第3話 彼女の回顧
私は、よく頑張ってきたんだ、と思う。
よくものの例えで、「血のにじむような努力」、などと言うけど、実際に血も滲んだし、血も吐いたこともあった。
あれは小学校に上がりたての頃だった。施設のライバルたちは訓練を積み、成果を上げる一方、私は目立った結果も出せず、取り残されていると感じていた。学校の勉強が、ではない。施設の訓練結果が、である。まあ、実際に全くその通りだったけど。
小さい頃―――3歳くらいだったか・・。
親が、世界が信じられなくなった出来事だった。
とある日、奇妙なことが起きた。
家の隅におじさんがいたのである。それも部屋の中にだ。おじさんは何もするでもなく、ただそこに立っていた。知らない人だったし、何の脈絡もなく忽然とそこにいたので、勿論とても怖かった。しかし、それよりも怖れたのは、お母さんにそのことを伝えても信じてもらえなかったことだ。当たり前だった。お母さんにはそのおじさんが見えていなかったのだから。
そのおじさんは夜になっても帰ってくれない。
「お父さんだったら信じてくれるかも!」
お父さんが帰ってきた。しかし淡い期待は裏切られた。「怖いよ、あのおじさん」と訴えても、お父さんも信じてくれなかった。
次の日、そのおじさんはいなくなっていた。ほっとした。もう家の中に訳の分からない他人がいなくなったのだから当然だ。
それから翌年、2件隣の家のおじさんが自殺しているのを知った。後日、成長するに連れ、わかったことだが結局そのおじさんは、私しか視ることができない存在だった。
生まれて3年ぽっちの世界なんて極々狭く、親が世界のようなものである。3歳児の世界の中心と言ってもいい親が、自分が切実に訴えることを信じてくれない。なんだ、それだけのことか、と思うかもしれないが、親がすべての子供にとって、それは世界を信じられなくなる程の衝撃であった。
そんなことが度々あり、なんとなく、ほかの人が見えていないものが見えている、と自覚し始めた。最初は怖かったが、段々とそんなものだと思ってしまった。一種の適応だ。
幼稚園の年中さんから、年長さんになるとき、真っ黒のスーツを着た男の人と女の人が家に訪ねてきた。その男の人が、今の上司なのだけれど。お父さん、お母さん、真っ黒二人組で、難しい話をしていた。今思うと、スカウトの話だったのだろう。なんでも簡約すると、「私どもは、特別に設置された警察官であり、その警察官になって日本の将来を守る素質がある子供たちを探しています。素質があることを幼稚園の先生からお聞きし、お邪魔しました」だそうで。 お母さんもお父さんも見事に乗せられて、「公務員になるのあれば、将来は安泰だ」、とばかりに、「ぜひお願いします」、と二つ返事で了承。そこで、私の将来は決まってしまった。
専門の教育施設があるからということで、早速週末に松本城近くにある建物に親と一緒に向かい、そこでさまざまな入学手続きを行った。まさか、それが一種の魔術のような契約だったなんて。契約すれば物理的・強制的にその条項に従わされてしまう。まるで悪魔の契約である。私は、「視えないものが視える」という、オカルト能力をスカウトされたのだ。スカウトした機関もまた政府公認とはいえオカルトなのは自然なことだった。
教育施設の中の出来事は、その呪いともいえる契約の所為で、外に出た時に何も話すことができなくなっていた。実際に、話そうとすると何故か声が出ない。この施設は機密事項らしい。
そんなオカルト組織をまとめるのが、真っ黒スーツの室長。能力と数字でしか人を評価しない。苦手な男だ。
それから私は、同級生のような、ライバルのような、私と同じような能力を持つ人たちと、いろいろと調査員になるために訓練を重ねていった。ほかのメンバー達は、あっという間に中学生という年齢ながら次々と調査に参加させてもらっていた。しかし、当の私といえば、いつの間にか、中学3年になり、見事に落ちこぼれてしまっていた。
でもそこで、何とか踏ん張って訓練をやり続けた。
なんであんなに頑張ったのだろう?
二度の骨折と、5回の出血過多で倒れ、同僚にも白い目で見られつつも、なんとか試験の初級に合格した。その時にはもう、高校生になってしまっていた。
しかしなぜか、まだ初級なのに皆の憧れである「EXEα」に乗せてもらえた。
初級で「EXEα」に乗ることは、まず無いと言っていい。ある程度、もっと上の級に合格するか、実績を示してからというのが通例だ。
ああ!それなのに。そんな千載一遇のチャンスなのに!神様は、結構意地が悪いらしい。
初仕事から慣れてきた今、目標に、真っ先に気づかれた。
しかも、撤退中にも、鬼に気づかれ、追われ、こちらの素性を悟らせてしまった。
まだ、出血している気がする。まったく以って大失敗だ。
己の不甲斐なさを呪った。
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