第十四話 変調
社会人になって3年目の春。
私は長い風邪を引いている。
微熱が続き、めまいも時々していた。
それでも、会社へは行けていたし、気力で何とか一日を過ごせていたので、私は病院に行こうとしなかった。
あの匂いと雰囲気が好きになれないからだ。
いつもならその理由を聞かされ、思いっきりバカにしてくるはずの猫は、今回ばかりは何も言わずにいた。
不気味なほど、静かだ。
そんな事にも気が回らないほど、私の体調は芳しくない。
密かに警告音が自分の中で鳴り響いているのを、無理矢理、市販の薬と酒で気を紛らわせる。
一向に良くなる兆しが見えないある日、くるくると目が回り、ついに立っていられなくなってしまった。
母には内緒にしているが、記憶にない痣が、躰のあちらこちらに出来ている。
猫はそれを見て、目を見開いていたが、何も言わずにいた。
普段の風邪の症状とは、ちょっと違う気がする。
それでも恐怖心が先に立って、病院へ行こうという気が起きないのだ。
猫は洋服ダンスの上に置いてあるエナメルのかばんを下に敷き、じっとそんな私を見ていた。
いつもなら、つべこべうるさく言って来るのに、ニャーとも言わずに、ただじっと見つめているだけだった。
とうとう会社を休んでしまう。
ベッドでぐったりしている私を見て、母が騒ぎ始める。
けど、あと一日だけ様子を見てからと、頑として病院に行くのを私は拒んだ。
翌日、少し体が楽になった。
今までなかった食欲も出て来て、テレビを見る元気も出る。
猫に話しかけようとした私は、目をひん剥いて驚いてしまう。
歩きながら尿を漏らして行く猫を、私は捕まえる。
切なそうな目で、猫は私を見た。
「どうしたの?」
「間に合わなかった」
「見れば分かるわよ」
「……ごめん」
しおらしく謝る猫。
その時、私は何も気が付かないでいた。




