12# 麺が伸びちゃうだろ!
人がポポポーン!
side:『狂犬』こと、ベルカ=ウィンチェスター
今日は厄日だった。
俺は漂流街の西側に位置する廃工場で仲間を前に佇んでいた。何度考えても昼間にあった出来事が現実とは思えなかった。いや、現実と受け止めるにはあまりにも馬鹿げた話。共にギルドの情報収集に向かった仲間達が”赤いの“に一瞬で戦闘不能にさせられるなんて……。寝覚めの悪いジョークだろ。
俺は拭えない危機感を内在したまま。予定通り明朝一番、ギルドとの一戦に備えて仲間を召集した。
「ボス。『猟犬』の兵隊八十名揃いました」
「ああ」
俺はぶっきらぼうに返事を返すと、立ち上がって仲間を見回す。
今回は情報収集部隊とは違い、完璧な兵装に完璧な銃器を携えた精鋭部隊だ。五大総長の一人フォンドのジジイとは話しはついてる。たんまり武器弾薬を支援してくれる代わりに漂流街を統一後『猟犬』はファミリーの傘下に入る条件で。
仮に失敗したらそれこそ俺の命は無いが、それは絶対にない。ギルドの連中は俺をたかがギャングとしか思ってないハズ。俺が五大総長と繋がって圧倒的な火力をお見舞する事になるなんて微塵も考えないだろう。
その油断した喉元、噛み千切ってやる……。
「共闘するギャングどもには伝えたんだろうな?」
「はい。明日の朝に我々がギルドを襲撃する事を伝えました。せいぜい漂流街の顔になる我々に媚びを売っとけと」
「上等だ」
万に一つの漏れもない完璧な布陣。唯一の不安要素は”赤いの“だが、ヤツはギルドじゃない。今日のあれは言ってみれば事故。野犬に噛まれた程度だ。
狂犬と言われる俺が『野犬に噛まれる』などと。自分で思っといて可笑しい。
そんな事を考えていたら緊張も解けて、いくらかマシになった。
”赤いの“が居ても関係ねぇ。俺達の弾幕から逃れれるわけがない。ギルドの連中の慌てふためく様子が目に浮かぶようだ。
しかし、ニコはこんな大事な時にどこに行きやがった。まったくクソの役にもたたねぇガキだな──。
side end
俺は黄色い枠の箱めがけて通りを駆け抜けた。すでに戦闘画面……いやA.Tと名付けよう。A.Tは『GO!』表示 になっており、通りを行く人はマネキンみたいに固まっていた。
俺が族の青い服を着たヤツらがいる場所に飛び出すと、馬鹿みたいに固まっているヤツらにベオウルフで狙いをつける。本来死んでも知ったこっちゃない連中だが、ゲームと言えど個人的には頭が吹き飛んだり、内蔵グチャグチャなんてのは見たくなかったので、四肢を狙い発砲した。
撃ち出された弾は視認出来るスピードで飛んでいく。
向かって来たなら掴めそうである。
そうやって十数人ベオウルフと蛮族ブレードによって難無く沈めた俺は赤い枠の箱で表示されるリーダーを蹴り倒し、右肩を踏みつけながら、ベオウルフの銃口を突き付けた。
リーダーは黒いウニみたいな髪型で、見えてるのか見えてないのかわからない細い目で呆然としていた。
side:『ブルーキングス』リーダー
俺は突風と爆音がしたと思ったらいつの間にか地面に後頭部を打ち付けて倒れていた。周りを見渡せば悲鳴を上げながら地面に転がる仲間達。
え?なにコレ?
「おい」
声をかけられようやくその原因に気付いた。真っ赤なド派手なコートに白い髪。左手には無骨なショートソードと右手に銃が握られ、その銃口は外しようもなく俺の眉間を捉えている。
「な、なんだよお前!?」
我ながら間抜けな質問をしたもんだ。質問しながらも今自分を窮地に追い込んだ原因から少しでも情報を読み取ろうと目は四方八方に動く。
「俺は主役だ!」
銃を突き付けながら意味の解らない事を言い放ったソイツにようやく、俺の恐怖が追い付いた。
震えながらよく見れば左肩に煌めくロゴマーク。
『G i L D』
こいつ、便利屋だ!!俺は全て理解した。ギルドは明日の襲撃前にカタを着ける気なんだ。コイツが主役と言い放ったのも頷ける。
奇襲の情報が漏れている……それ以上に便利屋一人にブルーキングス十八人がやられちまうなんて。
ハウンド含め俺達はそもそもギルドを甘く見てたんじゃないのか?くそ!
「さっさとヤれよ!」
「断る。お前はリーダーだろ?ココにいる奴らを片付けるんだ」
「は?」
「早くしないと死ぬぞ」
そう言うと男は背を向け去ろうとする。
「ちょ!待ってくれ!アンタの名前は?!」
「カイゾウだ」
後ろ向きに応えた男は風の様に走り去って行った──。
side end
くっそ!帰り道はA.Tにならないから時間がかかる!麺が!麺がのびきっちまう!
本来の走りよりも三倍は早いはずだが、それでもA.Tの時とは比べ物にならないくらい遅い。
宿無しの爺さん達の所に戻ったのはそれから五分後の事だった。案の定カップヌードルの麺は汁を吸い、モサモサとしている。
殺してやる!と半ば冗談の殺意を族に向けながら、それを啜る。
「どこに行ってたんだぃ?」
「ああ便所だ便所」
モサモサと歯応えのない麺をかじってると目の前に再び『showtime!』の文字。
あああん?またかよ!無視だ!無視!
と、麺を食っていたがハッキリ言って邪魔すぎる。視界の真ん中に居座る文字程ストレスの溜まるモノは無い。
周りを見渡せば、今度は全方位に黄色い箱が見えた。
俺の食事の時間を……テメェら覚悟は出来てんたろうな!
俺は再び立ち上がる。
「なんじゃい。腹の調子でも悪いのかぃ?」
「ああ、特に腹の虫がね」
顔に疑問符が浮かぶ爺さんを無視して、右手にベオウルフ。左手に蛮族ブレードを携えて再び走り出した──。
side:ガスト=ブライトリング
──深夜三時。客の居なくなったギルドで、オレはタバコをふかしてた。灰皿はそれこそタバコを差し込む余地さえないサボテンと化している。
マスターはと言うと、テーブルに椅子を上げ店の掃除をしている。
「まだ起きてるのかい?」
不意にマスターが床を掃きながら聞いて来た。
「いやぁ。カイゾウが帰ってくるかも知れないじゃないか」
「さすがに今帰ってきたら馬鹿みたいじゃないか。明日だろうよ」
「それでもだ」
正直に言うとワクワクして眠れないのだ。学が無いヤツが漂流街で生きて行くには、ギルドに入るか。狂犬や族みたいに夜盗集団になるしかない。それかお抱え用心棒なんて手もあるが。なかなかそんなのは上流街で余裕のある貴族や豪商に限られる。第一金無しのカイゾウが漂流街を出られる事さえ怪しい。
詰まるところ、カイゾウは暴れて自滅するかギルドに帰ってくるしかないのだ。
ふふふとほくそ笑んでると、ギルドの扉が軋んだ。
「ガストさーん!」
振り向くとソコには新聞記者のクロト=エリシオンだった。金髪のとげ頭で首から下げたカメラを振りながら、人懐っこい笑顔で近寄ってくる。
「どうしたクロト?」
「どうしたもこうもありませんよ!聞きましたよ!狂犬の野郎が朝方ギルドへ奇襲をかけるそうじゃありませんか?」
「え?」
「またー惚けちゃって。それを阻止するためにギルドが動いてるのはわかってるんですからね!ほらネタも上がってるんですよ!」
とクロトは数枚の写真をカウンターに投げ出した。
暗くて良く見えないが、ロングコートの人物が倒れている人へ銃を突き付けている。他の写真も全て顔がわからない。が、ある一枚の写真で誰かがわかった。
「ね!ほら左肩にギルドのロゴが入ってるでしょう?言い逃れは出来ませんよ?すでにこの便利屋は漂流街中の族をほぼ壊滅させたという情報もありますし!」
「全部?」
「はい。以前ハウンドと共闘声明を出した族すべてですよ!族の関係筋から聞いたから間違いありません!」
ふん!とクロトは鼻息荒く自信満々に言い放つ。
まさかと思った。確かにあの鋲はオレがカイゾウに付けてやったモノだ。それは言葉通り”宣伝用“だった。悪行でも善行でも名が売れればそれで良いと思ったからだ。
オレはまだカイゾウを過小評価していたらしい。マスターの言う通り、アイツは何がなんでも引き留めなきゃならなかった……。
しかし、朝とは聞いてないぞ?コレは直ぐにハウンド対策に兵隊を収集しなきゃならん……。
そうして兵隊に連絡を付けるために立ち上がる。それを見たクロトは急いで出口を塞いだ。
「まってくださいよ!この便利屋は誰なんですか?こんなド派手なコート着た人が居るなんて聞いてませんよ?」
「コレは秘密だったんだが……ヤツはギルドの最終兵器だ」
「さ、最終兵器!!」
「そう!ヤツこそギルドが誇る!最強にして最悪の便利屋『カイゾウ』だ!」
クロトは「うぉおお!」と鉛筆から煙りが出る勢いでメモ帳に書き込んでいた──。
side end