第三話 一日目
「高瀬おはよ〜」
「はよ」
「今日から面接だな〜頑張ろうな」
「ん、五日間よろしくな」
「んははっ、任せろ、今にも倒れそうな高瀬よ」
「余計なお世話だ」
***
【同期は知らない俺の秘密】
***
「おはようございます。本日から始まる一次面接の現場統括を務めさせていただきます、高瀬です。事前説明会でも話がありました通り、本日は各部屋十名ずつ、計二十名の面接を予定しています。面接の際は、くれぐれも圧迫的なご対応や不適切と受け取られるような発言のないようにお願いいたします。面接時間はひとり二十分を予定しています。お声がけはいたしますが、超過いたしますと次の面接者にも影響が生じますのでぜひご協力をお願いします。では、本日から五日間、よろしくお願いいたします」
一次面接初日。俺の前に立つ四名の面接官に少しの緊張を覚えながらそう伝える。先ほど、すでにスタッフへの朝礼は済ませた。俺はこれから全体を見ながら動かないといけない。面接官を面接室へ案内し、トランシーバーを耳に装着した。
「篠原、取れるか」
押して喋るボタン、PTTボタンを押しながら篠原にそう声をかける。
『んー、取れるよー』
耳元のイヤホンから篠原の声でそう聞こえた。俺は再びボタンを押しながら篠原に言う。
「今どこにいる」
『今待機会場。用があるなら俺がそっち行こうか』
「いや、いい。俺が行く」
『りょーかいっ』
篠原との連絡を終わらせて待機会場へ急ぐ。その間にもシーバーからは多くの連絡事項が飛び交った。
『高瀬さん、受付に置く面接者の名簿の用紙ってどこにありますか』
「あぁごめん、月影さんの机の上にあるよ。月影さん取れる?」
『はい、すぐに持って行きます』
「ありがとう。評価シートも準備してあるかな」
『はい。用意できてます』
「了解、ありがとう」
待機会場に到着した。そこでは篠原ともうひとりの女性社員が椅子などを運んで準備していた。
「おー高瀬、面接官への朝礼は終わったのな」
「あぁ。準備はどうだ、うまくいってるか」
「ん、この椅子準備したらあとはマネジから水とかアメとか持ってくるだけ」
「了解。サインは」
「ももちゃんがやってくれてるよ。とりあえず俺は、椅子並べ終わったらももちゃんの様子見に行こうと思ってる」
「分かった。なにかあったら連絡くれ」
「ほいほーい」
俺は待機会場をあとにし、次は受付に移動した。
***
第三話【 一日目 】
***
「おはようございます。お名前をどうぞ」
「おはようございます。西岡潤です。本日はよろしくお願いします」
九時十五分、受付が始まった。時間になると早速ひとり、ふたりとリクルートスーツに身を包む学生がやってくる。この光景をこちら側から見ることにはもう慣れてきた。きっと彼らは、緊張と不安で頭がいっぱいいっぱいのはずだ。
受付担当の社員が受付を済ませた学生を待機会場へ案内する。手元のリストに目を落としながら名前と到着時間を確認する。よし、今のところ順調だ。
『高瀬、面接官の準備は完了。いつでもいいよ』
イヤホンから篠原の声が聞こえる。俺はボタンを押し、話し始めた。
「じゃあオンタイムで。桜田さん、案内お願いね」
『分かりましたぁ!』
桜田さんの控えめで元気な返答に、一気に動き出したような感じがした。
何度経験しても、この瞬間には少しだけ胸の奥が熱くなる。これから数十分の面接が彼らの未来を左右する。それを思うと、こちらも身が引き締まった。
***
「ありがとうございました」
面接会場を出る学生。記入時間を経てその学生の評価シートを月影さんが回収、次の学生の評価シートを配布する。
『次、いいよ。鳴沢大学、十和さん』
「鳴沢大学の十和さん」
「はいっ」
シーバーから情報を受け取り、次の大学の学生の名前を呼ぶ桜田さん。彼女から呼ばれた学生は緊張した面持ちで立ち上がる。
「十和さんですね、ご案内します」
篠原が桜田さんから学生と学生情報を受け取り、面接会場まで案内する。
「失礼します」
ドアを開けて学生が面接会場に入る。
よし、みんな動けている。問題はない。そんなとき、シーバーからある連絡が入った。
『人事事務からです。本日十三時半より面接予定だった与塚大学の平本さん、体調不良で欠席とのことです』
本日初の欠席者。大丈夫、これも想定済みだ。
「了解、ありがとう。じゃあ予備日に回しておいて」
『はい』
欠席者の面接日程変更とその連絡は忘れないうちに済ませておきたい。
「月影さん、予備日の日程調整して欲しい。調整終わったら該当者に連絡と、あとで俺にも連絡ちょうだい」
ボタンを押して月影さんにそう話した。
『はい、分かりました』
***
個人面談室。そこは今回、一次面接の面接会場として借りている部屋だ。約二十分おきに、学生が出入りを繰り返している。もちろんその度に、面接評価シートと、その結果も出入りする。この景色は何度も見たが、初めて現場統括を任された俺には、トラブルはつきものだ。
「新都情報大学の浜田さん」
「は、はいッ……」
それは、一日目も終盤。第一個人面談室での面接があった浜田さんの出来事だ。
業務に慣れてきた桜田さんが、柔らかい雰囲気でその学生の名前を呼ぶ。それに立ち上がった学生は女性。すごく緊張しているように見えた。
「浜田さん、ご案内します」
篠原が桜田さんから引き継ぎ、面接会場に移動しようとしたときだった。
「はい……っ」
一生懸命絞り出した声は、左目から流れた涙とともに床に落ちた。
「浜田さん?」
「はい、はいっ」
本人も混乱しているのだろう。桜田さんが呼びかけた言葉に、涙を流しながらも律儀に答えている。
「ちょっとだれか待機会場来て」
篠原が発したその言葉が耳に入り迷惑をかけていると思ったのか、彼女から流れる涙の量は増え、さらに息も上がっていった。
「名前は?」
「おわっ、高瀬」
「名前は」
「あぁ、浜田さん」
「全体はしばらく篠原が見てくれ」
「えっ、あっ、うん。……えっ?」
「桜田さん、受付に確認して次の面接者が到着してたらもう誘導お願い。月影さんにも連絡して、評価シート間違えないように言っておいてくれないかな」
「わ、分かりましたぁ!」
俺は、困惑している篠原となんとか頑張ろうとしてくれている桜田さんにそう伝え、浜田さんを連れて待機会場を出た。
***
やってきたのはリフレッシュルームだ。休憩や体調不良の対応などで使うことがあるが、俺はここに入るのが初めてだった。
いまだに息が上がっている浜田さんに、ゆっくりと話しかける。
「浜田さん、座りましょう。背もたれに預けて大丈夫です。息をゆっくり吐いて。ここには僕しかいません。だれにも見られていないですから安心して、息、ゆっくり吐いてみて」
外したイヤホンから先ほどまで交わしていたやり取りと同じような音が漏れ出て聞こえた。念のため、その音量を下げておく。
息が上がっているとき息をして、と言うと、少しずつとかゆっくりとかいう言葉を使っても大抵は息を吸ってしまう。息は充分に吸われている。吸うことは意識しなくていい。今は吐くほうを意識させるほうが大事だ。
「はぁ……っ、はぁ……、はぁ……」
しばらくすると、彼女の呼吸は落ち着いた。溢れ出た涙を拭うためにティッシュを置く。
「すみません……」
まだ少し震える声でそう言った。
「大丈夫です。今は無理に話さなくていいですから」
そっと言いながら、テーブルの上に置いた紙コップの水を指差す。
「少し、口に水分を。ゆっくりでいいです」
彼女は頷いて、両手で紙コップを包み込むように持った。冷えた水が喉を通る音が静かな部屋にかすかに響く。
呼吸はもう落ち着いている。さっきまで白くなっていた顔色にも、わずかに血の気が戻ってきたように見えた。
「すみません……少し、びっくりしちゃって」
「うん。初めての面接ですもんね。緊張しますよ」
「本当にすみません。迷惑かけて」
「そんなことないですよ。だれでも緊張はします」
笑いかけると、彼女も少しだけ口元を緩めた。その表情を見て、胸の奥の張り詰めていたものがようやく緩む。
「あの……面接は」
少し表情を変えてそう聞いてきた浜田さん。緊張は解けたものの、心配は残っているようだ。
「大丈夫です。まだ時間はありますので、このあと受けるか日程を変更してまた来るか選んでください。これがきっかけで落ちるなんてことは絶対にありませんので」
「あぁ……よかった……」
「いつにしましょうか。ちなみに日程を変更する場合四日後の金曜日になります」
「今日で……お願いしたいです」
「分かりました。では面接時間までここでゆっくりしていてください。順番になりましたら女性スタッフが呼びに来ます」
「ありがとうございます……」
その声は小さいけれど、確かに力が戻っていた。
「いいえ」
そう言って軽く頭を下げる。
ドアを開けて廊下に出ると、さっきまでの静けさが嘘のように現場のざわめきが耳に入ってきた。イヤホンをつけ直し、ボタンを押す。
彼女は緊張で泣いてしまうほどに真剣に取り組んでいた。俺も彼女に応えるように、ここに来てくれた学生に応えられるように、そのサポートを全力で努めようと気が引き締まった。
「高瀬戻りました。篠原、しばらく頼む。桜田さんと月影さんは受付に来てくれるかな。待機会場にはだれか手が空いている人お願い」
『おかえりー、りょうかーい』
篠原の返答。そのあと男性社員が桜田さんの変わりに待機会場での作業を申し出てくれた。
***
「という感じで。初日から変更がたくさんで大変だけど、よろしくね」
「はい」
「分かりましたぁ!」
桜田さんには彼女の対応と誘導、月影さんには評価シートなどの書類について話しておいた。彼女の面接時間まではまだ少し時間がある。焦ることはない。大丈夫だ、ちゃんとやれている。無意識に額に滲ませていた汗を拭う。大きく息を吐いて、新鮮な空気を肺に取り込んだ。
***
ふたりの協力や他社員の臨機応変な対応により、浜田さんをはじめとする面接者全員が無事に面接を受けることができた。
「───ぁかぁせ、たーかーせ!高瀬!」
一次面接初日終了。評価シートや履歴書などの書類を整理していた俺に、篠原は話しかけてきた。
「ぁ……んぁ?あ、なんだ」
「お前……マジで休めよな、顔死んでるどころの話じゃないし。一次面接終わったあとの打ち上げとかも休んで寝ろ」
「あ?なに言ってんだよ、そういうわけにはいかないだろ。現に秋庭さんからお前は来いって言われてるし」
「秋庭さんには俺が言っておくから、休めよ」
「俺の心配はしなくていい。それより、俺が抜けてる間はなにかなかったか」
「はぁ……ったく。なんもなかったよ」
呆れた様子でそう放った篠原は桜田さんを探しに行った。彼女はまだ待機会場とマネジを行き来しているはずだ。
まだ初日。五日のうちの一日目。現場統括の俺がこんなんでどうする。もっと気を引き締めなければ。
「月影さん、予備日に日程変更した、あの」
「あ、与塚大学の平本さん。はい、本人には連絡しました。面接予定時間は───」




