第4話「有栖川邸」
遅くなってすいません。
――時間は少し巻き戻る。
ユアンとイリスは約二時間ほど――時計の針が正午を超える時間までマジッククラブで夢中になって魔法を使って遊んだ。
夢中になり過ぎた弊害で、ユアンは自分のお腹がかわいい音を出すまでお腹が空いていることに気づかなかった。
「……じゃあ、お昼にしよっか」
イリスの提案にコクリとうなづく。
自由に魔法を使える機会とあって、『紫電』などを連発したユアンは魔力を著しく消耗し、それに比例するかなように強い空腹感を感じる。
「本当はユアンちゃんを屋台に連れて行ってあげたいけれど、あそこは夜しか開いてないしなぁ」
「屋台は夜にミラと行くつもりだよー」
「あぁ、そうなんだ。やっぱり有栖川に来たら屋台は行くよね」
むぅ〜、と何かいい案がないかとイリスは考える。髪をいじり、頭をひねりながら唸っているイリスの様子をユアンは面白そうに見ていた。
「そうだ! じゃあ有栖川家にくる?」
「イリスお姉ちゃんの家?」
「そうそう。すぐ近くにあるから歩いていけるかな」
四大貴族『有栖川』の本邸。自分の家のどう違うのかとても気になった。
ついでにご飯も食べれるとあってはユアンに断るべき理由もない。
「行く行くー」
「よし、じゃあ行こー!」
イリスはそう言ってにこっと笑うと、ユアンの手を引いて歩き出した。
マジッククラブからほんの少し歩くと、真っ赤な柱が鳥居が連なる道が見えてきた。
海原から香る潮風の匂いを感じながらその道の果てまで歩く。鳥居の近くに生い茂る木々からは夏の風物詩である蝉の鳴き声が聞こえる。
そして鳥居道を抜けたユアンの目の前に『有栖川』の本邸が姿を現わす。
「……っ、うわぁ〜!」
あまりの高さに思わずユアンは声を漏らしてしまう。
有栖川家本邸を螺旋状に取り巻く、赤を基調とした建造物。その中央には天にも届かんとする大樹の様な中央塔がたっており、その中央塔から は各方向に聳え立つ建造物に向かって空中回廊が広がっている。
漆黒に塗られた屋根からは紋様の描かれた赤い旗が潮風に揺れている。大東亜連邦の国旗ではないから、有栖川を象徴するものだろう。
まさに派手で豪華な有栖川らしさを極めた邸宅と言える。この中央塔は有栖川で最も高いこともあって、有栖川に訪れた人が最初に目にする建物になっている。謂わば象徴としての役割を持っている。
「ここに……住んでるの?」
ユアンの口から素直な感想が漏れ出た。
あまりに荘厳な雰囲気に、人の住む場所に見えない。鹿島家本邸の質素な洋館とは比べ物にならない。
「あははっ……。300年前の建物を修理、改装しながら使ってるから外観はこんなのだけど、中は結構普通かな」
「お城みたいだね〜」
「そりゃあ、元々お城だからね。大東亜連邦になる前、有栖川領がまだ有栖川王国だった頃の王城だよ」
衛兵らしき人が佇む大きな扉の前に到着する。夏だというのに長袖長ズボンの制服で暑くないのだろうか。
衛兵はイリスの姿を確認すると、一礼してその大きな扉を開けた。
「ごくろーさーん」
と、イリスは一言。
ユアンはイリスの手に引かれてその後を歩く。
扉をくぐる時、訝しげに衛兵がユアンを見てきたが、隣にイリスがいるので何もしてくることはなかった。
扉の奥にあったのは中央塔へと続く空中回廊。
柱の隙間からは遥か彼方の海原まで一望できる。ユアンはキョロキョロと見回しながら歩く。
「ほわぁ〜、本当にすごいね」
「見慣れてしまうと、ただ広くて長いだけの建物だよ。私はもうちょっと住みやすい所に住みたいかな」
「そーなんだ。でも私はお城に住むの憧れるよ。本で見たお姫様みたいでいいなぁ。…………あぁ、でも暑いのは嫌だなぁ」
潮風の生温い風と、回廊の隙間から差し込む強い日光により不快感を覚えるほどの暑さになっている。
「冬はここ、とーっても寒くなるよ。本当に旧時代的な建物よね。いい加減魔導具で空調して欲しいかな」
「私寒いのも嫌い……」
「ははっ、私も」
そんなこんな話しているうちに中央塔の前まで来た。天高くまでそびえるその塔を見て「本当にここに住んでいるの?」と改めて疑問を浮かべる。人の住む所というより、物語に出てくるダンジョンだ。
イリスは当たり前のようにドアを開く。
「お帰りなさいませ、イリスお嬢様」
イリスとユアンを出迎えたのは執事服を身につけた初老の男性。
その顔、態度は柔和で初対面でも安心感を覚えてしまう。
「…………」
ただユアンは執事服を見ると、この間の事件を思い出してしまう。誘拐犯の十兵衛の身につけていた執事服。全くの別人とはわかっているが、緊張してしまう。
そんなユアンをよそに、イリスはその執事に返事を返す。
「ただいま、クローバー。早速だけど昼食にしたいの。私とこの子の分をお願いできるかな」
「かしこまりました。すぐ準備させますので食堂でお待ちください。…………それと、学院をサボるのは程々にしてくださいね。私が奥様に怒られてしまいますので」
「まぁ、善処するかな」
いつも通りの返事なのか、クローバーは苦笑する。そして軽く一礼して、クローバーはその場を立ち去った。
「よーし、ユアンちゃん食堂行こうか…………って、どうして私の後ろに隠れてるの?」
「……トラウマ」
「?」
■■■
一つの大きな円卓がある食堂で、ユアンとイリスは横に並んで座る。本来は十人程度で使うものなのだろう。
「ねぇねぇ、イリスお姉ちゃん。学院ってなーに?」
「学校の事だよ。有栖川中等学院。私はそこの三年生だよ」
「学校っ! いいなぁ、私も学校通ってみたいなぁ」
「ユアンちゃん、学校通ってないの?」
「うん、ずっと家庭教師が勉強教えてくれてた」
生まれてからずっと軟禁されていたあの別邸。
家庭教師の福田翔香が勉強は教えてくれていたが、ユアンはずっと学校に憧れを持っていた。
外に出る夢は叶ったが、しかし学校に通う夢は叶えられそうになかった。ユアンは公的には存在しないため、学校に通うための書類を作れないのだ。
「へぇ、今時珍しいね。じゃあ、魔法もその家庭教師から? 『紫電』って結構難しい魔法だよね」
「魔法はお姉ちゃんからだよ。それと『紫電』はミラが教えてくれたの」
(また『ミラ』……)
――何度も出てくる『ミラ』という名前。
ユアンにとっての保護者的立場であることは話の流れ的にイリスは理解した。しかしその正体については謎だ。
(ユアンちゃんの正体も謎なのに、『ミラ』という人物の事が分かるわけないか)
ユアンという規格外の魔力を持つ子供に、『紫電』という高等魔法を教えた『ミラ』という者。そもそも『紫電』なんて高等魔法を人に教えれるほどの人間なんてこの国には数えるほどしかいない。
(『ミラ』って外国人かしら。もしくは亜人……気になる)
ユアンは自分の事を隠したがっているため、イリスはあまり探るようなことはしたくはなかったが『ミラ』の事に関しては聞く事にした。
「その『ミラ』ってユアンちゃんの保護者? お父さんやお母さんじゃないんだよね」
「ミラは友達だよ。私と同じくらいの背の高さで、髪の色は金髪でとっても綺麗なのっ!」
嬉しそうにユアンは答えた。
友達の事を話すのが楽しいのだろう。
(髪の色は金。高等魔法を教えてるとなるとエルフかしら。でも鹿島に亜人は住んでいないはず……)
「へぇ、金髪なんだ。ミラさんって……」
――外国人?
と、イリスが聞く前にドアが開く。
メイド達が料理を持って部屋に入って来た。
昼食なので軽く食べれる料理が並ぶ。鹿島領ではあまり見たことのない料理にユアンは目を輝かせる。
「うぁ〜、美味しそう」
「…………ふぅ、じゃあ食べよっか」
イリスは一息つき、料理に手を伸ばす。『ミラ』という人物の話は次の機会でいいかなと思った。
料理として出てきたの有栖川ではごく平凡的な料理。香辛料をふんだんに使った濃い味のおかずを、箸休めとなる味の薄いパンと一緒に食べる。
鹿島領では見慣れない料理だが、見た目通りのとても美味しい料理でユアンの箸はよく進んだ。お腹いっぱいまで食べて、食後のデザートを食べている時にユアンが口を開いた。
「登って見たい」
口元をデザートのソースでベトベトにしたユアンが唐突にそう叫んだ。
あまりの唐突さにイリスは食後のデザートを一口食べ、少し考えてから返事をする。
「登るって、ここを?」
イリスは天井を指差す。ここ――つまり、有栖川本邸がある塔の事だ。
「そう! めちゃくちゃ高いから行ってみたいっ!」
「うーん、でもあんまり面白い所じゃないかな。高い階層は今は使われてないから掃除や整備が行き届いてないんだよね」
かつて、有栖川王城だった頃は使われていたであろう高階層の部屋は階段を登るだけで一苦労であるため、今となっては誰もそこには行こうとすらしない。一年に一度だけ、軽い掃除と整理が従者達で行われているだけだ。
「そーなんだ。さっき下から見たとき屋上みたいな所があったから、そこに行って見たいなぁ、って思ったの」
「展望台かな。途中の部屋はなんか古いツボとかよくわからない物がいっぱいあって危険だけど、展望台に行くだけなら特に問題ないよ。ご飯食べ終わったら案内するよ」
「ありがとー、イリスお姉ちゃん」
手を上げて無邪気にユアンは喜びを表現する。そんな姿を微笑ましくイリスは見ていた。
「………………」
「どうしたのイリスお姉ちゃん、だんまりして」
「いやぁ、ユアンちゃん可愛いなぁっと思って。良かったら私の妹にならない?」
「にゃははぁ、私にはもうお姉ちゃんいるから」
やんわりと断られて「そっかぁ」とイリスは声を漏らす。別に本気で言ったわけではないが、断られるとやはり少し落ち込んでしまう。
食後のデザートを食べ終わった二人は、早速展望台まで行くことにした。
この塔の階段は少し複雑になっており、螺旋階段と普通の直階段が階層ごとに交互に繋がっている。またすぐに最上階まで登れないように、1つ1つの階段が離れて配置されており、必然的にその階層の反対側まで歩かなければならなくなる。
つまり、どういう事かと言うと……。
「もー疲れたぁあああ」
ユアンの悲痛の叫びが塔にこだまする。
この高さの塔を登るだけでも大変なのに、入り組んだ塔内を一階層ごとに反対側まで歩かなければならない。そのため、見た目以上に歩く事になるのだ。つまり疲れる。生まれた時から引きこもりガールのユアンの足は鉄のように重くなっていた。
「ユアンちゃん体力ないね。……まぁ、でもあとちょっとだから頑張ろ?」
床に座り込んでしまったユアンにイリスは手を差し伸べる。むぅ〜、とユアンはイジケながらもその手を取る。
ユアン達が今いるのは最上階から二つ下の階層。周りには埃のかぶった鎧や、剣、杖などが雑多に置かれている。かつての武器倉庫がそのままにされているのだ。
そんな倉庫をユアンはイリスの手に引かれ眺める。有栖川の派手好きは建築だけでなく、倉庫の中にある武器や鎧にも影響されている。刀身まで真っ赤に染まった剣、派手な細工が施された鎧。埃を被ってはいるが、その存在感は抜群だ。
「……目がチカチカする」
「そうよねー、私は生まれた時から住んでるから慣れてるけど、他の所から来た人は見てるだけで疲れそうだよね」
「私は黒みたいな落ち着いた色が好き〜」
「いいよね。私も黒好きだよ」
「イリスお姉ちゃんは全身真っ黒スタイルだもんね…………あっ! 見えてきたよ」
次の階層への階段が見えてきた。
この階段を含めて後二つ階段を登れば最上階の展望台だ。
ゴールが近づいてきて、ユアンは少し気が楽になる。
そんな時――
――高魔力検知。
「ん? なーに、今の声」
「――っ!? ユアンちゃん、私の後ろに!」
倉庫の出口近くに、比較的地味な鎧があった。
色は青銅色、複雑な装飾はない。ただ、その大きさは6メートルは軽く超えるほどの巨大な鎧だ。投げ捨てられるように置かれていたその鎧の兜の中から光る眼が覗き見える。
――解析――『不明』。
――敵対種族の可能性あり、『起動』。
ゴゴゴッ、と音を立てて鎧がゆっくりと動き出す。その眼は二人を――正確にはユアンを見落ろしていた。
「なになになーに? なにあれー!?」
「ご、ゴーレム……」
ユアンの疑問にイリスは呟くように答える。そしていつでも抜けるように腰に携えている魔銃に手を添える。
――魔導人形『藍鎧』、全行動制限解除。
――優先的排除対象確定、これより戦闘を開始する。
鎧の全身に刻まれた魔法陣が脈を打つように発光を始める。そしてゆっくりとその巨大な青銅の腕を高く掲げて――
――振り下ろした!
「ユアンちゃん!」
イリスはユアンを掴むと、全力で後ろに飛んだ。ゴーレムの腕は地面に叩きつけられ轟音と共に衝撃が響き渡る。紙一重で避けた二人と階段の間にゴーレムはノシッノシッと移動した。これ以上進ませる気は無いと言わんばかりだ。
「ご、ゴーレムって……何? というか、かっこいい!」
「めっちゃのん気っ! ゴーレムは魔導人形……。魔法陣によって自動で動く化け物よ。こんな倉庫に雑に置かれていたのにまだ動くなんて……」
魔導人形――ゴーレムの研究は何百年も前からなされており、魔法陣により自動制御するタイプと、魔法で遠隔制御する二つのタイプが存在する。魔法陣で動くタイプは中に魔鉱石と呼ばれる魔力を吸収、貯蓄できる天然石を動力源として動くのだ。ただ魔鉱石に貯められている魔力は自然放出によって少しずつ失われていく。つまり、倉庫に長らく放置されているゴーレムが動き出すことなどまずないのだが……。
「しかも何で私達を襲うのよ。意味がわからないかな」
「イリスお姉ちゃん、どうしよう。一発『紫電』撃っとく?」
「そんな花火みたいに気軽に『紫電』撃っちゃダメかな。取り敢えず逃げましょう。クローバーに伝えれば何とかしてくれるはずよ」
ユアンとイリスはゴーレムに背を向け、下へ降りる階段の方へ走り出した。
しかし――
「う、うそ……」
階段の前には二体目のゴーレムが行く手を阻んでいた。
正面のゴーレムに比べたら大きさは半分程度。だが挟み撃ちにされてしまった。
こうなってしまっては、どちらか一方を行動不能にしない限りこの部屋から脱出することすら叶わない。
「ユアンちゃん、私から絶対に離れないでね」
「わかった。私は何すればいーい?」
「……全力で『紫電』をぶつけちゃって。私は相手の足止めをするから」
ユアンはコクリと頷き、詠唱を始める。
そしてイリスは二丁の魔銃を引き抜きそれぞれのゴーレムに向けて魔弾を放った!
日曜にcitrusって漫画読んだらめがっさハマってしまって気づいたら夜になってた。




