第6話「お迎え」
ゴーレムとの戦闘で、散らかってしまった倉庫を片付け終わる頃には太陽は沈み始めていた。
ユアンとイリスによって粉砕されたゴーレムはクローバーの手によって回収され、今回の事故の原因究明がなされていた。
「……ふむ、コアが消し飛んでいるので詳しいことは分かりませんが、想像するに大きな魔力に反応して動きだしたのでしょう」
イリスとユアンの向かいに座っているクローバーが自分の考えを呟く。
その手には黒焦げになったゴーレムのカケラが握られていた。
「どうやらこのゴーレムは王国時代に作られた物のようで、仮想敵はその時代の近隣列強国の『近衛』と『鹿島』だったようですね。素材には高い魔力耐性を持つ金属が使われているため、生半可な魔法では傷一つつかないでしょう。…………よく倒せましたね、お嬢様」
「はははっ、まぁね」
ほぼユアンの力があって倒したようなものなので、イリスは目を逸らして答えた。
クローバーは、手に持っていたゴーレムのかけらをテーブルに置きひと呼吸置いて、
「ですが、イリスお嬢様。今度からは絶対に逃げてください。イリスお嬢様の身に何かあっては、私達は悔やんでも悔やみきれません」
「最初は逃げるつもりだったよ。ただ……ね」
「ん?」
チラリと横に座っているユアン見る。
ユアンはイリスが何故自分を見てるかわからずに素っ頓狂な声を漏らす。
わかっていた事だが、ユアンの魔法の威力は凄まじいものだった。最初は適当にあしらって逃げる計画だったイリスも、最初の一撃を見て気が変わったのだ。
「ん、なんでもない」
イリスは会話を打ち切った。
信頼できるクローバーと言えども、ユアンの事はあまり詳しく話さない方がいいと思ったからだ。
「ユアンちゃん、こんな時間までごめんね。良かったら私が送っていくよ?」
「ありがとう! ……あぁ、でも必要ないみたい」
ユアンは右手の指輪を見てそう答えた。
「たぶん玄関くらいまででいいかな」
はるか遠くを見るように。
■■■
青い月の光と、街側から漏れる屋台の赤い光が混じり合い紫紺によるを染める中、ユアンはイリスと並んで回廊を歩く。
すると、前からも同じように歩く二つの人影が見えた。
「ミラぁ〜!!」
並んで歩く一人。金髪を潮風になびかせ、漆黒の衣服を待とう少女。カルミラ・L・シェリダン。
「おかえり、ユアン。まさかこんな所にいるなんて思いもしなかったね」
「えへへっ、結構楽しかったよ」
ユアンはカルミラに抱きついて頭を撫でてもらう。目を細め、半日ぶりのカルミラを堪能する。
指輪の力を使って、ユアンの居場所を突き止めたカルミラはここまで迎えに来たのだ。
そしてもう一人。カルミラの横に立っているのは……。
「お、お姉ちゃん!?」
有栖川イリスの姉、有栖川アリスだった。
アリスはカルミラに抱きついているユアンを閉じられたその瞳で一目見て、イリスに視線を移す。まるで本当は見えているのではないかと疑う仕草だ。
「かわいい妹が犬猫だけじゃ飽き足らず、まさか人の子供まで家に連れて帰ってくるなんて思わなかったわ」
「べ、別に誘拐じゃないもん。昼食をご馳走しただけかな!」
「餌で釣るなんて悪女の極みだわ。妹がそんな悪女になってしまって、お姉ちゃん悲しい」
「……下心なんて……ちょっとしかなかったもん!」
「……本当にあなたは小さくて可愛い生き物が好きね――」
アリスはそこまで口にすると、ジッと見られる気配に気づき振り向く。
「ねぇ、ミラ。横の髪の長い人だーれ?」
「有栖川アリス。妾の古い……知り合いね」
「こんばんは。貴方がカルミラ様のお連れのユアンさんですわね?」
「………お姉さん、どうして目を瞑ってるの? イリスお姉ちゃんみたいに魔眼持ってるから?」
「ふふふっ、わたくしは生まれつき眼が見えませんわ。だから魔眼も持っていませんの」
アリスは淡い苦笑を口元に浮かべ、しっかりと閉じられた両眼を指し示す。
「でもでも、お姉ちゃんはすっごいんだよっ! なんて言ったって『五色の魔法使い』に選ばれたんだから!」
「『五色の魔法使い』……?」
いつの間に近くにいたイリスの言葉を聞いて、どこかで聞いたことのある名前にユアンは顔を傾ける。
「大東亜連邦に置いて、基本五属性魔法のそれぞれの頂点に君臨する者に与えられる称号ね。アリスが冠するは『青』……つまり水魔法のスペシャリスト…………簡単に言うと『天才』ね」
その問いに答えのはカルミラだった。すぐ隣にいるアリスはカルミラに褒められ嬉しそうにしている。
「ふ〜ん、どうでもいいや。それでミラとはどんな関係?」
『五色の魔法使い』であることをどうでもいいと切り捨て、そう尋ねた。
お前はミラの何なんだ、と。
「……へぇ、驚いたね。ユアンも嫉妬するんだね」
そう答えのはカルミラ。
自分にギュッと抱きついてアリスを睨みつけるユアンを、犬みたいに撫でて落ち着かせる。
「別に嫉妬じゃない……」
「はいはい、かわいいかわいい」
よしよーしっ、と撫でるうちにユアンは落ち着き出す。その時を見計らって、アリスは口を開く。
「ふふ、大丈夫ですわよ。わたくしがカルミラ様に10年前、ほんの少しだけお世話になっただけですわ」
「お姉ちゃん、その人と知り合いだったの?」
「そう言えば妹子には、まだ自己紹介してなかったね」
と、カルミラはイリスに視線を向けて告げる。嬉しそうに口元を吊り上げ、
「妾の名はカルミラ・L・シェリダン! 闇夜を統べる『吸血鬼の女王』! 400年の時を生きる吸血姫ぃ!」
ババーン、と久しぶりの口上を述べた。
カルミラのそばのユアンが、「おぉ、懐かしい〜」と呟く。
「き、吸血鬼……」
イリスは恐れ慄く。吸血鬼とは基本的に悪の象徴。歴史上を見ても『病魔の理 アルカード」を代表として、多くの吸血鬼が人間に害をなしてきた。そんな存在が目の前にいて、平常心を保つ方が難しいだろう。
「にひひっ、その反応は新鮮でいいね。少し血でも頂こうか」
「カルミラ様、妹をいじめないでください」
「いやぁ、最近の連中は妾のことを知ってる奴らばかりでね。久しぶりに吸血鬼らしいことをやりたくなって――」
視線を感じその方向を向くと、ぷくっと頬を膨らませたユアンがジト目で見ていた。
「――浮気?」
「う、浮気じゃないよ!? 妾が吸血するのはユアンだけね。ホントだよ!?」
「――冗談だよ?」
「目が笑ってないねッ! ユアン、いつからそんなキャラに!?」
ユアンに手玉に取られる吸血鬼の様子を見て、どこかポンコツ臭をイリスは感じた。姉もかなり気軽に接しているので、悪い人ではないのだろう。
「イリス、そんなに怖がる必要なんてないですわよ。カルミラ様はイタズラ好きなだけの、優しい吸血鬼ですから」
「お姉ちゃん……」
「さぁ、帰りますわよ」
いつの間にか、イリスの近くまで来ていたアリス。有栖川の民族衣装に身を包んだ彼女は、白杖をついて自分の家に向かう。イリスはその歩みを支えるように手を握る。
「イリスお姉ちゃん、またねー」
手を大きく振って、笑うユアン。
イリスは無言で手だけ振り返した。
■■■
「ねぇ、お姉ちゃん。さっきユアンちゃんのこと『視てた』よね?」
イリスは隣で歩く姉にそう問いかけた。
眼ではなく、魔法で。
アリスは感知魔法でユアンの事を分析していたのだ。
「そうですわね。気になりましたから」
あのカルミラが一緒に連れている少女。普通であるはずがない……と。あまり大きな感知魔法を使うと、分析していることがバレるため、使用した魔法はある程度小規模の魔法に限定はされた。
「どうだった……?」
イリスは『魔眼』でユアンの魔力は覗いてはいない。魔力を覗いてしまえば副次効果で心を覗いてしまうからだ。
だから姉の分析の結果を聞きたかった。あの魔力の多さの本質を。
――だが、姉の回答は驚くべき答えだった。
「『普通』でしたわ」
「普通? えっ、嘘でしょお姉ちゃん。ユアンちゃんが普通なわけ無いかな!」
「……正確に言いますわ。わたくしは彼女の魔力を見抜く『分析』を使いました。しかし得られた結果は一般人程度。魔法の素質も普通。全てが普通。あの魔力容量でカルミラ様が気にいるような血液を持っているとは思えません」
有栖川アリスの感知魔法は眼が見えないからこそ、代用品として鍛え上げた代物だ。固有魔法『魔眼』には届かなくても、その分析能力は並大抵のものでは無い。
「でも、お姉ちゃん。それはおかしいよ。あの子は今日、マジッククラブで280GAの測定値を出してるの。お姉ちゃんを超える化け物よ」
「わたくしもあの『分析』結果を正しいとは思っていませんわ」
「それって…………」
「どんなカラクリかは分かりませんが、あの子は魔力を隠蔽してますわ。イリスはあの子の苗字、聞いてないのですか?」
「聞いてない……。ただ鹿島領出身だと……」
アリスは自分の感知魔法には絶対の自信を持っていた。魔眼を受け継げなかった自分が、妹と同等の立場で後継者争いが出来るのも、水魔法の才能とこの感知魔法があったからこそだ。
その感知魔法を違和感すら覚えさせないほどのレベルで隠蔽できる魔法。
そんな魔法はアリスの知る限り一つしかない。
「『幻魔』」
四大貴族『鹿島』が持つ精神系固有魔法の中でも最上位に位置する魔法だ。
「お姉ちゃん、それ本気で言ってる? それはユアンちゃんが私たちと同じ四大貴族だって言ってるのよ?」
「鹿島家にあのくらいの子供はいないはずだわ。でもわたくしの感知魔法を無効に出来る魔法は『幻魔』しか知らない。少なくとも今持ってる情報から最も大きな可能性がソレだわ」
「……分家という可能性は?」
「十二分にあるわ。どちらかというと本命。どちらにしても鹿島家に世間に知られてない子がいるのは大スキャンダルだわ」
近衛、鹿島、有栖川、篠宮。
大東亜に君臨する四大貴族は少なからず、どの家も隠し事はあるだろう。有栖川にだって世間に公表してない重大な秘密があることくらいイリスは知っている。
重大な秘密は秘密である限り、世間からすれば無いに等しい。観測されなければ、存在しないに等しいのだ。
だが、もし秘密が秘密でなくなってしまえば……。
「どうするの、お姉ちゃん」
「見て見ぬふりをするしかないわね。これを探ったところでわたしたちに――有栖川家に何か利益があるわけでもないし。いや、むしろ不利益かしらね」
「そう……」
「あら、イリス。今ホッとしたわね。あの子のことそんなに気に入ったの?」
「ち、違……わないけど……。ユアンちゃんには嫌われたくないなぁって思っただけ」
イリスお姉ちゃん、と慕い懐いてくれていたユアンのことを裏切らずに済みそうだ、という事にイリスは胸をなでおろした。
それと同時に、一つの解決しなければならない問題があったことを思い出し、イリスはおずおずと口を開いた。
「……ねぇ、お姉ちゃん。お願いがあるんだけど」
「あら、お金なら貸さないわよ」
「なんで知ってるの!」
イリスの貧乏はまだ続くようだ。




