8# 血色のコート
色々買うぞ!
さて俺は今どこにいるか?それは目の前の靴の山を見れば一目瞭然「男は足元からだ!」とのガストの勧めでやってきた『キンキーブーツ』って靴屋。店内は壁と言う壁が無造作に積み上げらた靴で埋まっている。店主であろうちっさい髭モジャのオーバーオール男は、豆みたいな目をより細くして奥の作業場で靴の裏をハンマーで叩いている。
ガストはと言うと店主に一声掛けた後、新聞を読みながら入り口付近に佇んでいる。
俺は壁沿いに自分に合いそうなサイズのブーツを試し履きしていた。靴の山からブーツを引っ張り出す。
「あ」
靴の山が崩れた。髭モジャが一瞬此方を睨んだが、直ぐに作業に戻る。靴が崩れた事によって赤レンガが剥き出しになる。その赤レンガの壁には落書きがあった『足踏みしてても靴底は減るよ!』と。
あの店主が書いたモノだろうか?なかなか粋な事書くなぁなどと考えていたら足元にブーツが転がっている。
靴底に金属のスタッド、つま先は鉄板で覆われた黒のマグナムブーツだった。履いてみるとサイズピッタリ、カンカンと床に足を打ちつける。
「決まったか?」
とガストが新聞を四つ折りにしながら近寄ってきた。値札が無い。
「オヤジ!コレいくらだ?」
とガストが俺の履いているブーツに指を差しながら髭モジャに言うと、近寄って来た髭モジャは眼鏡を掛けてブーツを見る。
「あんちゃん、重くないか?サイズはどうだい?」
「全然問題ない、これならどこへでも行けそうだ」
「そうか、そうかい!気に入っちまったらしかたないわなぁ!よし!どうせ買い手なんか付かないヤツだ。金は要らねーから持ってきな!ガストにゃ世話になってるし」
「いいのか?」
「ああ。おっと不良品じゃねぇぞ?丈夫さにかけちゃ世界一だ!」
ガハハハと笑い胸を叩く髭モジャ。面白くない顔をしてるのはガストだ。
「随分羽振りがいいな?なんか隠してんじゃねーだろうな?」
「隠してねぇよ!正々堂々良い靴作り続けて四十年!まがい物なんて一度も作った覚えはねぇ!神にだって誓えるぜ!」
「わーかったわかったよ!オレが悪かったよ。カイゾウ次行こうぜ!」
「おう」
ガストが店を出て行く。俺も後を追う様にマスターのサンダルを手にとる。
「あんちゃん」
「はい?」
「コレ読んだか?」
髭モジャが指差したのは壁のラクガキだった。オレは頷いて直ぐにガストを追った──。
side:ザック=キンキー
『足踏みしてても靴底は減るよ!』
ガストが去った後、暫くオイラは壁のラクガキを眺めてた。コレは妻のオードリィが書いたラクガキだ。創業当時は金が無くて、あいつのために靴を作ってもそれを履いて出掛ける事はなかった。
『アナタといつか聖地を歩く時に履くわ』なんてボロ着て笑っていたっけな。そりゃあオイラは燃えたさ!二人で大手ふるって聖地を闊歩するのを夢見ながら。
ようやく靴が売れ始めたと思ったらお前はあっさり逝っちまった。それからはそこそこ売れる靴ばかり作る様になった。
あの男が履いて行ったのは創業当初に作った頑丈さだけが売りのブーツ。重い上に値段も馬鹿に高くなって売れ残ったモノ。
もしかしたら、お前がオイラに喝を入れるためにあの男を呼んだんじゃないかって……タダでやっちまったけどいいよな?オイラ達が行けなかった場所にきっとあの男は行ってくれる気がするんだよ。そう思わないかオードリィ?──。
sideout
「あっらーんっ!ガストちゃんぢゃなーい!」
「うるせーなオカマ!触るな!近寄るな!」
次は散髪屋に来た。ガストはなんかクネクネした男ともみ合っている。無視して席に座る事にする。
「お客様!今日はどういった感じにしましょうか?」
「……お、お任せします」
だって!近所の馴染みの床屋にしか行った事ねーんだもん!お姉さんに切られるなんて恥ずかし過ぎる。もはや無の境地。長時間喋れる話術は持ち合わせていないので、目を瞑る──。
「……お客様!終わりましたよ!」
と、軽くウェーブのかかった髪のお姉さんに起こされた。また寝てたか俺。鏡を見ると鎖骨付近まであった髪がバッサリと切られ。ボブヘアーぐらいの長さになっていた。元々の髪質なのか毛先は乱れていたが軽く後ろに流れるようになっている。んまあ、良いんじゃないかな?邪魔じゃないし。
席を立つと、衣服の乱れたガストがさっきのクネクネ男の上に立っていた。
「ガストちゃんのいけずぅー!」
とクネクネ男は両腕をさらにクネクネしながら悶えてる。
「終わったか?」
「ああ」
「じゃあ次行くぞ!すぐに!」
とガストは銀貨数枚を投げるとダッシュで出て行った。
「やだ。ガストちゃんったら。でも好きな子に意地悪しちゃう気持ち……アタシわかる!」
クネクネ男は親指を噛みしめている。俺は悪寒を感じつつ、ガストを追った──。
「なんだったんだあれは?」
冷静を取り戻したガストに歩きながら聞いてみる。
「ああ?見りゃわかんだろオカマだよ!なぜか追ってくる」
「お似合いだったぞ?」
「冗談はよしてくれ。オレはボン!キュッ!バン!のダイナマイトボディーの女が好きなのっ!」
「んで、次はどうする?」
「そうだな、防弾のアウターでも買いに行くか」
防弾。そう防弾だ、この世界では銃で撃たれると言うことがあるのだ。一応蛮族ブレードを後ろ腰のベルトに縛り付けてあるが、不意打ちとなると防ぎきれない。あの『Showtime』の出現方法もわからないので、防弾は確実に必要な装備だ。『Showtime』に関しては後で色々試してみようと思う。
「お、ここだ」
と、ガストが立ち止まり指先を差す。建物の角に入り口がある。ドアの真ん中がステンドグラスになってて、ひょっとして雑貨屋さん?と勘違いしそうなほど可愛らしい店構えだった。
リンゴーンとドアベルが鳴らせながら入店すると、中にも店主の趣味であろう皿や陶器の置物などが飾られている。
「いらっしゃい」
と言ったのは、カウンターで頭を下げるロマンスグレーのお婆さんだった。
「コイツに合いそうな防弾コートってあるか?」
「あらあら、新しいコね。ちょっと測らせてね」
と婆さんは紐メジャーで俺の体の至る所を測っている。
「ガスト、コートって?」
「ああ、コートの方がいいだろ?夜は氷点下になるし、革製なら雨に濡れない。ドンパチは基本的に夜ばっかりだからなコートに防弾仕込んだ方が何かと楽だぞ」
「なるほど」
「あらあら、アナタにピッタリのなら仕立てなくてもあるわ」
「おい婆さん、手抜くなよ。ちゃんと仕事しろよ」
とガストが言うが婆さんは奥に引っ込んでしまった。
暫くして婆さんが何か抱えてカウンターに突っ込んで来た。その何かから発せられた塵や埃が舞い上がる。
「あったわよ!ゴホッゴホ!」
「なんだよこの汚ぇの!」
「汚くないわよ!汚いのは周りだけ!」
そう言う婆さんは埃塗れの布でグルグル巻きになったロングコートをとりだした。肉厚の革製コートは俺の目から見ても良品だとわかった。そして色が。
「血色だと!縁起でもねぇ!よせよせカイゾウそんなの」
俺はガストの言葉に反して、血色のロングコートに袖を通した、ぶかぶかでもなく俺の細い身体にピッタリと吸い尽くようであった。裾も足首くらい。左肩にはさらに革が重ねられ強度を上げてあり、逆に右肩は肩の駆動域を邪魔しない絶妙な柔らかさを備えていた。
「あらあら、良く似合ってるわ!」
婆さんは小さく拍手しながら俺を見上げる。
「しかしなぁ……色が派手」
ガストは眉をひそめて腕を組む。
「コレにする!」
俺はロングコートをカウンターに置く。
「あらあらよかったわ!色が不人気で一着だけ余ってたの!安くするし、防弾は無料にしておくわ!」
その声にガストの表情が変わる。
「んああ、オレも良いなって思ってた」
嘘付けコラ。さっきまで難しい顔してたろが。
そして俺は先程より重くなった血色のロングコートを受け取り、その場で羽織った。オマケで、婆さんが皮製の鞘を作ってくれたのでそれに蛮族ブレードを差し込み。後ろ腰に水平に装備した。
おお、なんかいい感じだな。うん。もう完璧じゃないか?と夕焼け空の下佇んでいるガストへ近寄る。ガストは舐める様に俺の全身を見る。
「カイゾウよ。お前剣が得意か?それとも銃か?」
キター!!銃キター!!俺に銃をよこせ!ジェノサイドしてやるぜ!と言う興奮を押し殺し。威風堂々「銃だ!」と宣言した。
「よし!銃を買いに行くぞ!」
「おう!」
とガストの後ろを歩いていった──。
さあ、残るは銃だ!
次回へのヒント:銃と銃と銃とあと銃!