21# 闇医者のエース
「ここが?」
「ああ、魔女の城だ」
俺とガストは先ほどの酒場から裏通りを抜けてしばらく歩いた所、とある建物の前に立っている。
そこはごみごみとした住居やアパートが密集している地域で、とてもじゃないが医師免許の無い闇医者が隠れて開業出来る土地じゃない。
それになんだ?このリゾートヨロシクなヤシの木とプールとコテージ風の二階建ての外観は。その上、看板が場末のスナックを彷彿とさせる一色ネオン『ACE』の後にハートマーク。……隠れる気が微塵も無ぇ。
「闇医者じゃないのか?」
「いや闇医者は闇医者。つっても中流街じゃ医者程度を捕まえるヤツがいない。そもそも中流街で医師なんて高慢チキな人種が医療をやろうってこと自体珍しいし、ヤブとは違って少しおかしいが腕は確かだからそれなりに住民から受け入れられてんのさ」
するとがガストは俺の肩を軽く叩き、半ば慈愛を込めた目を向けた。
「言っとくが、手術になったとしても妙な事を言い出したら切らせるなよ」
「妙な?」
「ああ、場合に寄っちゃ目が三つになる」
「どんな場合だよ。増えてどうする」
「冗談を素で実行するからな、まぁ軽い気持ちで話しに乗るなってこった。あ、でよ」
「あ?」
ガストは胸元のマチゾーを指差した。
「エースはソイツが大嫌いでな。オレが預かっておくよ」
マチゾーは俺にアイコンタクトをして『まかせろ』と言った。少し不安だが仕方ない。
ガストはマチゾーの首根っこを捕まえながら去って行った。
さて……行くしかないな。
俺はプールを横目にウッドテラスに足を踏み入れた。ギチと床がしなる。呼び鈴は無いので軽く手の甲で三回ノックする。
コンコンコン
反応がない。留守かな?ドアノブを握ると簡単に開いた。恐る恐る室内を覗き込むと向こう側の建物が目に入った。向こう側の壁の全面窓が全開なのである。留守ならなんと不用心な事か。盗人にようこそと言っているようなものだ。床は板張りで、右手の間仕切りの向こう側にはベッドがあるみたい。エースとか言う婆さんは強盗が怖くないのかな?なんとも無防備な診療所か。
俺は足を踏み入れた。その瞬間ドアの影で見えなかった左手から物音。
俺はぐっと左へ首を回すと、壁際の二人掛けソファーに誰かが寝ていた。
なんと無防備な……!!
そこに寝ていたのは着崩れた白衣にタンクトップというエロさ全開の女。ウェーブかかった藍色の長髪は乱れて、白く整った顔に毛先を散らす。見たところ二十歳後半だろうか?
エース婆さんの部下とかそんなところか?むうしかし、すげぇナイスバデーだ。見たところ乳がF……Gくらいはあるぞ。ガストとか手放しで喜びそうな感じだ。
どうするべきか?起こすか?いや、目を怪我しているのだから保養を薦めるべきか?
俺が顎に指を引っ掛けて、見下ろしていると。
「ふふっ」と女の口元が緩んだ。テラ美人。
女はガバッと起き上がると、俺の胸倉をつかみソファーへ引き倒した。女は馬乗りになってベタベタと俺の顔を触る。俺の左腕はガッチリと柔い太ももに挟まれ、右手で押し返そうにも目の前で弛む巨乳に阻まれている。
何これ!え!何これぇぇ!どうすりゃいいの!?死ぬの?え?
「何しやがる!」
「んー?ずっと私の胸ばかり見てたスケベのクセに見られるのは嫌いか?」
謀られた!コイツ起きてやがった!
女は顔を近付けながら、いつの間にか包帯の外された左目を見る。顔近い!胸が当たってる!どうしろって!
「私とイイコトする?」
イイコトってなんだー!!女も興奮してるのか吐息が粗くなってるー!キャー!食べられちゃう!
「もう!私が脱がしてあげる!」
アーーーーッ──!
side:ガスト=ブライトリング
オレは『古書専門店クレイ=ウッドマン』と言う店に来ている。店内には多種雑多に古書が平積みされ、壁一面の本棚にもオレが一生手にしないだろう、凶器になるほどの重量の本が収まっている。
すると、本の塔が凄い勢いでオレに突っ込んで来た。
「きゃあ!」
間一髪で直撃は避けたが、バランスの悪い本の塔はバサバサと崩れた。
「ああ……メガネ、メガネ」
本が散らかった床で、眼鏡を探す少女。名前は忘れたが、クレイの助手だ。目をショボショボさせて眉を下げている。
瓶底みたいな眼鏡を拾って渡すと、奪うようにかける。
「あ!ああ……」
助手はスカートをパンパンと払うと、オレを見上げた。
「ガストさん……ありがとうございます」
助手は深くお辞儀して、俯いたまま両手を絡めている。
「クレイは起きてるか?」
「えっと……あ、はい!マザーは稼動していますよ!」
「話しがあるんだ」
「しょ、少々お待ち下さい」
助手の少女はレジスターに向かうと、カシャカシャとボタンを打ち出した。
しばらくすると、助手の背後にある壁から鈍い金属音が響き。本棚が奥に沈んだ。
「どうぞガストさん!」
「ああ、ありがと」
オレは本棚を押して、奥の部屋に進む。そこは書斎で、奥に黒檀の馬鹿デカい机があり、その上には戦前のコンピュータが沢山並んでいる。
「クレイ」
「……」
「クレイ!」
「うるさいぞ。守銭奴」
コンピュータの向こう側で声がする。オレは机の反対側に足を進めると、リクライニングに腰掛けて、アイスキャンディーの棒をくわえながらモニターを眺めているクレイがいた。相変わらず露出度が高い服を着てて目のやり場に困る。
彼女こそ情報屋界隈で『マザー』と揶揄される伝説的な情報屋だ。オレは定期的にコイツから情報を買っている。
「なに?生きてたの?」
「死んでほしかったか?」
「違うよボクが言ってるのは、ガストは漂流街での戦闘で死ぬハズだったと言っているんだ」
「生きてますが?」
「是非ともその理由を聞かせてもらいたいね」
「情報料を割引にするなら話そう」
「守銭奴め」
「世の中タダより高いものはないぜ?」
「まあ、いいや。欲しい情報を一つくれてやる。それで手打ちだ」
「良いだろう」
ソファーに腰を据えたオレはクレイにカイゾウの話しを始めると、最初は訝しげに聞いていたクレイが最後には前のめりに聞く程に興味津々だった。
「弾丸を潜る男か!」
「まあ、そうだな」
「面白いぞ!守銭奴!次は連れて来てくれ!ボクも見てみたい」
「まあ、カイゾウがいいならな」
「絶対だぞ!」
「約束は出来んがな」
オレがそう言うとクレイは立ち上がり、机に回った。
戻って来たクレイはファイルをテーブルに置いた。
「これは?」
「ブラウンファミリーの組織図と構成員。私兵団の装備から趣味趣向までファイルしてある。コレが欲しかったんだろ?」
「よくわかったな」
「わかるさ、ボクの耳は地獄耳、ボクの眼は千里眼、ボクの心は海より深い!」
「なんだそれ、特に最後の」
「真実だ」
「なんだかなぁ──」
side end
「──以上で検査修了!」
俺はパンツ一丁で、女の前の丸イスに座らされてた。ええ。期待なんてコレっぽっちもしてませんでしたよ?もちろん最初から”検査“だって思ってたよ!アレ?……目から水が。
「ん、どうしたのかなー?なんか期待ハズレな顔してるけど?」
「なんでもない」
女はふふっと笑いながらカルテをめくる。わかっててやってるなこの女。踊らされていたのは俺か。
女はデスクに片肘を付き、脚を組ながらカルテをふーんと眺めてた。変わった事と言えば縁なし眼鏡を掛けたくらいだ。
「キミ。名前は?」
「改蔵だ」
「カイゾウね、と言うか本当にキミ便利屋か?」
「そうだ」
「そう……。それにしては綺麗な身体してるわねぇ?」
そりゃあそうだろ。弾丸の一発も、ナイフの刺突も受けちゃいないんだから。つーかどこ見てんだ。いいから目の話しをしろよ。
「左目は治るのか?」
「はい?」
「いや、左目の治療をしに来たんだが」
「左目、怪我してるのか?」
馬鹿なのか?だからこうして……。あれ?
いつの間にか俺は両目で、女を捉えていた。右目を隠し、辺りを見回す。治ってやがる。
「検査の結果は正常。健康健康」
「いや、突然左目から鈍い音がして見えなくなったと思ったら、血が沢山出て来たんだ」
「ふうん」
女はペンライトで、俺の左目を照らした。
「凄い量の出血の理由は毛細血管が切れた事だとは思うけど、今は治ってるな」
「……」
「まあ、不安だったら。なるべく左目でモノを見ない事だね。原因はわからないけど左目を酷使したんだろう。仕事の時以外は眼帯でもしてるといい」
女は四角いガーゼの眼帯を取り出した。
まあ……。それしかないのかな。左目で見なかったらA.Tは発動しないがいつもかも殺気のあるヤツを片っ端から倒すわけにもいかないし。危険な地域では外せばいいんだ。オンオフで使いわける事にするか。
俺はガーゼの眼帯を付けた。こんど機会があったら眼帯を作るか。などと思いながら、服を着る。
「んでマスターは元気かい?」
「マスター?ギルドの?」
「そうだ」
「多分元気だろ」
「そうか、ならいいんだ。ヨロシク言っといてくれ」
マスターと知り合い?つーかヨロシク言われても、あんたマスターのなんなのさ?
「アンタの名前はなんて言うんだ?」
「知らないのか?私はエース。エース=ヴァーレンハイドだ。ガストから聞いてたろう?」
「え!?」
「なんだ?」
この女が魔女?ガストがババァババァ言うから婆さんかと思ってたが、美人のお姉さんじゃないか。なんだよガストのヤツ紛らわしい事を。
「いや、何もない」
「ふうん。ま、いいよ。診察料はガストから請求するから帰って良いぞ」
エースは手の甲を上にして振る。
ちょっぴりセクシーな闇医者にウキウキしながら、外へ出るとガストが入り口で煙草をふかしてた。
「終わったか?」
「ああ」
「どうもトラックの積み込みが上手くいってないみたいでな。今日は一泊するぞ」
「そうか、あ!」
「あ?なんだ?」
「エースって綺麗な人じゃないか。それをババァは言い過ぎじゃないか?」
するとガストは苦笑いをして首を傾げた。
「驚くなよ。エースはマスターの”姉“だ」
「ああ弟姉か、どうりで……あれ?姉?」
「そうだ。姉だ!」
「嘘だろ?」
「それが魔女たる理由さ」
一体何歳なんだ?俺はなんとも言えない気持ちで、宿屋へ向かった──。
次回、重要なヤツが出ます。