第十話 猫パンチの威力
まったりとした気分で毎日を過ごせているのはこの猫のおかげかしらと、最近素直に思えて来た。
「明日さ、友達とコンサート行くんだ。帰り遅くなるから、帰り道怖いな」
「何時ごろになりそうなんだ?」
「九段下まで行くから、10時は過ぎちゃうと思う」
猫は、あの日から駅まで私を迎えに来てくれる。身内から犯罪被害者を出したくないという理由らしいけど、どこで時間を見計らっているのかジャストミートでやって来る。
それがごく自然で、当たり前になっている。
前をトコトコ歩く猫の尻尾を見ながら、ふと思う。
こ奴が人だったら、どんなに自慢が出来るんだろう?
猫がくるっと向き直って、最高だよな、オレってば出来過ぎ。ニッと歯を見せて笑う姿が、人間ぽくって嫌になる。
家の近くの坂道に差し掛かった時、自転車がすれ違う。
え?
猫がギャッと鳴いて、その自転車に向かって飛びかかった。
状況が飲みこめない私に、良いから逃げろと猫が叫ぶ。
おそらく自転車の人には、ニャニャニャオーンとしか聞こえていないだろうけど。
とにかく全力疾走。カッコつけてヒールがある奴なんか履くんじゃなかった。
足が痛いよー。
家の玄関に飛び込んで、そっとドアを開けてみる。猫がすっと入って来た。
「何だったのよー」
「おかえり」
祖母が、ホッとしたような声で言う。
「おばあちゃん、どこか出掛けるの?」
いつもならとっくに寝ている時間だった。
「この辺で変質者が出たって、昼間警察の人が来たから、弥生を迎えに行こうと思って」
じゃあ?
私は目を見開いて猫を見る。鼻の頭から血が出ていた。
「おばあちゃん、救急箱持って来て」
祖母が足を引きずるように居間に入って行くのを見届けてから、猫を胸に抱き、もしかしてさっきのがそうと、小声で訊いた。
猫は何も答えなかった。
翌日、変質者が捕まったと言うニュースを、叔母から聞かされた。
「嫌になっちゃうわよね。この辺の下着とかも盗んでいたらしいわよ」
叔母が得意げに話すのを、うんざりしながら何度も頷かされているけど、目的は私を保険への加入だった。
「バイト代で支払えるんじゃない? 値段もそう高くないし」
そういう問題じゃない。
猫はあれから、ますます私のそばを離れたがらなくなって、少しでも遅くなるとミャーミャー小言が始まる。
叔母には話していないけど、私の下着も2枚盗まれていた。
どこの誰だか分かって狙っていた。と警察の人から聞かされ、ゾッとする私のそばで猫はゴロゴロと喉を鳴らして、目を瞑る。
あなたは誰?
私の中に疑問が生まれる。




