16# 夢見た姿
俺はニコの手を引いて慎重に階段を上がる。壁に張り付きながら足を止め、『showtime!』表示のA.Tでターゲットを確認する。
「わらわらとまぁ……」
大通りの右方向に膨大な数の黄色い枠が映っている。枠の大きさからして距離は百メートル弱。時間的に余裕はあまりない。
「いいか?ニコ。ここから先の大通りには出るなよ?」
俺は壁の向こうのターゲットで赤い枠であろう狂犬を探しながら呟いた。
おかしな事に返事がない。
俺は繋いだ手の先へ振り返ると、ニコが荒い息で階段に倒れ込んでいた。
「オイ!大丈夫か!今マスター呼んでくるからな!」
「大丈夫で……すっ!」
俺は引き返そうとしたがニコはコートの裾を掴んで引き止めた。なんか持病の発作かなんかだろうか?薬とか持ってないのか?
バガンッ!!
急に流れ弾が壁にぶち当たり、弾けた粉塵が辺りに飛散する。
その音に驚いたのか、おとなしくニコの腕に抱かれていたマチゾーが暴れて大通りへ飛び出してしまった。
ニコはとっさにマチゾーを追い、大通りの真ん中でマチゾー抱き留めて顔から転んだ。俺は流れ飛ぶ弾丸からニコ達をかばうように滑り込んだ。ようやく俺の眼に黄色いターゲット達の一番奥、赤い枠に覆われた『狂犬ベルカ』が姿を表した。
『ヤツだ!あの赤いのを殺れ!』
狂犬は拡声器か、大きな声で命令を出した。猟犬どもの銃口が一斉に此方へ向く。
狂犬が話し終えるかのギリギリの所で俺は蛮族ブレードを抜きA.T(アサルト•タイム)を『GO!!』表示に切り替えていた。
俺の眼に大量の血液が送られて、ドクドク脈打つのがわかる。猟犬達から放たれたライフル弾は直線的に飛んでくる。常人なら無理だが今の俺なら何故か”視認できる“のだ。異様に眼の奥が熱いのはそのためか。
迫り来る弾丸の壁。俺が避ければニコ達に当たる。
『全部弾き返す!!』
心の中でそう叫ぶと。俺は蛮族ブレードを振るい、飛んでくるライフル弾を片っ端から叩き落とし始めた。
弾の速度は紙飛行機が滑空する速度に近い、見落とさなければ部叩き落とせるハズ……。
しばらく卓球みたいな事をしていたが、拉致があかない。ほぼ無限に飛んでくるのだ。
俺は弾道と猟犬どもの再装填のタイミングを見計らい。脇にあった鋼鉄製のダストボックスを力一杯持ち上げ、ニコ達の防御壁を作った。
俺一人ならどうとでもなる。迫り来る弾丸の嵐を蛮族ブレードで弾き、すり抜けながら猟犬部隊へと突撃する。ニコの事もある、さっさと終わらせてやる。
ブヂン
ん?何か左目からヘンな音。が、今は気にしている場合じゃない!まず目の前の猟犬部隊を片付けるんだ!
俺は猟犬の兵隊が持つ、煌々と火花を上げる自動小銃を左手で抑えながら、左側頭部に右の回し蹴りを叩き込む。切り返して背後の兵士の足元を蛮族ブレードですくい、空中で顔面を掴んで地面に叩き落とす。
時間がゆっくりとした空間だが周囲を警戒しないと、紙飛行機程の速度の弾丸に風穴を開けられる事になる。俺は兵隊の位置関係と、銃口の向きを確認しながら確実に一人ずつ戦闘不能にさせて行く。
A.Tでの戦闘で気づいた事はなるべく飛ばない事。落下して足が地面に付くまで動けないからだ──。
もはや屍累々と化した大通りに立っているのは数人。全員銃ではなくコンバットナイフを構えて間合いをとっている。
「あれ?A.T(アサルト•タイム)解けてる??」
ヒュッとナイフが目の前を通り過ぎて気付いた。そう、まだ全員倒してないのになぜか”A.Tが終わってしまった“のだ。
そして左目に劇痛。わからんけど涙があふれてる。拭うと赤かった。溢れてんのは血か?いや両方か。左目は血液が原因かわからないが見えなくなり、視界が極端に狭くなっている。
突いて来た刃先に頬が切られた。距離感が分かりづらいのである。俺は予想外の事態に恐怖した。今まで安全地帯に居たのに突然地雷原に放り出されたような、恐怖と孤独感だった。
幸いにも身体能力で遥か上を行ってる俺は、A.Tが無くても肉弾戦ならば勝てると自信があった。
ナイフをくぐり、脇腹に入り込むとそのまま一本背負いの要領で一人を別の一人にぶん投げた。蛮族ブレードでヘルメットを叩いたり、腰にタックルしてそのまま後ろへ投げたりと。最後は地味な力業のオンパレードだったがなんとか全員倒したようだ。
そこら中で呻き声が聞こえる。それは地獄絵図そのものの様だった。コートの裾が弾痕やら切り傷なのでボロボロになっている。左目からは尋常じゃない量の血が溢れていたが、見た目より痛くなく耐えられないほどじゃない、極度の緊張と興奮で痛みなど吹っ飛んでいるのかもしれないが。
右目だけで辺りを見回すと、狂犬ベルカだけがその通りに佇んで居た。狂犬は拡声器を後ろ手に放り投げた。
「よくも……俺の計画を……」
狂犬はオートマチック銃を腰から引き抜くと、俺に向けた──。
side バカラ=ハザード(ブルーキングス•リーダー)
カイゾウさんが猟犬部隊の弾幕を弾き返している。ガストと俺は流れ弾を防ぐために、屋上の壁に隠れている。
「ガスト……あの人は何者なんだ?」
バカスカ跳弾を壁に受けながら隣りのガストに聞いた。
「ヤツはな。ただの漂流者さ。詳しい事はオレだって知らねーよ」
ガストは壁の裂け目からカイゾウさんを眺めながら呟いた。
「あ!消えた」
「え?」
俺はガストの言葉に、壁から下を覗き込むと。カイゾウさんは消えていた。変わりにダストボックスが置かれている。
猟犬部隊から悲鳴があがる。俺は首を回し左方向を眺める。
遠目でもわかる。カイゾウさんが猟犬部隊に突撃したのだ。兵隊の一人が玩具みたいに空を飛ぶ。
俺の見たソレは俺達が、いやこの世界の男共がガキの頃一度は夢見た姿だった。それは伝説であったり英雄譚。
『その者 百の矢を受けても立ち上がり 一度剣を振るわば千の命を狩り取る』
そんな言葉が脳裏を過ぎる。俺は走った。建物から建物へ移動を繰り返し、遂に一番近くの建物に到着した。
目の前には狂犬が辺りを見回しながら茫然としていた。
カイゾウさんは今、猟犬部隊最後の兵隊を商店の窓にぶん投げた所。激しい破砕音が響く。
フラフラと幽霊の如く、上体を持ち上げたカイゾウさんは狂犬を睨んだ。顔から大量の出血がある。
狂犬は何かを呟いた後、銃を抜いた。
俺はとっさに建物から飛び下りていた。カイゾウさんの力になりたい!鉄パイプを振り下ろし、狂犬の腕ごと銃を叩き落とす。
狂犬は仰向けに倒れ。俺はカイゾウさんに駆け寄った。
「カイゾウさぐ!」
と、何故かカイゾウさんに殴られ吹き飛ぶ俺。”これは俺のケンカ“だと言わんばかりの一撃だった。なんて出過ぎた事を俺はしたんだ。カイゾウさんを見上げながら俺は反省する。
「ニコ!こっちに来い!」
カイゾウさんは誰かを呼んで、鉄塊と呼べる無骨なショートブレードを軽々と回し、後ろ腰の鞘にしまった。
俺が意気消沈していると、カイゾウさんは狂犬を指差して「殴って悪かった。アイツを押さえといてくれないか?」と言ってくれた。
俺は直ぐに狂犬の腕を捻り、身動きを取れなくする。俺は泣きそうな程感動している。カイゾウと言う人は邪魔をした俺にさえ、謝る事が出来る器のデカい人なのだ。
しばらくしてデッドラビットがカイゾウさんへ駆けてきた。死肉を貪り、血の匂いを嗅ぎ死期の近い人間を付ける別名『死神』と揶揄される動物。決して触れたくないモノだが、カイゾウさんはソレを抱き上げると自分の顔をなめさせている。
カイゾウさんは死をも受け入れて居ると言うのか。なんて規格外の人なのだろうか!
俺が目を見張っていると、今度は小さいガキが近寄ってきた。
「気分はどうだ?ニコ」
「ニコは大丈夫……!!でも神様が!」
遂に俺の目からは涙がこぼれた。ガキにさえ気を使う!あの人は優しさまで備えている!つーか神様か!俺は神様など信じない!信じた事さえない!だが、カイゾウさんが神様と言うなら信じてしまいそうだ!
眩しい。俺、アンタに会えて良かったよ……。コレが終わったら便利屋になろう──。
side end
左目がね。かなりヤバいよ。
次回へのヒント:目がぁー目がぁー