30# 羽撃き足掻く者と強者のモノクローム
退屈すぎると、一人遊びが加速するよね。評価なんてされないけどさ。
「よう、おっちゃん。またココ使わせてもらうぜ」
「もほむ」
俺は今、四面を頑丈な石壁に囲まれた袋小路に立っている。ここの住人である白髭をたくわえたホームレスに銅貨を投げ、首と肩を回す。
漂流街では珍しい砂ではない地面が靴底のスタッドを鳴らす。ちなみにこの場所は俺が数日前に散歩がてら見つけた特訓場である。垂直にそそり立つ石壁の向こう、小さく区切られた空には太陽が輝いていた。
肉体の限界に挑戦、つまりはS○SUKE。絶対に俺はこの垂直の壁を登りきってみせる!「バカじゃないの?」って言われるかもしれない、だが男には文字通り越えなければいけない壁と言うものがあるのだ!現在の最高記録は十二メートル。だがこのモンスターウォールの三分の二にも満たない。
ま、言ってしまえば単なる暇つぶしなんだが、そう馬鹿にしたもんじゃない。現実的に考えれば、垂直の壁と言うものは身体を押し上げる脚力の抵抗が失われるためコツがどうのと言う問題じゃないが、今日の俺は一味違う。ギルドでのイメージトレーニングは完璧、この秘策を使えば手を使わずに乗り越えられるはずだ。
俺は壁に対し五メートルの距離を置き、クラウチングスタートの構えで膝を着く。
五十メートル三秒弱の脚力で地面を蹴り放す。食い込んだ靴底のスタッドがその力を消費させることなく上体を前に振り下げる。
顎は地面に落ちることなく競りあがり、低い姿勢のまま押し下げられたバネが弾けるが如く一歩目の足で地面を再び蹴り、上方に飛翔する。
壁には鋭角で進入し上方向のベクトルを殺さず、二、三、と壁を蹴る。
以前はココまでだったが今回は違う。
俺は上体を捻りながら今度はむしろ壁から身体をはなすように、強く壁を蹴る。
そしてそのまま横九十度反転し、壁伝いの隣の面へ着地、間髪いれず同じような動きで、壁を蹴り放す。
これぞ秘策”三角跳び”である。これもチートによる脚力及びバランス、そして動体視力の賜物であった。そして俺は満足気な顔で建物の屋上にて、緩やかな乾いた風を全身に浴びているわけだ。
「チート最高」
三角跳びをマスターした俺は、腕を組みながらほくそ笑んだ。
「チートとはなんでしょうか?」
背後から聞こえた妙な声に、俺は振り向き様にホルスターからベオウルフを抜き、身構えた。
そこにはいつかの笑顔の仮面がそこにあった。黒の燕尾服に同色のネクタイ、シルクハット。白手の先にはステッキが握られている。
「おっとこれは驚かせてしまいもうしわけありません。なにぶん人と話すことに慣れていないもので」
笑顔の仮面は恭しく頭を下げた。
「ジャック……だったか?」
俺は敵意のなさそうな仮面の男を見ながら、銃をしまう。それよか人と話すことに慣れてないとは……この世界にも俺と同じようなボッチがいたんだなと、妙に親近感が湧いた。
「さよう、ジャック。平凡でどこにでもいるようなつまらない者ですよ」
でたー!ボッチ特有の自虐思考!てゆーか!むしろ格好が個性的すぎるだろ!私服だったの?あれか?!名前に対する反発作用か?そうなのか?!流行とかわからなくて、ファッション誌の服装まんま持ってきちゃったりするアレか!?
「まあ……俺も似たようなモンさ」
事実真っ赤なロングコートとか着て中二病全開なわけだし。痛さ的には同レベルだろうよ。
「そういえば、カイゾウ様。最近”漂流街の王”と呼ばれているそうですね。夢に一歩近づいた。と言うことでしょうか?」
「ああまあーそうらしいね。近づいているかどうかはわからないけど」
「実に喜ばしく羨ましいことです。私には夢と呼べるものがありませんから……」
落ち込むなよ!よしここはコイツを励ましてやるか。
「まあなんだ。その、夢なんて無理に探したところで見つかるわけじゃないし。気楽に探せよ。ただつまらない世界なら自分が面白くしてやる!くらいの気持ちが必要だとは思うがな」
マジでどの口が言ってるんだろうね。言ってて死にたいもの。
「やはりカイゾウ様は素晴らしい。今の御言葉には私、大変な感銘を受けました。今後夢を見つけるための参考にさせて頂きます」
またもやジャックは丁寧に頭を下げた。
「あ、様様言うのやめてくれ。次からは呼び捨てでもっとフランクに喋ろよな。そういうとこがボッチになる理由だぜ」
「ボッチ?はい、わかりました。気をつけるよ、カイゾウ」
「おお悪くないな、その調子だ」
「はい」
そう言って俺はジャックと別れ、ギルドに向かって屋上をはしごしながら岐路に着いた―――。
SIDE:ガスト=ブライトリング
「と言うわけで今晩たのむぜボル」
『まあーしゃーないわな。謹慎してんだけど……クビになったらよろしく頼むぜ』
「それは願ったり叶ったりだ。こき使ってやるよ」
『減らねぇ口だなオイ』
「こいつは商売道具なんでね、減っちゃあオレが困るのさ」
『がはははは!上手いな!』
「んじゃよろしくな」
ガチャとギルドの壁に掛けてある公衆電話の受話器を下ろす。
オレは手帳を胸ポケットに差し込むとカウンターに収まった。
「行けるってか?」
マスターがオレの空いたグラスに酒を入れながら言った。
「当然。行かなきゃ機関銀行経由でヴァンガードに借金請求してるトコだ」
「やれやれ。ほんでもう一人は、やっぱり」
「もちろんオレ様の金のなる木の出番だ」
「ほおう、誰が金のなる木だって?」
「そんなのカイ……ぶふおああっ!!」
いつの間にか真後ろにいたカイゾウに驚いて、酒を噴出すオレ。
「ん?だから誰が?」
「なんでもねぇよ!」
「はん」
カイゾウは飴玉の棒を口から突き出してほくそ笑みながら隣の席に座る。コイツ……どっから入ってきたんだ?入り口なんか必然的に軋んでわからねぇはずないのに。
「てめーどこから入ってきやがった」
「どこって、上の方から」
と人差し指を上に向けるカイゾウ。意味がわからん。上を見ると中二階の手すりにニコがいて格子の部分をつかんで、まるで神様でも崇めるかのような眼差しをカイゾウに向けていた。
相変わらず理解に苦しむ野郎だ。気を取り直してマスターを見ると、顔をタオルで拭いていた。悪い、マスター悪気はなかったんだ。
「カイゾウ。仕事だ」
「断る」
「なぜ」
「めんどい」
「オイイイって!冗談言ってる場合じゃねーんだよ!」
「楽な仕事ならやる」
「ただトラックに乗ってるだけでいい簡単な仕事だよ」
「マジか」
「マ ジ だ よ。夕方自警団のヤツに集合場所に送るように言ってある。忘れんなよ」
「へいへい」
オレは一息つくと、煙草に火をつけた―――。
SIDE END
SIDE:ワンダ=ライオネルプライズ
「ボス。パーウッズ湖対岸にてフォンド氏を歓迎する手筈は整ったようです」
「ご苦労」
黒服はそのまま会釈して部屋を出て行く。
私は老眼鏡を外し眉間を揉む。私とフォンドは昔からライバルであり、また良き友人であった。それに今自国領内で起こってる問題も似通ってる。こちらの権威を無視しむしろ反発する勢力圏を有しているところだ。フォンドは漂流街と東亜街。そしてこちらは九龍街がそれに当たる。今回の会談が有益なものになることを祈らざる得ない。しかしだフォンドの息子からの手紙が気にかかる。
『父に気をつけられたし』
私は鼻を鳴らす。親子そろって小賢しいまねが好きなのだなと。フォンドよ、貴様の息子はお前の若い頃にそっくりだよ。過信と自信を混同している。だが若いと言うのはその勢いの事を言うのだろうからちゃんと育っているのだろう。私には息子がいないので羨ましく思うよ。
「お父様」
パイプの先をかじっていると、娘のクローディアであった。日に日に母さんに似てくるなお前は。目なんかそっくりじゃないか。微笑ましく目を細めると。クローディアはカツカツとヒールを鳴らし、私の机に迫った。
「な、なにかな?」
「今夜の会談の件で、お迎えに私も同席してもよろしいですか?」
「だめだ、あぶない」
「なおのことお願いいたしますわお父様。危険だからと言って避けていてはライオネルプライズファミリーの恥ですもの」
「いや、お前の心配することじゃないんだよ?クローディア。もっと淑女としておとなしく……」
「おとなしくしていて、この時代を生き抜いて行けるとお思いですか?!女だからと旧時代の感覚に縛られていては困ります!付いていきますからね!」
それだけ言うとクローディアは膝を軽く曲げ、会釈すると部屋を出て行った。
「はぁ……」
まったくおてんばな所も母さんにそっくりだ、そこは似てはしくなかったが。クローディア、お前が男だったらどんなに喜ばしい事か。ため息をつくと、ベルを鳴らし黒服を呼ぶ。すぐにドアの前の黒服が入ってくる。
「娘が今夜同行することになった。護衛を手配するように部隊長に伝えてくれ」
「はっ」
「言っておくが万が一娘に傷一つつけでもしたら、死んで償ってもらう」
「はいぃ!」
黒服は素早く伝達しに走って行った。
私も甘いな。フォンドよ、お互い歳はとりたくないものだな。私はまだ見ぬ旧友との会談に思いを馳せた―――。
そろそろ、やりますよドンパチ。ヤッチマイナ!(キル・ビル)
次回へのヒント:え、聞いてねーよ!