第4話「夜のデート」
初めてのお出かけ
鹿島柚杏とカルミラ・L・シェリダンが出会った夜から2週間が経過した。その間カルミラはほぼ毎日ユアンに会いに来ていた。
カルミラから旅の話を聞くことはユアンの一日の楽しみの1つとなっていった。
たまにカルミラが来ない日もあり、そんな日は寂しい気持ちに包まれることになる。
そんなカルミラとの出会いはユアンにとって人生に楽しみという起伏を与える素晴らしいものであった。初めて出来た友達とのおしゃべりは心が弾んだ。
ただ問題が少しがあり、カルミラが来た日はほぼ確実に……というか十全で眠る時間が遅くなるのだ。そのため最近のユアンは常に寝不足気味であった。
授業のない日は昼寝でグースカピーと睡眠時間を補填できるのだが、福田翔香先生の授業がある日は昼寝する時間がない。
そのため授業中にうつらうつらし、何度か注意されることがあったのだ。
姉の沙夜が睡眠不足を心配して、ユアンを医者に見せようとしたこともあったが断固として拒否した。ユアンは医者が嫌いだし(薬苦い、注射痛い)、寝不足になるのも夜更かしが明らかに原因であるため医者などに見せる意味などないと知っているからだ。
寝不足の原因が夜更かしだと知っていても、カルミラとのおしゃべり夜更かしをやめる気などさらさらないユアンなのだが……。
「おっはよー、ユアン。今日は起きてるんだね」
バサバサっとコウモリのような翼膜を羽ばたかせ、窓にカルミラが降り立つ。
月光が輪郭を赤く染め上げ、カルミラの魅力を際立たせている。容姿が12歳程度とはいえ、吸血鬼の怖さを知っているものならば、恐怖で震え上がらせるには十分な立ち姿だった。
とはいえ、この部屋の主の幼女……鹿島柚杏にとっては親しい友の可愛らしい姿でしかない。
「この前、ミラに寝込みを襲われたからね」
先日は寝不足がたたり、カルミラが来る前に寝落ちしてしまったため寝込みを襲われた。実際は起きていたのだが、「わたしが寝てたらミラどうするかなー」とか思って寝たフリしてたら見事にユアンは襲われかけたのだ。
「アレは悪かったと思ってる。ちょーっと吸血欲求を我慢できなくなったのよ」
ぷくーっと頬を膨らませ拗ねてみせるユアンにカルミラが謝罪と言い訳をした。普段なら吸血欲求なんて簡単に抑えられるカルミラではあるが、ユアンの血液は油断すればすぐ理性が飛び吸血衝動に駆られてしまう。
「はい、今日も吸うんでしょ?」
そう言い、ユアンはパジャマのボタンを2段目まで外し首元を開く。
少し赤みがかかり上気した肌が露出する
いつも通りの吸血OKのサインである。
「ではでは、いただきます……と言いたいのだけど今日はちょっと提案があるね」
「……?」
「ユアン、外に出てみたくはないか?」
「だからそれはダメだって」
カルミラの提案に、ユアンは胸の前に両手でバッテンを作る。
「コッソリとだよ。夜だから家の人間にはバレなかろ? 妾の翼で塀を越えれば門番にも気づかれずに抜け出せる。完璧だな」
薄っぺらい胸を突き出し自慢のアイデアをカルミラは披露する。
カルミラはどうにかしてこの生まれてから引きこもりっぱなしのユアンに外の世界を見せてあげたかった。
「でも……」
屋敷の外にはとても行きたい。カルミラが自分を誘ってくれたこともユアンをひどく喜ばせた。
しかし同時にずっとここに閉じ込められてきたユアンは外の世界に対して恐怖を抱いていた。そして自分の存在が露見することが父や姉に迷惑をかけえしてしまう可能性があることはカルミラの誘いに乗る事を躊躇させた。
「妾がついておる。ユアンの存在が露見しようとしたならば妾がどうにかしよう。もし外の世界が怖いならば妾が世界からユアンを守ってやろう」
「……わーかっこいいほれた(棒)」
「ちょ、棒読み⁉︎ かっこいいこと言ってユアンをテレさせようとしたのに逆に恥ずかしくなってきた」
面映ゆく、カルミラは悶える。
そんな様子を眺めながらユアンは先ほどまで自分が抱いていた不安が不思議と薄れているのを感じた。
「ミラ」
「ん?」
「ちゃんと守ってね?」
上目遣いでカルミラを見て、甘えたような声でそう言った。
ユアンは初めてこの鳥カゴの外に出ることを決心したのだ。バレれば姉や父に迷惑がかかる。それでも「友達」となら……「友達」と一緒ならなんとかなる気がしていた。
■■■
闇夜に照り輝く赤い月。
満月から少し欠けてはいるが、それでもその光は夜の空を十分に照らしていた。
そんな夜空から地面へ舞い降りる影があった。
背中から体長の2倍近く伸ばしたコウモリの翼を生やしたカルミラと、その胸元に抱きついているユアンである。
「はい、到着ぅ〜。ユアン、酔ったりしてないか?」
「だいじょーぶ。ピンピンだよ」
カルミラの問いに、笑顔で元気満々のジェスチャーをユアンは返す。
町外れの小さな空き地にユアンとカルミラの2人は降り立った。
出会った時に別邸まで飛んだ時よりもより長く飛行したため、ユアンが酔ったりしてないかカルミラは不安であったが心配なかったようだ。
ユアンはいつも着ている外出用の黒のパーカーを身につけており、フードを深く被っている。
顔を他人に見られても「鹿島」の関係者とはすぐ見抜かれることは少ないだろうが念には念を入れて顔をフードで隠している。見たことのない子どもが夜道を歩いていたら不審に思われる……というのがカルミラの弁である。
「フードを深く被った子どもが夜道を歩くのも結構不審な気がするけど、どうなのこれ」
「あははっ、大丈夫大丈夫。妾の眷属とでも言っておけばいいよ」
カルミラはこの街でそこそこ長く滞在しているため顔を知られているらしい。既知の人物が横にいるだけで不審者への警戒は薄れるのだ。
ちなみにカルミラは黒いローブを羽織っており、ユアンは黒パーカーの下は黒い膝丈のスカートでおるため、2人共上から下まで真っ黒な服装でお揃いみたいである。
「妾と違ってユアンは髪まで真っ黒だから、夜闇にまぎれると何処に居るかわからなくなるな」
「名付けてステルス柚杏?」
「あははっ、カッコいいカッコいい」
カルミラが適当に褒めると「えへへ」と顔をほころばせるユアン。基本ちょろ……単純な子である。
ふと、ユアンが何かに気づき彼方の方角を見て、そこを指を指した。
「ねぇ、ミラ。あっちすごく光ってるよ」
ユアンが指差す方角は夜をかき消すほどの光を帯びていた。
「あそこは大通り。この街で1番賑わってるとこだよ。まずはそこに行くつもり」
「夜に窓から見えてた、塀の向こうの光ってあれなんだ!」
「あの明かりは魔導具の光によって生まれてるの。ユアンが住むこの街は魔導具が有名なんだよ」
「うん、知ってる! 話でしか聞いたことなかったの。早く行こうよ!」
まるで母親を急かす子供のようにユアンはカルミラを手を引っ張った。
ユアンのテンションが加速度的に上昇しているのがわかる。
「わかったからちょっとま…………、ギャフン」
ユアンに急に手を引っ張られたカルミラは、足元の小さな石に躓き派手に前に転んだのだった。
■■■
鹿島領のほぼ中央に位置する首都『神楽』。鹿島領を統治する鹿島家の本家があり、鹿島領でもっとも栄えている都市である。
魔法に力を入れている鹿島領の首都であるため世界有数の魔術学院や、鹿島家が運営している魔術研究所など数多くの魔法に関係している施設が存在している。
その町並みは魔導具に溢れている。
特に夜は数多くの『光球』という魔導具により、世界で最も明るい街となっている。
夜でも明るいため、『神楽』に住む住民の就寝時間はかなり遅い。夜でもまともな仕事があるのは世界でもここを除けば限られるだろう。都市伝説で24時間営業しているお店があるとかないとか囁かれるくらいである。
「ふぁぁぁああ‼︎」
きらびかやに街をキラキラと照らす『光球』による幻想的な光景をみたユアンは感動と驚きの混じった声を漏らす。
ずっと近くにあったが決して見ることが叶わなかった光景がそこにはあったのだ。
ユアンとカルミラの2人は『神楽』の大通りに来ていた。日付がもう変わろうとする時間ではあるが、そこはまだ人通りが多くとても賑わっていた。
さすがにユアンやカルミラと同世代の子はいないため、たまに周りからチラチラと視線を感じたカルミラは、街並みに夢中になっているユアンの手を掴み引き寄せた。
「離れないでね。こんな大通りではいないとは思うけど、人攫いとか注意して」
「ひとさらい?」
「子供を連れ去ってこわーい大人に売る悪い人のこと」
「ふーん」
「あとロリコンのおっさんにも気をつけること。お菓子とかで誘惑してくるから注意」
「お菓子で釣られるとかミラじゃないんだし」
「い、いつ妾がお、お菓子に釣られた⁉︎」
カルミラの注意に全くユアンは危機感を覚えない。生まれてからずっとあの家に軟禁されていたため、世間を知らなすぎるのだ。それに加え初めての外出はユアンの心を好奇心に満たし、それ以外の感情を疎くする。
そんなユアンの様子を見て、
「まぁ、妾がずっとユアンのこと見て、周囲を警戒してれば大丈夫かな。ユアンは気にせず楽しめばいい」
そう、呟いた。
今日はユアンを楽しませるために、ここに連れて来たのだ。精一杯楽しんでもらおう…………、後でお礼に血をたんまりと貰うけどね、と思うカルミラであった。
「ミラ、あっち! あっち行きたい! あれ何かな?」
カルミラのそんな思惑を無視するかのように無邪気な笑顔をユアンは振りまいてくる。
カルミラは一片の悪意を含まないその可愛らしい笑顔につい見惚れてしまった。
この笑顔が見れたなら、血のことを抜きにしても連れて来て良かったなーと、ちょっと思ってしまった。
そもそも連れてこなくてもユアンからは血は貰えるので、『血が貰えるから連れて来た」はカルミラの自分に対する言い訳でしかないのだが。
素直に無条件な好意を他人に与えることに慣れていない吸血姫であった。
「ふふっ、そんな急かさなでよユアン。またこけちゃう」
「ミラ遅いよ〜、早く早く!」
カルミラの手を引っ張り急かすユアン。
先ほど、この状態で転けてしまったカルミラは慎重に歩を進める。
アンバランスな速さの2人はそのまま人混みの中へと消えていったのだった。
子供のころ親や兄弟より、友達の方が信頼できてた思い出があります。
ということで用語説明ぇえ
【神楽】
大東亜連邦鹿島領首都。
世界有数の魔法都市であり、夜の魔導具による夜景はこれ目的に観光客がやってくるほど。