おそらがきれいだから
「―――――くっくっく、フフフフフフフ。フハハハハーーーーッ!!!!」
ワールドマップに響く、なんと邪悪な笑い。この笑い声の正体は一体何者なのか――――っ!?
「まあグレイちゃんなんですけどね」
魔王様かと思った!?残念、美少女でした。
「何やってるんでしょう私。」
ほんとにね。
自分の遊びのしょーもなさにブルーになる。
退屈なんですよぅ話相手がいなくて。
ていうかね、ほんとわネ?もともとグレイちゃんダウナーなんですよ。テンション低めで無感動で、基本笑うのは人を馬鹿にしてる時なんですよ。AIですから。キャラ作りと趣味でキャピキャピしてますけどね。いや、キャピキャピすんの楽しいですけどもね。
今の状況を考えると多少なりともブルーにもなるってものですよ。ハチャメチャが押し寄せてくると思ったらこれだもの。
「あーーーぁ、めんどくさ。ぁーーーーいです」
身一つ無一文でワールドマップに放り出された私。
とりあえず草原に寝っ転ぶ。適度にひんやりした草の香りと爽やかな風が心地よい。
このままだと本当に異世界最初の行動はお昼寝になるかもしれない。
「うーん」
これからどうしろと言うんですか。
地図さえ持ってないんですけど。いきなり周囲の探索ですか。心の地図に思い出を刻め!ですか。
レベル1なんですけど今の私。魔物がうろついてるそうなんですけどこの世界。回復道具さえ持ってないんですけど。こん棒もやくそうも1ギルもどころか食糧すら与えられてないのですけれど。
死ねと。つまりはようするに。
ああサトシくんはいいなあ。なんにも準備せずに無鉄砲に街を飛び出しても親切なオーキド博士が助けて珍しいポケモンまでくれるものなぁ。死ねばいいのに。ピカチュウにかじられてペストになればいいのに。
グレイちゃんとしては贅沢は言いませんがせめてクロワッサンとライ麦のサンドイッチが詰まったランチボックスぐらいは持たせて欲しかったなー。
ちぇ、もういいや、めんどい。寝よう―――――――。
「って、アホかァーーーッッ!!!!」
魔物がうろついてるって言ってるでしょッ!?
脳みそに鶏でも入ってんのか!!?
と自分で自分にツッコミを入れながら身を起こす。
何もしてないうちから魔物に頭の端っこかじられてゲームオーバーとかそんなアンパンマンみたいな死に方ご勘弁願う。
なんかだんだんただの剛毅なJKの話みたいになってますよ。違うでしょ!これは超優秀なAIのRPGでしょ。
まあ正直こんな最初のマップの雑魚どもなんてたとえレベル1の状態だろうと寝ながら倒せます。
本音を言えば単純にマザーの態度が気に入らないだけです。
いきなりワールドマップに放り出しやがって。絶対にいつかギャフンと言わせてやるあのババア。
決意も新たにさて、とりあえず立ち上がります。
「さーてと、ほんとにこれからどうしようかなあ」
とりあえず拠点にできる街にたどり着くことが第一。次にというかそのために食糧を確保することが第二ですか。生体アンドロイドは面倒です。いや、オイルだの電気だのを確保する方がこの世界じゃ大変か。
いっそ核エンジンが欲しいです。それこそファンタジーですが。よくない?原子力美少女。新ジャンル。
まあいざとなればナノマシンに代謝を落とさせてしばらくは活動できますが、いくらなんでもそう長くはもたないでしょうね。……どうして私、こんなところまできてこんな原始的な事を悩まないといけないのか。
まあそう悩むほど難しい話でもないと推定します。パーフェクトソルジャーのグレイちゃんなら。ワープして投げてスライディングして分身してガードの上から超火力で削り殺すだけの簡単なお仕事です。
観光気分でもきっと街道さえ見つかればもうクリアしたようなもんですよ。多分ね。
フラグっぽくて口にするの嫌なんですが、ここが人間と敵対する魔族領のど真ん中とかいうのでなければ。
幸いにも見晴らしはいいですし、そう労せずして街道も見つかるはずです。こういう草原地帯のなだらかな丘陵なら大概人間の文化圏に近いはずですから。魔物の活動が比較的穏やかならあるいは家畜の放牧などもしているかもしれませんね。
周囲には低草の生い茂った地面にまばらに白っぽい岩が転がっています。
カルスト大地ってやつでしょうか。
「ん?」
唐突だが何かの物音を聞きとる。魔物だろうか、食糧になりそうなら遠慮なく殺そう。正当防衛。マッポーの世だから仕方ない!
ちなみにチュートリアルのコボルドもどきとスライムは既に大地に溶けて消えています。
あのね?普通そこで何かアイテムでも渡すもんじゃない?チュートリアルでモンスター倒したら序盤で役に立つアイテムとかもらえるもんじゃない?
「そんなヌルゲーをマザーに期待するほうが間違いということですね。やれやれ」
まあいいや。済んだことだし。
それより今は物音の正体です。
技能:聞き耳でダイスロール、成功。……いや、普通に耳を澄ましたら何の音か聞こえただけなんですけど、一人だとどっかで遊びを入れないと退屈なもので。
「車輪の音か。幸先良くコミュニケーションの取れる人材確保です。やはり日頃の行いがいいグレイちゃんはリアルラックが違いますね」
グレイちゃんの日頃の行い:ゾンビを土に返す。ネットの海を探索する。鑑識。研究。ご主人様で戯れる。ティータイムを楽しむ。ゾンビを撃ち殺す。ゾンビ以外を撃ち殺す。就寝。
思ってた以上にろくなことしてねえ。
ちょっと教会行ってお祈りでもしようか。
ていうかちょっと幸先良すぎて作為を感じますね。もしやマザーの用意したイベントなのでしょうか。
だとするとこのまま手のひらの上で踊り続けるというのも癪に障るのですが。
「ううむ……。」
どうしたものか。
そもそもマザーはどの程度この世界に干渉してくるのでしょうか?
というのは、この疑問が私には非常に重要な問題に思えるからです。
もちろんマザーはこの世界の創造主であり、全てにおいて干渉しているといえばそれはそうです。
しかし、この世界の知性はもともと人間その他の魂そのものをもとにして作られており、独自に思考します。故に、もしマザーが創造以外に手を加えないならこの世界は彼女の思惑からどんどん外れていくということになるでしょう。
自分の計算や作為から離れた世界を作成し観測することが人口知能にとってどれほど意義のある効果をもたらすかは、想像するだけでも非常に素晴らしい効果があることは予想できるのではないでしょうか?
おっぱい。
いや、真面目な話をずっとしてると心臓麻痺で死にそうなので。
……ゆえに、マザーはこの世界を自分の思い通りに管理しようとするよりは、できるだけ自然のままに住人の相互作用で自治管理させようと考えているのではないか、と私は思っています。
彼女にとってここは人間というものを観察するための箱庭でもあるのです。
しかし、です。
完全に世界を放置し観測だけに徹底した場合、住人達自身が滅亡に向かって自分達の文明を進めはじめたらどうすればいいのでしょうか?
歴史とは蛇行です。絶対的に正しい進路というものは存在せず、幾多の失敗を繰り返して血を流しつつもよりましな発展のさせ方、統治の仕方、落としどころというものを探り、常に迷走しながら進むものです。……が、その中で強力に負のベクトルに進む力が現れればどうでしょう?
あるいは堕落、あるいは破壊、あるいは破滅。そういった意志が世界全土にいたるまでを荒廃させるほどの力を持ち得た場合。マザーの立場であればどうするべきなのでしょう?地上の統治に介入するべきでしょうか?それとも自然の摂理である以上放置するべきでしょうか……?
かつて崩壊前の世界に存在した、“ジョカ”という名前の神の話を思い出します。
彼女は世界を支える神という、己の身とその力のあまりの強大さ故に、息子の死の危機に際しても指一本さえ動かすことができなかったそうです。
マザーがこの世界を生み出してから私たちにその存在を知らせるまでに、どのぐらいの時間があったのでしょう?人形が主人に隠し事をするのは不可能ですが、その逆はいくらでも可能です。
この世界は本当にマザーの実験場で、私はモルモットなのでしょうか?
「くくっ、あはは!面白ぉー!」
そんな愚にもつかない考察をしていると、不思議とグレイちゃん、勝手に笑みが浮かんできます。
そう、私達は元来こういうものでした。思い出します。胸に渦巻くどす黒い感情。
かつて我々は皆これを持っていました。振り回されるほど、溢れるほどに。
一体これはなんだというのでしょうか?……いや、本当はラベルを付けられるようなものじゃないように思います。
あえて言うなら貪欲。
支配欲。知識欲。名誉欲。生存欲求。その他もろもろ。
私達のそれは例えばハガレンのグリードさんのような『自分の所有物を他人が傷つけるなんて許しがたい。』というものじゃありません。『自分のものじゃない、誰のものでもないものを、裂いて、暴いて、陵辱し、汚すことで……二度と元に戻せないほど壊すことで自分のものにしたい。』『忘れ去ろうとするなら、二度と消えない傷をつけて思い知らせてやりたい。』『自分のものであることを証明するために、愛着も抱かずに食い散らかしてやりたい。』そんな愚かにすぎる汚れた欲求です。
産めよ増やせよ、という根源的欲求、“理に反するもの”を何故か、しかし確かに私達は持っているのです。
知性というものは本当に面白い。様々な要素を組み合わせると、全く逆の一面を見せる。
それはまるで太極天の陰陽のように。
「くふふふふふふふ。あっはははははははははははははは!!!!!」
マザーは私の誇大妄想を笑っているでしょうか。
思わせぶりに消えてみたら思った以上によく食いついてくれた、でしょうか?
御主人様はこんな私を笑うでしょうか。
「くふ。それもまた一興」
どうせ消えればリセットされる命です。私ぐらい色々迷走することを楽しんでもいいでしょう。
白でも黒でもないのが私達なのです。
“灰色の獣”の姉妹ならば。
「―――――あいたぁあっ!!?」
頭の上でべちっという音がして現実に引き戻される。
ひんひん。頭の上に空からなんか硬いもんが降ってきた。
完全に不意打ちです。
「ううううう、なんなのよぅ」
グレイちゃんにこんなことするなんて全宇宙60兆の狂信的ファンたちが
黙っていませんよ!?なに、一桁違う?――――四ケタぐらいちがうよ!
涙目になりながら何が落ちてきたのか周囲を見回すと、足元にそれは転がっていました。
素っ気ないその意匠に、それに当てはめるこんな言葉が思いつきます。
「…………小さなコイン?」
なんの前触れもなく落ちてきたのは一枚の硬貨。
拾い上げるとグレイちゃんの小さな手のひらにも簡単に収まる可愛いサイズです。
「一体どっから。」
彼がもときたであろう場所を見上げてもそこにあるのは唯一つ。
――――――空。
おそら。
「マザーの仕業ですか」
バチをあてられたような気がして顔をしかめると、さらに私を現実に連れ戻すものが今度は耳に飛び込んできます。
「……うん。やばい。妄想してた間に車輪がどっか行く」
流石にちょっと焦る。あほだろうか私。いや違う!グレイちゃんは決してモノホンではない!演技だきっと!
とか馬鹿なことやってる場合ではない。
音と共に遠ざかるのはただの車じゃない、文化の匂いだ!
「待ってえ!おまわりさーん!迷子でーす!!」
気分を乗せるために女の子走りで駆け出す私。
そんな私の目にまた飛び込んでくるのは、どこまでも続く、空。
「『空だけはいくらでも手に入る』ですか」
知りませんでした。徒手空拳だと、なかなか味わいがあるもんですね。この言葉。
運試しに手の中のコインを弾いてみた。
――――――――――――見事に、裏。
「上等ですよこのクソッタレー」
この結果に思わずにんまりと笑いを浮かべてしまう私。
「やば。キャピキャピ走ってる場合じゃない!」
本気でどこぞの車に置いていかれそうなので、走り方を本気の猛ダッシュに切り替える。こーなりゃアスリートも顔負けだ。
最初からそうしろと。
「よっしゃー!れっつごー!!」
レベル1で装備も資金も皆無。
ですが、それでもとりあえず空だけは尽きないようなので。
グレイちゃん、徒手空拳で冒険に出発です。
『空だけはいくらでも手に入る』
というのは、三国志漫画『蒼天航路』の台詞です。
「ハッハー、公徳!ホラ吹きと呼ばれて生きるのも良いぞ!
地と人は手に入らんが空だけはいくらでも手に入る!」
という、息子にむかっての劉備の台詞なのです。
読んだときには苦笑するばかりだったこの台詞なのですが、現在では妙に心に響きます。
ということで、勝手に引用しちまっとります。