で誰かに連絡を取っていた。今時スマホじゃないんだ。誰だろ。なんか、新入社員が上司に報告するような話し方だった。超緊張していた。誰だ?
「ついてきて。話したいこともあるし」
「なんで?やだよ」
なんだか、やばそうな気がする。さっきまで、このヘンテコな出来事を頑なに話そうとしなかったのに、急に態度を変えて「話したい」、だなんて。明らかに怪しい。また事件に巻き込まれそうな予感がする。
「うん。じゃあ仕方ないね」
ばつん。
不意に、ごく自然と伸ばされた手に、避けることもできず、俺は直に電撃を受ける。
俺は、そのままリビングの床へ、こんにゃくのようにふにゃふにゃと潰れてしまった。
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