第五話「受験生の運命、救います。〜後編〜」
作中に登場する固有名詞は、実在のものとは一切関係ありません。
「さと、と。」
康彦の部屋へとやってきた二人。当の本人はすでに自分の椅子に座り、相変わらずの無気力な無愛想顔で二人を待っていた。
「それじゃ〜、リハビリを始めましょうか。」
「……?」
康彦が、訝しげな表情でフィーアを見た。家庭教師として来ているはずの人間から、リハビリなんて言葉が出てきたら、訝しむのも当然かもしれないが。
「松山康彦君。」
フィーアに続いて、ウィングも話し掛ける。
「家庭教師に来るにあたり少々調べさせていただきましたが、あなたの学力は決して劣っていない。むしろ優秀なくらいです。それなのに、四年連続で大学に落ち続けている。それは、何故か。」
「……。」
「康彦君、わざと落ちていませんか?」
「……。」
「あなたの様子からして、プレッシャーに弱いとか、そういうことが理由ではないように思うのですが…いかがですか?」
「……。」
「ちょっとちょっと。そんないきなり直接的に攻めても答えてくれっこないわよ。まずは、じっくり間接的に攻めなきゃ。」
「間接的に、ですか。」
「そうよ。」
「具体的には?」
「え?…えーと…。…賄賂とか?」
「…政治家に取り入ろうとする社長じゃないんですから。」
「で、でも!物で釣る、っていうのは、実際効果的なのよ!」
「確かに。で、何を使って釣りますか?」
「……え〜と…。」
「…その場の思い付きだったのですね。」
「な、なによぉ。じゃあ、そういうそっちは何かアイデアがあるわけ?」
「私はいざとなったら神経操作するつもりでしたから。」
「よ〜し、それいってみよ〜。」
「…いざとなったら、ですよ?」
「いーじゃない。それが一番手っ取り早そうなんだから。」
「…あのさぁ。」
「!!」
不意に、康彦が声をかけてきた。二人が驚いて目を向けると、康彦は明らかに不信な目付きで、二人を見つめていた。
「あんたらさぁ、なんなの?」
「なんなの、って?」
「あんたら家庭教師だよね?それが、賄賂だとか物で釣るとか、挙げ句の果てに神経操作?…頭おかしいんじゃないの?」
「やだなぁ、冗談ですよ。冗談。」
「……。」
「あなたがあまりにもこちらに興味を示してくれないから、興味を引けるような言葉を並べてみただけですよ。結果、あなたから話し掛けてくれましたから、効果があった、ってことですよね。ねぇ?」
「え?そ、そうね!効果、ありあり!」
「………ふぅ。」
面倒なやつら。明らかにそんなニュアンスを含んだため息を吐いて、康彦は、再び二人から視線をそらした。
「ねぇねぇ、なんでそんなに合格したくないの?ちょっとやる気出して合格しちゃえば、めんどくさい家庭教師も来なくて済むのに。そっちの方が、いいと思わない?」
「……。」
「う〜ん…、また、だんまりかぁ。仕方ない。お母さんにも話を聞いてこようかな。」
「…あんな奴に話聞いても意味ねーよ。」
「あら、どうして?」
「……。」
「…。(自分の母親を、あんな奴呼ばわり?)」
「…。(少々訳あり、なのでしょうか?…調べさせていただいたほうがいいかもしれませんね。)」
部屋のなかにしばし沈黙が流れる。
「マインドハック。」
と、不意にウィングが力を行使した。康彦の体から力が抜け、ばたり、と、机に倒れこんだ。
「いざって時じゃないと、神経操作はしないんじゃなかったかしら?」
「そのつもりだったんですが、ちょっと訳ありみたいですからね。」
それだけ言うと、ウィングは静かに瞳を閉じた。力を行使することに、全神経を集中させる。
彼のこの力は、相手の思考、記憶を読み取る力。だがその情報は、ウィングの脳に直接流れ込むため、フィーアには、その情報は一切伝わらない。つまり、どういうことかというと、ウィングがこの力を使っている間、フィーアは、ものすごく暇なのである。
「………さてさて。」
案の定、フィーアは十秒もしないうちに、部屋の中をキョロキョロしはじめた。別に何か目的があるわけではない。単なる暇つぶしである。
「……ふ〜ん。」
康彦は、あまり掃除はしないのだろう。本やCDが床の上に平積みになって、埃を被っている。フィーアはそれらを手にとって、埃を落としはじめた。
「文化の雰囲気は私たちの世界と似たような感じみたいね。技術レベルも遜色ないかしら。」
次々に本やCDを物色していくフィーア。と、
「…あら。」
そんな本やCDの山の中に、それは埋もれていた。
「これは…フォトスタンドかしら。」
埃を被った、古びた木製の写真立て。中に収められている写真も、少々古いもののようだった。
「…これは、康彦君かしら?ってことは、この二人が両親か…。」
写真に写っていたのは、一組の家族の姿。寄り添う夫婦と、その間に、三歳か四歳くらいの男の子。彼の部屋にあったのだから、この子供が康彦なのだろう。
「ふふ、わざわざ写真立てに入れてあるなんて。なんだかんだ言いながら、可愛いとこあるじゃない。」
フィーアはクスリと笑うと、その写真立てを机のうえに置いた。
「ふぅ…。」
そうこうしているうちに、ウィングが調査を終えたらしい。一つ息をついて、彼は目を開けた。
「お疲れ。」
「お疲れさまです。なんとかわかりましたよ。彼が不合格を繰り返す理由。」
「さっすが〜。で、で、理由はなんなの?」
「…その写真は?」
「え?これ?。さっき部屋の中で見つけたのよ。なんだかんだ言いながら、家族が好きみたいね♪。」
「………。」
「ん?どしたの?」
「…いえ、別に。ただ、ちょっと…ね。そういうことだったのか…って。」
「?」
「…ま、話を聞けばわかりますよ。…それにしても、幸せそうですね。」
「え、えぇ。」
フィーアは少し驚いていた。ウィングが、普段あまり見たことのない、優しくて、寂しげな表情をしていたからだ。
康彦は動かない。ウィングの力の影響で、まだ意識が戻っていないらしい。
しばしの沈黙の後、ウィングはゆっくりと喋りはじめた。
「まず結論から言いますと、彼が大学に合格しない理由は、両親への反抗心が強くあるためのようです。特に、母親には憎しみすら抱いています。」
「え…?」
「どうやら大学受験は彼の希望ではなく、両親が勝手に願書を出しているようですね。自分の考えを全く聞こうともせず、勝手に道を決めていく親への怒り。やる気がでないのも仕方ないことですね。」
「そんな勝手なことしてるの?この親…。」
フィーアは思わず写真を見つめた。父親も母親も、優しそうな笑顔で微笑んでいる。とても、そんなことをするような親には見えなかった。
「しなかったでしょうね…その写真の父親なら。」
「…?」
「今の彼の父親は、彼とは血がつながっていません。」
「え…。」
「母親が離婚して、再婚したんですよ…彼に何も言わず、勝手にね。」
「……。」
「ああいった感じの母親ですからね…。離婚も再婚も、あまり深く考えずに行ったんでしょう。自分の家族に、どんな影響があるのかなんて、頭になかったんでしょうね。」
「…そんなのって。」
「再婚相手の今の父親は、エリート嗜好の強い自己中心的な男。彼を強引にエリートコースに進ませようとしています。…もっとも、彼のためではなく、自分の見栄のため、という意味合いが強いようですが。」
「……。」
「…と、これが、彼の頭から読み取った情報です。おそらく彼の主観も入っていますがね。さて、どうしますか?」
「え?」
「大学に合格させることが、本当に彼の運命を救うことになるかどうか?ってことです。」
「……。」
「仕事は、大学に合格させること。それを素直にこなすか、それとも…。」
「…大学には合格させるべきよ。」
「…ほぉ?」
「ただし。あくまでも、彼自身の意志で、ね。」
「どうするつもりですか…?」
「説得するつもりよ。」
ニコリと微笑んでそう言うと、フィーアは康彦の背後に立った。
右腕を頭上にかざす。彼女の右腕が白銀のオーラをまとった。
「……エンジェルフィスト?」
「ま、見てなさいって。」
フィーアはそう言うと、その右手を、ゆっくりと康彦の背中のうえに乗せた。
「…まずは、ごめんなさいね。勝手に心の中を覗いたりして。でも、必要なことだと思ったの。」
優しく語り掛けるフィーア。ウィングは、静かに見守っている。
「辛い思いをしてしまったのね。そりゃそうよね。大好きなお父さんと引き離されて、無理矢理行く先を決められて。…私だって、そんなの嫌だもの。でもね。それじゃあいつまでたっても、何も変わらないわ。それこそ、自分の一生を台無しにしてしまう…。ね、大学に合格してみない?自分の意志で。今の父親になんの文句も言わせないくらいの成績で。そうすれば、きっと新しい道が見えてくると思うの。今の父親や母親が嫌なら家を出て、自活しちゃえばいいし。大学生ならそれ位できるわ。…ね?自分のために。やってみて。」
右手のオーラが輝きを増した。あふれ出たオーラは、康彦の体の中へと、静かにしみ込んでいく。
「…他人の私が言っていいことかどうかわからないけど、あなたのお母さんのこと、恨まないであげて。別に好きになれなければ、好きにならなくていい。ただ、恨まないであげてほしい。あの人は、他人の思いを気付くことの出来ない、可愛そうな人だから。」
オーラはさらに強くあふれ、康彦の背を、銀色に輝かせている。
「…あなたの、悲しみ、憎しみ。浄化します。」
右腕が一際光り輝き、康彦の全身が、銀色に包まれた…。
「………。」
気が付いたときには、あの変な二人組はいなかった。部屋のなかは、何事もなかったかのように、静寂に包まれている。
「………。」
夢にしては、妙に生々しい。あの二人組の声は、はっきりと耳の奥に残っている。それと、もう一つ。なぜか、心が軽い。
「………?」
なぜなのか、よくわからない。だが、今まで感じていた無気力感や苛々した気持ちが、すっきり取り払われている感じだった。こんな感じは、悪くない。
「……あ、」
康彦の目に、それまで机の上にはなかったはずのものが飛び込んできた。それは、過去の記憶。自分が、自分でいられた頃の、家族の姿。
「………。」
父親がいなくなったことに気付いたあの日から、自分は、自分を忘れていた。全てに無頓着になり、ただただ、こんな運命を与えた母親を恨んでいた。
それでも今なら、もう一度、自分になれるかもしれない…。
「……。」
何かを決意したような表情で立ち上がると、康彦は、階下へと向かった。自分が、自分として生きることを、母に伝えるために…。
「あ〜、疲れた〜。ウィング〜帰ったらマッサージお願い〜。」
「いいですよ。それにしても思いを浄化するなんて。フィーアってあんな力も使えたんですね。」
「別に〜。エンジェルフィストをちょちょ〜っと工夫すれば、わりと簡単に出来るわよ。」
「なんだか、いいものを見ることが出来た気分です。」
「ふふ、私も。」
「はい?」
「ウィングのあんな表情、初めて見たな〜…って思って。」
「…。私だって、感情のある生物なんですから。気持ちが動けば、表情だって変わりますよ。」
「いやぁ、いいものを見させていただきました。」
「まったく…。…彼、大丈夫でしょうかね?」
「大丈夫でしょ?負の記憶は浄化しちゃったし。今頃、大学に合格して、自立して頑張ってる頃じゃない?」
「…いや、受験って、思い立ったらすぐ受けられる、ってものじゃありませんから。」
「あはは、わかってるわよ〜そんなの。そうなってたら、私も力をふるった甲斐があるな〜…って思ってね。」
「そうですね。ま、ディスティーナ様の言ってた内容には背いていませんし、仕事完了、ですね。」
「そーいうことっ!さー、早く帰って、夕ご飯よろしく〜♪。」
「はいはい。フィーアも、たまには手伝ってくださいね。」
何気ない会話を交わしながら、帰路に着く二人。この後、康彦が大学に合格出来るかどうか。それは、二人が与えたきっかけを、彼がどうするのか。全ては、彼次第。
受験生、救済完了。
やっと完成することが出来ました…(T_T)。実は第五話執筆中に愛用の携帯がクラッシュしまして、書きかけの第五話が白紙に戻ってしまったのでした(>_<)。 代用の携帯でなんとか再執筆して、完成することができました(^^;。懲りずに、第六話以降も読んでくださると嬉しいですo(^-^)o




