第十三話 恋人
社会人2年目、私は正式に大人の仲間入りをした。
酒も煙草も誰のお咎めも受けずに楽しめる。
だから飲み会が増え、帰りが遅くなることも、しばしば増えるようになった。
強がったことを平然とぬかし、上司を上司と思わない態度をして見せたりする。学生の頃も、会社員になってもそこは変わっていない私。
そして、夜道が怖いのも変わっていない。
最終電車から降りた私は、キョロキョロと改札を抜けながら辺りを見回す。
そろりと、自動販売機の陰から栗色の猫が出て来る。
「よし」
私はそう呟くと、意気揚々と歩きだす。
「こんな時間まで」
猫が怪訝な顔で私を見上げる。
人気がない道では、猫は私の真横を一緒に歩く。
「仕方がないでしょ。大人には付き合いっていうものがあるのよ」
「大人ねー」
「何よ」
猫は、最近小姑のように煩い。
咳をしようものなら、私の膝から離れようとはしない。
「まったくー。あなたこそ何様よ」
わざと小走りする私を追いかけてきた猫が、嬉しそうに恋人と言った気がして、えっと聞き返す。
なくてはならない存在。
時折見せる表情に、私はハラハラさせられる。
どこか懐かしさと愛おしさが胸を締め付ける。動物愛好者はみんなこんな感じなんだろうなと思いつつも、もっと奥深いものがるような気がしていた。祖母が、猫を抱いて爺さんを思い出すと言っては、涙ぐむ。最初は理解できずにいたが、最近、妙にその気持ちが分かる。
もう猫は、玄関に爪を立ててニャーニャー鳴いている。
「私がいるのに、何しちゃっているの」
そう言いながら私は猫を抱き上げる。
猫が愛おしそうに、私の顔を見上げる。
私の胸が高鳴る。
「もうそんな顔をしないでよ」
徐に猫は私の胸を這いあがり、唇に口を寄せて来た。
猫が恋人。それでもいいかなと、私は笑った。




