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第二話 大丈夫の顔

「お疲れ」

「ん〜、おつかれ〜い」


***


【同期は知らない俺の秘密】


***


来年度卒の学生の就職試験。その一次面接の現場統括を任されることになった俺だが……。

「づッ……かれたぁ……」

責任者扱いされることにも上司側に立つことにも慣れていない俺は、毎日が試練同様。精神と肉体を削りながらの就業は厳しい以外の言葉では表せられない。正直いっぱいいっぱいなのだ。

今になってあのときの橘さんの言葉に否定的にならなかったことに後悔する。いやですって、言えばよかった。

「とりあえず風呂……」

体の疲れを癒すために、珍しく湯を張った。冷めないうちに入ろう。

「うわ……クマヒド……」

脱衣所の鏡を見ると目の下にヒドいクマができていることに気付く。マジか俺、こんな顔でいつも仕事してたのか……。

「今日は早く寝よう……」

その言葉をすぐにでも実行しようとシャツを脱ぐ。ふと、また鏡を見た。そこにあった体は男のものだった。肩も腕も、昔の自分とはちがう。

「……いや、センチマンかよ。やめたやめた……」

ズボンも下着もすべて脱いで風呂に入る。久しぶりに浸かる湯船ほど癒されるものはない。随分と体の疲れが取れた気がする。

「メシは……いいか」

残業で二十時過ぎまで会社。そのあと直帰して風呂に入ったが、上がった頃にはすでに二十二時を回っていた。特段腹が空いているわけでもなし。寝るには少し早いが、よい子は寝る時間、ということで今日は少し早く寝よう。

「あと二日乗り切れば休み……」

ベッドに寝転ぶや否や、スイッチが切れたように意識も途切れた。


***


ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ。ピピピ──────。

「……ねむい」

結論、アニメや漫画のように、たった一晩で回復する程度の疲労ではなかった。それになぜかいつもよりも体がダルい。昔は一晩寝ただけで全回復していたのに、歳を重ねるとそうはいかない。

「腰も肩も首も痛い……」

会社じゃなく整体に行きたいレベルだ。

「会社……」

とりあえず体を起こす。体を伸ばすと少し体が軽くなったような気がした。……気がしただけかもしれないが。

「行ってきます」

朝食を取り、スーツに着替えて髪もセットして家を出る。今日もまた、満員電車に揺られる。ギュウギュウの車内。吊革の向こうで、就活スーツの女子大生が笑っている。

なんとなく、視線を逸らした。


***


「高瀬おはよ〜」

「はよ」

「おはようございます」

「おっ、月影さんおはよ〜。ももちゃんもおはよ〜」

「おはようございます〜!」

「ふたりともおはよう。月影さん、昨日お願いした資料ってできてるかな」

「もう少し時間いただきたいです。一時間ほどで完成すると思うので」

「ありがとう。ザックリ完成したら一度見せてほしいな」

「でしたら今から少し見ていただけますか」

「すぐ行くよ」

「お願いします」

始業後、月影さんとそう言葉を交わす。彼女は仕事が早くて助かる。真面目故、ミスも少なく信頼できる。

「篠原、備品リストに変更は」

「あーちょっとあるかも。月影さんに確認取るわ。でもほかはオーケー。会場も押さえたし、物品の手配もバッチリ〜」

「了解、助かる。桜田さんのほうは」

「ももちゃんにはサイン頼んでる。会場図と照らし合わせてどこになにを貼るかも決めてるし、あと評価シートも完成。何部くらい印刷すればいい?」

「確認しとく」

「ほいほーいっ」

一次面接の補佐は篠原に頼んだ。おちゃらけた性格でもやることはしっかりこなす。五年目というだけあって気遣いもできるし、後輩の面倒見もいい。俺が苦手としているコミュニケーションをそつなくこなせる篠原は案外頼りになる。

「高瀬先輩、確認お願いします」

「うん」

月影さんのデスクまで足を運び、画面に表示されている作成中の資料に目を通す。

「うん、いい感じ。会場図面はこれで完璧だから、先に二部印刷して篠原と桜田さんに渡してくれる?」

「分かりました」

「それと、面接官リストと備品リストは随時篠原に確認してほしい」

「はい」

再び自分のデスクに戻り、桜田さんと話している篠原の様子を見た。

「当日使う予定の机と椅子は、午後に確認しに行こう。場所と個数の記録、お願いね」

「はい!」

よかった。桜田さんもしっかり動けているようだ。

「篠原」

「んー?」

「シーバー使う人、決めたか」

「あー、スタッフリスト、最初にもらったやつから変わりない?」

「変わりない」

「じゃあ決めたよ。シーバーも手配済み〜」

「了解。桜田さん、サインは作り終わった?」

「終わりました!とりあえず篠原さんには確認もらいましたけど、高瀬さんも見ますか!」

「ありがとう。篠原から確認が取れたらそれでいいよ。印刷とラミネートもお願いね」

「了解ですぅ!」

残りの確認は……。


***


ふと視線を落とす。パソコンのキーボードにある文字が滲んで見えた。

あれ、なんか……目、変だ。

「高瀬。高瀬?おーい、高瀬ー」

「んー……、ん?ごめん、なんだっけ」

マズい、ボーッとしてた。篠原が話しかけてきていたことに気付かないところだった。

「いや、なんだっけってお前……大丈夫か?完全にフリーズしてたけど」

「え、いや、大丈夫だけど」

「聞いといてなんだけど大丈夫じゃないぞ。目、死んでる」

平気なフリをしても逃がしてくれないような篠原の鋭い目つきになんとか笑いで誤魔化す。篠原は一度ため息をつくと、手にしたメモを俺の目の前でひらひらとさせた。

「評価シートの確認。何部印刷するか、結局決まったか?」

「あー、百三十で頼む」

「了解。あのさ、マジで大丈夫?最近ずっと顔色悪いし、クマもヒドいし、一回仮眠室借りて寝てこいよ」

周囲はキーボードの音とプリンターの駆動音でいっぱい。それなのに、その喧騒がやけに遠くに感じた。

「平気。お前は俺をいくつだと思ってるんだよ」

自分に言い聞かせるようにそう言った。平気、平気。俺は大丈夫だ。

「二十六のお子ちゃまだろ、無理してもいいことないんだからな」

「分かってる」

仮眠室に連行される前にマグカップを持って立ち上がる。コーヒーマシンにマグカップを置き、ホットコーヒーのボタンを押す。三十秒ほど待つと熱々のコーヒーが出来上がる。

「あつッ」

うっかりした。熱々のコーヒーは冷まさないと火傷をしてしまう。冷めるまで少し待とう。


***


第二話【 大丈夫の顔 】


***


「じゃ、備品の確認してくる。お前は一旦休んだら?橘さんに確認取ってこようか」

「いや、いい。確認終わったらまた情報くれ」

「あいよーっ」

篠原と桜田さんが備品の確認に立った午後。俺は午前中に集めた資料や情報の整理をしていた。昼休み前に月影さんからマニュアルも受け取ったし、とりあえず今日はこの作業だけでも終わらせたい。

「木暮さんと渡部さん、秋庭さんと梅田さんをペアにして、一、二日目が十名ずつ、三、四日目は十五名ずつ……。えぇっと、面接者リストは……これか。面接時間は二十分にして、入退室と記録時間に五分。……いや、一日目はもう少しゆっくりでもいいか。……んー、やっぱり少しでも早く終わらせるべきか?小休憩を五分入れたとして、一部屋十組だから三十分……終わるのが十五時すぎ。問題はないと思うけど……」

午後の眠気に負けないように声を出して確認する。状況に合わせて試行錯誤しないといけないから大変だ。ひとつ変えれば全部変わることだってある。

「篠原は会場配置だな、桜田さんは待機会場配置で……月影さんは資料の配布と回収。運営は基本彼女に任せるとして……受付は……」

もちろん、当日動き回るであろう俺たちの配置も決めないといけない。だれがどこにいてどのように動くのかは俺がいちばん把握しなければいけない。

「あれ……コーヒー……」

いつの間にか中身がなくなってしまったマグカップを見る。午後の仕事を始めてからすでに二時間が経っていた。備品の確認に行った篠原たちはまだ帰ってきていない。

「随分と時間がかかってるな……」

コーヒーマシンのボタンを押して一度体を伸ばす。溜まった疲れが一気に取れた気がした。

「っだぁぁぁ、疲れた……」

そのとき、入り口からそう漏らす篠原が帰ってきた。そのうしろには同じように疲れた様子の桜田さんもいる。

「お疲れ。遅かったな」

「おー、おつかれ。机と椅子、会議室からごっそり借りようと思ってたんだけど、面接日の四、五日目に開発部が会議室使うらしくてな。年度末には申請が出てて無理だって言うからほかのところからチマチマ集めないといけなくてあちこち探し回ってたわ……まさかこんなに時間かかるとはなぁ……」

「そうだったんだな、お疲れ。プリンでも食えよ」

「それ俺のじゃん……」

共用冷蔵庫から持ってきたプリンを篠原のデスクに置く。それには不恰好な字で篠原と書かれていた。

「当たり前だ。ほかの人のを持ってきたら窃盗罪だろ」

「いや、俺はそういうことを言いたいんじゃない……!」

「冗談冗談」

「お前真顔で冗談言うなよな!分かりにくいんだよ!」


***


「備品リスト、今週末までに確定できるか」

「今日中にできる。提出、俺が行こうか?」

「今後頼むこともあるだろうから、月影さんと桜田さんも連れて行ってほしい」

「りょーかいっ」

備品申請書類はなるべく早めに提出したい。面接会場は押さえているらしいが、備品が揃わなければ結局なにもできない。ほかの部署に必要な備品が取られる前にこちらが取りに行かなければ。

「備品申請まで終わったら面接官への事前説明会も頼みたい。余裕は」

「いいよ、余裕ある。お前と違ってな」

「余計なお世話だ。運営関連はお前より月影さんのほうが詳しいから彼女と同行してくれ。あとで資料渡す」

「オーケー」

ニヤッと笑ってみせた篠原に、不覚にも少しイラッとしてしまった。

「事前説明会は来週でいいか……」

俺は一次面接の面接官である木暮さん、渡部さん、秋庭さん、梅田さんの四名に事前説明会の日程を伝えに行くことにした。全員人事だ。書類を渡すより直接伝えに行ったほうが早い。

えぇと、まずは梅田さんから行こう。

「お疲れ様です」

「ん、おぉ、お疲れ。どうした」

「一次面接の事前説明会の日程を伝えに。のちほど書類をお渡ししますが、来週の月曜日、午後から行います。マニュアルやメモはこちらで用意しますが、筆記用具の用意はありませんのでご持参お願いします。詳しい時間や場所などは書類でお知らせしますね」

「了解、ありがとう。現場統括どうだ?しんどいだろ」

用件は済んだので次に行こうとしたら、梅田さんからそんな話題を振られた。少し戸惑いはしたが当たり障りのないように返答する。

「あー、まぁ、それなりに」

「そっかそっか。無理すんなよー顔色悪いからなー」

梅田さんと話すのは久しぶりなのに、というか、今日に限っては顔を見るのも初めてだったのに、そう言われてしまった。

「すみません、お気遣いありがとうございます」

「いや、それ無理するやつじゃん。マジで無理すんなって」

そう言いながら、梅田さんは笑った。俺もそれに応えるように笑顔で返す。

「平気ですよ、まだいけます」

それでは、とその場は乗り切り、次は木暮さんのもとへ向かった。

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