第1話「有栖川」
週1〜2くらいで更新したいかな……
大東亜連邦南部に位置する有栖川領。
大東亜連邦は大小二つの島からなる国家であり、有栖川領を除く他の三領が大きな方の島で陸続きであるのに対し、有栖川領は南部の小さな島のみで構成されている。広さとしては近衛領、鹿島領に次ぐ3番目とそれほど大きなわけではない。
大東亜連邦成立以前の有栖川領は海を挟んだ隣国である蓮華皇国の属国であったため、その名残で赤や黄色の原色を多用した派手な建物や、きらびやかな文化が多く残っている。
また海に面した都市が多く、大東亜連邦の国際的な玄関としての役割も持っており、さらに世界有数の『温泉』の産出地で観光目的で有栖川領にやってくる異邦人も多い。
世界中の物や文化が一堂に集まる領、それが有栖川領なのだ。
その中でも特に有名なのが『屋台』と呼ばれる小さな屋根付きの移動型店舗だ。屋台街と呼ばれる所に多く集まって、料理に、玩具、土産物、世界中のあらゆる物が売られている。
その中でも料理に関しては世界中の食物を食べることができるとあって、世界中の美食家が有栖川領に集まる。
「ここが……屋台街。なんか誰もいない」
宿を出たユアンは当てもなく適当に歩いていると、偶然屋台街に辿り着いていた。
屋台街が盛況になるのは日が沈んでからであり、まだお昼を超えてないこの時間では閑散しているのはごく当然のことと言えた。
心地よい夏風邪が吹き抜ける中、どうしようと悩む。
「どこ行こうかなあ」
10年も引きこもっていたユアンからしたら自由に歩けるだけで気分が高揚するのだが、それでもやはり何か目的が欲しかった。
屋台街を去り、何か面白いものはないかと歩き回る。そんな中、すれ違う人の中には金髪や青髪など、大東亜人とは異なる容姿を持つ人が少なからずいた。貿易都市としての一面がそうした日常の中に垣間見える。
30分ほど歩き、足が少し疲れを覚える頃一つの看板が目に入った。
「『マジック・クラブ〜自由魔法射術場〜』?」
大きな看板にそんな文字が書かれた建物があった。近くには何やら料金表らしきものがあるから何かのお店なのは確かだが、一体なんのお店なんだろうとユアンは頭をひねる。
「おや、お嬢ちゃん。興味あるの?」
お店の前に立ち尽くしていたユアンに店員らしき青年が優しく話しかけて来た。
「これなんのお店?」
「ここは自由魔法射術場だよ。街中では使用が規制されている強力な魔法を自由に使うことができる場所さ。動くマトを狙って『炎弾』なんかを撃ち込んだりしてストレスを解消する人が多いよ」
強力な攻撃魔法は人や物に多大な危害を加える可能性が高いため、警備隊や許可を得た一部の人間以外は使用を制限、禁止されている。しかし、このように認可された施設では魔法使用の制限が緩和されるため、普段使えないような魔法を使って簡単なマトあてゲームに興じる人たちがいる。
また、マトを魔法で撃ち抜くゲームは競技としての側面もあり、たまに大きな大会なども開かれている。
「楽しそう」
「お嬢ちゃん、お母さんかお父さんは?」
「いない。ミラと来たけど、ミラは宿で寝てる」
「そ、そっか。実は子供だけだと危ないから入れてあげられないんだ」
「そっか〜」
せっかく面白そうなものを見つけたのに、出来なくて肩を落とす。しょうがない、と諦めて他の面白そうな事を探そうと思った時。
「――なら、私が保護者って事でいいかな」
ユアンの背後から声がした。
振り返ったそこにいたのは、十代半ばの少女だった。大東亜人には珍しい深い青色の髪を肩くらいまで伸ばし、丈の長い黒いコート(マント?)に黒の短パン、右眼には眼帯をしており腰に二丁の拳銃を携えている明らかに周りから浮いている少女。少なくとも真夏の格好ではない。
「い、イリスさん!」
青年は少女のことを知っているのか名前で呼ぶ。少女はお兄さんに無邪気な笑顔を返す。
「たしか子供の随伴者は15歳以上であれば良かったよね。私、この前15歳なったからいいよね」
「いや、あぁ…………そうですね。イリスさんが一緒なら問題ないです」
青年の方が少女より明らかに歳上であるのに、何故か少女に敬意と畏怖が隠れ見える。
青年の回答に満足したのか、少女はユアンの方に振り向く。
「そう言うことだから――よろしくかな。私はイリス。イリスお姉ちゃんって呼んでくれていいんだよ」
「…………不審者?」
「不審者じゃないかな⁉︎」
外にいるだけで汗をかくこの時期に真っ黒なコートを身につけ右眼には眼帯、更に腰には二丁の拳銃。幼女のユアンに優しくするその態度。確かに不審者に間違われてもおかしくはない。
「大丈夫、イリスお姉ちゃん優しいお姉ちゃん。不審者じゃないかな〜」
「…………知らない人に付いて行っちゃダメって言われた」
「しっかりしてる親御さんだね」
「親じゃなくてミラ」
イリスは髪をいじりながら考え事をするように天を仰ぐ。数秒で考えがまとまったのか、ユアンの方を向いて再び口を開く。
「ほら、君はあの店に入りたいんでしょ。お姉ちゃんがお金も出してあげるから一緒に……ね?」
「優しすぎて逆に怖い」
「おう、逆効果!」
また髪をいじりながら天を仰ぐイリス。
会話しながらなんとなく悪い人じゃない事は伝わってくる。店員の青年も既知の人であるし、イリスが極悪人で自分に何かするつもりで近づいて来たようには、ユアンは到底思えなかった。
少し悩んだ末、ユアンは決意したように口を開く。
「…………う〜〜〜ん…………よし、じゃーお願いするね、イリスお姉ちゃん」
「――っ!! お姉ちゃん……うぅうう、良い! ねぇねぇ、もう一度私の事呼んで見てほしいかな」
「……イリスお姉ちゃん」
「――――くぅうう、最高っ‼︎」
ユアンは、なんか勝手に興奮し出した目の前の少女に懐疑的な眼を向ける。本当に信用してよかったのかな……、と。
「イリスさん、その子引いてますよ」
「はっ! ごめんね、興奮しすぎちゃったかな。えーと……そう言えばまだ名前聞いてなかったかな」
「柚杏、10歳。鹿島領から来たの」
取り敢えず名前と歳と出身だけ答えた。
苗字は絶対に言えないし、それ以外は特に情報を持ってないユアン。好きな食べ物くらいは言った方が良かったのかな。
「ユアンちゃんかぁ。可愛い名前だね、どんな風に書くのかな?」
「柚子の柚に杏子の杏で柚杏だよ、イリスお姉ちゃんはどんな字?」
「私はそのままかな。私ハーフだから名前は外国人風なの」
ハーフ。つまり大東亜人と外国人の親の間に産まれた子供というわけだ。ユアンもカルミラからの知識でそれは知っていた。
有栖川領は他所の国からの来訪者が多く、国際結婚をする人も比較的に多い。イリスのように半分だけ違う国の血を引いてる人間も少ないわけではない。
「はーふ! カッコいい」
「んっふっふ〜、そうでしょー」
「あ〜、イリスさん。取り敢えず場所の確保は出来ましたんでお店に入りませんか? ペア席で良かったですよね?」
「あっ、ありがとー。よーし、柚杏ちゃん、レッツラゴーかな」
イリスの手に引かれて、ユアンは店内へと連れて行かれたのだった。
■■■
軽快な音楽が流れる店内に入る。
広めのエントランスホールを抜けると、扉が並んだ場所に到達する。それぞれの扉の奥が個室になっており、その個室から射術場へと行ける形になっている。
「柚杏ちゃんは補助具や増幅具は使ったことある?」
「なーい」
「なるほど。それと柚杏ちゃんは魔法使えるようになってどのくらいかな?」
「一ヶ月くらい、と思う」
「そっかぁ。あまり魔力に目覚めたてだと補助具や増幅具は返って邪魔になる事があるから、とりあえず最初は無しでやろっか」
個室に入ってユアンとイリスはトレーナーに着替える。生活魔法と違って、射術場で使う魔法は規模が大きくなる事が多く衣服に被害が及ばないようにするために保護魔法が刻まれたトレーナーに着替える。
「イリスお姉ちゃんは着替えなくていいの?」
「私の服は保護魔法がかかってるからね」
「だから夏なのにわざわざそんな服着てるんだ」
「んー、いや。これは趣味」
「趣味」
全身真っ黒な服スタイル。まるでミラみたいだなぁ、ユアンは思った。
「じゃあ、その眼帯も趣味なの? お目々が悪いとかじゃなくて?」
イリスの右眼に付けられた黒の眼帯を指差す。魔法陣らしきモノが描かれているので何かの魔導具かと思ったが、これもオシャレなのだろうか。
「あっ、これは――」
不意に指摘されて、イリスは右手で眼帯を隠すように覆った。あまり聞かれたくなかった事なのか、返事に困るように言い淀んだ。
「……柚杏ちゃんは鹿島領の出身だったから私の事……知らないんだったね」
「? 今日初めて会ったよ?」
「有栖川領の人はみんな私の事知ってるから、この右眼の事を指摘する人っていないの」
イリスはおもむろに右眼につけてた眼帯を取る。
「絶対に眼を合わせないでね」
イリスの注意を聞いて、少し伏せ目がちにその眼を覗き見る。
イリスの眼帯をつけてない方の目――左目は青色に近い色をしている。しかし、眼帯の下にある右眼は――
――緋色だった。
色だけならカルミラの瞳に似ているが、その眼の本質は全く異なる。瞳の中に独特の紋様が浮かび上がり、鮮やかに薄く光を発している。その紋様はまるで――
「……魔法陣」
ポツリと呟くユアン。
瞳の中に二重の円、その中を記号のようなものが浮かび上がっている。
イリスは再び眼帯をして、その瞳を隠す。
「この眼は固有魔法『魔眼』」
エウロパ共和国などでは『マジック・アイ』と名付けられている比較的に近似種の多い固有魔法である。そしてここ、大東亜連邦において『魔眼』を持つ家系は一つ。
「柚杏ちゃんにはまだ私のフルネーム、教えてなかったかな」
その家系は四大貴族。
『過去視』、『現在視』、『未来視』を司る『魔眼』を継承するその家の名は――
「私の名前は――有栖川イリス。有栖川領領主の娘で、後継者候補の一人」
――有栖川家だった。




