舞踏会で婚約破棄?僕はそんなことしませんよ
僕の名前はアダルバート・ジェリン・クラハイトム。
金茶の髪に同系色の瞳、そこそこ整った顔立ちをしているが、美形ぞろいの王家の中ではまったく目立たない。勉学や武芸に秀でているわけでもない。平々凡々の第六王子だ。
僕は平和が好きだ。
人の諍いはなぜこうも醜いのか。心ない言葉は刃物となって、誰かを傷つける。
僕は悪意ある噂や人を貶めるような真似は許容できない。しかし、王族たるもの噂をコントールする術を身につけるべき、人の心を掌握してこそ王の器なのだ、と兄や姉たちは口を揃えて言う。
派閥で集まり悪口を言うよりも、いいところを探して褒めることから始めるべきだと思う。美辞麗句を並べながら相手をこき下ろすのではなく、心から微笑み合える関係を模索するべきだ。
……だというのに、またか。
「ブリジット・シャルイノ! 君の愛想のなさには心底呆れた。到底、俺にはふさわしくない。よって今夜限りで婚約を破棄させてもらう!」
「そんな……。この婚約は政略的なものです。父の了承は取ったのですか?」
「ええい、毎回細かいことをグチグチと! 俺はカーラを妻にする。美しく気立てのよい彼女がいれば、我が伯爵家は安泰だ。君はもう用済みだ。わかったら早く俺の前から消えろ」
ブリジット嬢は堪えきれない涙を隠すように広げた扇で顔を覆いながら、大理石の大ホールを走り去っていった。ヒールの音が消え、場が一気に騒然となる。
そこで、隣にいた婚約者の様子がおかしいことに気づく。
「オーレリア? どうしました、顔色がよくありません」
「……いえ、なんでもありません」
「そんなわけないでしょう。今にも泣きそうな顔ではありませんか。僕はあなたの婚約者です。強がらなくてもいいのですよ」
労るように声をかけると、オーレリアは唇を噛んだ。
「もう優しくしないでください。わたくしはあなたに捨てられるのが怖いのです」
「捨てる? 何の話ですか?」
「……だって。男の方は皆、真実の愛を求めて婚約破棄を……」
「僕はそんなことしませんよ。婚約者を大事にせず、ただ刺激を求め、夢見がちな思考で他の女性になびく行為は最低です。真実の愛とは探すものではなく、育てるものだと思います。僕はオーレリアと一生を添い遂げる覚悟があります。あなたは違うのですか?」
「……違いません」
「どうか信じて。僕は、あなたを不安にさせるようなことはしないと誓います」
僕が断言すると、藍色の瞳から安堵の涙がこぼれ落ちた。
アダルバートからは泣いているように見えただけで、浮気を繰り返す婚約者に嫌気が差していたブリジットは現実的な令嬢です。
一方的な婚約破棄の言質を取り、やっと得た自由で口元がゆるむのを隠すために、とっさに扇で顔を隠しました。近い未来、いい縁談が調うことでしょう。




