第七話「使者の運命、救います。〜後編〜」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは、一切関係ありません。
「…………。」
「…………。」
二人の前で、その口を開けたシャコ貝。その中に見えたのは、下へと降りていくための入口だった。
「このシャコ貝、下にボコッ、って空間が拡がってるみたいね。」
「まぁ、潜水挺なら、そうでしょうね。」
「入口よね、あれ。」
「でしょうね。」
「入ってこい、ってことかしら?」
「………。」
「使者の人達って、確か私達のこと警戒してたのよね?」
「はい。」
「入った瞬間捕まって、解剖されたり…とか?ほら、この世界じゃ、私達って物語の中の生き物なわけだし…。」
「…ありえない話では、ないですね。」
「…無視して帰らない?」
「それがいいかもしれませんね…。」
などと、二人が話をしていると…
「………おい。」
「!!」
不意に声をかけられた二人。声の方を振り向くと、シャコ貝の入口から一人の男が顔を覗かせていた。
少々筋ばった顔に、鋭い目付き。その目はぎらりと光り、鋭く二人を睨み付けている。
「(ね、ねぇ、あれって、怒ってない?)」
「(元々の顔付きがそうなんじゃないでしょうか?)」
「(で、でもでも、すっごいギラギラした目で睨まれてるわよっ!?)」
「(海中で目を開けていられるように、そういう目になっているのではないでしょうか?)」
「………おい。」
「!!!」
ひそひそ話をする二人に、再び声がかけられた。男は相変わらず、鋭い目付きで二人を睨み付けている。
「な…なにかなぁ?」
恐る恐る言葉を返すフィーア。表情は笑顔だったが、その笑顔は、完全にひきつっていた。
「………。」
男はぴくりとも表情を変えずに、こちらを睨み続けている。フィーアの頬に、一筋、冷や汗が流れた。
(なんでもいいから、なんか喋って〜〜〜〜!)
フィーアが心からそう願った時、
「鮫達を蹴散らしたのはお前らか?」
男が、そう切り出してきた。
「え!?そ、それは、こっちの男がやったんです!私は見てただけで〜…」
「…確かにそうですけど、なんか引っ掛かる言い方しますね。」
ウィングの背後に隠れるフィーア。そんなフィーアに少し呆れながら、ウィングは男と対峙した。
「…お前が、鮫を蹴散らしたのか。」
「…はい。」
「お前は、不可思議な力が使えるのか?」
「…まぁ、ある程度は。」
「………。」
「………。」
しばしの沈黙。ややあって、男が口を開いた。
「…助けてほしい。」
「え…?」
意外な一言だった。フィーアもウィングの背後から身を乗り出して、男の言葉を聞いている。
「実際に見てもらった方が早いだろう…ついてきてくれ。」
それだけ言って、男はシャコ貝の中へと消えた。
「…ね、ね、どうするの?ウィング。」
「う〜ん…。」
「助けてほしい、って言ってたけど、あれってホントなのかな?そもそも、何を助けてほしいのかな?」
「………。」
「…罠?罠なんじゃないかな?ねぇ…」
「…行ってみましょう。」
「え!?」
驚くフィーアに、ウィングは微かに微笑んだ。
「もし罠だったとしたら、デモンズフィスト、よろしくお願いしますね。」
「……きたか。」
下に降りる入口からシャコ貝の中に入った二人を迎えたのは、やはり男の鋭い視線だった。
「……(助けてほしい、って言われてわざわざ来たんだから、少しはにこやかにしたらどうなのよっ!)。」
「……(不器用な性格なんでしょうね…)。」
それぞれに思うところあり、な、二人。そんな二人を特に気にする風もなく、男はクルリと背を向けて歩き出した。ついてこい、という意味らしい。
「(な、なんなの〜!?あの態度!!)」
「(ホント、不器用なんですね〜…。)」
それぞれに思うところを胸に秘め、二人は男の後を追った。
「…そういえばさぁ。」
「なんですか?」
「私達、普通にシャコ貝の中歩いてるけどさぁ。」
「はい。」
「これって普段、海の中で住んでる人達が、移動用に使ってる乗り物…なのよね?」
「そうでしょうね。」
「なんで私達、普通に歩けているのかしら?」
「………。」
「逆に言えば、私達が普通に歩けるってことは、人魚族の人達って水陸両用なのかしら。でも、なんでわざわざ乗り物の中は水を抜いた状態にしてあるのかな…なんか矛盾…」
「…それ以上言うと、ディスティーナ様に何されるかわかりませんよ?」
「………なんで?」
「…なにをぶつぶつ言っている?」
「いえ、なんでもありません。」
「……(間違ってる。なんかが間違ってるわ、この世界っ!)」
…そんな会話を繰り広げつつ、男の後について先へと進む二人。そして…
「……ここは?」
男と共に二人がたどり着いた先。そこは白を基調とした清楚な部屋だった。どうやら、ここは寝室らしい。簡単なクローゼットとベッドが設置されている。
「(海の中で暮らす人達も、服着るのね…。)」
「(人魚も、実際に会ってみると、大分イメージ違うんですね…。)」
小さな感動を覚えつつ、部屋を見渡す二人。
そんな二人を尻目にベッドに近づく男。そこには、ベッドに横たわる一人の少女と、椅子に腰掛ける女性の姿があった。
「ラフィ。」
男が女性に声をかけると、女性は顔を上げた。涼やかな目をした聡明そうな女性だ。だが、その表情は不安と哀しみとで、すっかり曇っている。
「ルドル…。」
「連れて来たぞ。」
「ありがとう…。」
そう言って、ラフィと呼ばれた女性は立ち上がると、二人の元へと近づいて来た。入れ代わりに、ルドルが椅子へと腰掛ける。
「…はじめまして、地上の方。」
少し距離を置いて立ち止まると、ラフィは丁寧に頭を下げた。
「え、あ、どうも…。」
「はじめまして。」
ルドルとは違う丁寧な態度に、あたふたと返事をするフィーアと、冷静に頭を下げるウィング。
「まさか、今も地上に生きる方がいて、しかも実際に会えるとは思いませんでした。光栄です。」
「え!いえいえ、そんな光栄だなんて、私達、そんな大層な存在じゃないですから!ねぇ?」
「そうですね。別に私達、特別な生き方してるわけじゃないですし。」
「そうなのですか?案外、そういうものなのでしょうか…。」
「そういうものだと思いますよ。」
「…あ、申し訳ありません。私ったら、お礼の言葉も言わずに…。進魚族を追い払ってくださり、誠にありがとうございました。やはり地上の方には、我々にはない、特別な力があるのですね。」
「え、いや、う〜ん…、地上の人だから、っというわけでもないんだけど…ん〜、どう言えばいいか…」
「よいのではないですか?別にわざわざ否定しなくても。…それより、何か助けてほしい事があると聞いたのですが?」
「…はい。見ず知らずの方に、いきなり助けを求めるなど、失礼なこととは思ったのですが…。」
「ラフィ。時間がない。」
「え、えぇ…。」
ルドルの言葉に、ラフィは、少女の横たわるベッドの側へと、二人を連れて来た。
色が白く、上品な顔立ちの少女。その呼吸は、今にも途絶えてしまいそうにか細かった。
「人魚族の姫、アレイラ様です。」
「…なんか、かなり危険な状態に見えるけど…。」
「はい…。…今回の和平交渉、アレイラ様無くしては決して成立しないものなのですが、進魚族の過激派にしてみれば、アレイラ様さえ消してしまえば、和平はぶち壊せる…という考えのようでして…。」
「それで、狙われた、ということですか?」
「ほんの一瞬、隙を見せたのが、まさかこんな惨事になるなんて…。もう、なんて言ったらいいのか…」
「何をされたんですか?」
「…シニガミクラゲの猛毒を打たれたのです。」
「シニガミクラゲ…。また恐ろしい名前ね…。」
「解毒は出来ないのですか?」
「シニガミクラゲの猛毒は、数分で死に至るほど強烈なもの…。ここでの治療では進行を遅らせる事が精一杯。解毒するには、王国の医療施設と専門医の力が必要なのです。ですが…」
「ここからでは遠い、ということですか?」
「はい…それと、先程の鮫達の襲撃で、潜水挺の駆動系にトラブルが発生してしまったらしく…。」
「八方塞がり、というわけですか。」
「お願いです!」
突然、ラフィは床に膝をついた。
「出会ったばかりの方々に、このようなお願いをするなど、無理な注文であるのは百も承知です。ですが、この状況では、あなたがたに縋るしかないのです!どうか、その不可思議な力で、姫様をお救いください。お願いいたします!」
「無理は承知の上…頼む…。」
ラフィに続き、ルドルも頭を下げる。
「…なるほど、ね。」
「ここまで、込み、でしたか。」
「解毒…か。ウィング、なんとかなりそう?」
「私の力で出来るのは、毒の進行状況と、どこに毒が回っているのかを調べる…といったところでしょうか。」
「おっけ。じゃあ、解毒は私がやるわ。」
「そんな力、持っていましたっけ?」
「ふふ、人間は、応用の出来る生き物なのよ。」
「そうですか。なら、お願いします。」
「お姉さんに任せなさいな♪。」
「……あ、あの。」
「大丈夫ですよ。なんとかなりそうです。」
「!!…あ、ありがとうございますっ!見ず知らずの私達に、こんなに手を貸していただいて…。本当に、本当に、ありがとうございますっ!」
「いえ、そんな、お気になさらずに(仕事ですからね…。)。」
「そうそう!お気になさらずに〜(なんか、素晴らしい人、って思われるのも複雑ね…。)」
どこか複雑な心境で、二人は治療に取り掛かった。
「…サーチアイ」
ウィングが静かに力を行使する。白い瞳の文様が、スー…っと、姫の体の中に吸い込まれていく。
「………。」
「………。」
「………。」
瞳を閉じたまま、静かに佇むウィングと、それを心配そうに見つめるラフィ。そして、冷静に状況を見守るルドル。フィーアは、ウィングの作業が終わるのを気楽に待っている。
「……はい。」
しばしの後、ウィングが目を開けた。白い瞳の文様が再び浮き上がり、宙に消えた。
「ど、どうでしたか?」
たまらず声をかけるラフィ。ウィングは、努めて冷静に言葉を返す。
「心臓部や、脳は無事ですが、その他の臓器にはかなり毒素が回っています。あまり猶予はありませんので、すぐに解毒を行います。」
「は、はい。どうか、お願いします。」
「フィーア。」
「はいは〜い。出番が来たわね。」
「念のため確認ですが…確実に大丈夫てすよね?」
「だ〜いじょ〜ぶだってば〜。お姉さんを信用しなさいっての。要するに、心臓や脳以外、全身に毒が回ってるから、それを抜き取ればいいんでしょ?」
「そういうことです。」
「おっけー。じゃ、少し離れてね〜。そっちのお二人も、少し離れてて。」
「は、はい。」
「……。」
言われる通り、数歩下がる三人。フィーアは姫の傍らに立つと、静かに呼吸を整え始めた。
「……あ、あの。」
「なんですか?」
何か不安になったのか、ラフィがウィングに話し掛ける。
「あちらのお方も、何か力をお使いになるのですか?その、何と言いますか…」
「まだ力を使っているところを見ていないから、どんな力を使うのか不安、ということですか?」
「は、はい…。」
「その気持ちは、わかります。ですが、そちらが助けを求めたのですから、信用してあげてくださいませんか?」
「あ……。」
「大丈夫です。あの人なら、きっとうまくいきますよ。」
それだけ言って、ウィングはフィーアの背中に視線を戻した。ラフィも、期待と不安が入り交じった瞳で、フィーアを見つめる。
「………………。」
ゆっくりとした深呼吸を何度か繰り返すと、フィーアは静かに右手をかざした。その手が、神々しい白銀のオーラに包まれていく。
「…!!」
目を見開くラフィとルドル。そして、
(魂と肉体の浄化に、負の感情の浄化。今回は毒素の浄化ですか…。ずいぶんと応用が利くのですね。私も見習わなければ。)
冷静に状況を見つめながら、ウィングが静かに感心していた。
「………。」
十分に力が溜まったのか、フィーアは右手を姫の顔の上へと降ろした。右手の白銀の気が、ゆっくりと姫の身体の中に吸い込まれていく。姫の呼吸に合わせて、ゆっくりと、静かに、気が流れ込む…。
「………。」
真剣な表情で気の流れを制御するフィーア。衰弱しきった姫の身体に、負担をかけるわけにはいかない。使い方によっては肉体を消滅させることも可能なエンジェルフィスト。肉体に負担をかけずに毒素のみを浄化するには、極めて微妙な力加減が必要になる。
額にうっすらと汗が浮かぶ。慎重に力加減をしながら気を送り続けるフィーア。そして…
「ウィング。」
フィーアがウィングを呼んだ。
「………。」
無言で側に寄るウィング。
「……。」
真顔でウィングを見つめるフィーア。見つめ返すウィング。
「………ぷっ。」
フィーアが急に破顔した。
「フィーア?」
「ふふふ…ごめんごめん。真剣に見つめられたから、つい。」
クスクス笑うフィーア。そして、にこやかに告げた。
「ウィング、もう一回サーチアイ出して。毒素、多分全部取り除けてるとは思うけど、最後にチェックよろしく。」
「お疲れ様でした、フィーア。」
「今日はホントに疲れたわよ〜。ウィング〜帰ったらマッサージよろしく〜。」
「ええ。構いませんよ。」
「今回はさすがに緊張したわ〜。一歩間違えれば、逆に姫様の命を危険に晒すことになるからね…。」
「さすが、プロですね。」
「そりゃあね〜。…でも、よかったのかなぁ…?」
「何がですか?」
「最後まで見届けずに帰っちゃって。まぁ、毒素は完全に取り除いたし、よっぽどのことがなきゃ助かるのは確実だけどさ…。」
「私達は仕事を充分にこなしました。あとは、本来の世界の住人に任せるべきです。」
「そう…かなぁ…?」
「私達は、あくまでもイレギュラーですから。」
「…そっか。イレギュラーか…。」
「フィーア…?」
「まぁ…そうだよね。私達は、その世界の人間じゃないものね。適当なところでいなくならなきゃね。」
「私達には、私達の存在する世界があります。」
「…え?」
「さ、早く帰って休みましょう。明日も仕事ですからね。」
「…ふふ。…そうね〜。適当に頑張るとしましょうか。」
使者と姫、救済完了。
やっと書けました〜…今回は、なんだかいつもよりも長めです(^.^;)。使者のストーリーも、これで終了。次回は、また違った感じのストーリーになる予定ですo(^-^)o。また読んでいただけると、嬉しいです♪




