第十八話 千年恋
いよいよクライマックスです。なぜ弥生の元へ猫がやって来たのか明かされます。
綺麗な笛の音が優しく鳴り響き、まるでそれに合わすように鳥たちがさえずる。
木立の緑が色鮮やかに映る水面に小波が広がって行き、水面の木立と共に少女の顔がゆらゆらと揺れる。
「ねぇ、フェンディ、私はもうじき死ぬの?」
今ににも泣き出しそうな少女の声に、笛がぴたりと鳴り止む。
「どうしてそんなこと訊くの? 君はこんなに元気じゃないか」
唐草色の木こり帽子に栗色の巻き毛。透き通るような茶色い瞳が微かに揺れる。
「フェンディ、隠さないで。私の躰よ、そのくらい分かるわ」
「ジョアンナ。隠してなんかいない。僕は君に嘘なんかつかない。そうやって思うことが、躰に毒なんだ」
怒ったような口調に、ジョアンナは今にも壊れてしまそうな笑顔で頷く。
「そうね」
ジョアンナは、そのまま湖面に目を落とす。
痩せた青白い顔に、シルクのような金色の髪は、後ろで一つに編んであった。
そっと水面を弄ぶ少女の横にフェンディの顔が並ぶ。
「ジョアンナ」
フェンディの姿が、小波が出来た湖面に映ったかと思うと、ジョアンナの躰がふわっと宙に浮かぶ。
「僕は君の為なら何でもする。いつだってそうしてきただろ? 君なんかこうして軽々どこへでも運べるし、こうすることが僕の喜びなんだ」
「でも、私はあなたに何もしてあげられない」
「してくれたじゃないか。こうして僕に喜びとこの帽子をプレゼントしてくれた」
フェンディはおどけた表情で、木こり帽子が乗った頭を振って見せる。
「でも、でも」
大粒の涙が頬を伝う。
「ねぇジョアンナ、この湖に伝説があるのを知っているかい?」
「知らないわ」
大きく首を振るジョアンナをゆっくり降ろすと、自分も隣に座り湖に足を投げ入れる。
「無理もないさ。君が知らないのも当然。森の番人である僕だから知っていることさ。この湖はね、真実の湖って言うんだ。僕の曾曾爺さん。いやもっと昔の時代からの言い伝え。昔々の話さ。この湖には心が綺麗な女神様が住んでいて、願い事を何でも叶えてくれる。だからジョアンナ、願うと良いよ」
「本当なの?」
「ああ。だからぼくはいつも願っているんだ。いつまでも君と一緒にいられますようにって」
フェンディの鼻がひくひくと動く。
「フェンディの嘘つき」
フェンディの胸に顔を埋め、ジョアンナは泣き崩れる。
「嘘なんかじゃないよ。嘘なんかじゃ」
そんなフェンディの願いも虚しく、ジョアンナはその翌日から何日もベッドに伏せ、最期の時を迎えようとしていた。
ぼやけた視界に年老いた男女の顔が映る。
皺くちゃな手でジョアンナの髪を撫で、祈りの言葉を何度も投げかける。
「……ママン」
ようやく絞り出した声。
何て悲しい目をしているの。あなたまで……。曇ったガラス窓から覗くフェンディを見つけたジョアンナが微笑む。
急に、ふっと体が軽くなった気がして手を伸ばしてみる。
不思議な光景が目の前に広がる。
ジョアンナに覆いかぶさる様に泣く、年老いた父母が見えた。
「フェンディ待って」
窓辺から駆け出して行くフェンディの後ろ姿を見つけ、追いかけだす。
「フェンディ、フェンディ。私、自由になれたのよ」
ひらりとジョアンナはフェンディの前に遮るように立つ。
すっと通りぬけて行くフェンディの後をまた追いかける。
スーッと水面に足を滑らせ、クルクルと回ってみたり、ちょんちょんと跳ねてみたりとはしゃぐジョアンナにフェンディは全く気が付く様子もなく、深い祈りを続けている。
――そう、フェンディ、全てを思い出したわ。
私はあなたを愛していた。
陽だまりの中、私とあなたはずっと一緒にいようと、あの湖に誓ったのよ。
フェンディ……。あなたのその瞳が好きだった。
目を覚まし起き上がった私は、レースのカーテンが揺れている朝の光が差し込む窓を開け、空を見上げる。
雲ひとつない空だった。
「あなたって人は……」
ふっと笑みを浮かべた私の頬に、涙が伝う。
もう遠い遠い昔。
「フェンディ。あなたは知っていた? この湖にあるもう一つの伝説を。この湖で愛を誓った者は、生まれ変わってもまた恋人になれるって。嘘なんかじゃないわ。わたしが生まれ変われるまで、あなたは自由に生きて待っていて」
そんな私の声も聞かずに。
私の胸が締め付けられる。
私の奥底に眠っていた記憶。
日差しを跳ね返しながら光る湖面。鳥がさえずり岸辺には淡いピンクの花が咲き誇っていた。
……ジョアンナ。僕らはいつでも一緒さ。
深い深い湖底に沈んで行くあなた。
フェンディあなたは、私の為についてくれたその嘘を叶えるために、その身をあの湖に投げ入れてしまった……。
たった一言だけを伝えるために。
……愛している。
フェンディ。私もあなたを愛している。愛しているわ。
空に舞い上がって行くクリを見上げ、再び会える日を私はそっと祈る。
今度こそは必ず結ばれると信じて。
ニャンと短く鳴く声が聞こえた気がして、私は涙を流しながら微笑む。
「俺も信じている。また会おうぜ」
(おしまい)
お粗末さんでした。
もっとググッと来るものを書きたかったな。
自分の力不足を痛感させられました。
今日はヤケ酒して寝ます。
他に何作品かあげています。気が向いたら読んでやってくださいまし。




