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第八話 雨上がり

「あの、高瀬先輩」

「あ、うん、月影さん。お疲れ様」

「お疲れ様です。……今日、夜食べに行きませんか」

「……うん、分かった。いいよ。予約しておく」

「……ありがとうございます」


***


【同期は知らない俺の秘密】


***


「次は営業部だね、行こう」

「はい」

二次面接最終日。面接が終わりみんなが原状回復に励んでいるなか、俺と月影さんは一次面接のときと同じように書類とデータの整理を行っていた。今は書類の記入漏れを面接官に記入してもらうために歩き回っているところだ。

「月影さんは元浦さんのをお願い」

「分かりました」

ところで、今日の昼過ぎ、昼食のおにぎりを食べているところに月影さんがやってきた。質問事項の確認かと思いきや、そうではなく、食事のお誘い。まぁ、食事、という名のお悩み相談だ。ということで、俺と月影さんはこのあと食事に行くことが決定している。今回は打ち上げの話は出ていないが、あったとしても月影さんを優先させたほうがいいだろう。ここで打ち上げを優先させて後日月影さんと食事、という形にすると、最悪の場合仕事に支障が出る。

「よし、最後に広報部だ。これで終わりだし、頑張ろう」

「はい」


***


「終わったぁ!」

「あぁ、終わったな、お疲れ」

「よし!飲みに行こう高瀬!」

「残念だが、先約がある。お疲れ」

「はっ?お前高瀬っ……高瀬お前ぇ!!」

就業後、叫ぶ篠原を置いて月影さんと会社を出た。傘を差し、予約していた店に向かう。月影さんは終始下を向いている。気持ちが沈んでいる、だけではないだろう。相当ストレスになっているはずだ。受ける相談の内容など、聞かずとも分かっていた。

「予約していた高瀬です」

「お待ちしておりました!こちらどうぞ〜」

着いた場所はなんの変哲もない飲食店だ。が、ここはまだ俺が新人だった頃、橘さんに連れてきてもらった場所でもある。つまりここは思い出の飲食店なのだ。

「奢るから、好きなもの頼みな」

「あ、いえ。私ちゃんと財布持ってきてます」

「いいよ、奢る。俺もされてきたことだ」

「あ、わ、分かりました……すみません、ありがとうございます」

メニュー表を広げてじっくりと見る月影さん。そんな彼女に、疑問というか、心配な点を思い浮かべた。

「月影さん、誘う相手、俺でよかったの?」

「えっ?」

月影さんは戸惑っているような表情をまっすぐに俺に向けた。だって俺は、篠原のように感情を重視するような人間ではないのだ。

仕事ができればそれでいい。自分の感情にも他人の感情にも鈍く、興味もない。やかましいほど元気が有り余っている篠原とだって、仕事ができなければ一緒にいないだろう。俺は人に慈悲をかけるような人間ではないのだ。正直、相談相手としては間違っている。

「高瀬先輩がいちばん頼りになるというか……迷惑でしたか」

「あぁいや、そういうわけじゃないんだ。決めた?」

「はい」

店員さんを呼んで、注文をする。メニューが回収され、お冷が配られた。

それからしばらく、沈黙が続いた。彼女が自分から相談の口を開くまで、俺はちがうことで彼女の気を紛らわせようと口を開いた。

「入社して一ヶ月が経ったけど、会社は慣れた?」

「あっ、はい、なんとか。高瀬先輩と篠原先輩のおかげです。ありがとうございます」

「そっか、よかった。そういえば、ふたりでこうやって食事に来るのって初めてだよね」

「そうですね、何人かでご飯を食べることがあっても、ふたりでは初めてです。……あの」

一度下を向いた彼女は、手をギュッと結んだあと、こちらを向いて言った。来た。

「相談したいことがあります」


***


「正直に言うと、少しやりづらさを感じているんです」

かなりぶっ込んだ導入だなと思った。俺はなにも言わずにただ静かに頷く。彼女はまた言葉を続けた。

「お気づきだとは思いますが、桜田とのことです。業務中に視線が合わなかったり、会話が最低限になったり。今はまだなんとかなっていますが、このままだと業務に支障が出そうです。その前になんとかしたいと思っていて……でもどうしたらいいのか、解決方法が分からなくて」

珍しいなと、純粋にそう思った。大抵の女性はこういう場合、桜田さんに嫌われているかもしれないのが悩みだと打ち明ける。でも彼女はそうではなく、俺と同じように業務に支障が出そうだからと相談してきた。俺でもこう思うほどだ。そりゃそうか、と月影さんを見た。

「月影さんってさ、桜田さんと長いんだっけ」

「えっ、あ、はい。桜田とは幼馴染です」

「そっか」

幼馴染だから、今までそれで大丈夫だったのだろう。でも今は、それじゃカバーできないほどになっている。

「俺はどちらかというと月影さんと同じように、効率や業務を重視する。でもきっと、桜田さんは俺たちとはちがう。桜田さんは篠原と同じように、感情を重視するような人だと思うんだ」

「効率と、感情……」

「正直言うと俺さ、小さい頃からこういう性格だから、同じように小さい頃から感情重視で生きてきた篠原みたいな人の考え方はよく分からないんだ。だって、いやでも仕事はしないといけないじゃない?そんなものを重視してどうするんだって、入社して篠原と話すたびにそんなことをよく思ってた。でも、俺が思っているよりも篠原はもっと深いところまで考えていたんだ」

「深いところ……ですか?」

月影さんは首を傾げて言った。そんな彼女とは対照的に、俺はその頃を思い出して少し頬が緩む。

「そう。アイツはどうしたら仕事を早く終わらせれるか、よりも、どうしたらみんなが気持ちよく仕事ができるかを考えていた。この前、篠原はよく残業していたって話したよね」

「はい。島さんと初めて会った日に」

「あれ、仕事効率が悪かったってのもあるけど、そういう考えを持っていたからだとも思ってるんだ」

「つまり、人のことを考えるがあまりに作業効率が落ちていた……」

「そう、アイツにとってはそれが最優先事項。ね、理解できないでしょ」

「はい、正直……」

「そういうズレっていうかさ、俺たちには理解できないなにかを、桜田さんは今抱えているんじゃないかな」

「えっ?」

まさかそこで話が戻るとは、というような感じだろうか、月影さんは少し驚いたような顔をした。

「少しさ、話し合いの時間作ってみなよ。怖いなら俺も隣にいる。呼べるなら、今ここに呼んですぐに解決してもいい」

俺は再度、月影さんの目を見た。

「月影さんが本当に仲直りしたいと考えているなら、明日も明後日も休みなんだし、時間はたっぷりだ。なにか行動してみるのも悪くないと思う」


***


「ただいま……」

大学入学から、ももちゃんとふたりで住んでいるマンション。いつも別々で帰ると、先に帰っていたほうが玄関まで出迎えるけど、今日は来ない。昨日も、その前も、その前だって来なかった。玄関先にももちゃんの靴はあった。帰ってきているはずだ。

リビングへの扉を開ける。ソファーにはフェイスパックをしているももちゃんが座っていた。こちらをチラリとも見ようとしない。とりあえず私も彼女と同じようにお風呂に入る。体を洗い流して、頭もスッキリさせる。目を閉じて、高瀬先輩に言われたことを思い出す。

『人の心なんて分からない。不器用な俺なんかは、察してほしいという気にも気付かない。だからこちらから言葉にするんだ。なにかした?なにがいやだった。今、なにを思っている。話せば案外それには気付くし、相手も話してくれる。相手がこぼす何気ない仕草や表情なんかを読み取って、分析する。察するとか気遣うとかって、きっとそうやってできるようになる』

読み取って分析。それなら得意だ。きっとできる。話し合って、ももちゃんとのぎこちない空気を直さなければ。

「ももちゃん」

タオルで軽く髪の毛の水気を切って、部屋着に着替える。髪の毛は乾かさずにももちゃんの前に立った。

「少し話がしたい」

ももちゃんは一度視線を下げる。しばらく沈黙に包まれたあと、静かな音で分かった、と声を出した。


***


視線が合わない。は、最近はよくある。口を開かない。も、よくある。でもそこに、落ち着かない、はなかったはずだ。

目が泳いだり、口元を手で覆ったり、唇を噛んだり、手をギュッと握ったり。まったく動かなくなるような静かな瞬間がない。

緊張している?それとも単にストレスを感じているだけか。なんにせよ、私がなにかを話さなければなにも始まらない。

「……仕事に、支障が出ると思うの」

「……」

「そうなれば高瀬先輩にも迷惑がかかる。そうなったら、私たちだけの問題じゃ」

「ねぇそれ、当てつけなの?」

「……え?」

一瞬で、動きがなくなった。ピンと張り詰めた空気が私を圧倒した。ももちゃんが鋭い視線を私に寄越す。

「ももが高瀬さんのこと好きなの分かってて、それでそういうことしてるの?」

「えっ……?」

どういうこと?ももちゃんは、高瀬先輩のことが好き?

「えっと、それって……」

「詠美ちゃんがももと高瀬さんをくっつけないように必死なの、もも分かってるから!!」

泣きそうな、それを我慢するような、そんな表情をしていた。私とももちゃんは、俗に言う幼馴染だ。彼女のことは手に取るように分かっているつもりだった。

「ももはべつに詠美ちゃんみたいに頭がいいわけじゃないし、だから高瀬さんと一緒にいることも多くないけど!でも!だからといって当てつけみたいに見せびらかすのはちがうじゃん!詠美ちゃんも高瀬さんのことが好きなのかもしれないけど、そうなら正々堂々真っ向勝負して、どっちが高瀬さんと付き合えるか」

「ももちゃん」

ヒートアップしていた彼女の名前を呼ぶ。興奮して涙がボロボロと流れ落ちていた彼女の頬をティッシュで優しく拭った。ももちゃんは丸い目をさらに丸くして、え?と声を出した。

「私、高瀬先輩のこと好きじゃないよ。人として尊敬してるけど、恋愛対象としては見てない。それに、ももちゃんが高瀬先輩のことを好きって、知らなかった」

「え……?」

「ごめんね。だから今、すごくビックリしてる。ももちゃんが高瀬先輩のことを好きだったことにも、私がそれに気付かなかったことにも」

「それじゃあ……今まであたしが詠美ちゃんにしてきたこと……」

そこまで言うと彼女はその大きな目から大粒の涙を流した。子どものように声をあげて泣き、私に抱きつくとごめんごめんと何度も謝る。私は彼女の頭を撫でながら大丈夫、私こそごめんね、と声をかけた。

人を知ることは案外簡単だった。回りくどく気を遣うより、腹を割って話せばいい。そうして話すことで、前よりもっと、お互いを思いやることだってできるようになる。


***


第八話【 雨上がり 】


***


【おはようございます。先日はありがとうございました。おかげで仲直りができました】

月影さんとの食事から一夜が明け、早朝にそんな連絡が入った。早かったな、とつい言葉が漏れる。硬直した体を伸ばし、カーテンを開ける。日の光が部屋の中に入ってきた。

「晴れたな……」

空には、雲ひとつない快晴が広がっていた。

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