↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こころ  作者: 橋本洋一
PR
14/17

通り魔 ???のこと

 月がとても綺麗な夜だ。

 立ち止まって、空を見上げる。

 月が少し欠けてるけれど、美しいと判断しても構わない。


 むしろ欠けていることで、趣きがあると思う。

 見上げるのをやめて、視線を真っ直ぐに戻す。


 月明かりが暗い夜道を照らしている。懐中電灯など持っていないので、この明るさは助かった。

 片手が塞がれていては、いざというとき対応できない。

 風で自分の長い髪が揺れる。正直うっとおしい。四月というのに熱が篭っている。やっぱり短い方がいいな。


 歩みを再開する。

 行き先は決まっていない。

 街を一周するぐらいの気持ちで、歩いている。それは今のこの状況においてはかなり危険なことだけれど、それを承知の上で歩き続けている。


 現在、午前二時。

 日曜日であることと関係あるのか分からないけど、人がまったくいない。

 好都合だ。

 警察と自警団はいるらしいけれど、そんなのは関係ないことだ。

 通り魔には、関係ないことだ。


 通り魔の手口は残忍でありながら、どこか繊細さがある。自身の身元が分からないように工作しているようだ。通り魔のクセに生意気だと思う。死ねばいいのに。

 本当に、死ねばいいのに。

 生まれたことを後悔しながら、地獄の業火に焼かれながら、死んでしまえばいいのに。


 通り魔の死について想いをはせていると、自分が強くなった気がする。もちろん勘違いも甚だしいのだけれど、そう思わなければ、これからやろうとしていることができない。


 必要なものは覚悟である。

 人は覚悟を決めることで強くなれると思われがちだが、覚悟を決めなければ何もできないほど、人は弱いのだ。


 そう、人は弱い。

 覚悟あるいは信念といった不確かであやふやなものに頼らなければ、なにもできはしない。無力で非力なちっぽけな存在だ。


 通り魔もそれは同じだ。

 人を殺す覚悟、人を解体する信念、そのような無道で非道なものを胸に抱いているだろう。通り魔でない身としては想像するしかないが、多分間違いないだろう。


 そう確信している。いや、信望していると言い換えても過言ではないだろう。


 でなければ九人も殺せたり死なせたりしないしない。並みの神経じゃあビビッて殺せない。かと言って無神経というわけではない。

 通り魔も一人の人間だ。同じ人間だと認めたくないが、神経のみならず血が通い肉がある人間なのだ。決して化け物ではない。


 だから、殺せるのだ。

 しかし、『キャリア』であることは間違いないが。


 『キャリア』は人間か化け物か『シック』とは一体なんなのか、それを通り魔と交えて考えることにしよう。

 正直、考えたくないが。

 考えなければならない。


 『キャリア』は奇跡を連続して起こす者であり、奇跡を継続して興す者である。そう聞くとなんだかメルヘンでファンタジーなイメージが頭に浮かぶが、そんな少女趣味な発想はやめにしよう。真実は残酷で優しいくらい冷酷だ。なぜなら通り魔のように殺人でしか使わない者もいるのだ。


 例えば拳銃だ。警察官が持てば人を守ることができる。犯罪者が持てば人を殺すことができる。正義のために使うことができるし悪事のために使うことができる。


 要するに立場の違い、思想の違いで『キャリア』は自らの『シック』を使い分けるのだと思う。だから通り魔は殺人に使うし、殺人以外は使わない。


 使えないのではなく使わないのだ。

 それは通り魔の願いが歪んでいることを意味する。

 『シック』は渇望によって『発症』する。


 通り魔がどんな願いを持っていたのか想像するしかないけれど、それでもやはり人を殺したいと願うのはまともな人格ではない。


 ここで思考を変えてみよう。

 純粋に『シック』のことを考えてみよう。

 『シック』とは自分が希う才能である。本来なら開花しない可能性の高い優れた才能であると断定しよう。


 そもそも才能とは開花しなければ自覚できないものである。そして才能を選ぶことは決してできない。この二つのジレンマから才能の本質が見えてくる。


 例えば足の速い人間がいたとする。その人間が必ずしも短距離走の選手になるかといえばそうではない。野球選手やサッカー選手などその他のスポーツを志す場合がある。極端なことを言ってしまえば小説家になってしまうかもしれない。足ではなく速筆なわけでもないのにだ。


 足が速いこと。

 執筆が速いこと。

 それは才能そのものを示しているわけではなく、機能として優れているだけの話だ。他人より秀でているだけの話だ。


 だから足が速ければ短距離走選手にならなければならないわけではないし、執筆が速ければ小説家にならなければならないわけではない。同様に短距離走選手の全てが特別足が速いわけでもないし、小説家の全てが文章を書くのが速いわけでもない。相性の良い三流が下がり調子の一流を蹂躙することは世間では良くあることだ。


 『シック』は相応しいとされる一流を無理矢理覚醒させる文字通りの病気みたいなものだ。狂気と言い換えても誰も文句は言わないだろう。自身の望む才能を引き出された人間がどうなるか。一言で表すならば悲惨である。ゲームでいうなら初期装備が最強装備になってしまっているものだ。人生が生温くなり一生が手緩くなる。


 そんなものは奇跡とは呼ばない。絶望すらマシに思える最悪なる災厄のものだ。しかも他人に『感染』するとなると手に負えない。


 『シック』は形のないものだ。見えないし気づかないし自覚することもない。だから見てはいけないし気づいてはいけないし自覚してはいけない。


 知ってしまえば引き戻れないし引き返せない。底無し沼のように囚われられる。


 そんなものが才能やら奇跡やら綺麗事のように持てはやされるのは間違いだ。


 『シック』は『シック』であって、『シック』でしかない。なんてトートロジーで誤魔化すつもりはこれっぽちもない。ないけれどどうやって『シック』と向き合えばいいのだろう。どうしようもないものを受け入れるなんてできやしない。


 だから――奇跡や才能や希望なんていらない。

 滑稽なだけの理想主義にすぎないからだ。

 『キャリア』はそんなものではないし――

 『シック』なんていらない。


 そんなものは――いらないのだ。


 一通りの結論が出たところで現在位置を確認する。考え事をしていたけれど、予定したルートを辿っている。

 当然だ。このルートは一日かけて覚えたものだ。間違えるはずがない。

 竹波市は田舎特有の性質で区画整理されていない。だから路地裏や行き止まりがたくさんある。

 元々狙われやすい街なのだ。


 透き通るような暗い空。

 雲ひとつ無い月明かりの夜空。

 今夜は空気も綺麗に感じる。まだ少し肌寒いけれど、我慢できるレベルだ。


 特に脚が寒い。スカートを履いているのでスースーする。普段だったら履いたりしないので新鮮な気持ちになる。


 こんな格好はしたくなかったけど、仕方が無い。

 しかし、長い時間歩いているのに誰にも会わないのはおかしいな。


 そう疑問を感じて。

 角を曲がろうとした瞬間――


 背中が。

 ゾクっと。

 震えた。


 体中の血管に冷めた血液を流された感覚。全身が絶対零度まで凍らされて、それゆえに決して暑いとは思えない春の夜の外気に燃やされる体感。頭脳だけが正常を保つことができて、それ以外の身体の機能が動かなくなる。


 一瞬。

 刹那だけ脚を止めてしまったけれど、何事もないように動き出す。

 振り返りはしない。

 おそらく気づかれなかったと思うが、用心はしたほうがいい。



 通り魔だ。

 感じてしまう。一度知覚してしまえば、もう無視することはできない。そして意識するまでもない、強烈な視線。


 これは――殺意だ。


 悪意も犯意も害意も敵意もない、そんな不純物は一パーセントもない純然たる殺意。火薬のように爆発しそうな絶対的な殺意だ。


 歩くと気配がついてくる。

 歩くと感触がついてくる。

 歩くと殺意がついてくる。


 通り魔は露骨に殺意を振りまいている。後ろから尾けられている感覚で分かる。

 通り魔は殺すだろう。無垢な少女やあどけない幼児、穢れを知らない赤ん坊だってただそこに居るだけで殺してしまうだろう。


 問題はその殺意が向けられている対象である。

 逃げられるわけがない、避けられるわけがない。

 まさに絶体絶命というわけか?


 まあ、そんなことはどうでもいい。

 跡を尾けられている?

 そんなの問題ない。

 これから殺される?

 大いに結構。

 全ては予測通り、計画通りだ。


 何故なら狙われるように、仕組んでいるからだ。

 T字路に差しかかり、予定通り左を選んで曲がる。このまま歩けば桜ノ宮市の青毛掘川の河川敷に行く。そこまで歩けるかどうかは分からない。竹波市の街中で殺される可能性が高いからだ。

 今まで殺された九人の女子生徒も竹波市で犠牲となっている。何かジンクス的なものがあるのだろうか。


 おっと、後者のほうだ。

 気配がどんどん近くになってきている。確かに今気づいたが、この場所は家が少なく狭い路地だらけ。人を襲うのにもってこいのシチュエーションだ。


 来るなら来い。

 

 来い。

 来い来い。

 来い来い来い。


 殺して――見せろ!


 それは突然現れた。

 背がかなり高い。全身を迷彩色で彩られた服。片手には刃渡りの長いアーミーナイフ。憶測だが十センチぐらいはある。眼にはサングラス、口に黒いマスク、ニット帽を被り、正体がばれないように徹底している。足元は安全靴で守られている。手袋をしており指紋対策はばっちりだ。


 それがいきなり、何の前触れもなく目の前に現れた。

 だから――戸惑ってしまった。悲鳴をあげることはしなかったが、身体が硬直してしまった。


 当然、最初に動いたのは、通り魔だった。

 アーミーナイフを持った右手を振り上げ、左肩に向けて振り下ろす。

 後ろに飛び退いて回避する。しかし間に合わず、わずかにかすってしまう。


 血がほんのりと滲み出す。

 勢いよく振り回したせいか、よろけてしまう通り魔。その隙を突いて通り魔の胸部を目がけて殴りつける。


 強く、思いっきり、殴りつける。

 しかし、通り魔はびくともしない。

 身体が宙に浮くぐらい殴ったのに、明らかにノーダメージだ。


 何らかの防御策を練っているらしい。

 バランスを崩すことなく、二撃目に移る通り魔。今度は刃先を水平に構えて刺突をする気だ。


 やばい。距離を取らないと――

 さっきのように後ろに退こうとするが間に合わず、刃が右腕に突き刺さる。

 痛みが全身を伝う。


 通り魔はそのまま体当たりをしてきた。無様に倒れてしまう。ナイフが突き刺さったままの右腕のダメージを確認する暇がなく、通り魔が近づいてくるのが分かる。


 横目に見ると二本目のナイフを取り出し、びゅんびゅんと振り回しながら迫ってくる。

 血がどくどくと流れ出ている。失血死は確実、このままだと死んでしまう。

 死んでしまう。


「……手こずらせやがって、この女」


 初めて聞く通り魔の声。どこかで聞いたような声。


「――死ね」


 馬乗りになり、ナイフを高々と上げて、頚動脈を切り裂こうとして――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。