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吸血姫百合物語  作者: doLOrich
第1章 鹿島領
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第1話「鹿島柚杏」

 大東亜連邦。世界地図においては極東に位置している国だ。鹿島領、近衛領、有栖川領、篠宮領の4つにより構成される連邦国家。国家主権は連邦政府と領が共有して持っていて、四大貴族がそれぞれの領において最大権力を持っており独立に治めている。地球上で例えるならば首長が貴族か知事かの違いはあるがアメリカ合衆国が近いだろう。

 その大東亜連邦の東側の鹿島領を治めるのが四大貴族の1つ、『鹿島家』である。鹿島領は他の三領と比べ『魔法』に力を入れている。そのため魔法教育においては世界最高水準を誇っており、子どもの頃から高レベルの魔法や魔導具に触れることができる。


 そんな鹿島家において、10年前ある子供が産まれた。鹿島柚杏と名付けられたその女の子は領主と正妻の子ではなく女中との不義の子であった。

 一夫一妻制である鹿島領において不義はとても世間体が悪かった。まして「鹿島領」を治める四大貴族だ。

 鹿島家はこのことを隠蔽するため母親を国外退去、そして鹿島柚杏を別邸で軟禁することにした。また情報が漏れないように鹿島家の血筋のみが使える固有魔法『幻魔(げんま)』を使った。『幻魔(げんま)』は認識を阻害、置換する魔法である。

 その力により鹿島家以外でこのことを知る人物全てからこの事件の記憶を改ざんし、また別邸に認識阻害をかけることにより鹿島柚杏の存在を表沙汰にしないようにした。


 別邸ですごす鹿島柚杏には最低限の教育は施された。しかし鹿島柚杏が接することができる人物は鹿島家の人間を除くと教育係の福田翔香と2人の女中だけであった。

 もちろん福田翔香と女中にも『幻魔(げんま)』はかけられており、ユアンのことは他の貴族から預かった子弟と思い込まされている。


 鹿島家の思惑は上手くいき、この10年もの間鹿島柚杏の存在は外部に漏れることはなかったのだった。


   ■■■


 ユアンは別邸の二階のとある部屋でスヤスヤとベッドで休んでいた。太陽はまだ高く、真昼間という表現がふさわしい。しかし別邸での暮らしは正直暇であり、授業の無い日はよく昼寝をしていた。


 とは言っても昼寝はいつも食後にするのだが、今日はまだ昼食を食べてなかった。

 時間的にはとっくに昼食を女中が運んで来ていてもおかしくないのだが、今日はまだ運ばれてきてない。

 空腹を紛らわすために横になったら、そのまま眠りの海に沈んでしまったのだ。


 コンコンっとドアをノックする音がした。その音でユアンは目を覚ます。眠気まなこを擦りながら腰を上げベッドに座る。


 「柚杏、入っていいかしら?」

 「ん、いいよお姉ちゃん」


 ガチャリとドアが開き、ユアンの姉ーー鹿島沙夜(かしま さや)が部屋に入ってきた。黒い髪を短く切り揃え、スラッとした立ち姿は女性目線からもかっこいいと思えるものである。ちなみに今年で20歳になる。


 「少しお庭を散歩しませんか?」

 「うん、行く!」


 基本的に1人では別邸から出ることすら叶わないユアン。敷地内にある庭を散歩するのにも鹿島家による『幻魔(げんま)』をかける必要があるのだ。

 ……とは言っても家族の中でユアンに対して好意的に接してくるのは姉の沙夜だけであるため、必然的に沙夜がいなければ散歩すらできない。


 ポンポーンと寝間着を脱ぎ捨て外歩き用の衣服である黒いパーカーにユアンは着替える。パーカーに付いているフードを深く頭に被り、頭部の露出を少なくする。頭部だけでなく、脚部も長めの黒いスカートと、ニーソックスを身に付けて全体的に皮膚の露出を少なくしている。このパーカーには日光遮断の魔法陣が刻まれていた。基本的に部屋の中で過ごすユアンにとって日光は天敵である。薄着で散歩に出た時は皮膚が真っ赤になってしまい、その日のお風呂はとても痛かった。


 「お姉ちゃん着替えたよ」

 「よしよし、行こっか」


 ギュッと沙夜はユアンの手を繋ぎ部屋を出た。


 ちなみに脱ぎ散らかされて、床に放置さてたユアンの寝間着は、2人が出て行った後に女中によって回収され洗濯にかけられるのだった。


   ■■■


 「『幻魔(げんま)』」


 沙夜はユアンの頭に手を置き魔法を唱える。

 ユアンの全身がポォーっと数秒光りに包まれた。


 「いつも思うんだけどこれでホントに見えなくなったの?」

 「ん〜、見えなくなるというわけじゃないの。意識されなくなるといったほうがいいかしら」

 「ん〜むずかしい……」

 「そうだね、もっと大人になって『幻魔』を使えるようになったらちゃんと教えるね」


 そう言って、沙夜はユアンの頭を撫でる。

 ユアンが『幻魔(げんま)』を使えるようになれば1人で庭くらいなら歩けるようになるし、街に行く許可だって出るかもしれない……そう思う沙夜であった。


 個人差はあるがだいたい10〜12歳ごろになると体内の魔力を操作できるようになり魔法を扱うことができるようになる。大東亜連邦が成人を12歳と定めているのもこの魔法が使える年齢が基準となっているからだ。

 二次性徴の時期と重なることが経験則で分かっているため、二次性徴と魔法が使えるようになる事には何かしらの因果関係があると考えられている。


 現在ユアンは10歳であるためもうそろそろ魔法が使えるようになっても不思議ではなかった。


「最近、翔香さんの授業はどうかしら?」

「んー、普通。読書と算数の授業は楽しいけど、歴史はつまんない。だって亜人との交流の歴史とか言われても、わたし亜人も知らないし、貿易船とか言われても船見たこと無いし」

「そうね。あなたをこんな世界にずっと閉じ込めてて、ごめんなさいね。わたしとしては外の世界を見て欲しいとは思ってるんだけど……」

「お姉ちゃんのせいじゃないし、もう慣れたもん」


 ユアンは庭に植えられた芝生の上を姉と歩きながらそんな話をした。

 沙夜にとってユアンは腹違いとは言え可愛い妹である。生まれてからずっと軟禁生活を強いられ、世間を知らないまま過ごすことが、籠の中の鳥を見てるようで不憫でならなかった。


「……お姉ちゃん、手強く握りすぎー。痛い」

「あっ、ごめんね柚杏」


 沙夜は、ついユアンの手を強く握ってしまっていた。ユアンの指摘で急いで手を緩める。

 

   ■■■


 沙夜とユアンは鹿島家の敷地内にある木々に囲まれた小さな泉のほとりに腰を下ろす。木々の隙間から吹く心地よい春風が2人を包み込む。

 沙夜は持ってきたバスケットをユアンの前に置き、蓋を開けた。


「あぁあ、スコーンだぁ」


 ぱぁあと満面の笑みをこぼすユアン。

 その目線の先……バスケットの中にはこんがりときつね色に焼けたスコーンが入っていた。

 まだホカホカと湯気がたっていることから作りたてなことがわかる。


「昼食まだ食べてないでしょ? 一緒に食べようと思って作ってきたの」

「これお姉ちゃんが作ったの? すっごーい」

「給仕長に少し手伝ってもらいながら作ったのよ。私だけじゃこんなきれいにはまだ作れないかなぁ」

「それでもすごいよ、ねぇ食べていい?」

「どうぞ。あっ、ジャムも持ってきたから付けて食べてみて。どっち付ける?」


 沙夜の手にはイチゴジャムとブルーベリージャムがそれぞれ入ったビンが握られていた。

 「ん〜」と声を漏らしながら、ユアンはジャムの入ったビンを見比べる。


「こっち」


 少し悩んでイチゴジャムと方に手を伸ばし、沙夜からビンを受け取る。

 ビンの蓋を開けるとイチゴの甘い匂いがユアンの鼻をくすぐった。

 沙夜からスプーンを受け取り、ジャムをスコーンに塗り広げる。


「塗りすぎないようにね。甘いものの食べ過ぎは体に悪いわ」

「わかってるー」


 沙夜の注意もあり、スコーンには薄くジャムが塗られた。甘党のユアンはもっとベタベタに塗りたくりたかったが、姉の手前そんなことはできない。


「いただきまーす」

「どうぞ」


 ユアンはその小さな口をできるだけ大きく開けてカプッとスコーンを口に入れる。

 口に入れた瞬間、自然で豊かな甘みが口いっぱいに広がった。暖かなスコーンと冷たいジャムによって口内が満たさる。


「はわ〜、おいしい」

「それは良かったわ」


 妹の反応に満足した沙夜は自分もスコーンを手に取り、口に運ぶ。

 沙夜はユアンと違い甘いものが苦手なのでジャムはつけず、そのままで食べる。


「……うん、いい出来だわ。流石は給仕長ね」


 少し手伝って貰うだけで、自分だけで作るのとは雲泥の差ができる給仕長の技術に感心しながら、沙夜は口に入れたスコーンを飲み込む。


「またまだあるわよ、ユアン。今度はこっちのジャムで食べてみたらどう?」

 

 沙夜は、1つ目を食べ終え物足りなさそうな妹にブルーベリージャムを渡した。


 ブルーベリージャムを受け取り、ユアンは新しいスコーンにそれを塗る。チラチラと姉の様子をうかがいながら今度はできるだけ多くのジャムを塗る。

 姉の許すギリギリまで塗りたくり……。


「ん、柚杏。ちょっと塗りすぎじゃない?」

「そ、そんなことないよ」


 気づかれたので、姉に没収される前に即座に口に運ぶ。

 ストロベリーとはまた違う酸味と甘みを内包する味が舌全体を楽しませた。

 芳醇な香りが喉から鼻へ突き抜けて、嗅覚も甘い匂いで刺激する。

 

「んん…、おいし〜」


 幸せな味覚にユアンの頬は緩み、自然と笑顔になる。

 沙夜は妹のその笑顔に見惚れ、ついジャムの塗りすぎを注意するタイミングを逃してしまったのだった。


   ■■■


 小鳥のさえずりが小さな泉に響き渡っていた。木々の隙間から覗く空は雲ひとつない晴天であった。

 スコーンを食べ終わったユアンは、ウトウトとし始めた。満腹になったので眠気が襲ってきたのだろう。


 沙夜の膝を借り、ユアンは横になった。

 大好きな姉に膝枕をしてもらったユアンのその顔はとてもご機嫌であった。


「ねぇ柚杏?」

「ん? なーに、お姉ちゃん」

「もし…、もし将来ユアンの前に困ってる人がいたら助けてあげてね」


 ユアンの絹糸のように細い黒髪を手櫛で梳かしながら、そう沙夜は呟く。


「人じゃなくても、亜人でも、魔族でも、動物でも。誰かを助けてあげると巡り巡って自分のピンチに誰かが手を差し伸べてくれるの。そう私は思っているわ」

「本の中の勇者様みたいに?」

「ふふっ、そうね。本の中の勇者様も人助けをして、みんなから感謝されるわよね。そして勇者様もまた色々な人に助けられながら冒険を続ける……そんな人と人が助け合う話って本でよく見るでしょ?」

「うん。でもこの前読んだのは、勇者様が人助けしてもみんなから嫌われるお話だったよ」

「嫌われ勇者系のお話ね……、翔香さんは子どもに何を読ませてるのかしら。……たぶんそのお話でも勇者様とお互いに支え合い、助け合う仲間がいたはずよ」

「すごいお姉ちゃんえすぱー?」

「別にエスパーではありません。人を助けるということは自分を助けることになるということをお姉ちゃんは言いたいのよ」

「ん〜、なんとなーくわかった。相手が喜ぶことをすればいいんだね」

「うーん。……まぁそうね。柚杏は賢い子ね」


 少しの迷いの後沙夜はそう答えた。


 『情けは人のためならず』という日本の諺がある。実は本来とは違う意味で使用することが多い諺だ。本当の意味は『情けをかけることはその人のためにならないから、厳しくしましょう』という意味ではなく、『情けをかけることは、相手のためではなく自分自身のためである』という意味だ。

 人に優しくするとそれが巡り巡って自分に返ってくる……だから人には優しくしなさい。そんな昔からの教訓を沙夜は妹に教えたかったのだ。


 ちゃんと伝わったかは少し疑問が残る沙夜であったが。



「さて、そろそろ帰ろっか。私も仕事があるしね」

「えぇー、もうちょっとお姉ちゃんと一緒にいたいよ」

「わがまま、言わない。ホラ」


 ユアンを膝枕から起こし、沙夜は手を差し出す。

 少し名残惜しさを残しながらユアンはその手を掴んだのだった。

 後書きに適当に用語説明でも書いていきます。


【基本魔法】

 いわゆる一般的な魔法を指す。

 5属性を操る自然魔法と肉体などを強化する身体魔法がある。自然魔法は火、水、風、土、雷の5属性、身体魔法は体を硬くしたり、力を強くしたりする肉体強化と視力や聴力を強化する知覚強化の2種類に細分化される。


【固有魔法】

 血筋や種族など限られた人間にしか使うことができない魔法。普通の魔法と比べて大きな力を使えたり、分類不可な摩訶不思議なことが使えることが多い。大東亜連邦の四大貴族はそれぞれが1つずつ固有魔法を有している。


【幻魔】

 鹿島の血筋が受け継ぐ固有魔法。

 人の精神に干渉する魔法であり「認識阻害」「認識置換」「記憶改竄」などがよく使われる。

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