第23話「吸血姫VS鬼人」
最長。
戦闘シーン難しいね。ずっと百合百合させていたい。
「思ったより早かったですね――『吸血姫』」
執事服を着た男はそう言ってユアンに近づけさせないようにカルミラの前に立つ。
黒髪に眼鏡をかけた見た目は純大東亜人風な青年。
その背後では銀髪の少女とユアンが――――キスしていた⁉︎
「な、な、な、なんでユアンとキス‼︎ え、えぇ⁉︎ 浮気⁉︎ 寝取られ⁉︎」
「動揺しすぎじゃありませんか? カッコいい登場シーンが台無しですよ」
キョトンとした表情から、顔を赤くして動揺するカルミラ。
愛しの親友を助けに来てみれば、見知らぬ少女とキスしていたのだ。
驚きのあまり、動揺して何が悪い。
カルミラは落ち着いて冷静になり、そのキスの違和感に気づく。
「魔力を吸っているのか⁉︎」
ユアンの魔力が銀髪の少女に吸われていた。
しかも、既にかなり吸われていてユアンの魔力が枯渇しかけている。このまま放置するとユアンは確実にその命が危ない。
早くキスをやめさせなければ、とカルミラは近づこうとするが
「おっと、邪魔はさせませんよ」
「そこをどけ、メガネ。妾の邪魔をするな、『紫電』‼︎」
カルミラを足止めしようとする男に目掛けて高速詠唱から放たれる紫色の雷が襲う。
豪音を立てて、避けようがないほどの広範囲に広がり渡る雷が男に直撃した。
そしてカルミラはユアンを助けるために少女に目掛けてその手を――
「おや、よそ見ですか? あなたの相手は私ですよ」
刀の鞘で強く弾き飛ばされた。
教会の壁に背中から叩きつけられたカルミラが、信じられないと男を見る。
『紫電』が直撃したはずの男は何食わぬ顔でそこに立っていた。服にも焼け付いたあと一つ付いてない。
基礎呪文ならともかく、吸血鬼であるカルミラの放った上級魔法を無傷で耐えるなど、よほど硬い魔法障壁を使ったのか――それとも。
どの様な理由にしたとしても常人ではない。
「お前……誰ね」
「私は安倍十兵衛大貴と申します。以後お見知り置きを」
「十兵衛……だと」
落ち着いて目の前の青年を見た今ならカルミラはわかった。
この男――十兵衛は吸血鬼だ。
魔力は全く感じられず、いたって普通な人間にしか見えない。いや、そもそも魔力が全く感じられない時点で普通の人間とも言えない。しかし、直接見れば同族のカルミラなら分かる。
こいつは吸血鬼だと。
同族としての感覚がそう告げていた。
そしてこの男の名前――十兵衛は、この国では有名な名前だ。
「お前は自分が『鬼人』十兵衛だと言うのか」
「…………さぁ、どうでしょうね」
『鬼人』。
かつて大東亜統一戦争で亜人連合を率いた鬼と言われた吸血鬼。
その男の名前こそ、安倍十兵衛。
だが……
「『鬼人』は250年前に死んだはずね。主が『鬼人』であるはずがない」
もし目の前の男が本当に『鬼人』だったとしたら――カルミラと言えど勝てる可能性は低い。
安倍十兵衛大貴とは、かつて四大貴族の二家を相手にした伝説級の吸血鬼なのだ。
吸血鬼として名を馳せるカルミラでさえ、遠く及ばぬ伝説上の生物。
「私が『鬼人』であろうとなかろうと……あなたがする事は変わりませんよね。早く私を倒さないと、お嬢様は助けられませんよ」
「あはっ、『偽物』が言ってくれる。瞬殺してやるね」
十兵衛は抜刀し、その刀を構える。
それに対して、カルミラは魔力を両手に集め魔法を唱える準備をする。
目の前が本物であろうと偽物であろうと関係ない。カルミラは自身の全てを持ってこの男を屠るつもりだ。
お互い牽制して睨み合い……。
――次の瞬間にはカルミラは十兵衛の頭上まで飛んでいた。
翼に強化魔法をかけて一瞬で移動する戦闘技術。
一般人なら視認すらできずに消えたように見えるだろう。
…………が、十兵衛のその瞳はしっかりとカルミラを見据えていた。
(でも、その体勢じゃ躱せないね。『紫電』を喰らって無傷だったカラクリ、暴かせてもらおうか‼︎)
「『雷槍』」
カルミラの手のひらからイカズチの槍が十兵衛に向かって放出された。
広範囲を襲う『紫電』とは違う、一点集中型の雷魔法。範囲が狭い代わりに速度と威力はこちらが上だ。
放たれたイカズチの閃光。
十兵衛は自分に向かってくるそれをただ刀で――撫でた。
それだけで『雷槍』は跡形もなく霧散した。
「あんっ⁉︎」
素っ頓狂な声を漏らしてカルミラは驚く。
魔法障壁で防ぐ訳でも、攻撃魔法で相殺する訳でもなく、ただ刀が触れただけでカルミラの魔法が霧のように消え去ったのだ。
「何を驚いてらっしゃるのですか? 次は私の攻撃ですよ」
十兵衛は刀を切り返すと、その剣先をカルミラに向けて振り下ろした。
鋭いその一撃をカルミラは
「――ッ⁉︎ 『魔法障壁』‼︎」
右手から魔法による膜を貼り、十兵衛の刀を受け止める――はずだった。
しかし、刀が『魔法障壁』に触れた瞬間『魔法障壁』自体が何の役目を果たさないまま崩壊、霧散した。
そして十兵衛の刀はそのままカルミラの右腕を深く切り裂く。
「っあ‼︎ くぅ…………痛っ‼︎」
追撃される前に刀の届かない距離まで離れる。
何とかカルミラの右腕は切り落とされずに済んだが、骨にまで届く深い切り傷が出来ていた。
「丈夫ですね。普通の人間なら右腕どころか身体まで真っ二つに出来るはずなんですけどね。…………しかも吸血鬼の再生力ならその程度はすぐ回復しますか」
カルミラの腕に刻まれた切り傷はみるみるうちに回復し、傷跡すらもう残ってなかった。致命傷でなければ吸血鬼の再生力は、その傷を数秒で回復してしまう。これが吸血鬼を不死の王と言わしめる要因だ。
カルミラは十兵衛の能力のカラクリを考える。
最初の『紫電』もその後の『雷槍』と『魔法障壁』のように刀で防いだのだろう。
三回も見せてもらえば、あの刀に何かあることは嫌でも察しがつく。
その、ありえない事実を口にする。
「その……刀、魔法を無効化出来るのか」
上級魔法を触れただけで無効化してしまう剣。
そんなもの400年生きていて聞いたことがなかった。
そんなものが存在するならばこの世界の魔法の価値を揺らぎかねない。
「さぁ、どうでしょうね。……と言いたい所ですけどそのくらいぐらいはお教えしましょう」
十兵衛はそう言うと構えていた刀をカルミラに見せつけるように持つ。
綺麗な直刃の黒い刀身を持つ刀。
「この刀は魔剣『魔切』。お察しの通り触れた魔法を無効化します。そのおかげで私もこの剣を抜いている間は魔法が使えませんけどね。……とは言っても吸血鬼の身体スペックは魔法なしでも十分なので問題ないですが」
「なるほど、それでお前自身の魔力も隠蔽していたわけね」
「んー、それは鞘の方の能力なんですけど、そこまで話すつもりはありませんし。それより私とおしゃべりしてていいのですか?」
十兵衛はサイファに魔力を吸われているユアンの方を一瞥する。
分かっている、とカルミラは内心で吐き捨てる。
あとどのくらい猶予があるかは分からない。
少なくともそんなに長くはないだろう。
ユアンの魔力が尽きてしまえばおしまいなのだ。
(魔法は全て無効化されるなら近接戦闘で? いや、無理ね。妾がどんなに魔法で強化してもこの男には届かない)
ならば……
「『雷流星の矢』
あの刀に触れた瞬間魔法が無効化させるのならば、範囲系の魔法は一部が触れるだけでその全てが無効化され、軌道の読みやすい直線系の魔法もさっきのように簡単に防がれる。
ならば一つ一つが独立している多数の魔法ならば、防ぐのは難しいはず。
一つ一つは小さいが、何百という雷で出来た矢が生まれる。カルミラはその矢を全て同時に発射する。
「質でダメなら数で……。陳腐ですね」
十兵衛はその矢を。
刀で切って霧散させ、飛んで避け、どうしても躱せない分は急所から外して身体で受ける。
吸血鬼の身体ならば数発当たった程度ではダメージにすらならない。
全て捌き切ってカルミラの方へ向き直る。
「…………あぁ、そう言う」
カルミラの姿はそこには無かった。
出来る限り視線を切らないようにしてたとはいえ、流石に何百もの矢を捌きながら常にカルミラにも意識をし続けることはできず、一瞬の隙を突かれ隠れられた。
「『影隠れ』……ですか」
蝋燭の光だけが教会を照らしている。
影など無い所の方が少ない。
影の中に身を隠せる『影隠れ』。昼間でこんなに条件の揃ってる場所も珍しいだろう。
「さて、狙いは……」
十兵衛を直接不意打ちで狙ってくるか……、それとも。
十兵衛は背後のサイファ達の方に気を向ける。
カルミラの目的は十兵衛を倒すことではなく、ユアンを救出すること。サイファの方を狙う確率の方が非常に高い。
雨が天井を叩く音だけが響く中、物音を聞き逃さないよう集中する。
「…………って、めんどくさいですね」
そう呟くと十兵衛は納刀し、魔法
を放つ。
「『瞬光』」
光が弾ける。
十兵衛の指先から全てを飲み込むような光が教会を照らし、影という影を消し去る。
「見つけました。サイファ(あちら)を狙うと思ってましたが、意外でしたね」
すぐ近くで十兵衛に攻撃しようとしていたカルミラは『影隠れ』が解かれ、その姿を現わす。
それを見据えて、納めていた刀を引き抜きその勢いのままカルミラを切り裂く。
「『居合烈線』」
その一撃は一瞬だった。
カルミラは脊髄反射で魔法障壁を唱えて防ごうとしたが、この刀は魔法で防御不可の魔剣である事を思い出す。
翼に魔力を込め全力で刀から逃げる……が。
「うぐっ‼︎」
避けきれず腹部を裂かれる。
カルミラは激痛から声を漏らして地面を転がり、地に伏せる。
口から大量に吐血し、口元に手を当てる。もう一方の手で切り裂かれたお腹を触る。
傷はかなり深く、もし翼を使って逃げようとしてなかったら胴体を切り離されていたかもしれない。
「王手……ですね。流石に吸血鬼と言えども、その傷は回復に時間がかかるでしょう」
「魔法……使えないはず……ね」
「私はちゃんと言いましたよ。この剣を抜いている間は魔法が使えない、とね」
十兵衛はカルミラにそう言い残し、ユアンの方へ歩いていく。
カルミラは痛みをこらえながら、その背に手を伸ばそうとするが、その手は届きはしない。
サイファにキスされているユアンと目が合った。
ユアンがカルミラを見ていた。
傷つき倒れるカルミラを心配そうな目で。
心配された。
心配したいのは、こっちなのに‼︎
(ずっと一緒にいると約束した……。その約束を反故にするわけにはいかない)
妾の名はカルミラ・L・シェリダン。
闇夜を統べる吸血鬼の女王。
たった一人の親友すら守れない――そんな事あってはならない‼︎
ただ立つだけで痛みで気が狂いそうになる。
それでもカルミラは体に鞭を打って、力を振り絞る。
「ぐぅ……」
「おやおや、その傷でまだ戦いますか。吸血鬼と言えどもそれ以上動くと命に関わりますよ」
「うるさいね……」
吸血鬼の再生力でも回復が間に合ってないのか、腹部から血液がドバドバと溢れる。
カルミラは腹部に手を当てると魔法で傷口を燃やす。
激痛に激痛が重なり顔を歪める。
だが、これで傷口がふさがり動いても内臓が飛び出たりすることもない。
火傷の跡はどうせ回復してなくなるからどうでもいい。
ユアンを助けるため。
カルミラは遥か昔に開発した失敗作の魔法を使う。
「『雷装』」
カルミラの体が帯電した。
全身が青白く発光し、空中に静電気がパチパチと放電する。
「それは曲芸ですか? 自身に雷魔法を使って帯電させるなんて自爆もいいところ」
十兵衛のその言葉通り、カルミラの皮膚は帯電による火傷と出血、それを吸血鬼の再生力により回復することを繰り返していた。
この魔法が欠陥である所以は使用時に常に感電しているため、身体の至る所に痛みが走る。吸血鬼の再生力が無ければすぐさま全身に火傷を負い死ぬだろう。
「そうね、これは曲芸――――妾の本気‼︎」
パチンッ、とした雷鳴が響く。
次の瞬間には十兵衛の顔面にカルミラの拳が直撃した。
「――っ⁉︎」
十兵衛は防御どころか反応すら出来ず、吹き飛ばされ天使の石像に身体を打ち付けた。
『雷装』。
雷魔法を身体に帯電させることで、電気信号で動く筋肉を脳ではなく雷魔法で制御し身体のリミットを外して全力以上の力を引き出すカルミラのオリジナル魔法。
その代償として帯電による全身の火傷と、オーバーワークによる筋肉を中心とする身体の自壊。それを吸血鬼の再生力で無理矢理行使し続けることで、成り立たせている。
それでも痛み自体は軽減できず、今もカルミラは痛みで意識が飛びそうになっている。
以前使った時は痛すぎて、そして使用した後に襲われる後遺症で二度と使わないと決めた魔法だった。
「はははっ、これはなかなか」
高笑いしながら十兵衛が立ち、カルミラを睨む。殴られた衝撃で眼鏡が割れたのか、それを手で握りつぶす。
「強化魔法ではなく、属性魔法を使い身体強化を行うことで身体的限界すら無理矢理超えさせる……、かなり狂ってますね」
「ユアンを助けるためならいくらでも狂人になれるね」
「それでもその強化が魔法に由来する限り、この刀に触れれば無効化されますよ。一度たりともこの刀に触れられずに私に勝つつもりで?」
「触れられるものなら触れてみるね」
カルミラは目にも留まらぬ速さで十兵衛に近づき、その雷の拳を振るう。十兵衛を持ってすら目で追うことが出来ない動きで、何度も何度も叩き込む。
回避! 攻撃! 回避! 攻撃!
十兵衛の刀を避け、打撃を与える。何度か魔法を唱えようとするが、十兵衛は詠唱の隙を与えてはくれない。
単純な――しかし超高速で行われる近接戦闘。
しかしカルミラ自身ですら制御しきれてない速度の攻撃を……十兵衛は避ける。
完全に避けているわけではない。だが明らかにカルミラの攻撃から急所を守り抜き、その威力を受け流している。
この速度の攻撃が目で追えるはずがない。
ならば……
(妾の攻撃を予測している⁉︎)
カルミラの思考を予想し、その攻撃パターンを予見しているのか。
なんて奴ね、とカルミラは顔を曇らせる。
だが、他人の思考を完全に言い当て続けるなどできるはずがない。
先読みで攻撃を防御するならば、いつかは的外れな防御をする。
――ほらね。
十兵衛のミス。神がかった先読みにより紙一重で攻撃を捌き続けて来た十兵衛が、読みを外した。
それによって生じた大きなスキ。
ようやくおかしたミスらしいミスをカルミラは見逃さない。
高速で詠唱し、十兵衛に向けて魔力を込めた拳を叩き込む。
だが、そんな脅威が近づく中、カルミラの顔を見やり――十兵衛は嗤った。
「――っ⁉︎」
十兵衛の刀がカルミラの拳の前に急に現れた。
まるで最初からここが攻撃されるのが分かっていたかのように。
いや、違う。
これは先読みではない。
――『誘導』されたのだ。
わざとスキを見せることでカルミラを誘導し、その場所に罠を仕掛ける。
――カウンター。
カルミラは攻撃をキャンセルし、回避行動に移る。
だが、十兵衛がそのスキを逃すはずもなく、刀の先がカルミラの身体に掠る。
呪剣『魔切』の能力によりカルミラの『雷装』が解けた。
「これで、終わりです」
十兵衛は確実にその息の根を止めるためにカルミラの首に向かって刀を振り落とした。
だが、カルミラはさらにその上をいく。
十兵衛によって『雷装』が解除されることをカルミラは確信していた。
カルミラはそれほど目の前の男を高く評価していたのだ。
故にこの展開は想定内、対応できる!
コンマ数秒、カルミラは迫り来る刀を前にして。
「『雷装』‼︎」
「――⁉︎」
カルミラは『雷装』を破られた瞬間に『雷装』を貼り直した。『雷装』は微弱な電気信号を無理矢理操る魔法であり、繊細さは求められるが使用魔力自体はそんなに大きくない。そのため詠唱に必要な時間も少なく、瞬時的に貼り直しが可能なのだ。
十兵衛の攻撃を間一髪で避け、逆に十兵衛にカウンターを叩き込む。カウンターのカウンター、その隙はとても大きい。
そして刀に邪魔されないゼロ距離ならば、十兵衛にも魔法を通す事が出来る‼︎
「『雷槍‼︎』
イカズチの槍が、極光と轟音と共にゼロ距離から十兵衛を貫く。
大きく弾き飛ばされ、十兵衛の身体は衝撃と共に壁に叩きつけられた。
「ユアンッ‼︎」
この程度で十兵衛が倒せるとは思っていない。それでも数秒は時間が稼げるだろう、と思いカルミラはユアンを助けに飛び出した。
サイファの無機質な顔がカルミラを見ていた。線の細い少女。こいつを吹き飛ばせば――
カルミラは『雷装』によって強化されたその拳をサイファに向かって振り下ろした。
「⁉︎」
しかしその拳はまるで幽霊を殴ったように空を貫くだけだった。
サイファとユアンの幻影がノイズと共に消えた。
「――『幻魔』」
ゾクッ
背筋を凍らせる小さな声。
カルミラからほんの少し前で立ち、グッタリとしたユアンを支えるサイファ。同じくらいの体格なのもあり、今にも倒れそうだ。
「『幻魔』……だと……」
『幻魔』を詠唱したあの声はユアンではない。
『幻魔』を使い、カルミラに幻覚を見せたのはサイファだ。
鹿島家の固有魔法である『幻魔』をどうして彼女が使えるのか。
まるでユアンから魔力ごと『幻魔』も奪ったかのように……。
「……ごめんなさい、げーむおーばー。……この子、返すね」
サイファがそう言って謝り、優しくユアンをカルミラの手元へ渡す。
ユアンの魔力は――――枯渇していた。
サイファが全て吸い尽くしたのだろう。――だからゲームオーバー。
間に合わなかった……。
「小娘がっ‼︎」
ユアンを助けられなかった自分の不甲斐なさが。
ユアンを殺したサイファへの怒りが。
ユアンが殺された悲しみが。
その全てがサイファに向かって暴力として振るわれる。
…………しかし、サイファが『幻魔』を使う限りそれがサイファに届くことはない。カルミラの手は空を切るばかりだ。
「……本当に……ごめんね」
サイファはもう一度謝ると、壁際で倒れている十兵衛に駆け寄る。
「……十兵衛、終わった。……帰ろ」
「やっと終わりましたか」
痛そうに体を抑えながら十兵衛が腰をあげる。
カルミラの『雷槍』の直撃を受けた十兵衛だが、カルミラの予想通り、見た目は痛そうにはしているが実際のところ致命傷どころか軽傷にすらなっていないだろう。カルミラと同じように十兵衛も吸血鬼であるならば自然治癒ですぐに回復してしまう。
「なかなか強かったですよ、『吸血姫』。まさか一撃食らうとは思ってもいませんでした。また会う機会がありましたら、今度は本気で殺し合いをしましょうね」
「……なぜ……なぜ、ユアンを‼︎」
「…………それが『機関』の発展に必要でしたから」
『機関』。
なんだそれは。
そんなよくわからないものの為にユアンは殺されたというのか‼︎
「それにまだその子は死んではいないでしょ? お別れの時間くらい大切に使ってください。では、私はこれで」
サイファを腕に抱えて、十兵衛は割れたステンドグラスの隙間から飛び立とうとした。
だが、それを邪魔するように水の刃が飛んで来た。
「――逃すと思う?」
十兵衛を撃ち落とすように放たれた水の刃を十兵衛は苦もなく刀で無効にする。
そしてその魔法を使った人間を冷ややかな目で見下ろす。
「あなた誰でしたっけ」
「……鹿島沙夜」
十兵衛の問いにサイファが答える。
カルミラを追いかけて、雨に濡れることもかまわずにここまでやって来た沙夜。
今来たばかりの沙夜は何が起きたかはわからないが、この二人組がユアンを誘拐した犯人であると察していた。
逃さない、とさらに魔法を詠唱する。
しかし、その一つ足りとも十兵衛に命中することはなかった。
「本当に『幻魔』は便利ですね」
柚杏から奪ったと思わしき幻魔をサイファが使い、沙夜もカルミラも二人の位置が分からなくなってしまった。
透明になるのではなく認識できなくなる魔法。
もう探知することができないのは沙夜がよく知っていた。
「な、なんで『幻魔』を……」
沙夜の絞り出すようなそのつぶやきに答える声はなかった。
既に十兵衛はサイファを抱えて雨の中に消え去っていったのだろう。
犯人を逃してしまったことは悔しいが、ユアンの心配が先だと振り返る。
別邸で会った金髪少女に抱かれるように眠るユアン。
「柚杏、大丈――――」
大丈夫?
その言葉を続けることはできなかった。
金髪の少女の瞳からポロポロと流れ落ちるモノを見て、沙夜は閉口するしかできなかった。




