第2話「マジック・クラブ」
「有栖川……」
「そうよ。だから私、四大貴族なの。ビックリしたかな?」
「んー、別に? でも右と左で眼の色が違う人初めて見たー。かっこいい!」
「……あー、そっち?」
ユアンにとって四大貴族とは自分も含めてありふれたもの。物珍しくも何ともない。
そんなものより10倍はイリスのオッドアイに惹かれた。
「そーんーなーこーとーよーりー、早く行こっ! 早く魔法使いたいっ!」
そして魔法を早く使いたいという気持ちは、それらよりもっと強かった。
そんなユアンの様子が、想定外だったイリス。四大貴族と言えばこの国の頂点、子供ですら知っていて当然の存在。それをこうも簡単に流されるのは初めての出来事であった。
「……ははっ、柚杏ちゃんは大物になるね」
イリスは苦笑しながら独り言のように呟いた。
■■■
「柚杏ちゃんは初めてだよね?」
「ん、そうだよ」
「じゃあ、こんな感じかな」
イリスは魔法陣が刻まれた壁を触って操作する。すると15Mほど前にカカシのようなマト、が現れた。
「よし、あれに向かって全力で魔法を撃ってみよう。当たったらこの壁にどのくらいぐらいの威力だったか出てくるかな」
「なるほど、わかった」
ユアンは言われた通りに自分が覚えている最大魔法を唱えるつもりだ。カルミラに教わってからずっと練習している雷魔法『紫電』。
少し長めの詠唱の後、狙いを定めて左手を前に突き出した。
「『紫電』‼︎」
つんざくような轟音と共に左手から薄紫色の雷電が放たれる。音速を軽く超えるその魔法は詠唱した次の瞬間にはカカシをえぐるように撃ち抜いた。
カカシは根元から折り切れて、無残な姿で後方へ飛び地面へ叩きつけられた。
「…………」
「やった、成功〜」
驚愕に染まった顔で動けないイリスの前をユアンは魔法が成功した喜びでクルクルと回る。あの事件以来すこぶる調子が良いと感じるユアン。初めて紫電を撃った時は力が抜けるほどの虚無感に襲われたが、今日はその気配すら感じられない。
「ちょっ、イリスさん。何ですか今の音は!」
客寄せをしていたあの青年が轟音を聞いて部屋に入って来た。入ると同時に、吹き飛び壊れたカカシと『測定不能』と表示された魔法陣をみて頭を抱えた。
「ちょっとイリスさん、何してるんですか! 子供用のマトにあなたが全力で魔法を撃ち込まないでくださいよ!」
「私じゃないよっ。柚杏ちゃんの魔法かな……」
「子供に責任をなすりつけないでくださいよ……。こんな子供があんな風にマトを壊せるわけないじゃないですか」
「じゃあもう一度、今度は大人用の奴でやるからそこで見てるかな!」
「そくてーふのー? イリスお姉ちゃん、なんか表示変だよ?」
「あはは、なんか壊れちゃったみたいね。次はもっと丈夫なやつでやろうね」
イリスは再び魔法陣をいじる。
今度出すマトは大人用――を飛び越えてプロフェッショナル用で理論的には500GAまで耐えれる物を出現させる。
「イリスさん、それプロ用ですよ。高出力の魔法検知は出来ますけど、逆に弱すぎると検知すらしてくれませんよ」
「大丈夫、しっかり見てて。……じゃあ、柚杏ちゃん。今度はあれに向かって魔法撃って見ようかな」
「わかった〜」
実は先ほどの『紫電』は成功するか不安で少しだけ加減して詠唱した。さっきの成功で自信がついたユアンは今度は力いっぱいの本気で『紫電』を放つ。
「んんぅ……『紫電』‼︎」
先ほどより一回り大きな雷電。
轟音と雷光がカカシを飲み込むように襲いかかる。
しかし流石はプロフェッショナル用。ユアンの『紫電』を受けても表面が少し焦げ付くだけで済んだ。
魔法陣に刻まれた数値は280GA。
「……イリスさん、個人の魔法実数直の記録ってどのくらいでしたっけ」
「国内記録は3年前に記録された近衛獅子麻呂氏の『炎帝燐』で370GAかな。でも彼を除くと次は故人の東雲雷火氏の『雷轟』で230GA……。エルフなどの亜人を含めればもっと大きな記録が出るかもしれないけど……」
人間という規格では異常なほど大きな魔力出力。単純な出力だけならそこらの大人どころか、平凡な四大貴族を軽く超える。
そしてその平凡な四大貴族である事を自覚しているイリス。もし全力を尽くして魔法を放ったとしても遠く及ばない値を目の前にして、ひどい悪夢を見ている感覚に陥る。
「280ってすごい?」
しかも当の本人は自分の異常さに気づかず、無邪気な笑顔でイリスにそう聞いてきた。
イリスは髪をいじりながらどう返答しようか悩んだ。正直に言っていいものか……と。
(こんな化け物レベルの女の子がこの国にいたなんて聞いたことない。あのお姉ちゃんですら単純な出力なら絶対に勝てない……。鹿島領から来たって言ってたけど、本当は蓮華皇国の間者……? いや流石にそれはなさそうだけど……。……そういえば……)
イリスはユアンの名字をまだ聞いてない事を思い出した。
「うん、とってもすごいよ。柚杏ちゃんって何処かの貴族の子なのかな?」
ここまで強い魔力を持っているなら貴族である確率が高い。エルフなどの人間より魔力適正が高い種族という線もない事はないが、見た目が明らかに人間の子供であるから薄い線だろう。
「えっ? あー、えーっと……」
ユアンは即答できずに言い澱む。
その様子を見てイリスは何となく察する。
(うわ〜、分かりやすい反応。鹿島領から来たと言ってたから鹿島直下貴族の「東雲」か「東條」? それともまさか「鹿島」⁉︎ いや、「鹿島」にこのくらいの歳の子はいないはずだからそれはないかな)
しかしそうだとするとイリスはユアンの扱いに困る。いくらイリスが四大貴族と言えど他領の貴族の子息と問題が起きれば、領同士の争いに発展しかねない。
(つまり、最適解は柚杏ちゃんには普通に楽しんでもらってそのまま何もトラブルを起こさずに楽しいまま帰ってもらうこと。触らぬ神に祟りなし……かな)
店の前に立っていたかわいい少女を拾ったと思ったら、政治的な爆弾だった。ユアンはただ無邪気なだけで何も知らないのがイリスにとって唯一の救いであった。
「まあ、言いたくないなら言わなくていいかな。柚杏ちゃんにも事情はあるだろうし」
「……ありがとう」
「よーし、じゃあ次は動くマトを狙ってみようか」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、イリスさん」
魔法陣を操作しようとした所で青年がイリスを止めに入る。
「その娘の凄さは分かりました。しかしこれ以上マトを壊されると、こちらもたまったものじゃありません!」
「あ〜、じゃあ壊れた分は有栖川家に請求していいから」
青年が二の句を続けないうちにイリスは魔法陣を操作して、マトを出現させる。
動くマトが五つ。先ほどのカカシ型とは違い丸い円盤のような形のがフワフワと浮いている。
「じゃあ、柚杏ちゃん。つぎはアレに魔法を当てて見て。ランダムに動いているから当てるのは難しいよ。制限時間は30秒」
イリスがそう言うと、マトはランダムに高速で動き始めた。狙って当てることは困難だろう。
「よーし、任せて!」
「……ちょっと待って。また『紫電』使うの?」
「ん、そうだよ」
「制限時間は30秒しかないのよ。『紫電』よりももう少し簡単な魔法をいっぱい使った方がいいかな。さっきのとは違ってこれはマトに当てるだけでいいからね」
「わかったー」
『紫電』を一回唱える為に8秒程度は掛かる。このルールだと3〜4回しか唱えることができずに不利だ。
ユアンが使える魔法は『紫電』と『幻魔』を除くと、後は姉から教わった初歩的な魔法ばかり。何を使おうか、少し悩みユアンは『雷撃』を選択する。
「じゃあ、始めっ!」
「『雷撃』!」
イリスの合図と共にユアンは『雷撃』を唱える。パチンっ、と破裂音と共に指先から雷が飛ぶ。
しかしその雷はマトに当たらず空を裂く。
「むむむっ……」
ユアンは何度も何度も『雷撃』を放つ。しかし、その雷撃がマトを捉えることはない。
意地になって連射するが、マトはまるですり抜けるかのように避けていく。
(ただの『雷撃』でこの威力……か。まぁ、それでも命中精度や魔法のコントロールは年相応かな)
ユアンの魔力や魔力容量は化け物レベルだが、魔法の技術面は子供らしく拙いものである。膨大な魔力は持ってはいるが、ただそれを単純に垂れ流すことしか出来ない子供。規格外の中に普通である一面が見えてイリスは安心する。
結局ユアンが一度もマトに『雷撃』を当てられないまま30秒たってしまった。
ガクッと肩を落としてユアンは一言。
「ムズイ……」
「初めてならそんなものかな」
「むぅ〜。次はイリスお姉ちゃんやってみて!」
「わ、私?」
「お手本にするのー」
んー、とイリスは少し困ったような声を出す。
イリスはおもむろに腰に差している二丁の銃を手に取る。
「私、普通の魔法は使わないの。その代わりに使うのがこれ」
「なにこれ」
「これは魔銃、そしてこの中にセットされてるのは魔弾。ユアンちゃんは魔鉱石って知ってるかな?」
ユアンは少し思い出すように考え、ポツポツと答え始める。
「確か……魔法を吸収して貯めれる石……だった気がするー」
「うん、だいたいあってるかな。この魔弾は魔鉱石で作られていて中に魔法が封じ込められてるの。それを表面の魔法陣で制御していて、この銃から打ち出すことで魔法を擬似的に使用できるの」
「???」
ポカーン。
そんな擬音が似合いそうな顔をする。
そんなユアンの様子を見て、イリスはクスクスと笑う。
「まぁ、見てて」
イリスは魔法陣を操作して、二丁の銃を両手に構える。
スタートの合図と共に、その銃のトリガーを絞る。
ダンッダンッダンッダンッダンッ!
右手の銃から二発、左手の銃から三発。
撃ち放たれた弾丸はその全てがまるでマトに吸い込まれるように着弾した。
着弾と共に魔弾に刻まれた魔法陣が起動し中級魔法『炎爆』が起動する。マトは轟炎に飲み込まれはじけ飛ぶ。
――有栖川イリスの記録――2秒。
「あははっ、これじゃお手本にならないかな?」
イリスはニカッと得意げに笑って振り向きそう言った。
ハイファンタジー化が止まらない(元々から)。




