第11話「お風呂と雨と」
「お風呂に一緒に入りたかったからなのですね」
なるほど、と沙夜は独りごちる。
場所は別邸一階のお風呂場前の脱衣所。
沙夜の眼の前で服を脱ぎすっぽんぽんになるユアン。
「沙夜様、本当に私たちがお手伝いしなくてよろしいのですか?」
女中の久嗣純子が不安そうに尋ねてくる。
女中としては貴族様のお手伝いをしないと不安なんだろう。
「大丈夫よ。小さなお風呂ですし二人でいっぱいいっぱいでしょう。もし心配であるならここで待機してて貰えますか?」
「かしこまりました」
ペコリと沙夜に対して純子お辞儀をした。
懐かしい記憶が沙夜の脳内に蘇る。
ユアンとお風呂に一緒に入るのはいつぶりだろうか。ユアンが5歳の頃が最後だった記憶があるから5年前か……。
あの頃に比べてユアンは成長している。しかしユアンの周囲の環境は何一つ変わっていない。
「お姉ちゃん、早くー‼︎」
先にお風呂場に入ったユアンが急かしてくる。
「今行きますから少し待ってくださいね」
沙夜はそうユアンに応え、身につけていた衣服を脱ぎ始めた。
ユアンを待たせないため、テキパキと沙夜は黒いストッキングを脱ぎ捨て、ブラとパンツをとって裸になった。脱ぎ捨てた衣服は近くにいる純子に渡す。
衣服を脱いだことで露わになった自分の姿を沙夜は脱衣所の鏡で確認してみる。
全体的にスレンダーと言える自分の姿がそこにはあった。無駄な脂肪もなく、すらっとした手足、そして……慎ましい胸。
平均的に慎ましい胸の女性が多い大東亜連邦の女性らしい薄っぺらな胸…………いや、沙夜自身も理解しているがこの胸は大東亜連邦の女性の中でも特に小さい。
絶壁というわけではないが、本当に小さく膨らんでいるだけの大人貧乳である。胸だけ見たらまだ十代と言っても通じるだろう。
流石に10歳のユアンよりは大きいはずだが。
母親を見る限り、これ以上の成長は期待できない。別に強いコンプレックスを持っているわけではないのだが……。
「お姉ちゃん、まだー?」
「はいはーい、行きますよー」
待てない妹に苦笑しながら、沙夜はお風呂に向かった。
■■■
「えへへっ、きもちぃ」
真っ白な湯気が立ち、身体の輪郭がボヤける風呂場でユアンは沙夜の前に座り、髪を洗われている。ユアンの希望もあってか何故か『浄化』の魔法を使わず、『清水』で泡まみれになって洗われていた。
「本当に髪長いですね柚杏。そろそろ髪切りませんか?」
「んー、いやー」
ユアンは少し考えてから拒否する。
腰の下まで伸びている黒髪はユアンのアイデンティティでもあり、とても気に入っているものであった。
少し煩わしいと思うことがないわけでもないが、それでも髪を切りたいと思うほどではなかった。
ワシャワシャと沙夜の手で髪の生え際を洗われる。マッサージされてるようで、ユアンは心地よく感じた。
頭皮を洗っていると、ユアンの前髪についている泡が垂れてきて顔を伝わってきた。
眼の中に泡が入らないようにユアンはギュッと目をつぶった。
「眼に『清水』が入ったりしてないですか?」
「大丈夫ー」
「とりあえず一度流しますね」
お風呂に溜まっているお湯を魔法で浮かべ、ユアンの頭の泡をかけ流す。
「次は毛先まで洗いますね」
自分の髪と違い、とても長いユアンの髪を洗うのは大変だなぁと、沙夜は思った。
毎日女中さん、がんばってるんだなー。
■■■
「とりあえず髪は洗い終わりましたね。柚杏は身体を洗われるのたしか嫌いでしたよね。自分で洗いますか?」
「んー、…………」
一度『清水』に手を伸ばしかけたユアンだが、その手を止めて、
「やっぱり洗ってー」
「あれ、大丈夫なのですか? くすぐったいの苦手でしょ?」
「お姉ちゃんなら大丈夫ー」
『お姉ちゃんなら大丈夫』という謎理論により、沙夜がユアンの身体を洗うことになった。
沙夜は両手に『清水』を垂らし、泡立ててユアンの桃色の肌に触れる。
「……んんっ」
「やっぱり、くすぐったいですよね。昔からあなたは敏感ですからね」
「大丈夫ー、つづけてー」
ユアンのキメ細かい柔らかな白い背中を、ぬるぬるとした泡で洗っていく。ユアンのほんのりと温かい体温が伝わってくる。
背中を一通り洗い終えると、ほんのりとあばらが浮いた脇を、そしてまだくびれてない横腹を優しく洗っていく。
「くふぁ、……ぁあ……っ」
「くすぐったいの我慢してまで私に洗わせなくていいじゃないですか」
「むー、お姉ちゃんに洗ってほしーの」
「ふぅー。じゃあ続けますね」
続いてユアンの脇の下から手を身体の正面に回しこむ。
プニプニとした幼女らしいユアンの絶壁おっぱいを…………絶壁?
その感触に沙夜は疑問を感じた。
指でユアンの胸に触れてみるとほんの少しだが弾力があった。子どもだと思っていた妹が……まさか。
「ユアン、少しこっち向いてください」
「ん?」
疑問符を浮かべたユアンが身体ごと沙夜の方へ振り返り、向かい合わせの形となる。
ユアンの肩から胸、腰と一通り眺め、再び胸へと目線を移す。
この前、身体を拭いた時には気づかなかったが……、
「柚杏、おっぱい成長してる?」
「んー、そお?」
むにゅむにゅと自分の胸をユアンは揉む。
子どもの絶壁おっぱいと思ってた妹がほんの少しではあるが成長していたことに沙夜は驚く。
確かに10歳なのだから膨らみ始めてもおかしくはないが……。
沙夜自身の成長が遅かったのもあって、
(もしかしなくても、柚杏……私よりおっぱい大きくなるんじゃないですかこれ⁉︎)
という考えが生まれる。
まだ、……まだ負けてはいないが数年後には自分より大きなおっぱいを持つ妹の姿が脳内をよぎった。
よく考えれば、私の貧乳の遺伝子は多分母方の遺伝子であるのだ。姉妹ではあるが母親が違うのだ。大きくなっても不思議ではない。
「…………」
「お姉ちゃん、考えごと?」
「あっ、いえ、何もないですよ。……早く洗ってしまいましょう、うん」
咄嗟に誤魔化した。
自分の妹の喜ばしい成長に少し落ち込みそうになった沙夜であった。
■■■
ユアンの身体を洗い終えると、沙夜も自身の髪と身体を洗い(ユアンが手伝ったおかげて、普段よりずっと時間がかかった)、それから2人は一緒に浴槽に浸かった。
「ふにゃあ……気持ちいい」
「そうですね。ですが、やっぱり少し狭いですね」
いつもユアン1人で入っているお風呂は、子ども1人なら広々と使えるが大人と子どもの組み合わせになると狭く感じてしまう。
向かい合う様にお風呂に座ってはいるが、それでも少し動くだけで身体が当たってしまう。
「お姉ちゃん、窓開けていい?」
「いいですよ」
いつもの様に窓を開ける。
残念ながら今日は雲がかかっており、星空を見ることはできなかった。
ただ、赤い月は雲の隙間から顔をだしているので真っ暗な夜というわけではなかった。
「むぅ……、星見えない」
「明日から雨が降るみたいですよ。もしかしたら今夜から降り始めるかもしれませんね」
「梅雨?」
「本格的な梅雨は青月に入ってからですし、あと一週間以上先でしょう。走り梅雨、迎え梅雨……そんなところでしょうかね。この雨が過ぎ去った後に本当の梅雨がやってきそうですね」
「雨きらーい。ジメジメするもん」
「私は好きですよ。雨の日は心が落ち着きますから」
「お姉ちゃん、変」
唇を尖らせ理解できないという意思をユアンは示す。
そんな妹に変と言われてしまった雨好きの姉は、「大人になったらわかるかもよ」と微笑んだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。そっち行っていい?」
ユアンはそう言うと返事を待たずに、クルッと身体の向きを反転させて姉の股の隙間に腰を落とした。
「かなり窮屈じゃない?」
「いいのー」
ユアンが振り向いて姉の眼を見てそう応えた。
「しょうがないですね」と沙夜は両手でユアンを抱きしめる。
子どもが親に抱き抱えられて座っているように、全身を包まれる安心感をユアンは覚えた。
その姿勢のまま、時間も忘れ他愛もない話で2人は花を咲かせた。
お風呂が温くなるころには、2人とも上気せてしまっていた。
最後の方はユアンの話し声に元気がなくなり、眠気が入り始める。うとうとと今にも寝そうであった。
「ほらユアン。眠いならもう上がりましょう」
「うにゅ……だっこ」
「10歳にもなってだっこなんてしません」
なんとかユアンをお風呂から上がらせ脱衣所まで連れて行く。
純子が着替えとタオルを用意してくれていた。
「純子さんは、この子を拭いてあげてください。わたしは自分のことは自分でしますので」
沙夜はそう言ってタオルを受け取る。
長風呂でふやけてしまった身体を拭いていく。
後ろでは純子になすがままに拭かれている眠気まなこのユアンがいた。
純子の手によってぱんつとパジャマを着せられるころには、ユアンは自分の身体を支えられないほどに意識を睡魔に奪われていた。
「ごめんなさいね、純子さん。後はお願いできるでしょうか」
「お任せください、沙夜様」
純子はユアンの身体を支えて寝室へと連れて行った。
「結局夜の魔法の授業はできなかったわね」
ユアンの目的も沙夜とお風呂に入ることが一番であったのはユアンのはしゃいでいる様子でわかっている。
「しかし本当にユアンは甘えん坊さん。もう少し厳しくしたほうがいいのかしら」
かわいい妹に厳しくなど出来るわけないと自分自身が一番わかっている。
ユアンがあんなに甘えん坊なのも1人でいる時間が長いからだろう。
せめて、自分だけでも甘えさせてあげるべきなんだろうという結論に沙夜は至る。
「甘いわね〜」
微笑みを浮かべ独りごちりながら沙夜は本邸への帰宅路についた。
沙夜が本邸へと着く頃にはパラパラと雨が降り始めていた。もう少し帰るのか遅くなってたらせっかくお風呂で温かくなった身体が冷えたかもしれなかった。運が良かったと沙夜は思った。
雨は次第に勢いを増していく。
「明日は一日中雨かもしれないな」
「兄様」
沙夜は屋敷に入ると兄の準夜とばったりあった。この時間に部屋にいないなんて珍しい。
「少し柚杏に構い過ぎやしないか?」
「ごめんなさい兄様。仕事もかなり押し付けちゃって」
「仕事のことは別に気にするな。まぁ、柚杏に構いすぎて、母様の機嫌損ねないようにな」
「わかってる」
そう言って沙夜と準夜は別れそれぞれの部屋へ向かって行ったのだった。
姉妹風呂回でした。
いつか吸血姫ちゃんと一緒にお風呂はいる話も書きたいですねー。




