表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第四話 反省会の夜に

「一次面接お疲れ様でした。では使用した部屋の原状回復、備品の返却などを行ってください。基本は篠原に任せますのでよろしくお願いします」


***


【同期は知らない俺の秘密】


***


一次面接最終日。予備日に設定していた今日は、特に問題なく終了した。使用していた待機会場や面接会場をもとの状態に戻し、借りていた備品は返却する。書類もまとめてのちのち整理しやすいようにして、早いうちに評価シートの確認、結果の入力などを始めた。

「高瀬ー、原状回復終了ー」

「んー。備品は?」

「数確認してから返しに行くー。返したらまた来るわー」

「おー」

五日目ともなると、動いていた社員全員が疲れているのを感じる。かくいう俺も、それなりに疲労を感じていた。

「先輩、データの打ち込み、私がしましょうか」

「あぁ、月影さん。いや、いいよ。月影さん、五日間動き回ってて大変だったでしょ。評価シートの変更と確認も多かったし、回収した評価シートもすごく見やすいように整理されているし。特にここ数日は昼休みも削ってもらってたから少し休みな」

「え、いや、でも……」

「あー、じゃあ俺が打ち込むからさ、打ち込んだ評価シートと履歴書を重ねて日付別、会場別に分けておいてくれるかな」

「それでいいなら……」

「うん、じゃあお願いね」

と、いうことで。俺は評価シートに書かれたデータをパソコンに打ち込み、月影さんにはそれを整理してもらうことにした。ついでに記入漏れがないかを確認して、あった場合は念のため本人に記入してもらわなければ。

「日にち記入漏れ……が、梅田さん。担当者記入漏れ……これは木暮さんだな。これも担当者の記入漏れ……」

日数を重ねるに連れ、記入漏れが多くなっている。やはり面接官の疲れは比ではないのを感じる。

「これは大変だな……」

「私、記入お願いしてきます」

「あぁ、三日目でこれだけ多いとまだありそうだし、全部終わってからふたりで分担して行こう」

「あ、分かりました」

「随時お願いしたほうが資料が早くまとめられて楽なんだけど、何度も来られると面接官のほうも大変だしさ。ごめんね、あとで大変になる」

「いえ、私は大丈夫です」

まとめるにもまとめられない資料。俺が早く打ち込みを終わらせなければなにもできない。

「高瀬さぁん、備品で借りていたペンが一本足りてないんですけど、使ってたのって面接官の人たちですか〜?」

入り口からぴょこっと顔だけを出してそう話しかけてきたのは桜田さんだ。俺は左上に視線を上げて思い出す。

「あ、桜田さん。うん、面接官と、受付にもふたつ。あと俺も使ってたけど俺は返したよ。月影さんも使ってた?」

「あ、はい。私も返しました。桜田に返したよね?」

月影さんが桜田さんにそう問うと、今まで顔だけを出していた桜田さんは小動物のようにぴょこっと跳んで小さな体を入り口に現した。

「うんっ、詠美ちゃんからはもらった〜。……あ!」

もう一度探しに行こうと振り返った桜田さんは、ポケットに突っ込んだ手を高く上に掲げて声を上げた。その手にはボールペンがある。

「それだぁ!詠美ちゃんから預かったまま返すの忘れてたぁ!すみません!忘れてください〜!」

大きな声でそう言った桜田さんは、その言葉を残して走り去っていった。

月影さんから預かったペンをポケットに入れて、そのまま忘れていたのだろう。

「あはっ、なんだか桜田さん見てると、元気出てくるな」

つい、そう笑ってしまった。そんな僕を見てか、月影さんは少し驚いたような顔をした。でもすぐに穏やかな表情になる。

「私も、いつも彼女に元気をもらってます。たまに元気、吸い取られちゃいますけど」

ふふ、と小さな声を出した月影さん。彼女がこうやって笑うのを初めて見た。俺は気合いを入れ直そうとそれを口に出した。

「よし。残り、さっさと終わらせちゃおうか」

「はい、頑張りましょう」

キーボードを打つ音だけが、静かな部屋に響いていた。長かった五日間も、もうすぐ終わる。


***


「終わったぁ……っ!」

「ん、終わったな、お疲れ」

やっと終わった。俺は篠原と雑談をしながら退勤の準備を始める。時間はすでに二十時前。今日も今日とて残業だ。

「お疲れ〜、まだ一次だけどとりあえず一段落したな」

「あぁ、助かったよ」

「で?お前打ち上げ来るの?」

「行くよ、秋庭さんに来いって言われてる」

「だから!秋庭さんには俺が言っておくから休めよ!」

「明日と明後日休む」

「ったく……」

そんなとき、うしろから秋庭さんが並ぶ俺たちに勢いよく腕を回した。もはや体当たりだ。

「久しぶりにみんなで華金だし今日はいっぱい飲むぞー!」

あぁそうだった。秋庭さんはお酒が大好きなんだった。

そう大きな声を出した秋庭さんに目を向ける。と、どこかに目を向けて気持ち悪い顔でニヤニヤしている篠原がいた。その視線を追うとそこには篠原の背中に当たる秋庭さんの胸とチラリと見える谷間。この変態め。

俺は静かに深呼吸をしてふたりに言った。

「お願いだから店側に迷惑はかけないでくださいね」

「ったく高瀬は真面目だなぁ、テメェの人生は仕事かよ〜」

さっきまでニヤケ面をかましていた篠原はケロッとした顔でそう言った。俺はしっかり見たからな。

「どっかで聞いた文句だな」

たしか昼休みに俺の隣でイヤホンもせずに音をダダ漏れにして楽しんでいる……。

「アニメで言ってた」

あぁ、そうだった。コイツアニメオタクだった。

「このアニメオタクめ……」

「あっ、今全国のアニメオタク敵に回した〜」

「はいはい悪かったって」

「もっと真摯に!」

「うるさいな、べつに世のオタクに言ったんじゃねぇよお前に言ったんだ」

「うわ、全俺が傷ついた」

「全俺ってなんだよ……またあれか、ネットのやつか」

篠原はよく、ネットで流行っている言葉を使うことがある。あれらしい、ネットミーム、とかいうやつらしい。

「お前……少しは年齢に抗おうという努力はしろよな、俺のように」

「お前は若作りしすぎなんだよ、見てるこっちがしんどい」

「え?なにお前、すごい傷付けにくるじゃん。どストレート高瀬、右アッパー的な?」

意味が分からない。

「ほらー、そこのバカップルふたり行くよ〜」

俺たちがそんな会話をしながら準備をしていると、入り口付近から秋庭さんのそんな声が聞こえた。ほかの人はもう準備ができたらしい。俺たちも荷物を持ったらその中に向かった。

「やだなぁ秋庭さん。俺たちまだ付き合ってませんよ〜」

「まだ、じゃない。付き合ってないし付き合わない」

「またまたぁそんなこと言って」

「アンタたちねぇ……」

「あ、これヤバい。コイツマジで怒ってますよ秋庭さん」

「あらやだ、さすが旦那。やっぱり旦那は分かるのね」

「そりゃそうですよ、旦那ですもん」

わざとらしく手を口元に寄越しコソコソと話しているようなそぶりを見せつつ普通の音量で話すふたり。そんなふたりは置いておいて俺は今日飲む予定の飲み屋の心配をした。

「はぁ……。で、今日はどこで飲むんですか?いつもは俺が決めてますけど今回はなにもしてませんよ」

「大丈夫!今回はツキちゃんに決めてもらったから!」

「つきちゃん……って、まさか月影さん?」

「そうそう!よく分かったわね!」

元気よく答えた秋庭さんとは対照的に、俺は彼女への申し訳なさでいっぱいになった。桜田さんと話をしている月影さんのところに行き、手を合わせて謝る。

「ごめん月影さん、面接の準備もやってもらってたのに打ち上げの幹事まで……」

「いえ、こういうのは一年目の役割なので大丈夫です」

今まで気付かなかったが、彼女の目の下にはうっすらクマができている。俺も彼女に相当いろいろなことを頼んでいた自覚があるから尚のこと申し訳ない。もう一度彼女に謝った。

「本当にごめん。次が一段落したらなにか奢らせてよ、俺もたくさん助かってるし」

俺のその言葉に彼女は少し眉を下げた。それに少しの笑みを乗せて口を開く。

「いえ、私も高瀬先輩にいろいろ教えてもらっているのでおあいこさまです。本当に気にしないでください」

申し訳なさがありながらも、これ以上食い下がるのは迷惑だろうと思い、再度頭を下げて張り切って先頭を歩き出した秋庭さんと篠原のところに戻った。


***


第四話【 反省会の夜に 】


***


居酒屋の暖簾をくぐると、ふわりと香る油と炭の匂いが鼻をくすぐった。

「いらっしゃい!」

「二十一時に予約しました月影です」

金曜の夜ということもあって店内はどこも満席。面接時とは対照的なざわめきが鼓膜を刺激する。店員さんに案内され、俺たちは奥まった座敷に腰を下ろした。

「はいはーい!まずは生ビールね!」

注文を聞かれるより早く秋庭さんが声を上げる。

「秋庭さん、飲む前から酔ってません?」

「なによー!打ち上げなんだから明るくいきましょ!」

「そうそう、華金だしな」

ノリノリな秋庭さんと同じように笑顔満開な篠原。アイツもビールを頼んでいた。

俺はというと、秋庭さんの脱いだジャケットをハンガーにかけながら深く息を吐いた。

───終わった。

その実感が、ようやく胸の奥に落ちた気がした。緊張でいっぱいな面接者の顔、疲れた表情を滲ませながらも忙しなく動く社員、書き込まれた評価シート。ここにはもう、それらはない。

とりあえず一段落ついた。朝よりも目の奥がじんわり熱く、視界が少し霞んで見えた。

そう感慨深く思っていたのは、どのくらい前の話だろうか。

「高瀬はよくやってるよ……ほらほら、はい、乾杯っ、……ッカァァ!」

もう何杯目の生ビールだ。俺の右隣で盛大に酔っ払う秋庭さんに水を勧める。もちろん断られるが、これ以上は本当……勘弁してほしい。

「だから言ってぅじゃぁいえすか!コイツはあんらってるんえふ!!」

その右隣でこれまた盛大に酔っ払っている篠原はすでに呂律が回っていない。コイツ今日帰れるのかな。

「高瀬!今日は私の奢りよ、飲め飲め!日頃溜まったストレスをここで吐き出すんだぁ!!」

「そうらぁ!はきらせぇ!」

今この状況がストレスだ……。


***


「どうもありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。お気をつけて」

「じゃあ高瀬さんお疲れ様です!」

「お疲れ様です。篠原さん、お任せして大丈夫ですか」

「あぁ、ふたりとも。うん、お疲れ様。コイツは大丈夫だよ、ありがとう。暗いから気を付けて」

「はぁい!」

「じゃあ、お疲れ様です」

酔っ払いふたりに圧倒されてまったくと言っていいほど酔えなかった打ち上げ。あのあと、秋庭さんは六年前結婚した旦那さんに迎えに来てもらった。ほろ酔いの様子の月影さんと桜田さんとも別れる。篠原に関しては、酒に潰れて寝るし家を知らないしで結局俺の家に連れて帰ることになった。コイツは明日きっと二日酔いだ。せっかくの休日なのにコイツの看病をしないといけない気がしてならない。まったく、休めと言うわりに休ませてくれないのはだれだ。

俺とほぼ変わらない体重の篠原をおぶりながら帰っていると、背中で篠原がモゾモゾと動き出した。

「ん……ぐッ……」

「は?うわっ……はぁ?!」

さいッあくだ……背中にゲロが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ