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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第26話「旅立ち」

第1章完結です。

 空気を切り裂くように汽笛が鳴り響く。

 ここは鹿島領邦都『神楽』の駅。

 大東亜連邦をグルリと一周している大東亜環状線と、近衛領へと直通している近鹿線の二つの路線が通っている。

 駅内は見上げるほどに高く、多くの人たちが忙しそうに行き来していた。


「すっごーい。これが列車? 今から乗るの?」

「あははっ、そうね。乗り遅れる前に早くチケット買って乗ろう」


 ユアンの問いにカルミラが答える。

 テンションが天元を振り切っているユアンをカルミラは微笑ましく見守る。


「ユアンは……どこに行きたい?」

「わたしが選んでいいの?」

「ユアンが行きたい所に行かなきゃ意味ないね。ユアンの夢に見た外の世界、その行き先は自分で決めるものね」

「んーとね……」


 路線図を眺めユアンは首をかしげる。

 古き建物と新しき建物が混在する大東亜連邦最大の邦領『近衛領』。

 この国最大の貿易港を持ち、多くの外国人が闊歩している海隣邦領『有栖川領』。

 この国で唯一亜人と共存している雪と氷の邦領『篠宮領』。

 本で見て、ずっと訪れたかった場所がよりどりみどり。

 夢に見た冒険が今叶うのだ。


「……有栖川領かなぁ」

「ほーん、どうしてね」

「全部行きたいからね。こー、グルっと行こうなぁと」


 ユアンが指で路線図を指し示しながら説明する。その指は有栖川領→近衛領→篠宮領と指差して大東亜連邦を一周する。


「なーるほどねー。篠宮領からじゃダメなのか? 別に一周するなら反時計回りのそっち路線でもいいよね?」

「うーん、でももうすぐ夏だよ」

「うん?」

「わたしね、海行きたい!」


 梅雨が終わりもうすぐ夏が来る。

 夏が来れば有栖川領の浜辺で海水浴を楽しむ事ができる。

 有栖川領にある海水浴場は海が透き通っていてとても綺麗だと有名だ。


「あぁ、海かぁ。確かに海に行くなら有栖川だねぇ」

「夏の日差しがサンサンと照り続ける浜辺! 水着を着て海を泳ぐの! 海ってとっても広いんでしょ?」

「……あぁ、うん広いよ。そっか……海ねぇ」

「ミラ、もしかして泳げないの?」

「いや、夏の日差しは勘弁したいね。海なら夜行こうよ」

「そっか、ミラって吸血鬼だもんね。溶けちゃうもんね」

「溶けないよ⁉︎」

「にゃは、ジョーク。本当はグターってなるんでしょ。わたし、ミラのことは詳しいんだよ!」


 ニパッ、と笑って悪戯っぽく目配せするユアン。


「さて、行き先も決まったしチケット買わないとね。……ユアン、お金あげるから二人分買ってきてくれるね?」

「分かったー!」


 カルミラからお金を受け取り、チケット売り場までユアンは走って行った。

 その後ろ姿を微笑ましく見ながら――


「何の用ね」


 一瞬で表情を消して、後ろにいる男に冷たい声で話しかけた。


「ふむ、中々鋭いな。『幻魔』を使わなくても、気配を消すことには自信があるんだがな」

「そんな事は聞いてない。妾は、何の用ね、と聞いたのね――――鹿島準夜」


 カルミラが金髪をなびかせて振り返る。

 鹿島準夜は黒のスーツを身にまとって、駅のベンチに腰掛けていた。片手には文庫本を持ち広げている。

 カルミラが準夜と直接会うのはユアンが寝ている間にあった話し合いの時だけだ。

 もちろん一対一で会うのはこれが初めてとなる。


「なに、ただの見送りだ」

「嘘ね」

「……兄として妹の見送りに来ることがそんなに変か?」

「お前がユアンの事を心配するような人間には見えないね」


 話し合いの間、準夜はユアンの事に関して一度たりとも話に入って来る事はなかった。無関心なのか、それとも何か思惑があるのか。どちらにしてもカルミラは目の前の青年に対してはいい感情を持たない。


「オレとは今日合わせて二回しか会ってないのに酷い言われようだな。まぁ、いいさ……」


 準夜は懐から黒色のカードを取り出しカルミラに投げ渡す。


「マジックバンクカードだ。名義は鹿島家とは縁もゆかりもない奴になってるから、それを使っても鹿島家との繋がりを知られる事はない」


 マジックバンクカード。

 魔法陣が刻まれているカードで、店なのでこれをかざして料金の支払いをすることが可能だ。使ったぶんは預けている銀行から引き抜かれる仕組みだ。

 現金を持ち歩かなくてもこのカードさえ持っていればどこでも買い物をする事ができる便利なカードだ。


「これは手切れ金ということね?」

「違う。オレや母上はともかく、父上と沙夜は柚杏の事が心配みたいでね。先払い分のお前への報酬と一緒に柚杏への…………仕送りが入っている」

「…………まぁ、そう言う事なら素直に受け取っておくよ」


 用事はそれだけだったのか準夜は立ち上がり、その場を去ろうと歩き出した。


「ユアンに会っていかなくていいのか?」

「別に会って話すこともない。柚杏の方もそうだろうしな」


 そう言い捨てた準夜の顔は、どこか哀愁が覗き見えた気がしたカルミラであった。

 もしかしたらこの男の事を少し勘違いしていたのかもしれない。

 準夜ならあの疑問に答えてくれるかもしれない。そう思い立ち去る準夜にカルミラは再び声をかける。


「ちょっと待つね」

「なんだ。もう用はないぞ」

「少し尋ねたい事がある」


 準夜は足を止め、顔だけカルミラの方へ振り向く。


「常々疑問だった事があるね。主は鹿島家次期当主で間違いないね?」

「そうだな。その認識で間違いはない。オレ以外の後継者候補は沙夜がいるが、オレが事故で死にでもしない限り後継者になる事はない」


 目の前の青年。

 準夜から匂う濃厚な魔力の血は確かにユアンと似通ったものがある。四大貴族の当主としてやっていくには十分な魔力だ。だが……



「主よりユアンの方が圧倒的に血が濃い(・・・・・・・・)のはどうしてね?」



 ユアンから聞いた話ではユアンは現当主と女中との間の不義の子。鹿島の血は半分しか引いてないはずだ。

 それに対して、準夜の母親は鹿島家近縁者のはずだ。固有魔法を持つ貴族はその地の濃さを保つために親戚間で婚姻をする事が多い。四大貴族の鹿島家ならそれは尚更だろう。何よりカルミラは準夜の母親を話し合いの時に目の前で会っている。彼女が鹿島の近縁者である事は匂いから察しがつく。


 しかしそれならば準夜の方が血が濃くなるはずなのだ。だが、カルミラの鼻はそれを否定する。


「他にも気になる事はあるね。どうしてユアンがあの別邸で軟禁されていたか……だ。もしユアンが不義の子ならば確かに鹿島家が隠したい気持ちも分かる。だがそれならば鹿島の親戚から預かっている子として普通に育てれば良かったね。現にユアンの周りの女中には『幻魔』でそう認識させているね。あの子を見ただけで鹿島の血筋とは分かっても当主の子だと判断できるのはそうそういるはずがない。わざわざあんなに厳重に存在を隠すくらいならば、戸籍でもなんでも弄った方がずっと楽なはずね。鹿島家くらい大きな家ならばその程度造作もないはず」

「つまり、何が言いたい」


 顔だけ振り向いていた準夜は、身体も向き直してしっかりとカルミラを見据える。


「鹿島家は何を隠しているね。ユアンは本当に主の妹なのか?」


 ユアンと初めて出会った時から薄っすらと疑問には思っていた事。

 ユアンは血が濃すぎるのだ。

 吸血鬼のカルミラを惑わせる程の魔力を内包する濃い血液を持つ人間。ユアンと会うまで、好き嫌いはあってもただの血液にそこまで渇望を持った事がなかった。


 鹿島家がどうしてもユアンの存在を公に出来なかった事と、ユアンの血の濃さに因果関係があるはず……。


「もし、鹿島家が何か隠しているとしたとしてもだ。それをお前に教えると思うか?」

「…………確かにそうね。今の質問は忘れてくれ」


 流石に教えてはくれないか、とカルミラは軽くため息をつく。

 準夜は再びカルミラに背を見せ去り始める。


「…………妹のこと、頼んだぞ」


 そして、去り際にそう言い残した。

 聞き間違いかと思い、カルミラは準夜の去った方を見たが既に準夜の姿は人混みに隠れ見つける事ができなかった。


「…………あはっ、ただのツンデレのシスコンお兄ちゃんね」


 もうカルミラの中に準夜に対しての悪い印象はなかった。ユアンの余り接しようとしないのも、ただ単純に妹との付き合い方が分からないだけなのだろう。


(駅に見送りに来たのも、妾をその眼で確かめに来たのかもね)


 一度会っただけの吸血鬼に大切な妹を預ける。

 いくら家族の沙夜が推しているとは言っても、少しは不安を覚えるだろう。

 カルミラが会話の中でユアンを蔑ろにするセリフを一つでも吐けば……。

 カルミラの妄想でしかないが、きっとあの青年はやっぱり妹思いの兄なのだ。



「ミラ〜、チケット買って来たよ。これで良い?」


 テコテコとユアンがカルミラの方へ走って来た。手にはピラピラと二枚のチケットが揺れている。


「おー、これこれ。はじめてのおつかい、よく出来たねユアン。ナデナデしてあげる」

「にゃはは〜。そう言えば売り場で並んでいる時に見たんだけど、誰かとおしゃべりしてなかった?」

「んー、道を聞かれただけね」


 準夜も見送りに来たことは知られたくないようだったのでカルミラは適当に誤魔化す。


「有栖川領までは片道12時間の長旅になるね。駅弁でも買おっか」

「駅弁?」

「妾も買うのは初めてなんだよね。駅で売ってるお弁当のことだよ」


 駅弁コーナーでは十数種類の駅弁が売られていた。お肉を主題にしたお弁当に、ヘルシー志向な野菜弁当。奇抜さを売りにしたような、見た目を引くお弁当もある。


「ミラはどれにする?」

「妾はユアンの血があればお腹いっぱいだから、買わない」

「えぇ〜、別にお弁当食べれないわけじゃないんでしょ? 一緒に食べようよ〜」

「う〜ん、でもね〜」

「それに二人分買えば、半分こして両方食べられるし」

「そっちが本音かな⁉︎」

 

 結局ユアンが二つとも選んで買ってしまった。

 大事そうにお弁当を胸に抱えて温かくなったりしないのだろうかと心配になるカルミラだった。


「さて、じゃあ行こうかユアン」


 カルミラ達が乗る魔導列車が到着した。

 魔法の力で動く乗り物である魔導列車は海外から導入されここ20年くらいで普及した比較的新しい物である。


「ねぇ、ミラ」

「ん、どうしたねユアン」


 乗る寸前で立ち止まり、ユアンがカルミラの方へ振り向いた。


「わたしね、ワクワクしてるんだ。ミラと一緒に、世界を見に行けるんだって」

「まだ世界じゃなくて国内旅行程度だけどね〜」

「わたしが今ここにいるのはミラのおかげ。だから――ありがとう」


 ――おもむろにユアンが、カルミラに口づけする。


「……んっ⁉︎」


 触れるだけのキス。

 チョンっと唇が一瞬だけ触れて離れる。

 突然のことにカルミラは眼を大きく開いて唖然とする。


「冒険の始まり……ロマンチックと思わない?」


 ユアンは顔を赤らめてはにかむ。

 前にキスをした時にロマンチックな時を選べとユアンからカルミラは怒られた。

 なるほど、これがロマンチックか……。


「今度はミラからロマンチックな時にしてね。待ってるから」

「…………善処する」

「よし。じゃあ行こー‼︎」


 カルミラの手を引っ張り、ユアンは魔導列車の中へ一歩足を踏み入れた。

 ユアンとカルミラ。二人の冒険はここから始まる。まだ一歩踏み出しただけ。でもどんな偉大な冒険も、そして子供の遠足も同じ一歩で始まるのだ。


 二人の冒険譚はどんな軌跡を描くかは誰も知らない。

 それでも分かることがあるとするならば、今この瞬間二人は笑顔であった。



 二人の少女の笑顔で始まる冒険譚。


 ――始まり、始まり。

第1章無事書き切ることが出来ました。

処女作をここまで書き終えることが出来たのはブックマークや評価、感想をいただけたおかげです。読者の皆様には本当に感謝します。


第2章有栖川領編につきましては、いつかは書こうと思っています。

第1章では書き始める時に最初と最後しか決めておらず中盤で四苦八苦したので今度はしっかり…………できたらいいなぁ。

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