36# お尋ね者
side:ボルフィード=ウォロック
俺はヴァンガード自衛軍の大佐執務室に来ている。今、片手に握りしめている新聞の記事に納得いかなかったからだ。
『前略)尚、漂流街の王、カイゾウにヴァンガード自衛軍は懸賞金を懸ける模様』
そしてシャーギィの、大佐代行殿の机に勢い任せに怒鳴り付けたところで、我に返っている。
机の上の書類が辺りに散らばっている。
眼前に佇むシャーギィはこれと言って驚いた表情も見せず、悠然と革張りの大佐の椅子に腰掛けジッと俺の目を見ていた。
「タスカの仕事を増してどうする」
シャーギィは感情の無い冷めた声で言った。
「俺ぁな!カイゾウが五大総長を殺ってないことを知ってるんだぞ!今直ぐ指名手配を取り下げろ!」
「ほう。ボルフィード三等兵はヴァンガード自衛軍に所属しているにもかかわらず?たまたまパーウッズ湖に出掛け、そのカイゾウとやらに居合わせ、尚且つ面識の無い彼の行動を逐一観察していたと?面白い話しですね?三等兵?」
シャーギィは無表情で言い切った後、机を叩いた。
「再三の忠告にもかかわらず!何度も無断外出をして!それだけでは飽き足らず傭兵紛いの仕事を勝手に受けて!そしてさらに犯罪者であるカイゾウを擁護するとは。もはや再考の余地はない!今までは誉れ高き竜騎士級勲章に免じて内々に処理してきたが……限界だ!貴様などクビだ!どこへでも好きな所へ行くがいい!」
「……」
言葉もないとはこの事だろう。そうだな。確かに、俺だけがヴァンガードで好きにやって来た。シャーギィにして見れば、軍内部の引き締めに躍起になっていた事だろう。近頃は兵卒の乱れに近隣住民からの苦情も増えているとも聞く。
俺は別に一兵卒になろうが、クビになろうが、大した事ではない。ただ……。
「わかった。今日で俺はヴァンガードを辞める。だが、これだけは信じてくれ。カイゾウはただフォンドの護衛に出張っただけで、東亜街の襲撃者達を蹴散らしはしたが、フォンドやワンダなんか触れてさえいない。俺が見てたんだ」
「……信じましょう。でも誰を殺したかなど、もはやどうでもいい事なのよボル。大義名分がどうあれ、彼は漂流街と言う街を力尽くでもぎ取った男としてこちらでも有名人だ。しかもたった一人で。これがアルティメア全土にとって如何に危険であるか、貴方にもわかるでしょう?」
「……暗黒時代の再来か?ふん、馬鹿馬鹿しい。カイゾウの事は俺が見る。俺が、見てるから心配はない。だから手配書の事は」
「だからそれは無理だ。正直に話せば、ヴァンガードのご老体共にもせっつかれててな。ここらでその有名人を投獄すれば内外にもヴァンガードの面目も保たれるし、軍部会議でも決定済みだ」
「……そうか」
俺は胸ポケットに入れてある。ヴァンガードの手帳を机に放り投げる。同じように、竜騎士級勲章も投げる。
「ボル!なにを!」
「そいつがお前の頭痛のタネだろ?好きに処分してくれ。俺はなシャーギィ。たかだかそんな小せぇ鉄板に自分の人生込めてるわけじゃねぇんだ。まぁなんだ……俺は俺だから誰かにどうこう言われて自分を曲げられる程素直じゃねぇし、今更変えてた所で未来に夢見てる歳でもねぇ。それにお前にクビと言われるなら素直に従うと決めていた。そのなんだ?あんまり型にハマるな。俺が言いてぇのはそれだけだ」
俺は自分で言っててなんだか、混乱しているようだ。話してる内に本筋がわからなくなるのは直した方がいいな。と内心思いながら、敬礼をしてから出口へ向かう。
「ボル!私は個人的に怒っているわけではないぞ!公私混同など以ての外だ!それに私は!」
「わかってる。じゃあな。風邪、引くなよ」
俺は頭を掻きながら、ボロい兵舎の自分のガレージに帰って来た。裸電球を点けて、辺りを見回す。
今日でお別れと思うと感慨深いモノがある。
裸電球の真下の使い古した机、ボロく綿のはみ出したソファー。灰皿代わりのレーションの缶。いつの間にか増えたバイクのパーツとタイヤ。オイル缶。
俺は深呼吸して、煙草に火を点けた。棚の上でホコリを被っている写真たてを手に取る。
そこには、若い男女三人が写っていた。帝国士官学校時代の俺、シャーギィ、そしてクライヴだ。クライヴは……もうこの世には居ない。シャーギィはまだ北部の帝国で生きていると信じているらしいが……。クライヴが嫁さんほっぽり出して北部に収まってる様なタマじゃないことぐらいわかる。
「クライヴ、シャーギィを守ってやってくれよな。俺はどうやら必要なくなったみたいだからよ」
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side:シャーギィ=ゴートレイル
『 C to S 』と刻まれた銀の指輪。ネックレスチェーンに通されたそれをシャーギィは手で転がしながら、写真立てに収まった男女三人組を眺める。そして机の上に投げ出された竜騎士勲章に目を落とす。
「いやぁウォロック元大佐殿には困りましたね。こんなに散らかして……」
「ヤツなら本日付けで勇退してもらった」
「へ?」
私は椅子に深く腰掛けて、ボルの置いて行った竜騎士級勲章をアゴで指す。
私とボルは士官学校の同期だ。もちろん私はエリート候補生であったために士官学校にいたのは基礎訓練課程が修了する三年程の事だが。その頃からボルフィードとクライヴは問題児だった。演習での三人一組で同じ班になった時は絶望感を覚えたものだ。
初めて二人に会った時の事を今でもありありと思い出せる。罰則の腕立て伏せをやらされていた時だったな。
「……」
「大佐、何が面白いので?」
「……笑っていたか?」
「……はい」
「ただの感傷だ」
「あの!大佐!その……教えては頂けませんか?」
「何をだ?」
「ボルフィード前大佐。いえ、戦神と呼ばれたあの人の事を……」
まったくどうして男と言う生き物はこうも武勇伝に弱いのか。タスカなど毎日の残業で目の下にクマが出来ていると言うのにこの目の輝き様はなんだ?はぁ……しかたないな。
「私は大佐代行だ。無駄話などする時間は無い」
「やっぱりダメですよね」
「勤務時間が終ったらこの部屋に来い」
「!!」
「端折って話すのは苦手だ。今夜は眠れないのは覚悟して来い!」
「ハッ!」
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side:ガスト=ブライトリング
ヴァンガード自衛軍がカイゾウに掛けた賞金一千万¢。更に五大マフィアの二勢力に狙われるねぇ……詰んでるだろコレ。事実はどうあれ漂流街がデカい銃を突き付けられてる事には変わりない。新聞を丁寧畳んだオレは速やかに荷物をまとめてトンズラしようと特大のリュックに色々物を詰め始めた。ギルド内に居る自警団のヤツらは口々にカイゾウへの不満やこれからの漂流街の事で話は尽きない。それを聞いたニコが俺の服の裾を引っ張った。
「ガストさんどこへ行くの?カイゾウさんは何かしたの?」
ニコは不安気に眉を顰めて見上げて来る。
「ガキにはわかんねーだろーが大人には良いことも悪いことも出過ぎると良くない事がおきるんだ。ニコもマスターもどこかに逃げた方がいい」
オレは大人気なくぶっきらぼうに目も合わせず、満杯になったリュックを担いだ。さて何処へ逃げるべきか、一度九龍街へ逃げ込んでほとぼりが冷めるまで隠れるか……。
「私はカイゾウさんを信じてるから!どこにも行かないよ!」
ニコが両手で拳を作って力一杯叫ぶ。ギルド内の喧騒が止み誰も彼もが手を止めニコに注目した。マスターだけはいつもの様に伏し目がちにグラスを磨いていた。
「街の皆んなもカイゾウさんに助けてもらったのに!カイゾウさんが困ったら誰も助けてあげないなんて!可哀想だよ!」
「可哀想って……あのなぁ!ニコ!」
とりあえずオレはいつもの様に口先で煙に撒こうと思った。しかし二の句が出ない。いやこんなガキなんて容易く説得出来る。しかしそうしたくない自分がいるのだ。オレは今冷静か?よく考えろ。
周りを見るどいつもこいつもアホ面ぶら下げてオレの言葉を待っている。ニコの純粋な正論に対する言い訳を待っている。
そう言い訳だ。言い逃れだ。なんて情けない男なんだ。
カイゾウは一人でも強いから?生きていけるから?オレや自警団、便利屋連中が弱くて頼りないから?
いざ劣勢になるとオレは逃げるのか?いや逃げるのは良い。だがもはや無責任に逃げるには規模が大きくなり過ぎた。五大マフィアの二勢力に睨まれて逃げられるとは思えない、もちろんオレ個人にも裏で懸賞金がかかるだろう。最善ではなく最悪を回避するんだ。
「……ニコ。そのとおりだ。負けたよ。誇って良い。この口先から産まれた男ガスト=ブライトリングを黙らせたんだからな」
オレはニコと目線を合わせるため膝を折る。涙で充血した目をパチクリしているニコの肩に優しく手を置いた。
「なあオイ!おそらくオレ達はどう足掻いた所で皆殺しになる!何処にも逃げられねぇ!だったらよ!一か八か可哀想なカイゾウを助けてやるってのも悪くない!そうだろお前ら!」
「ニコちゃんに怒られるなんてな」
「情けねぇよな。自分可愛さに愚痴ってよ」
「そもそも俺たち少し前まで毎日殺し合いしてたんだっけ」
「居心地の良さに甘えてたのかもな」
「借りは返さないとな」
「カイゾウさんを助けるって……?当たり前だろ!」
「敵がデカすぎて臆病になってたんだな、やってやんよ!」
オレは出来るだけ小さな心臓を覚られ無い様に笑顔を作る。変な笑顔になってると思う。ニコの目を真正面から見て言う。
「ニコ、カイゾウはオレ達が守るから心配するな。そして漂流街はオレ達の家だ。今度は逃げない、約束する」
「うん!」
今に思えばオレは九龍街から逃げ、漂流街でコソコソして小銭を稼いでいた小物だ。そんなヤツがなんだかんだと漂流街を差配するくらいまで出世した。出来すぎた夢だがここ数週間は良い夢をみられた。それが例えドン詰まりの暴走機関車でも構わないじゃないか?
逆転する為にこの小せぇ心臓をカイゾウに賭けてやろうじゃないか。オールインだ。勝ち目?そんなの今から考える。それがオレの仕事だ。
side end