10# だが、断る!
ガンナーズヘヴンを後にした俺達はギルドへ戻る所。日は沈み、気温はぐっと下がり。昼間の暖かさが嘘の様に冷たく乾燥した風が吹き抜ける。
俺はコートのファスナーを引き上げて口元を覆った。ガストもトランクから取り出したベージュのトレンチコートを羽織る。
右大腿部に装備した銃はコートの表面からでもその存在を主張し、左側を柄にした蛮族ブレードは後ろ腰に収まり。その無骨な刀身を黒革で隠している。
俺はコートの腹辺りのポケットに両手を突っ込んでると、ガストが急に振り向いた。
「そうだ。コレ付けてくんね?」
と、ガストがゴロっと差し出した手の平には『G』『i』『L』『D』とそれぞれ独立した銀製の鋲があった。
「なんで?」
「いやーほら。ウチってさ知名度低いだろ?ちょっと軽く宣伝して欲しかったりー……もちろんカイゾウがギルドで便利屋やるのは別問題としてな」
頼む!と拝むガストに俺は仕方なく了承した。だってなんか買ってもらってばっかりで悪い気がしてたし、これくらいなら良いかなって。
ガストはコートの革が分厚い左肩に『G』『i』『L』『D』の錨を四角に配置した。「いいねぇ似合ってるよ!」などと持ち上げている。
そうこうしながらギルドへ帰ってきた。扉の前には裸電球一つがぶら下がり、一見酒場とはわからないかもしれない。ガストが扉を開けると中からガヤガヤと喧騒が耳に飛び込んで来た。
手前のテーブル席は全て埋まり、ビールジョッキ片手に談笑する人やポーカーをしているのか、銀貨を積んでいる人。何やら喧嘩してる人など様々である。普通ではないのは皆どこか傷を持っている事だ。
俺が入り口で店内を見回していると。客達の視線が俺に集まるのがわかった。
先ほどまでの賑わいが嘘みたいな静寂。え?ちょ、そんな見ないでくださいよ!見られる事馴れてないんですから!みちゃらめぇぇえ!!とか何とか息の詰まる状況に現実逃避する俺。その空気を打破したのは可愛いらしい声だった。
「お客様!お一人様でしか!」
下を向くとニコだった。清潔そうな接客着だが、サイズが合ってないのか群青色のスカートは地面スレスレ、袖は幾重に折られている。バイザーは無く、クリーム色の髪はポニーテールになっていた。
ニコは返事を待たず、体程のお盆を両手で抱え込んでテテテとカウンターの方へ走って行った。
かーあーいーい!なんてニコに萌えてると、カウンター席でガストが手招きしていた。静寂の中ギチと軋む床を踏みしめてカウンターに向かった。
カウンター席の右端に腰を据えると、ガストの知り合いと認識したのか客達は本来の喧騒に戻っていった。マスターがタバコを吹かしながら寄ってくる。
「いやーいい子だ良く気が付くし、ちょうど誰か雇おうと思ってたんだ」
「あの服は?」
「ああ、表通りにあるパン屋の女将さんに話したらな、古着でいいならってくれたんだよ」
「そうか」
マスターの趣味ならグッジョブと言いたい所だったがどうやら違うらしい。
ガストはずんぐりしたボトルを俺のグラスへ傾けた。琥珀色の液体が波打つ。多分ウィスキーの類だろう。
お酒は二十歳になってから、俺はこの前二十歳になったばっかりだが、酒は一八くらいから飲んでた。つっても酎ハイみたいなヤツばっかりだったけど、もう時効だよな?
俺はウィスキーを一気に口へ流し込んだ。喉が胸が焼ける様に苦しい。くっそゲームだし、酒も水の如く飲めるとか期待したんだが、そう甘くないようだ……さらば酒豪キャラ。
「おいおい。そんな一気に飲むなよ」
と、ガストが苦笑う。
「……ごほっ」
むせていると、ニコがお盆に水を乗せて持ってきてくれた。
「悪い」
「……」
水を飲み終えてグラスを返すと。ニコはお盆とグラスを握ったままうつむいてピクリとも動かない。挙動不審。俺なんかしたっけ?
「名前はニコって言うの!」
と、突然自己紹介し出した。いや、知ってる知ってる(笑)
「でね!ニコの兄ちゃん『狂犬ベルカ』って言うの!だから……」
ああ、兄貴の所に帰りたいのかな?傷も酷く無さそうだし、帰りたいなら帰ればいい。
「やっぱり帰らなきゃダメですか?」
あれ?帰りたいんじゃないの?第一何故俺に言う。
俺はマスターに目を向けるとマスターは察したのか無精ひげの顎を掻く。
「まあ俺としてはこの調子で働いてくれれば助かるんだが」
とマスターは言うとガストに意見を求めるように見ている。
「いいんじゃねぇか?この酒場にも花の一つくらいねぇとな……それに、あ、いや何でもない」
とガストが言いかけたが途中で止めた。気にはなったが詮索する気はない。
「よかったな」
と俺がニコの頭を撫でるとニコの顔は一気に赤くなり。ダッシュでカウンターの奥へ引っ込んで行った。
む、さすがに頭を撫でるのは上級者向けだったようだ。嫌われたかな?んまーあれだ、姪っ子が可愛く見える親戚のオジサンの心境がわかった感じだ。いちいち微笑ましいのである。
マスターがパンとソーセージ、スクランブルエッグの乗った皿を俺の前に置く。
「でよカイゾウ。便利屋になったのかい?」
「いやカイゾウはまだ便利屋じゃない」
そうガストが割って入った。ガストはそれだけ言うと煙草に火を点けて明後日の方向へ煙りを吐いている。
「言っとくが便利屋にはならないぞ」
そう俺が言うとガストは残念そうに苦笑った。特にならない理由はなかったが自由を奪われそうな気がしたからだ。
「まあ、オレはそうなったら良いなとは思ってたんだが……。カイゾウにその気が無いならしかたねぇよな」
するとガストはトランクから一枚の紙を取り出し、俺に突き付けた。
「んまオレもこんな事言いたくねぇんだが……百万クラウン。今すぐ返してもらおうか?端数はまけてやるよ」
「は?」
紙は借用書だった。ちなみに英文だったが、俺の目には英文の下に和訳した文がくっついているように見えた。そこには『私はガスト=ブライトリング氏に十日三割複利で”1000000c“借り受けた事をここに証明いたします』と、下には俺が書いた『改蔵』の署名。
サイン?あり?あれ?サインなんかしたっけ?確かコート買う時に内側にネーム入れるとかでガストに聞かれて畳んだ紙に……。
ま、まさかアレが?やられた!完全に騙された!コノヤロウ!
「お前……ハメやがったな?」
「ん?もともとオレは買いに行くとは言ったがおごってやるとは言ってないぜ?それに良いことしたいって気持ちには嘘は無い。担保も無しに貸したんだからな。我ながら大した人格者だろ?」
「十日で三割複利のどこが人格者だ。ボッタクリだろが」
ははんと笑うガスト。
「どう思おうと勝手だが払うもんは払ってもらう。そもそもオレはカイゾウが便利屋になる事を見越して返済計画を立ててたんだ、それが無いとなると今すぐ払ってもらわなきゃならん」
「……」
ぐぬぬ。さらっと興味ないみたいな事言っといて……実は何が何でも俺を便利屋にさせたかったらしいな。
「便利屋になれば特別に利子はいらない、オレは元金さえ戻ってくりゃいいんだ。んで住む所も食うものもオレが用意する。どうだ?考え直してみないか?悪い話しじゃねぇだろ?」
ガストは更に追い詰めてくる。ようするにタコ部屋に放り込まれる様なモンだろ?便利屋ってのは。
マスターを見れば呆れた表情で『こういうヤツなんだよ』と頷いた。
「俺は……」
「ん?決心したか?」
「便利屋にはならない」
「そうかそ……えぇ?」
天性の天の邪鬼気質が爆発。頼まれてやるのは良いが自分で選べないのは嫌だ!ガストも予想外過ぎたのか呆気に取られ口を開けたままだ。
ガキだよ!自分でもわかってる!だが、ガストのやり口が気に入らない!男なら!コソコソ策を練ってんじゃねぇ!正面から来いや!とかなんとか子供がダダをこねたような理由で、俺は席を立った。
「払う当てがあんのか?だったら良いが……まあ明日まで待つよ。気が変わったらギルドに来てくれ」
俺は返事もせず、ギルドを出た──。