22# 仮面の紳士
俺とガストはエースの診療所を後にして、ボロいモーテルに部屋を取った。で、俺はベッドにダイブ。眠いから昼寝でもしようと思ったんだよ。
そこまでは良い。問題なのは今が十二時だと言う事。俺は昼だと思って窓のカーテンの隙間を見るとなぜか真っ暗。隣りのベッドを見るとガストが縦縞のパジャマ姿で寝息を立てている。つまり。今は深夜零時。
またやっちまったみたいだ。町蔵に聞こうにもソファーで丸まって寝てるし。おそらく俺は超寝てたらしいな……十五時間くらい。寝過ぎ!俺寝過ぎ!不眠症の人に謝れ!
んまぁ、あんまし眠くないけど寝ればすぐ朝だ、とベッドに潜り込むが、あれだ。腹が減った。そら昼も晩飯も食ってないんだからな、当然眠れない。目も冴える。
俺は起き上がって部屋を出る。ラックの上にあった鍵で扉を閉めて、外廊下の手すりに体を預けた。モーテルはコの字型をしていて、二階にある部屋から中庭を見下ろすと噴水が見える。と言っても夜だからただの溜め池と化している。
空腹を紛らわすために外に出たがなんの気分転換にもならない。当然コンビニとかも無いしな。
俺はため息を付き、ぼんやりと輝く街灯の灯りを眺めていた。
「俺、本当に帰れんのかな?」
先行きの見えない不安から、呟いてしまう。確か、町蔵は『貴様は正規ルートから外れた』みたいな事も言ってたし。正規ルートはマフィアの天辺だっけ?あの狂犬と。いや、ねーよ!狂犬となんて無理過ぎるわ!
つーか狂犬どうしてんだろうな?今頃野垂れ死んでんじゃないか?んー。まあしぶとく生きてそうだよな。
などとくだらない事を考えながら、適当に外廊下をうろついていると。視界に人影が映った。
俺は身構えて、街灯の真下の人型に注目する。同時に左手で眼帯を押し上げた。A.Tは反応しない。つまり殺気はない。
そいつにはおかしな点が無い、いや無さ過ぎて逆に挙動不審に思えた。ジッと微動だにせず、ただ誰かを待つように立っているのだ。なぜか俺は吸い寄せられるように、そいつに近寄って行った。暗くて顔がわからない、話し掛けて異様な不気味さを払拭したかったのかもしれない。
近付くにつれ、だんだんと容姿が明らかになって行く。背丈は俺と同じくらいだが、シルクハットで高く見える。服装は真っ黒の燕尾服でステッキの柄に白手の両手を乗せ地面を突いている。そして顔は仮面だった、俺は瞬間的に髪が逆立ちそうなくらい驚いた。仮面舞踏会みたいな目だけを覆うソレではなく、顔全体を覆う白い仮面。それも不気味な笑顔の仮面だ。例えるなら三日月を三つ並べたような切れ込みの鋭い笑顔の仮面だった。ファニーフェイスとでも言うのか?襟足などから伸びる髪は白色だった。
と言うかこれほど近づいているのに、その仮面紳士は何の反応も見せない。気づいてないわけがない。俺は蛮族ブレードに手をかけながら、意を決して話し掛けてみた。
「こんばんわ」
「……」
仮面紳士は無反応。
「こんばんわ!」
今度は前より強めに挨拶すると、マネキンみたいだった仮面紳士が誰もいない背後へ振り向いた。
コラコラ、そう言うネタは古いから。アンタに話し掛けてんだよ俺は!
「聞こえてんのか?」
「私に話し掛けているのですか?」
声は中性的な、ヘタすればパ○ュームみたいなテクノっぽい声だった。
「アンタ以外誰がいるんだよ」
「私に……そうですか。なるほど、ふむ。失礼いたしました。お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
仮面紳士は顎に人差し指を当て、妙に納得したように頷いた。
「改蔵」
「カイゾウ様ですか。申し遅れました。わたくし”ジャック“と申します」
ジャックは深々と頭を下げた。
「……でよ。アンタこんなところで何してんだ?」
「強いて言うのなら、人を待っていたのです」
はっはーん。フラれて待ちぼうけするタイプか!カワイソス。でもアンタにも原因があるだろ、仮面は無いよ!思わず笑いそうになる。
「そうか……ツラいな。俺で良ければ話し相手になってやるよ」
「それはありがたいです。ではアナタの夢はなんですか?」
「夢?」
あちゃー。コイツ、きっと彼女とかとこういう話ししたかったんだろうなー。ベタだなぁ。まぁ俺もそうする。ぜってーそうする。それにしても夢か。ゲームから出たい!なんて言ったら意味不明だろうしな。せめて正規ルートに近い話しにでもしとくか。
「この国の天辺を取る事かな」
「ほほう。天辺ですか?王として君臨されたいと?」
「いや、その後はどうでもいいんだ」
「そうですか。アナタのその夢が叶う事を心からお祈りいたします」
ジャックは胸に手を当て、また軽くお辞儀をする。
「では私はコレで失礼いたします。今日がアナタにとって素晴らしい日でありますように」
ジャックはそう言うと、杖を腕に掛けて闇夜に消えて行った。
俺は変なヤツだなぁと首を傾げた。
「カイゾウー」
上の方から声がする。俺が首を捻ると、二階の手すりにガストが手を挙げていた。
俺が腹が減って死にそうと伝えると。ガストは部屋にパンがあるからそれを食えと言った。
「なぁカイゾウ」
「あ?」
「お前、大丈夫か?」
「いや、腹減ってただけだが?」
「また”一人“で喋ってたろ?」
「一人で?何言ってんだ。街灯の下に変な仮面の男がいただろうが」
「仮面?うーん。そうかオレの見間違いか……?」
「だろうな」
「ふはぁ、まぁいいや。オレは寝る」
そそくさとガストはベッドに入っていった。パンで多少腹が落ち着いた俺は直ぐに眠気が襲い、眠った。
side:フォンド=ブラウン
「どうするべきか……」
漂流街及び、その他反抗勢力。力でねじ伏せるのは得策ではない。統治者は人民から愛されねばならんのだ。儂は悩んだ末、黒電話の受話器を取り、ある男にダイヤルする。
キーカタカタカタ……
「儂だ。フォンドだ、ワンダに取り次いでもらえるかな」
『……なんじゃい。お前さんから連絡とは珍しいのう』
「おお友よ。まだ生きとったか」
『なかなか死なせてはもらえんからの』
「わははは」
『してどんな用事かの?まさか談笑するためじゃあるまい?』
「その事に付いてだが、直に話したいのだ」
『うむ。わかった近い内に席を設けよう』
「すまんな恩にきる」
『よせよせ、気持ち悪い』
「ふっ。じゃあまたな」
『ああ』
カチン
ワンダ=ライオネルプライズ。アルティメア南西部を統べる儂と同じ古参の五大総長の一人。天然資源や都市開発は無いものの、肥沃な土地柄からアルティメア最大の農業地域である。
五大総長同士は※コミッション(※コミッション:マフィア同士の取り決めの会議)の不可侵条約により抗争をする事を禁じられているが、それでも仲が良いわけではない。西のアナスタシアと東のサルバトーレなんかの若い連中が良い例だ。総長同士が個別に会う事はまずない。
だが儂とワンダは腐れ縁と言うのか、互いに古き良き平和主義のために考え方が近く、仲間意識が定着しているのである。同朋と呼んでも良いかもしれない。まあ、ワンダが儂の事はどう思ってるかわからないがな。
「ジュードの言う通り、儂は古い人間なのかもしれないな──」
side end
仮面野郎。きっと虚だろ(違います)。
次回へのヒント:便利屋の仕事