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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第2話「カルミラ・L・シェリダン」

 鹿島家別邸の一階には浴場がある。アニメや漫画の貴族の家によくある大きな浴場ではなく、浴槽は二人で入るのがギリギリなくらいの大きさである。大きな浴場はすぐ近くの本邸にある。浴槽に刻まれている魔法陣に魔力を流すとお湯が出てくる仕組みになっており、魔力を使えるものなら誰でもお湯を入れることができる。なおユアンはまだ魔力を操作できないため魔法陣を起動できる女中の久嗣(ひさつぐ)純子(じゅんこ)にお湯を入れてもらっている。


 「おっ風呂、お風呂おーふーろー」


 ユアンは自作のお風呂の歌を歌いながら服を脱ぐ。最近ほんの少しだが膨らみ始めた胸があらわになった。今日は昼間に庭を散歩したため少なからず汗をかいていた。いつにも増してお風呂が楽しみなユアンであった。


 「お嬢様、まずは髪をお洗いしますね」


 お風呂に入るとまず純子に髪を洗われる。ユアンの髪はとても長いため洗い終わるまで少し時間がかかるのはいつものことだ。この世界にはシャンプーはなく、基本的には水魔法の『浄化』によって汚れを落としている。一応『浄化』は魔法の中でも基礎の基礎であるから使えない人のほうが少ないが、それでも子供や魔力を生まれつき持たない人のために『浄化』の魔法が練りこまれた『清水(せいすい)』なるものも売られている。

 純子の手によってユアンのとても長い黒髪がまるで高価なものに触れるように優しく丁寧に洗われていく。

 髪を洗い終わると次は身体である。ただし、ユアンは他人に体を洗われるのはこそばゆくて苦手としているので、自分で『清水』を使い洗うのだ。


「もう出てていいよ」

「かしこまりました」


 純子をお風呂場の外で待機させると、ユアンは『清水』が入っている入れ物をとり中身を手にこぼす。白乳色のドロッとした液体が片手から滴り落ちる。『浄化』で洗うのと違いこちらは、シャンプーや石鹸のように泡立つ。


「泡あわ〜」


 ユアンは『清水』を泡立てて、身体を洗っていく。右腕、左腕……真っ白な肌が泡に包まれる。背中は手が届かないからタオルを使い洗った。

 泡をお湯で流し、綺麗になった身体で湯船に向かう。


「……ふにゃあ〜」


 お風呂の熱が全身を伝わり、身体の芯から温める。ユアンは気持ちよくてついつい声を出してしまった。

 肩まで使ってゆっくりお風呂を堪能したユアンは、いつもやっているように浴場に備え付けられた窓を開ける。

 窓の外には満天の夜空が輝いていた。雨が降っている日以外はこんな感じに窓を開けてお風呂に入るのがユアンの趣味だった。


「今日は赤の半月か……」


 夜空にきらめく星々の中にひときわ目立つ赤い月。地球の月よりも見かけの大きさは数段大きく夜空を照らしていた。ちなみにこの世界には月が2つ存在している。もう1つは青い月でおよそ30日交代で夜を照らしている。赤い月が新月→満月→新月となったら次の日からは青い月が新月→満月→新月という周期になっている。


「あか〜い月には悪魔がいて〜、あお〜い月には天使がいる〜」


 ユアンは教わった伝承にでてくる歌を口ずさむ。そんな伝承を信じる歳ではないが、この歌はユアンのお気に入りであった。

 ユアンが月を眺めながらそんな歌を歌っていると月の前を黒い影が通り過ぎた。


「ん〜、何だろー?」


 窓から身を乗り出してその影を探す。星々がきらめく夜空の中で、目的のものを探し出すことはそんなに難しくなかった。先ほどの影はフラフラと空中を飛んでいた。今にも落ちそうなそれを見たユアンは「コウモリ? いや、大きさ的には人間かな?」とつぶやいた。

 その影は遂に力を失ったかのように落下し始めた。そしてすぐ近くの……鹿島家の敷地内の泉がある方角へ落ちた。今日の昼に姉と一緒にスコーンを食べたあの泉だ。


「大変、落ちちゃった!」


 ユアンは焦った。人ならすぐに助けに行かないと……という使命感が生まれたが、ユアンはたとえ夜とはいえ別邸の外へ1人で出るわけにはいかなかった。1人で出ようとすると確実に純子に引き止められる。

 ユアンは少し考える。どうすれば女中にばれずに抜け出せるか……。

 ………………!

 はっと、ひらめいたアイデアをすぐに実行に移す事にした。


「今日はもう少しお風呂に浸かっていたいから、先に他の仕事しててー」

「……? あと残っている仕事はお嬢様の寝室の準備だけですので、上がるまでここで待っていても構いませんよ」

「えーっと……、じゃあお風呂上がりに何かフルーツが食べたいから準備しててくれる? あと温かいミルクもー」

「……かしこまりました」


 純子は不審に思ったが、相手は貴族の子であるため素直に命令に従うことにした。

 よしっ、とユアンは心の中でガッツポーズをする。監視は遠ざけたので後はここから抜け出すだけ……。玄関から外に出ると確実に女中にばれてしまう。ならば……


 「ちょっと寒いけどいいかな」


 お風呂の窓を乗り越えて外に出た。

 もちろん全裸でだ。


   ■■■


 季節は春。昼間は日光が心地よいが夜中となるとやや肌寒い。ましてユアンは全裸だ。しかも風呂上がりでタオルで拭かずに飛び出たのだ。濡れた肌にあたる夜風は容赦なくユアンの身体を冷やしていく。


「くしゅん……。うぅ〜失敗」


 泉の近くまで来たユアンは後悔のまっただ中だった。勢いで飛び出してきたけども、ただの見間違いという可能性もあるのだ。骨折り損のくたびれもうけとか嫌だなぁ……と思うユアンであった。


 「はやく見つけて、帰ろ……。確かここら辺だったよーな……」


 木々に囲まれた泉のほとりまでやってきたユアンはキョロキョロと周りを見渡す。しかし特に変わった様子はなく、赤い月を映す泉がそこにあるだけであった。ホントにくたびれもうけじゃん……ユアンはそう思い別邸へと引き返し始めた。


 ――くぅ……


 何か音がした。聞いたことある音だった。お腹が空いた時に自分のお腹から鳴る音と同じあの音だった。

 ユアンは音の鳴る方……頭上に顔を向けた。

 そこには木の枝に引っかかった黒い布があった。いや、よく見ると黒い布を身にまとった人間? らしきものだった。


「おぉ……、そこにおる主よぉ。血を……血を分けてくれ………」


 バキッ


 枝が折れてユアンの目の前にそれは落ちてきた。

 落ちた拍子に頭を覆っていた黒い布が外れた。

 その中から現れたのはキラキラと照り輝く金糸のように細い金髪であった。

 金髪からのぞく顔はユアンより2〜3歳年上の雰囲気を醸し出す少女のものである。


「金髪だぁ……。すごい」


 「すごい」という小学生並みの感想をもらしたユアン。生まれてから他人とほとんど接してこなかったユアンにとって金髪は本でしか見たことないものであった。そもそも大東亜連邦に住んでいる人の九割は黒またはそれに近い色の髪であるから普通に暮らしている人でも純粋な金髪を目にすることは少ないだろう。


「……そう、金髪だよ! 珍しかろぉ? だから血を……吸わせてぇ!」

「えぇ、嫌」

「即答ぉ!!」

「血を吸うっててどーいうこと? というかあなただれー?」

「よくぞ聞いてくれた。妾こそ、この世界の闇夜を統べる『吸血鬼の女王』!! 異名を『吸血姫 カルミラ』!! 真名はカルミラ・L・シェリダン!! 400年の時を生きる吸血鬼ぃ!!」


 ドン!! という効果音が聞こえてきそうな見得を切った。……しかし言い終わるとヘナヘナと座り込むカルミラ。


「だいじょーぶ? えぇとカルミラちゃん?」


 ユアンは座り込んだカルミラを心配して手を差し出した。


「うぅ……、ありが……」


 ユアンが差し出した手を握ろうとしたカルミラ。しかし途中で動きが止まる。

 カルミラの目線はユアンの右腕を凝視していた。ユアンはその目線を追い自分の腕に目をやる。ユアンの雪のよう真っ白な右腕の肌には切り傷が出来ていて、ほんの少しだから血がにじみ出ていた。どうやら泉の周りに生えている木々で切ってしまったようだ。


「………………」

「………………」


 まるで時間が静止したようにお互い無言で固まっていると、急にカルミラの手がユアンの右腕を掴んだ。そしてカルミラはユアンの傷口に自身の顔を近づけて……


 ペロッと舐めた。


「ひゃっ」


 カルミラに傷口を舐められてユアンは声をもらす。さらにカルミラはユアンを地面に押し倒した。そしてユアンの右腕をペロペロと舐め続けた。

 ザラついた舌でケガをして敏感になったところを舐められ、ユアンを悶える。ちょっと切っただけなので痛みはほとんどなかったが、痛みまでいかないキズを、舌で舐められて刺激される中途半端な感覚が逆にユアンを苦しめた。

 満足するまで舐めたのかカルミラは口を離す。


「……ふぅ」

「はぁ……はぁ……」

「……なんで主は服を着ていないのね?」

「今さら!?」


 ユアンはカルミラにここまで来た経緯を説明した。説明する途中にくしゃみをし始めたユアンにカルミラは自分が羽織っていた黒い布――形状的にはローブと言い表すのが最適――を貸してあげた。

 カルミラの黒い布の下はフリル付きのゴシック服であった。端々まで丁寧に作られており一目で高級品であることがわかる。


「つまり妾が落ちてくるの見てここまで来てくれたのか?」

「そうだよー! それなのに…、それなのに腕をペロペロと舐められたんだよー!」

「うん、何というかごめんね。でもほら、キズは治っているよね。吸血鬼の唾液にはキズを癒す効果があるからさ。……普段だといくらお腹空いてても吸血衝動くらい我慢できるんだけどねぇ。主の血はとても濃いみたいなのよ」

「血が濃いってどーゆこと? 私が『鹿島の血』を引いてるってこと?」

「やはり主は鹿島家の人間か……。固有魔法を有する血族の血には潜在魔力があるからねぇ。……しかし妾は他の四大貴族の有栖川家当主も近衛家当主も遠目であるが見たことあるけど、主ほど濃くはなかった」

「そーなの? でも私は……だし……」


 女中との子であるユアン。

 鹿島領では禁忌な出自であるそれは、ユアンにとって小からずコンプレックスとなっている。姉とか父の前では表面には出さないが。


「言わなくてもわかる。今の鹿島家の直系に、主ほど小さな女子(おなご)はおらんかったはず……だよね? ということは主は隠し子といったところか」

「!!」

「ふむ、あたりか。これは大スキャンダルだな。たしかに不義に厳しい鹿島領でその領主が不義を働いたとなると、大批判だろうねぇ」

「…………」


 自分の隠さなければならない秘密を知られてしまったと思った。

 ユアンのその幼い顔が不安により青く染まる。


「そんな心配しなくていいよ。言いふらすつもりはないからね」

「あ、ありがと……」


 どうやら、この吸血鬼は口外するつもりはないらしくユアンの心配は杞憂に終わった。

 ホッと息つくユアンにカルミラは言葉を続ける。


「そうだ主よ、名前は何というのか?」

「か、鹿島柚杏」

「ユアンか……いい名前だね。主も妾のこともミラと呼んで欲しい」

「ミラ……」

「そう、ミラ……。親しい人間にしか呼ばせたことないあだ名だよ」

「わかったよミラ!」

「あははっ、元気いいね。ユアンは妾の恩人だから困ったときはいつでも手を貸すよ〜」

「ありがと……。ねぇミラ、いきなり手を貸してもらっていい?」

「ほんといきなりだねぇ。何をすればいいの?」

「急いで家に戻らないと、たぶんもうすぐ外出がばれちゃうの」


 純子がユアンの頼んだことを仕上げて、お風呂場にユアンの様子を見に戻るまでもう時間はないはずだ。思ったより話し込んでしまったユアンは焦る。

 


「おやすいごよう。さぁ捕まって」


 カルミラの差し出す手をユアンは掴むと、カルミラは自分の懐までユアンを引き込んだ。そしてカルミラの背中から黒い翼が現出した。鳥のように羽毛で覆われている翼ではなく、まるでコウモリのように飛膜をもつ翼だった。


「真っ黒な翼だ! かっこいい!」

「これは吸血鬼の固有魔法『身体変化』により生やしたんだよ。……さぁ飛ぶよ!」


 ユアンを両腕で抱いてカルミラは翼をはためかせ飛び立つ。

 ひと呼吸のうちに遥か上空へとたどり着く。

 そこから見える景色にユアンは感動を覚える。上空には満天の星々、そしてその下に広がるのは夜の暗闇にきらめく人口の光。とても幻想的であった。


「あの建物が別邸でよかったかい?」


 ユアンはコクリと頷いて返答する。

 ファサッと翼がはためいたと思うと、別邸に向かって滑空を始めた。速度は出ていたがユアンは特に怖いとは思わなかった。むしろ人生で初めての体験にワクワクしていたのだった。


 

ロリ百合も好きですけど、社会人百合も好きですよ。


ということで用語説明


【魔法陣】

魔法の力を封じ込めた紋様。

付加式と起動式がある。

柚杏のパーカーに刻まれているのは付加式。魔法陣が存在する限り効果を発揮し続けるもの。ある程度時間が経つと効果を発揮しなくなる。柚杏のパーカーは数年単位で効果を維持できる高級品。

起動式は魔力を注ぐことで効果を発揮するもの。今回の話のお風呂など。魔力を注がないといけないため、子どもや魔力を持たないものでは起動できない。

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