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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第20話「化け物」

 神楽の中心街。

 雲の切れ目から覗き見える日差しの中、ポツポツと小雨が降り注ぐ天気――狐の嫁入りと呼ばれる天気だ。

 西の方に大きな黒雲が見えらお昼を過ぎる頃には大雨になりそうな雰囲気を醸し出している。中央通りは軽く雨宿りしようと近くの喫茶店に入ったり、雨が強くなる前に早く次の仕事場を目指す人などでごった返している。

 そんな時一つの悲鳴が聞こえた。

 初めは女性の悲鳴だった。それが少しずつ伝搬していき、あたりは騒然とし始める。


 ある店の店主は何事かと、店のドアから外を覗く。中央通りは軽いパニック状態のなっており、男女問わず何かから逃げるように走り去っていく。

 一体何から逃げているのか気になった店主はドアから体を乗り出し、騒ぎの中心を覗き見ようとした。

 何かが飛んで来た。

 その何かは店主のすぐそばの窓ガラスを直撃し鈍い音を鳴らす。


 それは人の腕だった。


 肩から無理やり引きちぎられたような人の右腕は血を撒き散らし窓ガラスを汚す。

 衝撃的な光景に唖然としている店主はゆっくりと飛んで来た方向を見る。

 赤い光景。血が飛び散っている。

 黒い何かがその中を激しく暴れまわっていた。

 化け物。そう形容するのがふさわしい恐怖の姿。

 かろうじて人のようなものであることがわかる。しかしその姿は歪で、各部位が黒く肥大している。そして、その皮膚を覆う真っ黒な体毛。類似する生物を挙げるならクマといったところ。

 その姿を見て店主は店のドアをしめ裏口へ駆け出した。早く遠くへ身を隠すために。

 あんな化け物に標的にされたら命はない。



 化け物は手当たり次第に人を殺し続ける。視界に入った逃げ惑う人間をその太い腕で掴み、鋭利な歯で噛み切る。そしてその獲物の血を吸いつくす。

 獲物を殺し、血をすするたびに化け物の力は増していく。加速度的に成長する化け物は視界から獲物が消えると、次の狩り場へと向かっていく。


「ぐるるるぅ……」


 次の獲物を探すために移動する途中に、漆黒の衣服を身にまとった男たちが化け物の前へ立ち塞がった。

 返り血で真っ赤に染まったその化け物は低い声で唸る。

 彼らの手には銀に輝く剣と、魔法を補助する大杖が握られていた。

 明らかな敵。しかし化け物には関係がなかった。彼らもまた自分の空腹を紛らわす餌でしかない。


 化け物は指先から鋭い爪を伸ばす。

 そして凶悪な咆哮とともに彼らへ無策に、ただ真っ直ぐに突っ込みその鋭利な爪と牙を振りかざす。



   ■■■


「緊急連絡! 神楽中央通りにて、事件発生。黒い体毛に覆われた化け物が突然発生し住民に危害を加えている模様です」


 鹿島家本邸。

 鹿島夜定と鹿島準夜は衛兵の連絡を聞いて顔を顰める。

 正午をかなり過ぎ、雨が強く降り出してきたこの時間に急に現れた通り魔。

 くだんの吸血鬼事件が収まったと思ったら、今度は謎の通り魔が現れたのだ。

 いや、通り魔と呼べるのかすらこの情報だけではわからない。未知の生物という可能性もある。


「父上、これは吸血鬼事件の犯人でしょうか」

「断定は出来ないが可能性はある。しかし話だけ聞くと、人というよりも動物の類いかもしれん。どちらにしたとしても、危険なことに変わりはない。ワタシたちも行くぞ」


 ここで二人でグダグダと推理しててもしょうがない。

 二人は急いで外着を取り出すと、衛兵に続いて外に出る。


「警備隊はどうしている」

「はっ! 現在鹿島警備隊でその化け物を足止めしている模様。しかし被害が大きくなるばかりで、長く足止めすることも難しいそうです」

「警備隊が討伐どころか足止めすることが難しいだと!?」


 衛兵の発言に準夜は耳を疑った。

 鹿島警備隊とは鹿島家が保有する軍事組織であり、領内の秩序を守っている。警備隊員の多くは魔法、武術に精通しており個々の力量は高水準となっている。

 よほどのことがない限り彼らが複数人で相手のできない相手などいるはずがない。それこそ四大貴族並の魔力を持っていなければ。


「父上、これは急いだ方がよろしいかと」

「そうだな。しかしワタシが出ることになろうとはな。もう歳だというのに……」

「オレに任せていただいて結構ですよ。父上は後ろで援護してください」


 準夜は自信満々な顔でそう声を上げる。

 普段ならば馬車に乗って移動する二人だが、今回は可能な限り急がなくてはならなかった。

 二人は駆け出した。

 雨に濡れるのも無視して、魔法で強化した身体で雨道を駆け抜ける。

 彼らくらいの魔力の持ち主ならば馬車に乗るよりも走った方がずっと早いのだ。


「父上、あちらです」


 準夜が指差す方向。

 中央通りから外れた方角からは雨音に混じり、金属音と悲鳴、そして唸り声が聞こえてきた。

 二人は跳び上がり、屋根を伝ってその場所へ急ぐ。


 到着した二人が眼にしたのは地獄だった。

 鹿島領が誇る最強の警備隊は黒い化け物に屠られ、血末を飛ばしている。

 地面、壁……、もはや血で塗られてない所の方が少ない。

 残った警備隊は距離を取り化け物を囲むように散乱していた。

 遠距離魔法で化け物の行動を邪魔し、攻撃を繰り返しているが戦況が変わるとは到底思えなかった。

 化け物は魔法の隙を見て、一番近くにいた警備員の方へ一瞬で近づき爪を振り下ろす。


「『爆風(ばくふう)』」


 しかしその爪は警備院に届くことはなかった。警備員の前に圧縮された空気が壁のように発生し爆発する。それにより化け物ははるか後方へ吹き飛ばされた。

 準夜が化け物と警備兵の間に立ち、魔法で爪を防いだのだ。


「来いよ化け物。鹿島家次期当主鹿島準夜が相手をしてやる」


 準夜は化け物の前へ進み剣を抜く。

 化け物はゆっくりと立ち上がり、準夜を見下ろす。「ぐるる……」と呻き、その赤い眼に憎しみの炎を灯す。


「鋭利な牙……吸血鬼の特徴だがそれだけではなんとも言えんな」


 まるで悪魔に魂を売り渡したような醜い姿。魔法で強制的に身体を強化しているのかもしれないと、準夜は考える。

 準夜は身体魔法を重ねがけする。そして、剣にも付与魔法で強化をかける。


 化け物は地面を蹴りつけ、一瞬で間合いを詰めてきた。

 その恐ろしいほどの瞬発力に準夜は驚き、対応が遅れる。

 そのスキに化け物は腕を振り下ろし、その爪で準夜を裂き殺そうとする。


「グルル⁉︎」


 確かに引き裂いた……はずだった。

 だが、そこにあったのはただの虚空。

 まるで幽霊のように消えた標的に化け物は戸惑いを露わにする。


「化け物畜生が。人間らしく驚いてんじゃねーよ――『鎌鼬(カマイタチ)‼︎」


 いつの間にか化け物の真横に移動していた準夜は、風魔法をまとわせた剣を振り切る。剣先から風の刃が生まれ化け物の横っ腹を直撃する。

 化け物は数メートルほど吹き飛ぶ。切り裂かれた横腹からは微かに血が流れ落ちる。


「硬ぇ身体だな。魔法障壁も纏わせてるのか」


 『幻魔』で位置情報を誤認させて居なければ、化け物の今の一撃で身体を吹き飛ばされていた。

 化け物の身体スペックをさらに身体魔法で強化しているのだろう。こんなのやつの攻撃をまともに食らったら準夜でもただでは済まない。


「ははっ」


 笑みが漏れる。

 平和な時代に全力で殺し合いをする機会に恵まれるとは思っていなかった。力を持って生まれたなら一度は全力を振ってみたいと思うものだ。


「次期当主としては失格だな」


 自然と気分が高揚した自分を戒める。

 冷静になれ。ただの害獣駆除だ。

 雨で濡れる前髪をかきあげ、集中する。


「『幻魔』」


 準夜の姿は、まるで元々存在しなかったように消え去る。『幻魔』の戦闘における圧倒的有利性。自分の攻撃は全て不意打ちに。相手はこちらを認識できず、当てずっぽうな攻撃を繰り返すことになる。


「――さて、仕事の時間だ」


 そう呟いた準夜の声は、化け物に届くことはない。



   ■■■



 ユアンの兄である準夜が化け物と戦う様子をカルミラは近くの建物から観察していた。

 雨で視界が悪く、はっきりとは見えないがカルミラはその化け物について一つの考えに至る。


「また……眷属。しかも今回は……人か」


 前回戦った狼の眷属とは違う。

 黒い体毛に覆われているとは言え、明らかに人型の化け物。


「……無理矢理眷属にされたのか拒否反応が酷いね。精神も崩壊している……。しかもそれだけじゃなくて『狂化(バーサーク)』がかけられてるから身体が原型をとどめてない。酷いねこりゃ」


 人型と言ってもその姿は見間違い用もない化け物。

 吸血鬼としての知識があるカルミラだからこそ、あの化け物が吸血鬼の眷属だと分かるのであって なんの知識もない普通の人がアレを元々が人であったなど察せる方が少ないだろう。


 しかしこれで一つの疑問が生まれた。

 狼の眷属が現れた時は、遠くで眷属にしてからこの領に侵入させたかと思ったが、今回の人の眷属の登場で考えを改めなければならなくなったのだ。


「この化け物は眷属になりたて……。このパニックを起こすためだけに眷属にされた可能性が高い……のか」


 ……となるとだ。

 吸血姫カルミラが感知できていないだけで、吸血鬼はこの邦都に既にいる事になる。

 カルミラの感知をすり抜けるほど弱い魔力しか持たない吸血鬼?

 ……いや、ここまでの強力な眷属を作り出せる吸血鬼が弱いわけがない。


「魔導具か、もしくは固有魔法で自身の魔力を隠蔽している? 鹿島家の『幻魔』ほどでないにしろ魔力を隠蔽できる固有魔法は確かにあるね。しかしそうなると……」


 吸血鬼が自身の魔力を隠蔽して暗躍しているとなると、それはかなり危険な存在だ。

 なんの目的があるかは未だに分からないが、まだまだ犠牲者が増える可能性は大いに高い。

 さて、どうしようか、とユアンは頭に手を当てて考える。


 とりあえずあの化け物は今戦っている二人に任せておけば何とかしてくれるだろう。

 彼らの実力をカルミラは知らないが、ユアンと同じ鹿島の血筋ならあの程度の化け物に遅れをとることはない。


「…………はぁ、ユアンとイチャイチャしてたい……」


 めんどくさそうな顔で欲望を吐露する。

 鹿島領の問題なのだからカルミラが手を貸す道理はない。

 狼の時は好奇心が上回ったが、今回は正直面倒くさいというのがカルミラの本音だ。

 雨の勢いも強くなるばかりで止む気配がない。

 こんな雨の中をわざわざ吸血鬼を探しに行くなんて考えられない。


 ピキッ


 ――音がした。

 嫌な音。

 恐る恐るカルミラは右手の小指に付けている指輪に眼をやる。


「ユアン……‼︎」


 まるで悲鳴をあげるように高い音を上げて震える指輪。

 危険信号。

 契約を交わした相手――つまりユアンに何かしらの危機が発生したのだ。

 こんなにも早くこの機能が使われることになろうとは夢にも思ってなかった。


 カルミラは翼を広げると、雨に濡れるのも気にせずに飛び上がった。

 新しい眷属が暴れまわり、鹿島の当主達が出払っていて鹿島家本邸の警備が手薄になっているはずだ。

 このタイミングでの危険信号。

 吸血鬼事件の犯人が関与してないわけがない。


「最初から目的はユアンだった?」


 全速力で鹿島家別邸を目指しながら思考を働かせる。

 いや、その可能性は低い。

 そもそもユアンの存在自体は公けにされてない。

 ……となると


「妾のせい……なのか」


 カルミラがユアンを外に連れ出したせいで、町に忍び込んでいた吸血鬼に見つけられた。

 ユアンをこのタイミングで襲うのは、この前の狼の報復?

 可能性は十分にあるが、動機が薄い。

 そもそも、最初に狼をこの町に放った理由はなんなんだ。


「くっ、わかんないね。とりあえず、ユアン無事でいて」


 大粒の雨が矢のように降り注ぎ、雷が轟音をたてて鳴り響く。

 視界が悪く、なんとか感覚で飛び続ける。

 やっとの思いで鹿島家の直上まで来た。

 その眼前に広がる光景にユアンは唖然とする。


「別邸の幻魔が……なくなってる⁉︎」


 鹿島家別邸を包み込み、ユアンの存在を隠す幻魔。

 カルミラですら、そこに別邸があると決め込まなければ侵入することすらできない。

 その別邸の幻魔が何故か解かれていた。

 カルミラの鼓動が早くなる。

 嫌な予感がして、カルミラはユアンの部屋の窓を蹴飛ばして中へ突入した。


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