幌馬車の中にはきっと夢と希望が詰まってる
見晴らしのいい平原の街道を二頭立ての幌馬車はゆっくりと進んでいた。
気候も魔物の往来も穏やかなこのあたりは余裕を持って進める地域だ。御者も呑気に鼻歌を歌いながら揺られている。
軽い予想外の事態が起きるまでは。
「待ってえ~!そこの馬車の方、ちょっと!ちょっとでいいから止まってくださぁ~い!!(RPGぶち込みますよー)」
甲高い声が馬車の後方から薄く聞こえた。
……ええーと?そこの馬車ってのはつまり、うちの馬車のことか?
「……ンだァ?女かよ。何してんだこんなとこで。」
この一日は他の商人とすれ違っていないから間違いなくその声は自分の事を呼び止めているのだろう。
数瞬、馬車を止めるか悩む。
声から考えて若い女が、こんな真っ平らの平原で何をしているのか?
盗賊の囮なんじゃないのか?
……しかし、ちょっとした丘陵はあってもこんな開けたところに盗賊が現れるだろうか?
「っち。馬鹿馬鹿しい」
ありえない。城下町は目と鼻の先だ。
盗賊ももう少し仕事のやりやすい場所を選ぶだろう。
「……面倒な話じゃなけりゃいいがなァ。」
顔をしかめつつも手綱を引き、愛馬達に「止まれ」の合図を出す。
これでも商人だ。引き止める人間を理由も曖昧なまま、ないがしろにするわけにはいかんだろう。
多少気を引き締めつつ、かっぽ、かっぽとゆっくりと蹄の音を止める馬車から飛び降りた。
「いやーーーぁ、ようやく止まってくれましたか。ふぅー、流石にいい汗かいちゃいましたぁー!」
言いながら胸元を手で仰ぐ。読者サービス。
見えない?だから燃えるんだろうが!
しかし大分前から叫んでたのにこのボケ馬車ァ、散々走り回らせてくれやがりまして。
音のする方向へ十分ほど全力ダッシュでよーーーぉやく!馬車の姿と街道を発見したと思ったら、喉が涸れるかと思うほど叫び続けてようやく停止ですよ。
おかげでほんとに汗だくだよ。
絶対わざとだろこのヤロウ。
私は内心青筋を浮かべます。ピッキピキのビキヴィキです。
(※馬の足音と馬車の立てる音に挟まれて普通に聞こえてなかっただけです。ジャスイ!)
御者席に聞こえるように嫌味を言いながら持ち主が降りてくるのを待ち構えます。
「そりゃーすまなかったなァ。どうも御者席ってのは案外うるさくてね。周りの音を拾いにくいんだ」
幌の影からのっそりと現れた男は予想通りくたびれた町人の格好をしています……が、
「げ」
問題はその面構え。見た瞬間ぎょっとした。
盗賊かと思った。
鋭い目つきはこちらを睨んでいるように悪く、しかめっつらのように顔を歪めています。頬には刀傷とおぼしき大きな傷が。中肉中背の男ですが、堅気だとすればさぞ世間の困惑の目が突き刺さっていることでしょう。
「人の顔になんかついてるのか?」
「あ、いやその……?」
一瞬固まってしまい、何と口にするべきか余計に頭を悩ませることになります。
「ええと。えとー」
普段なら間違いなく「盗賊の方ですか?」とか、「組から追い出されたんですか?」とか口に出していると思うが、今のところ唯一の人間界へのガイドなので流石に慎重に言葉を選ぶ。
「ふっ、冗談だよ。自分のツラが悪党向きなのは知ってるさ。だがこれでも商いで生きてる。お嬢ちゃんが心配しなきゃならねえような相手じゃないつもりだ」
「そ、そうですか……!」
まあびっくり商売人ですってよ奥さま。つい「商品は白い粉ですね。わかります」とか言っちゃいそうでしたが、辛うじて踏みとどまります。今のはマジで反射的に口をついて出そうでした。いや危ない危ない。
「で?あんたみたいなお嬢ちゃんがこんなしょぼくれた行商の馬車になんの用だい?」
じとり。
目つきが悪いからそう思うのではないでしょうきっと。これは思いっきり疑われてる目です。
不審人物を見る目でグレイちゃん見られてます。
「いえ、決して怪しいものじゃないんですよ?ただちょっと迷子でして。よろしければ一緒に街までつれてってくれないかなー、なんて?ね?ね?」
ええい、人を安心させる笑顔とか使わない機能は成長してないんですよグレイちゃんは。人を刺し殺す笑顔ならインターハイ決勝レベルですが。
実はグレイちゃん潜入任務とか素でニガテです。破壊工作なら大得意です。こればっかりは性分の問題でしょう。人口知能が仕事を選ぶなよという人は立派な人権侵害です。次は法廷で会いましょう。
「俺が見てきた中で、自分で怪しくないっていう人間の正体にろくな奴はいなかったがな」
ぐっ――!当たり。です。なかなかお約束というものをよく理解していますねこの人。
「あんたここらの人間じゃないね?」
「いや、まあそうなんですが。心配しなくてもグレイちゃんは無害ですよ?ほんとに迷子で街に行きたいだけなんです。仔羊より無害です。ノミとかもないですし」
いや余計なこと言うなよ私。
明らかに鼻白んだ顔してるぞ相手は?
「悪いがそれを額面通りに信じてはやれないな。信じるためには聞きたいことが多すぎる。これでも相互扶助って奴の大事さを体に叩き込まれてるもんで、な。怪しいとわかってる人間を街に連れて行くわけにはいかん」
「そ、そんな……私なんてどこにでもはいない普通のありふれてない美少女です、よ……?」
むう!どうやら交渉は不穏な方向に向かいつつあるようですね……。
グレイちゃんの誘惑を巌とはねつける渋い顔を見ればだれでもわかります。
……めんどくさいなあ。もう。少しだけ手荒な方法で聞き出しちゃおうかなあ。
ちょこっとだけ瞳孔ちゃんが細くなるのを感じます。
でもこの人結構荒事慣れしてそうだしなあ。レベル1であることを考えると自重すべきか。もちろん嘘だが。
「ソレルさん、そんなに警戒なさらなくてもよろしいのではないでしょうか?」
はあ?
とちょっと鼻白む私。
微妙にハンターモードに入りつつあった私と警戒する男の間に割って入ったのは、正しく鈴の音のような清楚な女性の声でした。……ある程度予想がつくとは思うのですが、正直私はこの手の声をだす女性と折り合いがよくありません。苦手とも言えます。討伐対象とも言います。
「お嬢さん、あなたにしちゃ察しが悪い物言いだ。まさかこの娘が無害な一般人だと言い出すおつもりじゃないでしょうね」
人相の悪い男は眉間に深い皺を寄せながら幌馬車の荷台にむけて声をかけます。唸る番犬のような低い声で。おっぱい。
「ソレルさんこそ、私を見くびりすぎですわ。確かにその方は決して善い人ではないでしょう。ですが無闇に街に仇なすような愚か者にも見えません」
「……………………」
沈黙して見定めるように、いや、というよりは値踏みするように私へ視線を戻す男。ソレルか。
「ずいぶんとまた人を見え透いた人間みたいにいってくれますねー」
私は皮肉を言いつつも、男と反対に視線を荷台に移すことになります。
何故だか男よりそちらに注意を向けていないことのほうが余程迂闊なことのように思われて。
そしてすぐに、その女は荷台から降りてきました。普通のぼろ馬車から降りてくるとは思えない優雅な立ち振る舞いで。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう……!」
やばい。
背筋がぞくぞくする。
グレイちゃんには人口知能ながら、“勘”という超優秀な機能が搭載されています。優秀な戦士には必要不可欠な要素です。
その偉大な勘機能(酒で傷む)が振り切れるように警鐘を鳴らしています。
今から自分が相対するのは、最大限の警戒心をもって迎えるべき相手だと。
戦場ならずとも命を賭ける気概を持って接するべき相手だと。
荷馬車から街道に降り立ったのは、盲目の少女でした。