ドアマット悪役令嬢になりそこねた私の石床生活
その日自分を自分と意識した時私は15歳だった。
周囲を眺めて状況を把握する。
天井が低いけど、けっこう広い屋根裏部屋
屋根裏にありがちな縦とか横とかの柱はない。
開放感がある造りだ。
2階部分の面積と同じかな?
お豆腐に切妻屋根が乗っかった形だったはずだ。
外壁はナーロッパ仕様のレンガ造り。
内装は薄い木材がスタイリッシュに貼ってある。
屋根を支える木材は四隅にあるだけのライトな仕様。
屋根裏の床部分はツライチで歩きやすい。
2階の天井部分にはちゃんと梁を渡してあると思う。
思う…。
まぁ些事かな?
どっちにしろ私にとって重要なのは足音が響かないように静かに歩くことだけだ。
室内の調度品は木箱を2つ並べただけのベッド。
朽ちかけた本棚。
小窓から差し込む日射しが埃でキラキラしている。
私は自分の手を眺めてみる。
ガサガサの手の平。
爪の周りにさかむけがたくさんある。
そこから血が滲んでいる。
パサパサの白銀の髪は埃を被ってて白髪みたい。
黄ばんでアイボリー色のワンピース。
これはアレかな?
ドアマットヒロインだろうか?
髪が白銀だからドアマット悪役令嬢だ。
ここで私はお約束を宣言する。
「ステータスオープン!」
ブォンという音と共にウィンドウが開く。
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名前:レイチェル・スプリングリバー
年齢:15歳
レベル:0
身分:スプリングリバー伯爵家の長女
状態:衰弱
スキル:インベントリ、弱鑑定、身体強化、必要経験値減少、生活魔法、魔力感知、熟練度表示
残SP:0
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「あーーーー、そういう感じね」
スプリングリバーという家名に思い当たるフシがありすぎる。
自分で書いてネットに上げた小説の主人公の家名がスプリングリバーなのだがこれは本名の春川を英訳しただけだ。
「まいったな。あの小説か…………」
私こと春川玲香はネット小説を読むのが好きだった。
駅からバスで120分、バス停から徒歩で40分という山の斜面に家があった。
本家の曾祖母と本家の叔母と分家の祖母と伯母と母と一緒に住んでいた。
もちろん介護は私だ。
唯一自由な通学時間はずっと音読アプリで読書していた。
(目で読むと足を踏みはずす)
私が高校を卒業したらバスは通らなくなるらしい。
卒業したら就職して自活を希望している。
だが私は介護要員らしいので家から出してもらえないっぽい。
あれ?今私はココにいるって事は、介護はどうなったんだろう?
まぁ些事か。
ネット小説は最初はただの現実逃避だったがすぐに大好きな趣味になった。
累計ランキングと毎日のランキングは余さず読み尽くした。
自分で書き始めたきっかけは、特にない。
ちょっと試しに書いてみたかっただけだ。
自分で書いた作品は
「クレクレ義妹と体罰義母から辛うじて救い出されたはずが婚約破棄からの処刑エンド。時間逆行しても運命から逃れられなかった!!」
という誰トクな作品だ。
多分、当時の私の現実の閉塞感が作品に入り込んでしまったんだろう。
誰トクだよ。
ニーズが行方不明だ。
ちなみに自分で書いた作品を音読アプリで聞いても普通につまらなかった。
なので前世の人生で書いた作品はこの1本のみ。
ほのぼのとかほんわかとか書いて現実逃避しろ自分!!
迷惑千万な。
回想は置いといて
今すべきは、下に繋がる出入り口を塞ぐ事だ。
開いてると癇癪持ちメイド長52歳が昇ってきてしまう。
汚水とか黴びたパンとか運んで来る。
自分で書いたから知ってる。
食べないと鞭打ちだろう。
メイド長は鞭の扱いが上手い。
絶対に熟練度が高い。
スプリングリバー家の使用人はヒスか豚か屑しかいない。
自分で書いたんだけど。
本棚を倒して出入り口を塞ぎその上に木箱を積み上げる。
インベントリがあるから動かすのは簡単だ。
でも本棚の軽さじゃいずれ突破される。
馬車置き場の敷石を剥がして敷き詰めよう。
てことは外に出なくては。
幸いなことにスキル身体強化があるので小窓から飛び降りても怪我はしない。
義母が来たら亡き母の部屋を使うんだろう。
今の内に母の部屋の遺品全てを回収しようと思う。
亡き母の部屋には重要アイテム「月崩落」がある。
絶対に入手すべきモノだ。
現在昼間。
父上は数日前から後妻の家に行っていて留守だ。
豚家令はお気に入りメイドを数人連れて領地に行っている。
今屋敷にいるのは癇癪持ちメイド長と僅かな人数の下級メイドだけ。
ポカポカ陽気と微風が心地よい調達日和である。
義母義妹が登場する前に準備万端で臨みたい。
私の小説によると義妹の登場は私が屋根裏部屋に移ってから3ヶ月後のはず。
ストーリーに登場した義妹は貴族の生活がしたいと父上に言い始めるのだ。
私が屋根裏部屋に移されたのが多分3日前。
私が使っていた部屋は義妹が使うんだろう。
小窓から身体強化を使い地上に飛び降り、母上の部屋の窓へよじ登り窓の外から母上の家具一式、調度品一式、リネン、カーテン、絨毯、敷物、重要アイテム「月崩落」を収納する。
窓を閉めたままでも目視さえできれば収納できる。
庭に再び飛び降りた私は馬車置き場の敷石をほとんど全て収納し、来たルートをよじ登り屋根裏部屋に戻った。
部屋に戻った私は屋根裏部屋の床に敷石を綺麗に敷き詰め、絨毯とフカフカの敷物を乗せて出入り口を塞ぎ出入り口の敷石の上に本の詰まった母上の本棚を載せた。
これで多分2、3ヶ月は大丈夫のはず。
再度庭に降りて厨房、食料庫の裏に回る。
窓の外から食料庫を空にする。
垂直に登り屋根裏部屋に戻る。
1日目終了。
翌日は母上の服を改造して私にぴったりにする。
元私の部屋には古びて汚れたドレスが数着あるけど合成洗剤のない世界だから痒くなる虫いるだろう。
誕生日プレゼントの宝飾品は多分もうない。
父上が換金したと思う。
生活魔法で部屋を換気して体にクリーンを掛け
「おやすみなさい」
すやぁ。
2日目終了。
☆☆☆
翌朝は午前中に目が覚めた。
床がドスドス振動してる。
癇癪持ちメイド長だろう。
屋根裏部屋への出入り口を下から棒状の何かで殴ってるんだろうな。
50過ぎてもアグレッシブなおばさんだ。
黴パンを運んできたのに塞がっているから癇癪を爆発させたんだろう。
今日の予定は決まっている。
大きな広い敷石を確保するのだ。
我が家の馬車置き場の敷石はちょっと小さい。
前世の側溝の蓋のサイズだ。
敷石が小さいと物防が低い。メイド長の癇癪でズレ始めてる部分がある。
王城前の英雄広場に広くて綺麗な敷石があったのを記憶から引っ張り出す。
大きすぎて部屋に入らないかもしれない。
けど一応見に行こう。
それと教会の裏手に墓石にする前の石材があったけどちょっと罰当たりだからやめておこう。
街壁にいいのがあるかもしれないから今日はそれをメインに見に行こう。
豚家令や父が戻る前に全て済ませよう。
昨日繕った母上の服を着て、地上に飛び降りる。
我が家は街壁に近い東寄りに建っている。
身体強化を掛けて街壁まで走る。
街壁の石材は全部の石材がナイスサイズだった。
草原に過去の魔獣襲撃の際の破損石材が落ちている。
目に見える範囲にあったのを全部収納した。
次は英雄広場の敷石を見に行こう!!
英雄広場の敷石は1枚が我が家の敷地より広かった。
無理。
夕方になってしまったので今日は屋根裏部屋に敷石を敷き直してから明日食料品市場に行こうと思う。
部屋に戻り、馬車置き場の敷石を片づけ街壁の石材を敷いた。
誂えたかのように丁度良かった。
4枚並べると部屋にぴったりはまる。
みちみちのぴったりだ。凄い。
石材にクリーンを掛けてから絨毯を敷きフカフカの敷物を敷いた。
もう一度クリーンを掛けて母上のベッドを設置。
小窓にサイズ調整したカーテンを掛け設置した文机にランタンを置いて
ベッドに寝転がり満足した。
夜寝る時は小窓側に敷石を立て掛け文机で支えてセキリュティ強化をした。
「完璧だな……」
部屋の強化が済んだから明日からは
義母と義妹をお迎えする準備だ。
ちょっとワクワクしてきた。
なんだろうこの謎のトキメキは。
お迎えって何すればいいんだろう。
扇で叩かれたり、バケツの水を掛けられたりとかされるんだよね?
義妹のセリフとか表情を堪能するには、自分を強化せねばなるまい。
強化はレベル上げ一択だろう。
3日目終了。
母上の部屋の壁に掛かっていた重要アイテムの弓を手に取る。
「鑑定」
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銘:月崩落
攻撃力:15500
防御力:230
特性:魔力で矢を生成する。
飛距離を伸ばす溜攻撃がある。
生成された矢には闇属性が宿る。
本体:竜の骨
弦:竜の髭
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私が小説内に書いたから性能は知っている。
亡き母の先祖伝来の宝だそうだ。
王都を襲うスタンピードから王城を守ったのがきっかけで王子の婚約者候補に選定されるという雑なエピソードを補完するアイテム。
縁起悪い。
それでも矢を生成してくれるのはありがたい。
構えて弦を引く。
びくともしない。
堅すぎるよ!!
弦の素材は竜の髭だそうだ。
髭ならもうちょっとサラっとしててもいいと思うんだけど。
身体強化を掛けて再チャレンジ。
弦が微かに振動して楊枝の大きさの矢がふわっと発生した。
80cm飛んで、地面に溶け込むように消えて行った。
儚い。
儚すぎて夢のようだ。
結局1晩中引き続けて、明朝になった頃には割り箸程度の矢が3m飛んだ。
熟練度が上がって嬉しかった。
矢の長さはなかなか進歩しなかったが、飛距離の伸びはよかった。
1週間で50mまで飛んだ。
そろそろ実戦にいけるかもしれない。
夜中に街壁の上から街の外に向かってパスパス射ってみた。
魔力視を持っているので、草むらの中の小型魔獣が赤外線サーモグラフィー的な見え方をする。
一晩中パスパス射っていたら、明け方には当たるようになってきた。
8匹射ってレベルアップした。
嬉しくて、3週間ぶっ続けで射った。
レベルが13になった。
レベル10を越えたころから身体強化を使わなくても弦が引けるようになった。
矢もそれっぽい長さになってきた。
闇属性の矢はシャドウハンドに変化して、小型魔獣が落とした魔石を回収出来る。
便利過ぎである。
集めた魔石は全部売却して食料を買い込んだ。
時々贅沢して屋台の謎串肉とか買う。
ギルドの階級が木級から青銅級まで昇級した。
もう自信を持って自活出来ているといえよう。
ずいぶん長いあいだ、メイド長や家令と会ってない。
それより早く義妹のクレクレを体験してみたい。
義妹たちが我が家に来るのは2ヶ月後だ。
どんな顔して「欲しい欲しい」って言うんだろうか。
他人にモノを強請るのって物乞いみたいで恥ずかしくないんだろうか?
でも……だ。
現状の私は義妹に欲しがられるようなモノをなにひとつ持ってない。
元の私の部屋のドレスは着ると多分痒くなる。
クリーン掛けておいた方がいいかな?
いやいや、普通に考えていらないでしょ?あんな古着。
何年も吊しっぱなしのカーテン生地を想像してみてほしい。
ほぼあのような感じだ。
欲しがられて困るのは「月崩落」だけ。
万が一「月崩落」を見られたら瞬時にインベントリに収納すればいい。
妹に強請られる何かを用意しなければ!
欲しがられるといえばやっぱアクセサリーだよね?
指輪はダンジョンの下層に行くと手に入る。
ダンジョンの地下20階以降の宝箱は高い確率で指輪が出る。
……ダンジョン……ああそうだ……弓はダンジョンとの相性が圧倒的に悪い。
武器を変更しなくては。
指輪じゃらじゃらつけて義妹に「欲しい欲しい」言われたいのだ。
ダンジョン頑張る。
まず武器だ。
盗賊の女の子が登場する章がある。
唐突過ぎないか?
書いたのは私だが。
街外れの武器屋でクリティカル確率が90%越えの小剣を手に入れるエピソードがある。
キーアイテムを集めイベントを発生させて購入しようと思う。
1パン屋で出来立てのベーコンエピを買う。
2チーズ屋で一番堅いヤギチーズを買う。
3西区の酒屋のワインを樽で買う。
これを持って行くと特売の剣の中に混ざっているクリティカル剣を選ばせてもらえる。
目的のクリティカル剣「血茨」を購入してホクホクとした気持ちで屋根裏に戻る。
樽ワインだけで特売剣を選ばせてもらえた。
エピもチーズもダンジョンへ持ち込む食料に追加した。
剣スキルを上げてからダンジョンに潜る。
地下20階より深い階層に潜るので準備をしっかり整える。
食料、砥石、服、回復薬は自作。
インベントリ内で薬草と水を合成させて作る。
なんて安直な設定……。
冒険者ギルドの地下訓練場で剣を振り回す事3日。
熟練度が5まで上がった。
普通の成人男性の冒険者は平均して剣スキル0〜2だ。
5あれば十分だろう。
私は意気揚々とダンジョンに潜った。
目標は指輪10個。
全指に填めていればさすがに義妹に気付いてもらえるだろう。
ワクワク!
私のインベントリはインベントリ内売却機能がある。
収納が満杯だから帰還という事にはならない。
気兼ねなく潜っていられるのだ。
ステータスウィンドにはカレンダー表示まである。
義妹が来るまでには帰ろうと思う。
☆☆☆
ダンジョンから帰還して1ヶ月。
義母が時々屋敷に来る。
義母は荷物の配達の受け取りしたり壁紙の指示をしたりしている。
亡き母の部屋が空っぽな事に疑問を抱いていない。
だが、義妹が来ない。
大事な事だから2度言う。
義妹が来ない。
何で?
ねぇ何で?
この世界に義妹が存在してないという事はない。
父の後を付けたら、義妹が平民街の診療所に入院している事がわかった。
義妹は死んじゃうのかと心配したが事情が違った。
どうやら貴族街へ移り住むのには厳重な検疫?があり
義妹はトコジラミ、ノミ、アタマジラミ、蟯虫やらなんやら色々いたらしい。
入院して全部殺虫しても、その身体で遊び相手のところに泊まりに行ってしまうらしい。
そうすると元の木阿弥。
再び殺虫期間に入るらしい。
義母がいまだ屋敷に越して来ないのは義妹にトコジラミ、アタマジラミを移されているかららしい。
私は頭を抱えた。
義妹に奪われてもいい指輪は20個集めた。
自分用の良い効果のついた指輪は10個集めた。
ダンジョンの深い階層に潜り、良い効果の指輪を見つけると自分用の指輪を更新するわけだが、効果がイマイチでも見栄えの良いものは義妹用になるわけだ。
義妹用の指輪の見栄えのする物で1軍を作り、地味な指輪は義妹用2軍に落とす。
さすがに3軍は売却だ。
そんなこんなで、義妹用1軍の指輪を全指に填めると成金趣味で楽しい。
これなら目立つから「欲しい欲しい」言ってもらえると思う。
早く義妹に会いたい。
成金趣味の指輪を欲しがられたい。
早く会いたい。
虫除け効果がついた指輪はこの世界に存在するんだけどソレが出るのは王都から少し遠いダンジョンだ。
虫除け指輪は購入もできるが、需要が多くて常に品薄だ。
多分父はソレを購入待ちだろうけど品薄だからなぁ。
結局、私は少し遠いダンジョンに遠征して虫除け指輪を50個入手してギルドに売り払った。
そしたらまもなく義母と義妹が平民街の診療所を退院した。
早めに気付いてよかった。
私が虫除け指輪を入手しなければ永遠に義妹はこの屋敷に来れなかっただろう。
危ない。
危ない。
そうこうしてるうちに私は青銅級から金級に昇級していた。
レベルも635だ。
虫除け指輪は少し遠いダンジョンの最下層のボスが確定で落とす。
私はそこのボスを周回した。
道中の魔物1匹でレベルが1上がり
ダンジョンボスを倒すとレベルが10上がった。
転生者特典系のスキル「必要経験値減少」がぶっこわれのせいだ。
我が父が確実に購入できるよう余裕を持たせて50個確保した。
おかげでレベルが620上がった。
やらかしたなーとは思った。
この世界の一般人は普通はレベル0〜1だ。
冒険者でさえもレベル4〜15。
私の635がどれだけ異常かというと
歴代最強の現騎士団長はレベル34だそうだ。
これじゃギロチンに掛けられてもダメージが入らない。
どうしよう…………
ドアマットになりそこねた。
☆☆☆
秋晴れの心地よい天気。
朝から私は心が沸き立つ気分に包まれていた。
こいういう晴れの続く良い天気の日は、引っ越し日和なのだ。
もしかして今日こそ義妹が越してくるかもしれない。
私はわくわくして義妹用の指輪を10個文机に並べた。
どれも成金っぽさを醸しつつ、義妹の淡い髪色に似合う色合いを厳選してある。
しかし、しかしだ。
義母しか来なかったら。
義妹用に厳選した指輪を義母に欲しがられたら。
私は義母に用意してなかった事が申し訳なくて深く後悔してしまうだろう。
今日は義母に渡してもいい指輪をつけて義母の前に現れようと思う。
私は売却用に溜め込んだ指輪を並べた。
義母の髪色を思い出す。
メタリックな金髪だ。
ちょっとパサついてるからヘアーオイルを使えばいいのにと思う。
瞳は何色だったかな?
淡い茶色?クリーム?
アイボリー?じゃないベージュだ。
眉毛もぼけた色合いなので目の印象が薄い。
いつも明るい紫のドレスを着ていて反射で瞳に紫味が掛かりおしゃれにしている。
ならば。
義母に似合う指輪は紫一択だ。
昨日の分の指輪の中にアメジスト?らしき濃い目の石の大きい指輪が丁度ある。私はソレを指に填めて義母待ち待機だ。
今日はダンジョンに潜らない。
習慣化したダンジョン潜りを1日でも休むと落ち着かないけど。
義妹も来るといいなぁとため息を吐く。
でも予感が囁いている。
「今日は義妹は来ない。義母だけ来る」と。
屋敷の前の通りを馬車が通過する。
そのたび小窓から外を覗く私。
屋敷の前に幌馬車が3台停まった。
人夫が数人馬車から降りてきて荷物を運び出した。
馬車から義母が降りてきた。
義妹は?ねぇ義妹は?
わくわくし過ぎた私は小窓から飛び降りていた。
着地と同時に義母と目が合った。
私は嬉しすぎて満面の笑みを浮かべた。
義母が一歩後ずさった。
私は挨拶しようと2歩前進した。
義母が5歩後ずさった。
義母が後ずさりすぎて馬車に背中が当たった。
繋がれていた馬が脅えて足踏みをした。
私はきちんとしたカーテシーをするべく
想像の中の「貴族の笑み」を浮かべた。
義母は「ひぃ……ひっ…ひぃいぃぃぃぃ……」という馬みたいな悲鳴を上げ卒倒した。
屋敷から父が飛び出してきた。
後ろから近づいてきた父は私の肩をつかみ振り返らせようとした。
が父は一人で転んだ。
すかさず立ち上がった父は私の頬を張り倒そうとしたっぽいが、手のひらを抱えてうずくまった。
私は鈍感系主人公ではないのでこの状況は理解できる。
レベル差がありすぎて、ダメージが通らないのだ。
義母の反応も認めたくはないが一応わかる。
レベル差がありすぎて本能的に怖いのだ。
状況を立て直すため私は丁寧に名乗った。
「私はスプリングリバー家が長子。レイチェル・スプリングリバーと申します。お近づきのしるしにコレを。御義母様のためにダンジョンより採ってまいりました」
私は最上級の笑顔で自分の指から指輪を抜き義母にアメジストの指輪を差し出した。
義母は「クレクレさん」じゃなさそうなので私から渡さないと受け取ってもらえないと思った。
義母は倒れたまま後ずさった。
私はこのままではいけないと思い笑顔を深めた。
嫌われないよう細心の注意を込めて。
「この色は御義母様の髪色に合うよう私の方で厳選させて頂きました」
義母はとうとう転がるように走り去ってしまった。
アメジストの指輪を受け取ってもらえなかった。
私はその場に立ち尽くしたままホロリと涙をこぼした。
義母には「厳選した」と言ったけど、実際は厳選してない。
それでも受け取ってもらえないのがこんなに悲しいとは知らなかった。
義母に似合うと思ったのに…………。
私は義母に渡す予定だったアメジストの指輪をインベントリにしまった。
そして義妹に渡す予定の指輪をインベントリから取り出し手のひらに乗せ眺めた。
ピンクスピネル色の大きな石が金のリングにぐるっと一周はまっておりガーネットらしき血液色の小粒の石が合間に添えられている。
メチャメチャ派手だが、義妹の淡い色の髪に映える色だと思う。
これだけは絶対受け取って欲しい。
「クレクレ」言う人なら大丈夫だと思うんだけど、もしも万が一受け取ってもらえなかったら。
確実に絶望する。
☆☆☆
翌朝、馬車が屋敷の前に停まる音がしたので私は期待に胸一杯で飛び起きた。
慌てて小窓から顔を出したら豚家令だった。
豚家令もこちらを憎々しげに見上げた。
あまりにもがっかりしすぎて、私は二度寝をした。
悲しみに微睡んでいたら床から耳障りな大きな音がして目が覚めた。
豚家令が屋根裏の入り口の石材をハンマーで叩いているようだ。
だがハンマーごときで壊れる石床ではない!
耳鳴りがする程ウルサいので私は舌打ちをし外出着に着替え、母上のベッドと寝具をインベントリに収納して冒険者ギルドの宿に向かった。
宿で2度寝しようと思う。
今日は濃灰色の厚い雲が垂れ込めた不吉な曇天だ。
2度寝にちょうどいい天気と気温だ。
宿の受付は冒険者ギルドの受付と一緒だ。
適当な列に並んでいたら後ろから肩を叩かれた。
振り返ると顔見知りの冒険者パーティーだった。
5人は私を囲むと
「今あたしたちが受けている依頼にレイチェルも参加して欲しい」
「何で?私必要?それ普通の護衛依頼でしょ?」
「地方に魔獣が増えていて安全な王都付近に盗賊が移動してきたらしい。あたしたちは盗賊の殲滅も狙ってる。レイチェルは商人さんを守りながら遠くから弓で攻撃してくれればいいから安全でしょ?」
レイチェルこと春川玲香は断れない性格を前世からひきずっている。
この日参加してしまった事を後々まで後悔する事になる。
☆☆☆
1週間後。
もの凄く簡単に依頼をこなした私たちは王都ギルドに戻ってきた。
生け捕りにした盗賊を連れていたので3日で終わるはずが7日もかかってしまった。
生け捕りの方が報奨金が多いらしい。
私は報奨金よりも早く帰るのを優先したかった。
金に困ってないし。
義妹が越してきてたらお出迎えしたかったし。
不機嫌な顔で突っ立っていたらギルド長に呼ばれた。
ギルド長は難しい顔で
「いくつか告げたい事柄があるんだが。小さい事柄から告げる」
「はい」
「まず君は金級から魔銀級に上がった。今回護衛依頼を完了したからね」
「それ小さい事柄ですか?」
「次にスプリングリバー家の屋敷が崩壊した」
「はぁああああぁぁあ?」
「死人が1人怪我人が3人出ている。王都警備隊から死体の身元確認をしてほしいと依頼があった」
「は、はい。どこに行けば……」
「屋敷でいいんじゃないかな?」
私は急いで屋敷に向かった。
屋敷はぺちゃんこだった。
私の石床が4枚、ガレキの中心に存在感たっぷりに鎮座していた。
屋敷の壁に使われていたレンガが周囲に散乱している。
屋敷の敷地に簡易テントが張ってあった。
テントには王都警備隊の紋章が描かれている。
テントの横に防水布を掛けられた死体がある。
布から覗く足や靴で誰か大体察せられた。
小声で「鑑定」を発動させた。
ーーーーーーーーーーー
品名:コルテスの死体
ーーーーーーーーーーー
コルテスって家令で合ってる?
死ぬと品名になる事に心が冷えた。
天井ゴンゴンしたのは家令だけど、殺したのは100%私。
ちょっと想像すればわかる事だった。
魔物から街を守るための街壁に使うような石材を天井裏に敷き詰めればそりゃ屋敷は崩壊するでしょ?
私は警備兵に
「コルテスさんです」
と伝えた。
怪我人3人のいる貴族街の診療所に向かった。
病室に入ると父がベッドに寝ていた。
私の顔を見ると上半身を起こした。
顔が青白い。
父が口を開いた。
「コルテスが死んじゃったから爵位返上しようと思う」
私は
「賛成です」と簡潔に答えた。
向かいのベッドから「ヒッ」という声が聞こえる。
慌てて布団に隠れていたのは義母だった。
残りの1人はメイド長だ。
父は足首を骨折。
義母は腰に打ち身。
メイド長は足の小指を骨折。
父は領政を家令に丸投げしていたが、実は父は全く領政が出来なかったらしい。
家令が死んじゃって父のダメージは私の想像の遙か上なのだ。
☆☆☆
後日。
父は王都の借家住まいになった。
酒場で働いている義母に頼って暮らしているらしい。
義母は割と親切な人間だったっぽい。
義妹はパン屋の息子と結婚して仲良く幸せに暮らしている。
アタマジラミやらトコジラミやらをなかなか治さなかったのはもしかしたら故意で、パン屋の息子が好きだから貴族になりたくなかったんじゃなかろうか?
結局ピンクスピネルの指輪は渡せなかった。
私は護衛依頼に一緒に行った女子だけのパーティーに正式に加入した。
家令の月命日に毎月墓参りしてるからパーティーメンバーには
「レイチェルには忘れられない死んだ恋人がいる」と思われている。
自分が殺した人とは言えなくて恋人説を否定出来ないでいる。
ドアマットになれなかったし、義妹と姉妹になれなかった。
けど義妹のパン屋にはマメに通っている。
話しかけるきっかけはつかめないままだ。
義妹さん、脅える顔はやめてもらっていいですかね?




