第十七話 別れ
猫は、私のベッドの下で箱に入って寝ている。
私は一睡もできずに、その寝顔を見ていた。
「これを外して、あとどのくらいの時間がクリに残っているんですか?」
「何とも言えないけど、今晩か、もって明日の夜までかな」
獣医の言葉が頭の中で繰り返される。
いったいなんなのよ。ふらりとウチにやって来て、勝手に家族の一員になっちゃって、名前だってそう。もう、明日から一人で夜道歩かなきゃいけないってどいうこと? また、痴漢が出たらどうしてくれるのよ。クリのバカ。
翌朝、猫はパッと目を覚ました。
「よう、気持ちが良い朝だな」
「虫の息で、そんなことを言うな」
よろよろと立ち上がり、私の後に続こうとして倒れる。
「会社、行けよ」
私の心を見透かす様に、猫が苦しそうに言う。
「ばか、喋るな」
「良いから行けよ」
「分かったわよ。行くわよ。行けばいいんでしょ」
猫は玄関先まで、私の後に続く。いつも通りにするつもりなんだろうけど、そんなことをされたら、尚更出かけられない。
「フニャンン」
振り返り躊躇う私に、猫は最後の力を振り絞るようにシャンと座って見せる。
言葉になってないよ。それじゃまるっきりの猫だ。
一緒に居たかったのに……。
昼休み、母に電話を掛ける。
鼻をすする音が聞こえ、今亡くなったわよと伝えられる。
私は会社を飛び出した。
最後の瞬間ぐらい傍に居たかったのに。
道を猫が突っ切って行くの見え、ハッとなり立ち止まる。
こんな所にクリはいない。
もうどこを探してもクリはいないのに、駅に着いた私は、酒屋の自動販売機の傍まで行くと、姿を探してしまう。
コンビニの駐車場に猫が座っているのが見え、私は小走りで近づいて行く。クリとは似ても似つかぬ野良猫が、煙ったそうに私を見上げ、その場を立ち去って行く。信じるのが辛い。
――それでも受け入れなければならない現実。
呼びかけても返事が返って来ない亡骸を、私は呆然と見つめていた。




