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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第19話「歴史」

 その日は朝から雲が空を覆っていた。

 研究所によると今日は今年の梅雨最後の雨になるらしい。この雨が過ぎれば梅雨が明け、暑い夏がやってくる。

 そんな中、ユアンは久しぶりの福田先生の授業を受けていた。つい先日までの姉による甘々な授業に比べて、福田先生と厳しい授業はユアンの精神をゴリゴリ削る。しかも退屈な大東亜史の授業。ため息が出る。

 『幻魔』を使って抜け出そうかな、そんな考えが頭をよぎる。


「――様、お嬢様?」

「ん、あっ、なーに?」

「また上の空でしたよ。ちゃんと先生の話聞いてください」

「だって退屈なんだもん。それより魔法教えてよ。こー、ズギャギャンって感じの」


 退屈で退屈で仕方がない。

 大東亜連邦成立前の四大国時代とか、さらにその前の戦国時代とか……、これっぽっちの興味のカケラもない。

 あぁ〜、早く夜にならないかなぁ。

 あっ、でも今日は午後から雨って言ってたっけ。

 カルミラは雨の日は苦手なのか滅多にやってこない。

 夜の楽しみもなくなったユアンは、また一つ大きなため息をついた。


「お嬢様は沙夜様から基本魔法の基礎を教わったと聞いてます。正直その歳でそこまでマスターできているなら十分です。それよりもお嬢様は他の教養がですね……」

「もっと色々な魔法が使えるようになりたいのー。福田先生はすごい魔法使いって聞いたもん。ねー、おねがい」


 ユアンが上目遣いでそんなワガママを言った。福田先生は頭を抱えながらも


「…………………………わかりました。魔法を教えてあげます。ただししっかり他の授業も聞くことが条件です」

「むぅ〜〜。わかったよぉ〜」


 そんな条件付きで許可をした。

 魔法を教わるためにはしょうがないと、ユアンは条件を飲むことにする。


「それでは、授業を再開しますね」


 福田先生は古い地図を広げ、今からおよそ250年前の話を始める。

 大東亜連邦成立前の四大国時代。

 その末期に起きた最後の争いである大東亜統一戦争。

 現近衛領である近衛国と現鹿島領の鹿島国の二カ国による近鹿同盟と、現篠宮領である亜人連合国の二大勢力がぶつかった。

 長らく続いたその戦いは近鹿同盟の勝利で終わり、亜人連合国は解体された。そして勝者側の盟主である近衛明人が中心となり四大貴族がそれぞれの邦領を支配する現在の大東亜連邦が成立した。

 しかし亜人連合国が解体されたとは言え、その国に属していたエルフやドワーフと言った亜人達は大東亜連邦に属することはなく、今も篠宮領の森の奥地などに隠れ棲んでいる。


「……これが、現在も篠宮領で問題になっている亜人問題の原因ですね。…………聞いてますか?」


 ポカーンと口を開けて、先生何言ってるかわけわかめ、と言いたげな表情のユアン。興味ない話を小難しくされても理解しろという方が酷な話だろう。


「キイテルヨ! エルフカワイイ!」


 とりあえずエルフカワイイ。

 福田先生は少し考え。ユアンが興味が湧きそうな話題で説明する。


「お嬢様はエルフ好きですよね」

「好きー、物語でいつも出てきてカワイイ」

「そうですね。エルフは美しさで有名です。ですが、お嬢様は知っていますか? ここ――鹿島領にはエルフ……と言うより亜人が住んでいないのですよ」

「そーなの⁉︎ なんでなんで?」


 元々大東亜連邦があるこの島では人と亜人が共存していた。しかし時代が経つにつれ人が大きな力と権力を持ち始め亜人を排斥し始めた。その排斥運動の完了形が大東亜統一戦争と言っても過言ではない。

 特にその戦争で主だって亜人と敵対していた近衛領と鹿島領は亜人にとっては悪意の対象である。

 そのため、この領とお隣の近衛領では亜人を見かけることなど皆無に等しい。


「うぅ、エルフさんかわいそう」

「そうですね。大東亜連邦としても過去の亜人排斥は誤りだったとして、亜人との友好関係を結ぼうとはしているのですが、なかなか難航しているみたいです」

「エルフ見てみたいなー、友達になれるかなぁ」


 エルフの友達と森の中で遊ぶ。

 木登りしたり、花畑でかけっこしたり。

 ミラと一緒に3人で遊ぶのもさぞ楽しいだろうなぁ、と妄想を繰り広げてユアンはニヤニヤと頬を緩ませる。

 ……と、そこまで妄想して少し気になることがあった。


「吸血鬼も亜人?」


 普通にカルミラは我が物顔でこの街を闊歩してる。カルミラは元人間とは言っても吸血鬼にはかわりない。


「吸血鬼は亜人ではありませんね。そもそも彼らは生物ではなく生命というカテゴリーですからね。繁殖方法も謎に包まれていますし」

 

 吸血鬼という存在は遥か昔から存在するが、その生態は未だ知れ渡っていない。吸血姫という例外を除いて、その全てが雄個体であるのも考えると普通に生殖しているわけではないようだ、というのが現在の見解である。


「今、吸血鬼に関する事件が起きているのはお嬢様も知っていますよね」

「知ってるー(あのワンワンのやつだよね)」

「先ほど吸血鬼は亜人ではないと言いましたが、大東亜連邦にとっては亜人と同等、もしくはそれ以上に吸血鬼は根が深い関係なのです。何せ大東亜統一戦争で亜人連合を率いていた盟主こそ、この国で唯一確認された吸血鬼なのですから」

「あー、ラスボス?」

(私たち)目線からするとそうですね。『鬼』と恐れられたとっても怖い吸血鬼ですよ。……とは言っても、その吸血鬼はその戦争で討伐されてしまったので今は何も心配ありません」


 かつて『鬼』と恐れられていた吸血鬼は350年も前に討伐されていた。それから一度たりとも吸血鬼に関する事件はこの国では起きてなかった。そんな時に起きたのが今回の吸血鬼事件なのだ。鹿島家が躍起になってこの事件を捜査してるのも、過去の事があるからなのだ。


「それは、安心安心…………チラッ」


 ユアンの視線の先。

 時計の針がもうすぐお昼を伝えようとしていた。

 ユアンのお腹も可愛いらしい音をたてて鳴る。


「……お昼にしましょうか」

「賛成ー」


 さて、今日のお昼は何かなぁと期待に胸を膨らませ食堂へと向かった。



   ■■■



 同時刻。

 鹿島本邸執務室ではユアンの父である鹿島夜定と兄である鹿島準夜が向かい合って話し合いをしていた。

 内容は吸血鬼事件について。

 約二週間前を最後に吸血鬼事件は起きなくなっていた。この街以外でも吸血鬼に関する事件は起きていない。よって警備隊の負担の緩和のため巡回の回数を減らすかどうかなどの事が現当主と次期当主の2人だけで話し合っていた。


「父上、確かに吸血鬼事件は二週間前から起きていませんが、犯人が捕まった訳ではないので警備を緩める訳にはいかないと思います」

「んんー、でもなあ。ワタシとしてはなんとか警備隊に休みを取らせたいと思っておってな。吸血鬼事件が起きてからずっと緊張し続けている状態だから収まっている今なら警備隊に休みをやれると思う」

「……警備隊の疲労が溜まっているのは認めます。しかし、警備が手薄な時に事件が起きてまた被害者が出れば今度こそ鹿島家の信用に関わります」


 警備を緩める事に反対な準夜と、警備隊に休みを取らせたい夜定の意見は平行線を辿っていた。起きるかもしれない事に備えることは確かに大事だが、ずっとその状態を保つことはできない。いつかは必ず休止を入れなければ、どこか必ず狂ってしまう。


「とりあえずまだ二週間です。せめてあと二週間は警戒を緩めるべきでないと思います」

「…………そうだな、今回はお前の意見を尊重しよう。ただ、あと二週間も警備隊に休みなく警戒状態に置いておくのは流石に無理があるだろ。人員を今の八割ほどにして、ローテーションで休暇を取らせる。これなら若干手薄にはなるが、事件が起きたとしても最低限は対応することはできるだろう」


 鹿島警備隊は人手不足だった。

 250年前の統一戦争後、この国では小さな争いは起きても戦争レベルの大きな戦いは起きていなかった。そのため年々軍縮も進み、現在の鹿島警備隊は全盛期の三割程度しか人員がいない。

 それでも鹿島領は教育に力を入れているだけあって、警備兵一人一人の魔法の力は依然高いままだ。

 とは言え、人員の低下は個々の負担を大きくしている。平常時ならなんとかなるが、今回のような大きな事件が起きると、人手不足が露呈してしまう。


「そうですね父上。その方向で進めて行きましょう。それから話は変わりますけど、最近この街で身元不明の金髪の少女が目撃されています。警備隊の話では『虹の雲』の店主が身元を引き取ったと……」

「カンナさんが身元を引き取ったのなら信用はできるのではないか?」

「ええ。とは言え警備隊の話を聞く限りとある吸血鬼と容姿が一致しているので一応『虹の雲』の店主に話だけでも聞いた方がよいかと」

「金髪の少女の吸血鬼……、『吸血姫』の事か。確かに『吸血姫』は世界中を飛び回る吸血鬼で、大東亜にもよく訪れているが彼女の悪い噂は聞かないし、もしその少女がお前の予想通り『吸血姫』だったとしても犯人である確率は低いのでは?」


 世界で唯一確認されている吸血鬼の女性個体である『吸血姫』。

 世界中で目撃されていて、比較的彼女については情報も多い。

 イタズラ好きではあるが人に危害を加えることはほとんどない。悪意とは無縁の、見た目通りの無邪気な少女。

 彼女に関する話を要約するとそんなところだった。


「しかし、吸血鬼というだけで疑惑は持ちます。現在この国に永住する吸血鬼はいないのですよ。そうなると犯人は外から入ってきた吸血鬼となります」


 『吸血姫』が急に人に害をなすように心変わりしたとは考えづらいが、さりとて彼女も吸血鬼の一体なのだ。

 準夜があからさまに警戒するのも無理はない。


「……そうだな。とりあえずカンナさんに話を聞いてみるだけでもやるべきだな。まあ、それはカンナさんと面識のあるワタシがやっておこう」

 

 夜定がそう言うと、準夜も異議はないと頷く。

 それから細かな調整と、取り決めに時間を取られ2人の話し合いが終わるのは正午を大きく過ぎた頃だった。

 さて、そろそろ昼食にするか。

 2人は揃って遅めの昼食を取るために席を立とうとした、その時。


「失礼します!」


 勢いよくドアが開けられ本邸で警備を担当している衛兵の1人が息を切らして入ってきた。その表情は見るからに焦っている。

 突然な事に驚きつつ、いきなり執務室に入ってきた無礼を無視して夜定は衛兵に問いかける。


「どうした。何が起きた⁉︎」


 よほど急いできたのか肩で息をしている。

 衛兵はしっかりと言葉を伝えるため、息を整えて大仰に敬礼し


「緊急連絡! 神楽中央通りにて、事件発生。黒い体毛に覆われた大きな化け物が突然出現し住民に危害を加えている模様です」


 焦る声で紡がれたその言葉は、新たな事件の始まりを告げる。

鹿島領編もラストスパートです。

ここからは昔書いた分があるので早めに投稿できると思います(始まりと終わりを先に作る派)。


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