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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第25話「後日談」

25話「後日談」


 目を覚ますと、ユアンは自分の部屋のベッドの上だった。

 頭がガンガンする。頭を抑えながら体を起こすと、ベッドの横にカルミラと沙夜が並んで腰掛けていた。何故か二人の間に妙な隙間があるのはユアンの気のせいだろうか。


「ミラ……」

「やっと起きたね。三日前は目を覚ましたと思ったらすぐ倒れてとても心配したね。まぁ、疲労で眠ってるだけとわかって安心したよ。でもまさか丸三日寝続けるなんてねぇ」

「三日前……」


 ユアンは自らの記憶を探り、気を失う前のことを思い出す。確か、誘拐されて……、魔力を吸い取られて……、そしてミラに助けられた。

 

「そうだった……。ミラ、助けてくれてありがとね」

「約束したからね。ずっと一緒にいるって」


 さも当然だという風にカルミラはそう言って微笑む。

 ユアンはカルミラの横で二人の様子を眺めていた姉に目線を移す。

 姉はニコニコしていた。でも眼は笑ってない。


「お姉ちゃんより先に名前を呼ぶ友達が出来てよかったわね、柚杏」


 顔は笑っているのに何故か刺々しさを感じる。

 何が姉を起こらせたのかユアンは考える。

 内緒でカルミラと色んなことをしたことだろうか。


「ごめんなさい、お姉ちゃん。ミラ……からどのくらい聞いた?」

「全部ですよ。まさか貴方がこっそり街にまで出てるなんて思いもしませんでしたよ」

「うぅ……」

「でも、それは貴方をここに……鹿島家に縛り付けていた私達にも原因があります。貴方が外の世界を渇望していながら私は今まで何も出来なかった。ユアンの夢を叶えてくれたカルミラさんには感謝します」


 沙夜はそう言って、カルミラの方を向き頭を垂れる。

 ストレートに感謝されて、カルミラは頬を赤らめ、照れ隠しのように、


「あははっ、貴族様に感謝されるのも中々気持ちいいね」

「それでも、今回柚杏が誘拐された原因を作ったのもカルミラさんであることは忘れないでください。それについては怒っていますから」

「……持ち上げてから落とすとか主も人が悪いね」


 カルミラが幻魔が掛かっていたこの別邸からユアンを連れ出さなければ、今回の誘拐事件が起きることはなかった。

 ユアンを危険な目に合わせてしまったことはカルミラも反省している。


「それから今回のことはカルミラさんにも同席していただきお父様にも報告しました」

「父様に?」

「柚杏が誘拐された同じ時間に、お父様とお兄様も中央通りに現れた化け物と戦っていましたの。そしてそれを討伐した後にその正体は吸血鬼の眷属であると結論を出していました」


 結局、鹿島準夜はあの化け物を苦もなく討伐した。その後その死体を調べることで吸血鬼に眷属にされていた鹿島警備隊の1人であることが分かった。つまり、被害者を眷属化した犯人がまだ鹿島領内にいる可能性が高いと捜索範囲を広げようとしたのだ。

 そこへ沙夜とカルミラがやって来て、今回の事件の顛末を話したのだ。二週間前にあった吸血狼の件、そして今回の柚杏誘拐事件。犯人の安倍十兵衛大貴の事についてもだ。


 特に今回の事件で重大なのが、鹿島家の固有魔法が奪われた可能性がある事だ。サイファと名乗る少女がユアンから魔力を奪い、カルミラと沙夜の前で幻魔を使用した。

 少女が如何なる方法を使用したのかは分からなかったが、ユアンの固有魔法をコピーしたのは明らかだった。

 固有魔法をコピーする固有魔法。

 そんなものは世界中を旅したカルミラでさえ聞いたことがなかった。

 しかし、そんなものが存在するならばそれはかなり脅威と言える。よって鹿島家は十兵衛を指名手配する事にした。それと同時に他四領に今回の事件と共に十兵衛についての情報を共有する事にした。もちろんユアンの存在については伏せた。

 残念ながら他領では十兵衛の情報はまだなかったが、『機関』という物についての情報は出て来た。


 十兵衛が漏らした『機関』と言う言葉。

 他領でも『機関』と名乗る怪しげな奴らが事件を起こすことが最近頻発しているとのことだった。四大貴族ほどの大きな家が狙われたことは初めてだったが、その対象は主に固有魔法を持つ者。

 詳しいことは一年後の四大貴族代表会議で話される事になるだろう。それまでに各領は『機関』についての情報を集める事になる。


「……とりあえずユアンが気にすることじゃないね。難しいことは上の奴らに任せとけばいいのよ」

「ん、分かった!」

「それはそうとユアン……」


 カルミラはそこで言葉を切り、ジッとユアンを見つめる。

 赤い瞳に見つめられ、ユアンは照れる。


「妾と一緒に旅をする気はないか?」

「‼︎」


 思いもしなかった言葉にユアンは驚きを隠せない。カルミラと一緒に旅。つまり、この街だけでなくもっともっと外へ行ける。

 色々な世界をこの目で見て、耳で聞き、肌で感じることができるのだ、……だが。

 チラッと姉を見る。

 今まで許されなかったことが、許されるはずなどないのだ。

 ユアンのその不安を察してか、沙夜が後に言葉を続ける。


「今回、鹿島家としてはハッキリと顔を見ているカルミラさんに十兵衛の捜索をお願いしたいの。吸血鬼のカルミラさんなら広範囲索敵魔法も使えるだろうから、効率的に十兵衛を探し出せると思ったの」

「まぁ、もちろん妾がそんなめんどくさいことするわけないね。例え多額の報酬が貰えたとしても、妾はお金には困ってないから魅力に感じないからね。それにあの男とまたやり合うのは勘弁ねぇ」

「そこで、私から提案したの。柚杏を連れて行っていいと……ね」


 沙夜はユアンをいつか外の世界に連れて行ってあげたいとずっと思っていた。

 自分では出来なかったその願いをカルミラは叶えた。そして、このチャンスなら家族を説得してユアンを外に連れ出せると思ったのだ。

 カルミラは昨日初めて会ったばかりの少女だが、ユアンを大切に思ってくれることは絶対だ。十兵衛から大怪我をしてまでユアンを助けてくれたのだ。カルミラにならユアンを預けられる、そう思った。


 問題は沙夜以外の家族がそれを許すかどうかだったが……。


 しかし一番の問題と思っていた沙夜の母がこれに賛成したのだ。考えてみれば、沙夜の母はユアンのことを心底毛嫌いしていた。常々ユアンを追い出したいと思っていたのだ。そこへ、今回の提案。沙夜の母は大手を振って賛成してくれた。


 そして沙夜の父、鹿島夜定は沙夜と同様にユアンを自由にしてあげたいと思っていた人間の1人。当主として最低限の条件は出して来たが、概ね賛成であった。

 兄に関しては無関心を貫いていたのでその心については沙夜はうかがい知ることができない。


「ユアンを連れて行っていい……なんて言われたら妾が断れるわけないね」

「お父様が出した条件は3つ。一年に一度は帰ってくること。ユアンが『幻魔』の認識置換を覚えること。そしてカルミラさんは随時今の居場所を鹿島家へ送ること」


 ユアンが『幻魔』の認識置換を覚えることは必須である。ユアンの見た目から鹿島家の人間だと分かる人間は少ないだろうが、それでも可能性が0とは言えない。ユアンが鹿島家の隠し子だと知られるわけにはいかなかった。そのため、旅の間はユアン自身で、認識置換の『幻魔 紅葉』をかける必要があるのだ。

 後の二つに関しては見張るという側面が大きい。なんだかんだ言って鹿島家自体はカルミラを絶対的には信用しているわけではない。それでもユアンを預けることを許可しているのは、今までのカルミラの噂と沙夜の推薦があってこそなのだ。


「まぁ、とは言ってもユアンが行きたくないなら妾は今回の件は断るつもりだけど……どうする?」


 悪戯っぽく笑うカルミラ。

 答えなど分かりきっている、そう言わんかの如く。


「えへへ、わたし海が見たい」

「連れて行ってあげるね」

「雪も見たい、神社ってとこも行って見たい、あとあと……もういっーぱい見たいものがあるの」

「全部連れて行ってあげるね」


 カルミラが差し出した手をユアンは掴む。

 そしてその手を離さないように、ユアンはギュッと握りしめた。


「わたしを外の世界へ連れて行ってください」

「あははっ、もちろん。約束した通りずっと一緒だよ、ユアン」


 ユアンはベッドから飛び降りてカルミラに抱きつく。ユアンの頭をカルミラが優しく抱き締めてくれる。カルミラのいい匂いが鼻腔をくすぐり、胸に安心感がこみ上げてくる。


「あ〜、もしかしてお姉ちゃん邪魔? 空気読んだ方がいいかな?」


 妹がすっかり姉離れして、他の子に夢中な姿を見せつけられ内心複雑な沙夜。

 二人だけの世界が眼前で繰り広げられる中、こっそりと部屋から退出した。


 残された二人はユアンの気がすむまで抱き合っていた。

 随分時間の経った頃、猫のようにゴロゴロと機嫌の良い鳴き声をしていたユアンが、だんだんおとなしくなっていき、最後にはカルミラに体重を押し付けてきた。


「眠っちゃったか。まだ疲れているんだろうね」


 スヤスヤと寝始めたユアンを抱えて、ベッドで寝かす。

 この子は本当によく眠るね、とカルミラはユアンの髪を撫でる。自分の金髪とは正反対の真っ黒の髪。夜のようなその髪をカルミラは好きだった。


「……ごめんね、ユアン」


 ポツリとカルミラが呟いた。

 実は誰にも言ってないことだが、ユアンの身体は突然変異の影響で変質していた。

 身体を治すことには成功したが、元の身体のままとは言えなかった。

 ユアンの魔力総量は爆発的に増えていた。もはや生身の人間でこれほどの魔力総量を誇る人間などいないだろう。その魔力総量は吸血鬼のカルミラにすら匹敵するほどだ。

 今の所カルミラに分かるほど変化している部分はそれだけだが、これからどうなるかは分からない。今はまだ人間らしさを残しているが、後から突然変異の影響が出てこないとも限らない。

 


「――責任は妾が取る。もし主が化け物になってしまったとしても……」



 チュッ、とユアンのほっぺにキスをした。

 誰にも言わない、そして言えない誓いを示すため。

 

 

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